この世界に生きる人
力を示せ。
竜の谷の長老の出した条件の一つがそれだ。
その条件を達成するために、谷のエルダードラゴンたちと手合わせをすることになった。
けれども、一対一というのは少し難しい。
というのも、俺自身が召喚術士なだけあって、アバターを呼ばなければ独力でエルダードラゴンを倒せる火力も身体能力も持っていない。
周囲の仲間たちもそれは同じで、主要火力のナトレイアも俺たちのスペルのバックアップが無ければ、『災厄』と相対できるだけの超火力は持っていないのだ。
ということを説明すると、街の外の岩場で、多数対多数のチーム戦を行うことになった。
「……これほどか……!」
となると、決着はあっさり着いた。
五対五の勝負と言うことで、相手はエルダードラゴンの若手古豪の混合チーム。
こっちは、俺、ナトレイア、アシュリー、時田、飯山店長の五人だ。
端的に言うと、アシュリーが流星弓で相手を全員地上に墜として、トルトゥーラとコンボしたハンジロウを喚んだら、強化されたハンジロウが一瞬で全員斬り伏せた。
一応、ブロッカーとして飯山店長の『ベアアームズ』や、時田のラビラダ・ハディーとコンボしたナトレイアの全力倍撃も活躍はしたんだけど。
階位上昇による俺の最大HPとの落差も大きくなって、やはり18点の超攻撃力を恒常的に振るえる強化ハンジロウは、地上の相手には無敵だった。
まぁ、『甲殻』も『肉壁』も、攻撃力が高すぎる上に達人級の剣術を持ってたら、何回も斬り付けられて全然苦になってなかったからな。
「オレら、全然出番が無かったな」
「やっぱり自分の『伝説』アバターがいないのが弱いんスかねぇ」
メンバーから外された、シノさんとかねやんがぼやいている。
隣では、クリシュナたちもつまらなさそうにしていた。
「むうぅ……わらわとて、魔術で強化すれば戦えると言うに」
「魔術で強化せんと戦えんなら、強化せんでも強いもんを選ぶのが普通やよ、お嬢?」
「まぁ、わたしには異存は無かったけど。本来は戦力担当じゃなくて、研究職だし」
ノアレックさんと所長は特に不満は無さそうだ。
まぁ、ギルマスと魔導研究所の所長って、管理職と研究職だしな。
冒険者と違って、ドンパチやらかすのが本職ではない。
「……人類とは。人類とは、何なのでしょう……?」
哲学的なことを口にしながら背景を宇宙猫にしているのは、聖女エスクレイルだ。
そうだよね、ハンジロウもナトレイアも、人外じみた火力持ってるからね。
初見だと常識が崩壊するよね。
「やれやれ。オルスロートに勝っている以上、半ば予想はしていたがな。思っていた以上に一方的だった。大したものだな、神の力というのは」
感心したようにそう言ってくれるのは、デルフリートさんだ。
デルフリートさんは対戦したエルダードラゴン五人には加わっていない。息子のオルスロートが俺の旗下にあるので、手心を加えないようにとメンバーから外されて観戦していたのだ。
正直、今戦った五人よりも、デルフリートさんの方が強そうだけどな。
そんなことを考えていて、ふと思いついたことがあったので、口にしてみた。
「デルフリートさん。貴方の強さを測らせてもらっても良いですか?」
「手合わせか? 今さら?」
勘違いしかけるデルフリートさんに、慌てて訂正する。
魔術での『鑑定』は、元々はこの世界に無いからな。
デルフリートさんは敵の呪文やスキルの対象にならない『隠密』を持っていると推測できる。そのために、遭遇時は『鑑定』できなかったわけだけど。
話が通じて、敵対心を持っていないなら『隠密』の「敵」認定から俺は外れるんじゃないかと思ったわけだ。
ハンジロウよろしく、味方や仲間なら対象に取れるわけで、今なら『鑑定』できるんじゃないかな、と。
「ほう、良いな。頼もうか。自分の実力を可視化できるとは、面白い体験だ」
そう本人からの許可を得て『鑑定』を起動してみる。
思った通りに、今度は成功した。
名前:デルフリート
種族:エルダードラゴン族
15/15
魔力:7/7
『甲殻8』『肉壁2』
『飛行』『隠密』『人化』
『再生4』
2:『閃光のブレス』・対象一体と、直線上にいる敵に6点の光の射撃を行う。
このスキルは『貫通』を持つ。
ばけもんだった。
いや、大人のエルダードラゴンだからオルスロートより強いんだろうな、とは思ってたけど。
『甲殻』の数値が「8」て。オルスロートの倍じゃねーか。
『肉壁』の数値は低いけど、アースドラゴンでもダメージ与えられないぞ。
飯山店長の『ベアアームズ』の一撃を受け止めたのは、これのせいか。
で、肝心の『閃光のブレス』。
テキストを読むとレーザービームですよね? 放射線を吐く、昭和の実写映画の怪獣か何かでしょうか? 6点て、フレアドラゴンが一撃で撃ち落とされるぞ。
基準が違いすぎて、人類だとまるで相手にならないな。
さすがは実質的な世界最強種族。
「ふむ。確かにそういうスキルはある。……が、それを他者が初見で知れると言うのは面白い。その魔術が、お前たちが『災厄』と相対できた秘訣か?」
「そうですね。この呪文にはずいぶん助けられてます。自分たちの限界も知れますし」
知らない敵と出会ったら、まず何は置いても『鑑定』は必勝セオリーだもんな。
地球では情報戦って言葉もあるだけあって、情報の有無は戦況を変えるよ。
できることなら、エルダードラゴンたち全員のステータスも知っておきたいけどな。
「ふぅむ……なるほど、ワシらエルダードラゴンでさえ犠牲を出した『災厄』、それと戦うには充分な力を持っている、と。なるほど、なるほどの」
ぶっとい両腕を組み、うんうんとうなずく長老。
けれど、次の瞬間、その鋭い眼光が俺たちに突き刺さった。
「――それだけの能力がありながら、なぜ他の人類を巻き込む? 国々が立ち上がらずとも、お前たちや、せいぜいワシらの力があれば、充分なのではないか?」
「イヤですよ」
長老は言う。なぜ、「弱い人類」をわざわざ戦場に立たせるのか、と。
俺たちやエルダードラゴンたちだけで、強者だけで戦えばいいじゃないか、と。
そうなんだろうな。無駄な犠牲を出すのは愚かだ。
失われたら二度と取り戻せないものを浪費するわけにはいかない。
俺が、人類の国々の助力を望むのは、ある意味で人類への死刑宣告に等しい。
人類に死ねと、そう言っているように、長老には聞こえるんだろう。
でも、それは違う。
「俺はこの世界が好きです。……でも、俺はこの世界の生まれじゃない」
仲間を守る。親しい人々を守る。
この世界に生まれた、この世界の人たちを。
でも、俺より先に、その役目を担ってきた、この世界の人たちがいる。
「国は、騎士たちや貴族は、ずっと戦ってきた。自分たちの親しい人や、国のどこかの誰かの家族を、守るためにその地位に立ってる。騎士や貴族が平民よりも上位者でいられるのは、平民を守り戦う階級だからというのが由来だ。……俺は、貴族になるときにそう教わった」
国王も。皇帝も。辺境伯も。騎士も。
国という枠組みの上に立つ人たちは、国を形作る人々のことを考えている。
自分たちの代わりに身体を張って戦場に出る人たち。命を懸けて、戦ってきた人たち。
だから、騎士や貴族、王族は平民からの畏敬を集める。
その由来を否定して、俺たちだけが出張ってしまっては、彼らは地位の意義を失う。
国を形作る、階級制度が意味を成さなくなってしまう。
人類の、国々という概念が崩壊してしまうのだ。
「俺は人類で、貴族だ。王命や帝命が無ければ、この世界を左右するような戦場に出たくない。それをやっちまったら、王や皇帝の存在を否定しちまう。人類の社会と歴史を否定することになる。――今回ばかりは、そういう戦場だ」
俺が本当に「神」だと言うのならば。
王も皇帝も下に見て、支配し君臨しても問題は無いのだろう。
古来、地球では王権は神より授けられたと語られるものだから。
でも、そうはしたくない。
俺を畏れず、「人」として接してくれたハイボルト国王やクロムウェル陛下、辺境伯様やデズモント侯爵家の人たち。
みんなの気持ちを、ないがしろにはしたくない。
「人類は戦うべきです。実際に組み合うのは俺たちでも、せめて戦場には立つべきだ。俺たちだけで戦っちまったら、人類には生きる意地が無いと切り捨てることになる。この世界に生きる意味の無い存在だ、と見なす奴も出始めるかもしれない。――それはダメだ」
「立てると思うか。非力な人類が、この戦場に」
立てる、と俺は答えた。
俺が今までに出会った人たちは、その意志と誇りは、
「――この世界の人たちは、そんなに弱くない」
長老は俺の目を見つめ、やがて、ふぅ、と息を吐いた。
「わかった。ならば、お前がこの大陸の国々をまとめろ。実際に相対できる実力者は、お前たちを含めて少数だろう。それらがまとまって立ち向かわねば、必ず犠牲が出る。それが叶うならば、我らも共に立とう。それができぬのならば、この話は無い」
そうだろうな。
戦場に出たは良いものの、万が一にでも、この期に及んで利権目当ての同士討ちなんてものが起これば、『災厄』の討伐どころの話ではない。
人類の国家間の意思統一は不可欠だ。
全員が、同じ目的を持って戦場に立たなければならないし、最低限、戦場に立つ者の邪魔をしないように共通理解を持ってなきゃいけない。
それができないなら、俺たち――いや、エルダードラゴンだけで戦った方が、まだ戦いやすいと言いたいんだろう。
「そうですね。請け負いました。――と言っても、俺たちやエルダードラゴンを旗頭にしても、他国をまとめるのは、法国なんかの各元首を頼らなきゃいけませんが」
俺はそう言って、傍らのエスクレイルに視線をやる。
エスクレイルは神妙に視線を受け止め、そしてうなずいた。
「お任せを。神の使徒やエルダードラゴン様方の助力が得られる、というだけでも有利にはなります。そこから先は、我々が命を、法国の存亡を懸けてでも成さねばならないこと。――たとえそれが、どんなに困難な道であったとしても」
困難な道であっても、か。
そうだろうな。人類が一つにまとまる、それが難しいことは地球の歴史も証明している。
たとえ異星人の侵略が行われても、地球の全国家が一つにまとまることは無いだろう。
そんな笑い話も語られることがあったほどだ。
でも、この世界なら、どうなんだろうな。
モンスターという脅威にさらされ続けながら、地球のように絶対強者ではない人類。
魔術という神秘を使い、神やドラゴンという上位存在のいる世界での人類。
この世界の人類は、弱者だ。
弱者として挑む、世界への「挑戦者」と成り得るか。
その意地と気概に、賭けるしかない。
「ご安心を。私のスキルであるならば――この目で見た『世界』の記録を切り取る、この今代の聖女のスキルを見せれば、神の力を信ずる者も多いでしょう」
エスクレイルは、微笑みながらそう言った。
出会ったときに、エスクレイルの『鑑定』は済ませている。
彼女が俺たちの『大霊峰』登山に同行した目的は、決して護衛なんかじゃない。
戦力としては数えられない、法国の『聖女』が俺たちと一緒に行動した理由。
それは――
名前:エスクレイル
種族:普通人
0/3
魔力:8/8
『世界史投影』・この世界の情報を得る。自分の見た情報を映像として表示する。
『記録者』エスクレイル――
それが今代の、世界に干渉できる『聖女』の能力だ。




