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ドラゴンの街



 オルスロートの父親、祖竜種(エルダードラゴン)デルフリートさんの案内に従って山脈の中を進んでいく。

 道中、野生のモンスターの襲撃はほとんど無かった。デルフリートさんの気配にモンスターが怯えたんだろうか。


 それでも襲ってきた少数のモンスターは、バルタザールが難なく食い止め、デルフリートさんが竜の爪を振るって一撃でバラバラにしていた。


 そうやって進むこと、体感で二時間ほどか。

 開けた谷間へと、足を踏み入れた。


「ここが、我らエルダードラゴンの住む『竜の谷』だ」


 俺たちは揃って、目を見開いた。

 その谷間には、人里というよりも、開明的で文化を感じさせる『街』の光景が広がっていたからだ。


 ふもとにある法国の教都よりは、幾分規模が小さい。

 けれど、無意識にどこかで思い浮かべていた、竜種というモンスターの『巣』ではなく、家々の立ち並ぶ、人の住む街が確かにこの大霊峰の山中に存在していた。


「こんな……聖域と呼ばれていた場所が、本当は、エルダードラゴン様方の『街』だったなんて……」


 一番驚いていたのは、誰あろう、法国の『聖女』エスクレイルだった。


「この『街』のことは、法国の人たちは知らないのか、エスクレイル?」


「え、ええ、神よ。我が法国ではこの大霊峰の奥地は、神聖不可侵の聖域と定められております。その実態は、大霊峰のモンスターがあまりにも強すぎることと、エルダードラゴン様方のご機嫌を損ねることが無いよう、立ち入って命を落とす者を出さないためですが」


「……我らエルダードラゴン種は、幼少に『人化』のスキルを覚えてからは、人の姿を取って暮らしているのだ。竜の姿では場所を取り過ぎて、まとまって暮らすには不便だからな」


 デルフリートさんがそう説明してくれる。

 確かに、巨体のエルダードラゴンが大量に密集して暮らすとなると、いかに巨大な大霊峰と言えど、山一つじゃとても収まりきれないよな。


 しかし、この建築様式は、土で家を作る法国とは少し文化が違う。

 山中の木材や石材を豊富に使ったのか、王国や帝国式に近い石造りの家屋だらけだ。


 もしかすると、


「……デルフリートさん。やっぱり、エルダードラゴンは人の姿を取って、たびたび人里に降りてますね?」


「そうだ。正体が悟られぬように気をつける、という点で、成人した者のみが人里に降りて良いことになっている。交流はしないが、法国の人間が金銀などの財貨を捧げてくれるのでな。それを使って、人里へ日用品や嗜好品を買いに行くことは多い」


 なるほど。

 貴金属の献上品が長年届いているはずなのに、街並みに変な豪奢さが見えないのは、普通に通貨として消費しているからか。

 そうだよな、何千年も貴金属を捧げられ続けて市場に還元してなかったら、下界の貴金属が不足ないしは枯渇しかねないだろうし。


 たぶん、この街並みから考えるに、王国や帝国にも足を運んでるな。

 不労所得の集約先という意味で、実質的には、法国の本当の貴族的地位に祭り上げられているようなものなのかもしれない。


「まぁ、まぁまぁまぁ……エルダードラゴン様が、人知れず我ら人の民のそばにお寄り遊ばされていたとは……なんたる奇跡。これは、神のご寵愛と言ってももはや過言では無く……!」


 恍惚とした表情で祈りを捧げ始める聖女様。

 いやいやいや。

 たぶん推測だけど、商品を売ってる市民の中には、気づいてる人もいるだろうと思うよ?

 エルダードラゴン側が隠してるから、周りの誰にも言わないだけで。


 でないと、この人たまに物資買いだめしていくけど、この近辺の人か? どこに住んでんだ? ってなるじゃん。教都で普段顔を見ないのに定期的に来店する、金銀持ちの裕福な常連なんて、思い当たるフシは限られるだろうしさ。


 そう考えると、市民の方が遭遇率が高くて、高位神官ほど気づいてない人が多そうだな。

 エルダードラゴンは高位神官に、日常的な用事なんて無いだろうしさ。


「……まぁ、捧げる側が納得してるんなら、搾取による不労所得ってわけでもないか」


 エルダードラゴン側からすれば、勝手に押しつけられてる金銀だしな。

 市中にも還元されてるんで、貴族の税収みたいなもんとも捉えられるだろう。

 でも、宗教は怖ぇなぁ。


「結構、見られてるなぁ。移動は歩きじゃなくて、みんな飛ぶんだな」


「本当だな。歩いてるのは俺たちくらいか。よそ者だと、やっぱり目立つなぁ」


 住民たちは背中に竜の翼を生やして、道の上空をそこかしこに飛び回っていた。

 道を集団で歩いてるのは俺たちくらいだ。


 やはり村社会というか、見たことの無い顔が集団で歩いていると言うことで、上空から俺たちに視線を向けてくる人たちも多い。


 ……これ、みんなエルダードラゴンなんだな。老若男女、かなりの個体数がいるけど。


「着いたぞ。長老……村長の屋敷だ。会わせるから、一緒に来い」


 そう言ってデルフリートさんが立ち止まったのは、大きめだけど普通の邸宅だった。

 規模的には『街』なんだけど『村長』なのね。

 階級制や、賦役なんかの公共事業の義務なんかも無いだろうし、住民間での距離感はあくまで『村』なのかな。


 デルフリートさんが玄関の扉を叩いて呼びかけ、出迎えを待つ前に中に入り込んでいく。

 あ、これ村社会の感覚だ。


 屋内で俺たちを出迎えたのは、仙人みたいな長い白ひげを生やした、体格の良い老人だった。


「何だ、デルフリート。もう帰ってきたのか。山中の妙な魔力の正体はわかっ……後ろの、そやつらか? 連れ帰ってきたのか」


「長老、客人だ。少々人数が多いが、我らが迎えて話を聞くべき相手だ」


 デルフリートさんの端的な説明に、長老は俺たちをじっと見つめる。

 何事かを感じ取ったのか、「うむ」と小さくうなずき、俺たちを招き入れた。


 ……『長老』って言うからには、もっと枯れ木みたいな老人を想像したんだけどな。

 体格も良いし肩幅も広い、マッチョでえらく「かくしゃく」とした爺さんだなぁ。



******



「なるほど。『根源』の使者か……」


 デルフリートさんとオルスロートの話を聞き、『竜の谷』の長老は、太い腕を組んで考え込んだ。


 オルスロートの出奔も、帝国の成立も『竜の谷』は把握していたらしいが、あくまで下界である人里のこととして、放置していたらしい。


 長命種なりの基準で、いくらもせぬ内に戻ってくるだろうとの判断だったんだろう。

 呼び戻しに行かなかったのは、人里に深く関わりたくなかったからだ。


 実際にオルスロートは、千年というエルダードラゴンにしては短い期間で『谷』に戻ってきた。

 その結果は長老たちの想定内だったんだろうが、ところが、その理由とオルスロートの『カード化』という事実は、長命の長老にとっても想定外だったらしい。


「『根源』はもう持たぬか……幾千、幾万の歴史が閉じられようとしている、などと」


 重々しいため息が、長い白ひげの間から漏れる。

 デルフリートさんが俺たちを振り返りながら、教えてくれた。


「長老はその肩書き通りに、この『谷』の中でも最高齢だ。(よわい)は一万年にものぼるのだったか」


「まだ九千と少しだ。ワシを年寄り扱いするな」


 誤差千年の年齢訂正ってスケールでかいな。

 人類の百倍の寿命で計算しても、九十歳以上にはなるんだけど、種族的な頑健さからかそんなに老いぼれては見えない体格だ。

 実際の寿命は、百倍じゃ効かないのかもしれない。


 俺や時田たちは、招かれた広めの居間でテーブルに着席しているわけだけど、ナトレイアを始めとするこの世界の住人は席には着かずに距離を取って立っている。

 エスクレイルに至っては、床に平伏しているほどだ。


 全員が、気圧される……というより、怯えるように長老に近づこうとしない。


「こ、コタロー殿……たちは、何も感じないのかい? この威圧感……」


「ひ、人とは比べものにならぬのぅ。こうして同じ部屋におるだけで震えがくる。気を抜けば、とんでもない粗相をしてしまいそうじゃ」


 漏らさないでくれ、クリシュナ。

 しかし、そんなに覇気を感じるものなのか。それを俺や地球のみんなは感じないと言うことは、この世界の住人の感覚が鋭敏なのか、あるいは俺たちが地球人が平和ボケしすぎているのか。


 どっちもありそうだけど、ビビらなくて済んでるのなら、それはそれで僥倖だ。

 頼み事をするなら、怯えてる場合じゃないしな。


「ワシらが立ち上がるべき時が来た……ということなのかもな」


「――でしたら、ぜひお願いします。俺たち人類がまとまるために、旗頭として助力願えませんか」


 前向きなつぶやきに、俺はすかさず頭を下げて願い出てみる。

 が、返答は意外なものだった。


「使者よ、それは断る」


「っ!? ――なんでですか!?」


 ここで断られんの!?

 立ち上がるべき時って言ってただろ!? どう考えても、手を貸してくれる流れだろ!


「ワシらはワシらだけで『災厄』を討伐する。ヌシら人類の手は借りぬ。……アレは強い。ヌシらでは、どれだけの数が立ち上がろうとも、死にに行くだけだ」


「足手まとい……って、ことですか?」


 戦いはするけれど、共闘はしない。

 ましてや、人類種の国家の力など物の数に入らず、宛てにできないということか?


「長老。この使者たちは、幼いとは言え我が息子、オルスロートに打ち勝っている。下界の過去の英傑たちの力もある。協力し合うに、不足は無いと思うが?」


 デルフリートさんも長老の判断に疑問を持ったのか、異議を唱えている。

 けれど、長老はゆっくりと、頭を横に振った。


「デルフリートよ。そこの使者は強いのじゃろう、我らエルダードラゴンにも匹敵するのやもしれぬ。……だが、人類だ。――世界の危機は、世界に先んじて生まれし我ら長命種が立ち向かうべき問題だ。幼く、非力な種族を矢面に立たせることには、手を貸せぬ」


「そう言われればそうだが……」


 納得し合う二人。


 ああ、そうか。そういうことなのか。

 この人たちは、この世界に、「先に生まれている」んだな。


「長老様。――それは、幼子には戦わせられない、という年長者の判断でしょうか」


「そうだ、使者よ。人は生きるべきだ。育つべきだ。……日々の営みを繰り返し、増え、満ちて、喜び、求め、ときに悲しむことはあれど、健やかに生きるべきだ。――外敵に立ち向かうのは、先に生まれた種である我らに課せられた、我らの役割である」


 この人たちは……

 人類種と交流を持たずとも、人類種を嫌ってはいないんだな。

 疎んでも、見下してもいない。


 ただ、慈しんでいるんだ。この世界に、後から生まれた「子ども」たちとして。


 祖竜種(エルダードラゴン)――この世界の『最初の生命』は、この世界の生命の保護者を任じているんだろう。


 もしも、逆の立場だったら。

 確かに俺だって、クリシュナが戦場に出ることを止めた。

 エルダードラゴンたちの判断を「身勝手」と否定できる立場じゃない。


 けれど。


「……機会は、与えられませんか?」


「……『機会』?」


 うなだれる俺のつぶやきに、村長は眉根を寄せた。


 護ろうとする意志は尊いよ。それはとてもありがたい感情だ。

 でも、護られているばかりじゃ得られないものもある。


「人類が、自分の力で立ち上がる機会です。保護者にすべてを任せるのではなく、自分たちの力で困難に立ち向かう機会です。貴方たちが世界の生命の、人類の保護者だとしても……その人類自身が、『成長』する機会を奪うのは、また違うことではありませんか?」


 幼子では無い――

 そんな感情は、一万年の歴史を生きた常識外の個体に、とても言える意見じゃない。

 人類は、この竜たちから見れば、幼いのだろう。


 けれども、人類は無力じゃない。

 自分たちで考え、ときに迷い、日々を生きている。


 そうだよな、時田、かねやん、シノさん、倉科さん、飯山店長。

 俺に力を貸してくれると言ってくれたみんなは、俺に護られているばかりの、無力な幼子なんかじゃない。


 俺と一緒に戦ってくれる、頼もしい仲間たちだ。


「人類が、『戦わねばならない』と意志を持つのなら――年長者として、その意志を、汲んではくれませんか」


 長老は、俺の目を真っ向から見つめた。

 少し考えた後、「ふむ」と小さくうなずく。


「良かろう。ただし、条件がある」


「何でしょう?」


 村長は時田たちやナトレイアたち、俺の仲間を見渡して、告げた。


「まずは力を示せ。お主らが戦えるだけの力があるとするならば、力を合わせることも考えよう。――その上で、人類の国々がお主らを認めてまとまるとするならば、ワシが他の竜に通達する。庇護する相手ではなく、共闘すべき者たちだとな」


 なるほど。実力を示すのは……問題ない。

 倉科さんこそいないがフルメンバーだ。オルスロート戦のときよりも戦力が上がっている今なら、たとえエルダードラゴンと戦っても渡り合えるだろう。


 その上で、俺たちが人類の国々をまとめられるなら――

 つまり、エルダードラゴン旗下で陰に隠れるのではなく、人類の国々が一丸となって前線に立つのなら。


 エルダードラゴンたちは独自に戦うのではなく、力を貸して共闘してくれる、と。


 少し難しいが……これは、俺たち人類がやらなきゃいけないことだ。

 この世界の人たちが、自分たちの住む世界のために一つになれるか。

 自分たちの未来を勝ち取るために、立ち上がれるか。


 それが試されている。

 俺はエスクレイルさんや所長たちに視線を向け、お互いにうなずき合った後、応えた。




「わかりました。全力で当たります」










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