霊峰登山
というわけで、倉科さんと代わって飯山店長をパーティに加えたメンバーで、『大霊峰』を登ることになった。
いや、『竜の谷』は渓谷部だからね。オルスロートを水先案内人に喚び出して、ドラゴンやワイバーンで空路を移動しても良かったんだけど。
大霊峰に生息するモンスターは、秘境だけあって他国より強い種類が出るという話だったので、アバター獲得のために山道を登ることにした。
戦力拡充は重要だよ。
とは言っても、徒歩というわけではない。
人数分の、おなじみ『ラッシングジャガー』を召喚して騎乗している。
「……こうしてると、金太郎になったみたいだね」
「飯山店長は似合いますねぇ。すごい強者感出てますよ」
なお、飯山店長は体格が大きいので、一人だけジャガー移動ではない。
巨大熊『ベルセルクグリズリー』の四つん這い歩行にまたがって、マサカリ担いでない坂田の金時さん状態で山道を進んでいる。
「このような……意のままに従う大量召喚、でございますか。実際に目にすると、個人単位ではどうにもできませんね……」
俺の喚んだジャガーに騎乗しているエスクレイルが、おののいたようにつぶやいている。
ああ、まぁ、メッセージウィンドウで「知識」として知っていることだとしても、実際に目にして「体験」するとまるで印象が違うだろうね。
問題は、それが友好的な戦力評価なのか、利用できる相手としての品定めに過ぎないのか、ということだけども。
まぁ、野営を含むこの道中、始めから協力的だった法国側の都合を聞いておくのは悪くない。
それが「建前」だったとしても、判断材料の一つにはなるだろう。
……さすがに俺も、他人から「こうなのです」と言われて「そうなんですね」とそのまま受け取る気には、あまりならないからね。
たぶん裏は無いだろうと見ているけど、どれだけ終末じみた危機的状況でも、個人や組織の別方面での利害を優先する人種はいる、ってのはよくある話だし。
「……新たなる神のもたらす、規格外の能力と異界の技術。それらがあれば、この窮地をも救われるでしょうか……」
「日本の技術にはあまり期待しないでくれ、エスクレイル。文化的発展はできても、あんな巨大な存在と戦う戦力を用意するのは無理だ。俺らには一般的な生活圏の技術しか触れられないからな」
釘を刺すのも忘れない。
そりゃ、自衛隊とか在日米軍とかなら、『災厄の欠片』みたいな怪獣とも渡り合えるかもしれないけどさ。
俺らにそんな伝手は無いし、万が一にも伝手を作っちまったら、今度は『災厄の欠片』じゃなく地球勢力の異世界侵略という危険が生まれちまう。
それだけは回避したいので、俺たちの能力だけで何とかするしか無い。
「ええんとちゃう? ウチらも見せ場やっちゅうもんやし。名乗りを上げたがる奴らも増えるはずやで。な、ダーリン?」
そう気楽な声をかけてくるのは、ノアレックさん……ではない。
時田が喚びだしている、『冥府の商人女王、ラビラダ・ハディー』だ。
能力に『名称』を持つ『伝説』たちは、自分たちを喚び出せる相手を自分で選ぶ。
俺ではハディーを喚び出せないが、ハディー自身は時田を気に入ったらしく、同じラッシングジャガーの背に乗って、背後から時田に抱きついている。
豊満な体型の褐色美人に抱きつかれて、時田は困惑しているが、シノさんやかねやんは妬ましげな視線を向けていた。
「時田、ハディーを喚び出してて良いのか? 召喚中の効果で、喚び出してる間はHPが回復できないだろ?」
「あー。まぁ、今までならそうなんだけどな、コタロー。――『宿命のわしづかみ』が手札に増えた関係上、ただカードに戻すのももったいないからさ。……と思ったんだけど、あんまりくっつくならカードに戻すぞ、ハディー」
「やーん、いけずなこと言わんといてや、ダ・ア・リン!」
『宿命のわしづかみ』
X2:一分間、対象に-X/-Xの修正を与える。
あなたはこの呪文のコストを支払う代わりに、
召喚しているアバター一体をカードに戻しても良い。
その場合、Xはカードに戻ったアバターの攻撃力に等しい。
新しい追加パックで得たこのカードは、アバターをカードに戻すことで魔力の代わりにコストを支払える。
ハディーは「このアバターを喚び出している間、召喚者はHPを回復できない」というデメリット能力を持っているので、有事の際にはカードに戻して、その能力の縛りを消す必要があるんだけど。
どうせ戻す必要があるのなら、火力呪文のコストで戻したい、という効率厨的な考え方である。
なお、俺たちも予備火力的な考え方で、各自がアバターを多めに召喚しているので、文句は言えない。
だって、魔力を払って撃つより、コスト以上の攻撃力を持つアバターを戻して撃った方が魔力消費が少ない、っていう変な呪文なんだもん。
そりゃ、アバターを多めに喚んで準備しておくよ。
「コタロー、近くに何かが潜んでおるようじゃぞえ?」
ノアレックさんの前に乗せられているクリシュナが、上空を指さして言う。
うっそうと茂る林道ではあるけど、上空にも哨戒のアバターを複数飛ばしている。
選択したのは主に、戦力的な期待と、『宿命のわしづかみ』での威力効率の高さを見込んで『メガロドレイク』だ。
『メガロドレイク』
4:4/2
『飛行』『敏捷』
王都防衛の市街戦で活躍したアバターだけど、戦闘能力もかなり高い。
それらが警戒のサインを出しているのを見て、クリシュナも俺に伝えてきたんだろう。
「ワウッ!」
「ふむ、『奇襲』持ちのようだな。この程度ならば、問題無い」
同伴しているデルムッドの吼える声に反応して、前に出たのは最強の盾役。
半神半人の『誘導』持ち守護英雄、バルタザールである。
茂みから襲いかかってくる、細長い手足のリザードマン型モンスター三体に対して、バルタザールは余裕の笑みを見せて奇襲を受け止めた。
「いかに強かろうと、野生の獣! 我の敵ではない!」
爪や牙を見せる二足歩行のリザードマン三体を、瞬く間に返り討ちにする。
やっぱ強すぎるな、バルタザール。
あまりの防御能力に、同じ『誘導』持ちの『懸命な守備兵』なんかの出番が無くなる。
「おっと、カードが手に入ったな」
『バーサーカーファング』
6:6/1
『奇襲』・このアバターは、敵に攻撃した状態で召喚される。
『貫通』・防御や『甲殻』『肉壁』を無効化する。
何じゃこりゃ!
HPは低いけど、フレアドラゴンも普通に食い破れるモンスターが、野生で生息してんのかよ!
野生のモンスターが『貫通』持ってるのなんて、初めて見たよ!
コストが6なんで、魔力5の時田たちが召喚できないのが残念だ。
貫通無効のバルタザールがいなきゃ、仲間かアバターに、確実に犠牲が出てたな。
エルダードラゴンの住む土地だから、弱いモンスターは生き抜けないってのはわかるけどさぁ。
人間サイズなのに、アースドラゴン並の6コストか……
ドラゴン種は特別としても、単純に考えて、『伝説』並の戦闘力を持ってる野生モンスターがうようよしてるってことになる。
何なんだ、この山。
「はっはー! この大魔術士も、活躍を見せなければねッ!」
声も高らかに、新しく遭遇したモンスターに魔術を放つラトヴィニアス。
『デイライトジャベリン』
6:最大三体を対象とする。それぞれの対象に、4点の光の射撃を行う。
天空から降り注ぐ光の柱が、大型の白虎モンスターたちを焼き尽くしていく。
『マスター。狙撃準備、完了です』
『パイロニックスピア』
5:対象一つに4点の炎の射撃を行う。この呪文は『貫通』を持つ。
(防御や『甲殻』『肉壁』を無効化する)
エミルの魔術砲身から撃たれた呪文が、空高く逃げ出した天馬を撃ち落とす。
「……アシュリー。所長。我々の手は、必要だと思うか?」
「いやー……要らないでしょ。楽で良いじゃない」
「いや……わかってたんだけどね。歴史に残らなかっただけで、人々に語り継がれてたような存在が、これだけ揃ったらどうなるか。とか、ね……」
ナトレイアが呆れたようにつぶやき、アシュリーと所長がヒマそうに観戦している。
うん。まぁ、『伝説』になる存在たちがはっちゃけたら、こうなるよね。
普通のモンスターだとどれだけ強い相手でも、過剰戦力になっちゃうな。
「お館様。仕留めた獲物はいかがいたしますか? お望みならば、ふもとの教都まで運んでおきますが」
そう言いながら、首をかききられた巨大な一つ目の死体を引きずって現れるハンジロウ。
タフそうな奴なんだけど、何回斬り付けて倒したの、ハンジロウ?
今のお前の攻撃力、1のままだよね? さすが『敏捷』持ちのニンジャ。
「ああ、いや、カードが手に入ったから、素材は良いよ……てか、血の臭いでモンスターが集まってきそうだから、どっかに置いて先を急ごう」
ええ、もうお腹いっぱいです。
そんなに狩り尽くさなくても大丈夫だよ、『伝説』のみんな……
というわけで、手に入れたアバターはこちら。
リザードマン型の『バーサーカーファング』に加えて、
『タイガーエレメント』
6:7/4
『物理攻撃無効』・このアバターは、呪文以外の直接攻撃でダメージを受けない。
『フェザーバイコーン』
5:4/6
『飛行』
・このアバターの攻撃が、攻撃力2以下の対象にダメージを与えた場合、
その対象は行動不能になる。
『サイクロプスロード』
5:8/7
『鈍足』・このアバターは、一分に一回しか攻撃できない。
うん、王国のモンスターに比べて、桁違いに強いね。
一番の収穫は、ハンジロウの倒した『サイクロプスロード』かな。
デメリット能力の『鈍足』で攻撃が制限されてるけど。5コストで攻撃力5以上のアバターがいなかったんだよね。
基本的に、『宿命のわしづかみ』で戻して8点火力を撃つ役割になると思う。
どれも強いんだけど、『災厄の欠片』との戦いに役立つか、と言われると、ちょっと。
やはり野生のモンスターだと、ドラゴン種が最強に数えられるくらいなので、そこまで理不尽な強さは持ってない。
てか、そんな理不尽な野生モンスターがいたら、人類はとっくに滅びてるよね。
手に入れたアバターたちの詳細を、みんなに共有する。
「ふええ……強いねぇ。でも、アバターも強いけど、呪文も僕の知らないものが増えてるんだよね? そっちも教えてくれるかな」
おっと。
飯山店長には、新パックで手に入れたスペルの説明をしてなかったな。
ちょうど良いので、カード化してテキストを伝えておく。
超便利呪文な『宿命のわしづかみ』以外の、新しい四枚の内容は以下。
『ヴェイルドセーフ』
2:五分間、野生のモンスターを寄せ付けない。
『大自然の加護』
2:一分間、対象に『火属性無効』か『水属性無効』か『風属性無効』の、
いずれか一つを付与する。
(対象は、選ばれた属性からのダメージを無効化する)
『幻想自身』
8:一分間、名前が『分身』であることを除き、対象のアバター一体の
コピーである実像の分身を一体生み出す。
・この分身は、対象の意志に従って動く。
・分身へのダメージは対象に影響しない。
(分身は、通常の召喚枠に含まれない)
『アダマンタイトの大戦斧』
4:装備品:+3/-2の修正を受ける。
・この装備品は、攻撃力4以上の対象でなければ
装備できない。
……の、呪文三つに装備品一つの計四枚。
『ヴェイルドセーフ』は魔物よけだな。
たぶん野生モンスターの本能か何かに作用すると思うので、人間や『災厄の欠片』みたいな意志を持っていると効果はないと思われる。
ぶっちゃけハズレ。
『大自然の加護』は属性無効能力を付与できる。
攻撃呪文のほとんどは火属性なので、役立つ場面は多いだろう。
火炎のブレスなんかも防げるけど、主な用途は攻撃呪文からの防御だな。
『幻想自身』はやたらとコストが高いけど、有用な補佐呪文だ。
何が強いかって、コピーの名前が『分身』なので、『名称』持ちのコピーも作れる。
だって、『名称』持ちのアバターと『分身』では「同じ『名称』ではない」からね。
召喚ではないので召喚時のコスト軽減はできないけど、ラトヴィニアスやハンジロウ、オルスロートも分身できるわけだ。
『アダマンタイトの大戦斧』は、久々の装備品。
……なんだけど、あまりの大きさと重量のせいで、HPが下がってしまう。
必然的に動きも鈍るわけで、ちょっと使いどころの難しい装備品だ。
そんな感じで飯山店長にカードの説明をしていると、エスクレイルの様子が眼に入る。
エスクレイルは、『伝説』たちの活躍というか暴れように、正直ドン引いていた。
「『大霊峰』に踏み入るのは、死を覚悟すべき荒行と示されているのですが……皆様の前では、苦にもならないのですね」
うん、まぁ危ないところだってのは、重々しく説明されてたけどね。
もっと危ない敵と戦ってきてるからね。
……本当に、心強い限りだよ。
感想でご指摘を受け、新呪文の『幻想自身』のテキストを修正しました。
ご指摘ありがとうございます。




