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もっかい日本へ



「大変だ。休暇が終わる」



 突然、俺たちにそう言ったのは、倉科さんだった。


「あー、そうか。倉科さんだけ有給でこっち来てるもんな」


「もうそんな経ったか? 会社辞めちまえよ、倉科」


 時田とシノさんが、思い至ったようにうなずく。

 そうか、倉科さん会社勤めのサラリーマンだもんな。


 十日の有給休暇を取って異世界に来てたんだけど、明日でそれが切れるらしい。

 そうだな、帝国に行ったり法国に来たりで、結構日数を使ってたな。


 明後日から仕事があるという事実に、倉科さんは苦い顔でうつむいた。


「うあぁー……これからって時に、仕事か……こっちで自由に暮らしたい。シノさんの言う通りにいっそ辞めちまうか、でも時田と違ってこっちと行き来して生計立てられる特技があるわけじゃないしな……」


「悪ぃな、倉科さん。こっちとの交易も、まだ年商がどのくらい出るかわかんねぇから、事業化して人を雇うのは難しいわ。来年くらいに軌道に乗ってくれりゃ、うちで雇うから辞めても大丈夫だって言えんだけど」


 時田が申し訳なさそうな顔で後ろ頭をかく。

 そこで同じく休暇を取ってきているかねやんが、何気ない口調でトドメを刺した。


「じゃあ、異世界を救う決戦は、倉科さんだけ抜きッスね。俺らに任してくださいッス!」


「ちょ、待て待て、かねやん! ここまで来て、みんなが命張ってる間に俺だけ在宅でディスプレイとにらめっこしてるとか、さすがに冗談だろ!? そんなん一生後悔するわ!」


 珍しくテンパった口調で、倉科さんが悲鳴を口にした。

 あー、うん。


 俺としても、冷静に戦況を見て行動できる倉科さんには、抜けて欲しくないしなぁ。

 というか、俺の能力を使える仲間が一人でも欠けるのは、ぶっちゃけ戦力的に辛い。


「かねやんは、仕事は大丈夫なのか?」


「オレは一ヶ月くらいは休む、って社長に言って来てますよ、コタローさん。非正規雇用の、ぶっちゃけ手伝いッスからね。正社員の人たちがいりゃ現場は回るから心配はいらないッスよ」


 なるほど。かねやんは問題なし、と。


「コタロー。結構間が開いたし、一回日本に戻るのはどうだ? 俺も仕入れた商材をネットオークションとかに出品したいしよ」


「そうだな、時田。――飯山店長とも連絡が取れてないし、一度日本に戻るか。今日や明日に『世界』が滅ぶってわけでもないし、準備も万全にしておこう」


 そういうわけで、法国側にも、大霊峰行きの前に準備期間を取ることを申し出る。


 法国も、さすがに強行軍で俺たちを急かす気は無かったらしい。

 エスクレイルさんも、準備期間を取ることを快く了承してくれた。


「大丈夫ですよ、使徒様方。予断を許さない状況とは言えますが、今はまだ『封印』は破れていません。――むしろ、今のうちに英気を養って、準備を整えていただきたいと存じます」


「わかった。ありがとう、エスクレイルさん。法王猊下にもよろしくお願いするよ」


 ま、そうだな。

 腹が減っては戦はできぬ、じゃないけど。

 休養と準備は重要だ。余裕があるうちに済ませてしまった方が良い。


 ハイボルト国王陛下とクロムウェル皇帝陛下にも、『微風のささやき』で報告して現状を共有する必要があるからな。

 本当は『竜の谷』でエルダードラゴンの協力を得られるかのめどが立ってから、とも思ったけど、休養を挟むなら、今の段階で連絡を取った方が良いだろう。


 そういうわけで、数日間、しばしの小休止。


 俺が『次元転移』を使って一度王都に戻ることも考えたけど、法王猊下とエスクレイルさんに引き留められた。

 宮廷神殿の一角を拠点として使ってもらって構わないので、なるべくは法国内を中心に動いて欲しい、との要望だ。


 まさか、王都に戻ったらそのまま俺たちが逃げ去る、なんてことは思ってないだろうけど。

 確かに、重要課題を前に離れて欲しくないという気持ちはわかる。


 他の、貴族ならぬ高位神官たちの期待の視線も無碍にするわけにはいかないしね。


 宮廷神殿内の来賓客室の一つで、みんなにその方針を説明する。

 救世に向けて意気込んでいたみんなだけど、日本行きは、それはそれとして息抜きになるようで賛同してくれた。


「いいわよ。久しぶりに生魚が食べたいわ」

「待て、アシュリー。それでは『ぐらたん』など、まだ食べてないものが食べられないのではないか?」

「持ち帰れば良いんじゃないかい、ナトレイアくん? 『こんびに』などにも売ってると聞いたよ」

「『こんびに』行くんやったら、すとろんぐ何とか言う酒も買えるけんね。うちもそれで良かと思うばってん」

「『ちょこれーと』以外の甘味もあると聞くしのぅ。色々食べてみたいの!」


 コンビニ大人気。安いから良いけど。

 というか食べることしか考えてないな、みんな。


 ……と思ってると、一緒に話を聞いていたエスクレイルさんが、恥ずかしそうに頬を赤らめながら手を挙げた。


「……あのぅ。恥ずかしながら、わたくしも、皆様のおっしゃる『異界のごちそう』に興味がございます……」


 あーもう、良いよ、良いよ!

 エスクレイルさんもこの先、『竜の谷』に同行してくれることが決まってるんだから。


 まとめて日本に連れてってやる!

 何回かに分けて呪文使わないといけないけどな!



******



「コタローくん。こっちと異世界で連絡取れる方法、何かない?」


「いやぁ……はは。飯山店長、すみません……」


 飯山店長に連絡を取ってみると、ショップに到着するなり、そう苦笑された。


 ショップの入り口には『臨時休業』の張り紙。

 何でも三日前から、いつ異世界に行っても良いように店を閉めて、俺たちの連絡を待ってくれていたらしい。


 いや、放置する形になっちゃって本当にすみません、飯山店長。


 と言っても、ここ数日は帝国や法国への行ったり来たりで潰れてたんだけどね。

 そんな感じの経緯を店長に説明する。


 ただ、法国領土での『左腕』との戦いを聞き、飯山店長の表情が曇った。


「また、無茶をして……僕だって戦えるんだろう? なら、僕を呼んでから移動しても良かったはずだよ。もう置いてきぼりはやめてくれよ、コタローくん?」


「はい、すみません。――実は、そういった経緯で向こうの世界がヤバくなってまして。まさに、飯山店長のお力も借りたいなと思って、今日お願いしに来たッス」


 俺が頭を下げると、飯山店長は二つ返事で承諾してくれた。

 アニメ映画みたいな巨体なんで、運動は苦手なんだけどね、とはにかみながらも、できる限りに戦うと請け負ってくれる。

 心強い限りだ。


「……で、僕が異世界に行く代わりに、倉科くんが仕事でこっちに残るの? ははぁ。まぁ、人数は変わらないから、大丈夫と言えば大丈夫かな? ――倉科くんの分まで、僕もがんばるよ!」


「店長ォォォォっ! 俺も戻ります! 残りの有給取るなり、最悪は退職願出してでも異世界に行きますからね!? そんな、『あいつの分まで自分が!』みたいに、メンバーから外す雰囲気は勘弁してくださいッ!?」


 必死の形相で訴える倉科さん。

 いやまぁ、そうだよね。

 仕事を優先して地球に残って、万が一に俺たちが全滅でもして今生の別れにでもなろうもんなら、後悔してもしきれないだろうし。


 よしんば誰もケガ無く終わったとしても、だ。

 みんなで世界を一つ救ってた間に、自分は在宅勤務してました……なんて、俺が逆の立場だったら、いたたまれなさすぎる。


「コォタァァロォォォォ? お前、間違っても俺がいない間に、死にそうな戦場に出んなよ? 話を聞く限り最終決戦みたいなもんだろうに、フルメンバーで挑まねぇのは舐めプだぞ? ゲーマーとしての意地に懸けて、俺がいない間に危ない真似すんなよぉぉ……?」


「わ、わかりました、倉科さん。戻ってくるの待ちますから、その、離れてください」


 近いッス、倉科さん。

 そんな視線でモンスターがビビって逃げ出すような形相で迫らんでください。


「倉科よ。待つのは良いんだけど、お前、有給どれくらい残ってんの?」


「伊達に俺も社畜歴長くないですよ、シノさん。前年繰り越し分と合わせて三十日残ってます。……ちなみに、入社してから去年までの有給消化率は『無』です」


 一回も取ってないじゃないですか、倉科さん。

 そりゃ、あっさり十日分もまとめて有給もらえたはずだよ。初めての有給じゃねーか。


 イガリとトバが戦うことは何より優先されるのです、というネタを思い出した。

 たぶん、許可した上司の人も同じ、断れない気持ちだったんだろーな。


「こちらのお嬢さんは、僕の知らない人だね? ……初めまして、コタローくんの友人の、飯山徳治郎です。日本へようこそ」


「これはご丁寧に、恐れ入ります。――法国クルヴァリスタの『聖女』を任じられております、エスクレイル・モーリガンと申します。新たなる神の使徒様におかれましては、どうぞよしなにお願いいたします」


 あ、飯山店長の笑顔が固まった。

 そうだよね、日常生活で『聖女』なんて単語、耳にしないよね。

 しかもエスクレイルはマジモンだし。


 それを言うと、うちのパーティは公爵令嬢とか貴族とかエルフとかだらけなので、今さらな気もするけど。


「じゃあ、とりあえず、みんなで食事にでも行く?」


「良いわね! スシがあたしを呼んでいるわ!」


 熱く拳を握るアシュリーと、期待に沸き立つ異世界組。

 そこで、時田とかねやんが別行動を言い出した。


「コタロー。俺はネトオクとかの準備があるから別行動するわ。今日や明日くらいは日本にいるんだろ? また後でな」


「オレも、ちょっと外れるッス。――呪文で連絡取れるのは良いんスけど、やっぱり無線とかバッテリーとか、魔力を使わない連携手段もいると思うッスから。双眼鏡とかもあると便利だと思うんで、買ってくるッス!」


 おお、それは頼もしい。

 かねやんの申し出に、俺は内心で喜んでいた。

 確かにな。『微風のささやき』のコストは1だけど、戦闘中だとその1コストの魔力でさえも惜しまれる瞬間は多いからな。


 トランシーバーなら、ワイバーン間の簡易通信はできるだろうということで、電気関係に詳しいかねやんに一任する。

 もちろん、異世界の高空戦闘中での使用を想定してるので、耐久面であまり信用しきるわけにもいかないけど。


 なお、資金は時田とシノさんがカンパすると言い出したので、一度銀行に寄ることになりそうだ。


 双眼鏡とはなんぞ?

 と、所長やノアレックさんたちが怪しく目を光らせていたけど、まぁ、異世界技術が伝わってしまうのはもう、ある程度は仕方ない。


「……なるほど。これが、『世界』の違いでございますか。内包される要因と法則の関係性から発達する、技術の傾向……『スキル』と『魔術』以外の基本的な法則の追求と利用、興味深くございます……」


 ぼそり、とつぶやくエスクレイル。

 日本の技術は、向こうの「魔道具」に通じるものがあるけど、異世界にはそれ以外にも『スキル』や『魔術』という、地球には無い法則がある。


 ある観点からは異世界は、地球より多様な『法則』を内包した上位世界と見ることもできるけど、限られた『法則』を発展させているという点では、地球の技術力や発想も異世界より進んでいる。


 その差異を実際に目にして、『聖女』としては考えるところがあるんだろう。


 聖女の持つスキル、『世界』という巨大で形而上的な存在を、どのように現実に作用させているのか。

 その『封印』を成立させる仕組みを、改めて聞いてみないといけない。


 ……もっとも、宗教上の神秘的な解釈を語られても、理解に困るだろうけど。

 その点は、悠久の叡智を持つエルダードラゴンの知識と照らし合わせることも考えて欲しい、と法王猊下から助言されている。


 何にせよ、事態の詳細な解明は、『竜の谷』を訪れてからになるかもしれないな。


「コタロー! 次にいつ来れるかわからないんだから、お腹がはち切れるまで食べるわよ!?」


 アシュリーの呼ぶ声に、思わず我に返る。


 ま、考えるのは後でも良いか。

 まだ『封印』は破られてはいない。




 今はただ、束の間の、残された平和な時間を噛みしめるだけだ。









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