好きに生きろ
法国クルヴァリスタの首都、教都アプレシーダ。
その街並みを連れ立って歩き、露店の商品などを物色していた。
「コタロー、ここの建物はレンガじゃないのね。壁に継ぎ目がないわ」
「いやー、中身は日干しレンガっぽいぞ、アシュリー。漆喰で外側を固めてあるんだろ。――ほら、そこの家の壁の下の方、漆喰が欠けて中の土レンガが見えてる」
「おお、本当じゃのう。王国や帝国でも漆喰は使っておったから、見慣れた外観じゃと、何だかホッとするのぅ」
アシュリーが家々を眺めながら、物珍しそうに漏らしている。
並んで歩くクリシュナも、アハレイムの街並みと比べて居心地が良いようだった。
教都アプレシーダの街並みは白い。
石灰の産出地でも近くにあるのか、建物がすべて漆喰で塗られている上に、街行く人々も白い衣服を着ていることが多いから、慣れていない目にはとてもまぶしく映る。
木材資源が少ないだけで、砂漠のような乾燥環境というわけじゃないから、土埃を気にせずに白を基調にした衣服を着ている人が多いんだな。
白は宗教的のみならず、印象的にもこの国の人たちに親しまれている色、というわけだ。
「……あんたは、白い法衣を着てなくて良いのか、エスクレイルさん?」
「聖女の象徴たる法衣を着て街中を歩いていては、目立って仕方ありませんわ。我が神とともに歩くのならば、目立たぬことが肝要でございます。……ですので、どうかわたくしのことは、『レイル』とお呼びくださいまし、神よ」
祈るような仕草で両手を組む、法国における現在の聖女、エスクレイル。
薄茶色の地味な町民服に着替えているんだけど、その仕草と容貌だけで周囲から「聖女様」「聖女様だ……」というつぶやきが聞こえている。
バレてる。もうバレてるよ聖女様。
変装のつもりなんだろうけど、まったく意味を成してないな。
「……目立ちたくないんなら、俺のことも『神様』呼びはやめてくれ。名はもう名乗っただろ、レイルさん?」
「はい。それでは、コタロー様、と。――さん付けも不要でございますよ?」
粛々とうなずくエスクレイル。
うーん、やりにくい。
それもこれも、ここに着いてすぐに、宮廷神殿に招かれてからのことがきっかけだ。
あのとき――
******
「あなた方は――いえ、神よ。あなたは、この世界を救うために、この世界に呼ばれたのです」
宮廷神殿に招かれてすぐ。
モードレッド法王猊下との謁見に招かれ、聖女エスクレイルを紹介された。
その聖女から受けた宣告が、これだ。
「俺が、この世界に呼ばれた異邦人だと……知っているのですね」
「ええ、新たな神よ。聖女はこの、我らの住む『世界』の声を聞くことが出来ます。あなた様がこの大陸に降臨されたことを告げられ、その後、この世界の『英雄』たちを蘇らせたことも存じ上げておりますわ」
声を聞く。
それは言語化されて伝えられるということなのか、それとも感覚的に伝わるものなのか。
そう考えた時点で、俺の能力も似たような仕様であることに気づいた。
メッセージウィンドウだ。
その仕様を通じて、俺も『世界の声』を聞いている。
この世界の人間が同じような能力を持っていても不思議じゃない、ということになる。
ハンジロウたち『伝説』も世界の欠片だと言っていた。
あの『伝説』たちの保存、再現の機構が『世界』によるものだとしたら、なるほど、確かにどんなカードを得たかの情報は読み取られてもおかしくない。
その上で。
法国は、この聖女は、俺たちに助力を――救世を求めているのか。
「聖女様。それは、俺に課せられた『義務』ですか?」
「様付けはおよしください。――そうですね。『義務』と言うよりは、『意義』でしょうか。そのために外界で死せる存在をこの世に呼び寄せた、とも取れるわけですから。ですが、個人の意志は真に強制できません。この『世界』と我らにできることは……」
俺に、助けを請うだけ。
助けろ、と命じるわけでもない。助けなければ俺の命を終わらせる、と脅迫するわけでもない。
そんなことを願って、もし俺が拒否してしまえば、何もかもが破滅するしかないから。
ただ、助けて欲しい。
そう、心から願うだけ。
涙が出そうになる。それほどまでの窮地なのか。
絶対的な存在が、その『絶対』を維持できなくなり、支配者として振る舞うのではなく、一つの存在として願っている。
ちくしょう。
「……ずるいよな」
そんな言葉が、意識せず、俺の口から漏れる。
命じられたら良かった。俺の生存を盾に脅されたら気が楽だった。
ただ居丈高に上から押しつけられれば、俺はいくらだって反発できただろう。
誰かに押しつけられたことなのだからと、いよいよとなれば、投げ捨てることもできたんだろう。
俺は、後ろに控える仲間たちを振り返った。
いくら助けを求められても、俺一人の力では手に余る問題だと思うからだ。
「私たちの住む世界だからな。私にできることはする」
「各国も協力すべき事態……なんだろうね。これは最重要で当たる問題だよ」
「民間冒険者も協力するやろうね。……どこまで力になれるかは別として」
「民だけでなく、貴族や王族にとってもゆゆしき事態じゃの!」
この世界の仲間たちにとっては、前向きな返答しか出ない。
自分たちの住む場所なんだから、当たり前だな。
けど、アシュリーの意見は違った。
「コタロー。自分のしたいようになさい。無理は要らない、あたしたちのことも考えなくても良い。あんたにはあんたの居場所がある。断りたければ断っても良い。――誰が何を言っても、あたしは、この世界よりもあんたの方が大切なのよ」
断っても良い。俺の思うままにして良い。
だって――主だって戦うのは、結局『俺』なのだから。
そう言ってくれた。
その言葉に、地球の仲間たちが前に出る。
「好きにしろよ、コタロー。俺らカードゲーマーだ。縛りはあっても、どう振る舞わなけりゃいけないか、なんて生き方は決められてない。自由に、自分の考え方で判断するのが、カードゲーマーって生き物だ」
時田……
「はは。たかがカードゲーマーなんてもんが、世界一つ丸ごと救うってのも、痛快だぁな」
「できることとできないことがあるでしょうよ、シノさん。――ま、『やりたいこと』ってもんに抗えないのも、俺らの悲しい習性ですがねぇ」
「一人ぼっちで考えんのも無理があるッス。――どんな道を選んでも、オレらも一緒についてきますよ、コタローさん! やりたいようにしましょう!」
シノさん、倉科さん、かねやん……
みんなは、同じように俺の背を押してくれる。つまり、
お前の生きたいように生きろ、と。
「みんな……ありがとう」
だから、俺は、正直に思うことを口にした。
たくさんの仲間たちと出会って、仲間たちと生きるこの場所に対して、思うことなんて一つだ。
みんなに向き合って、その思いを口にする。
「みんな。俺は、助けに応えたい。どこまでできるかわかんねぇけど……力を貸してくれ!」
この世界の仲間たちも。地球の仲間たちも。
返答は、みんな同じだった。
「――おう!」
******
「――まずは旅の疲れを癒やされてください。その後に、皆様には足を運んでいただきたい場所がございますので、街に出て物資の買い付けなども行われるのがよろしいかと」
エスクレイルがそう言うので、市街区の散策をすることになった。
足を運んで欲しい場所、って言い方は含みを持ってるけど、行き先は俺にも見当が付く。
「レイルさん。――俺らは、大霊峰の『竜の谷』に行けば良いんだな?」
「そうです。あそこに棲まう神竜の皆様ならば、神々の戦いにお力添えをいただけるかと」
世界の中心、大霊峰。
その中にあると言う、エルダードラゴンたちの棲まう土地、『竜の谷』が目当てだ。
エルダードラゴンと言えば、まずはオルスロートが思い浮かぶけど。
何と、オルスロートは千歳余りの年齢で、まだまだ若い仔竜なのだという。
エルダードラゴンたちは並外れた寿命の長命種ゆえに、定命の人間社会には関わらないように隠遁しているらしく、大霊峰の渓谷部に集落を作っている。
オルスロートより歳経た、エルダードラゴンの戦士たち。
その助力を得られればとても心強い。何しろ、俺たち以外にも『災厄の欠片』の討伐経験がある種族なのだ。
ただ、問題は、エルダードラゴンと共闘できるほどの実力があるかを試されるかも、ということなのだけど……
オルスロートには勝ってても、「人里でやんちゃしてたこわっぱに勝った程度」で何を言う、なんて侮られかねないとか。
そんな話を聞いたら、『災厄の欠片』以前に、まずエルダードラゴンに全滅させられそうな気もせんでもない。
どんだけ強いんだよ、エルダードラゴン種。
ドラゴンと名が付いてる割に、普通のフレアドラゴンやアースドラゴンとはまるでレベルが違うな。ただ知性があるだけ、というわけじゃない。
実際に、外見的特徴が似てるだけで、人間とサル並に違いのある別種族らしいけど。
「おっ、見つけたぞ、コタロー! ――やっぱりウィスキーがあった!」
「酒屋さんなんですね。店舗売りじゃないんですか? ああ、今日は露店街への出張販売なんですね、なるほど」
シノさんと倉科さんの酒飲み二人が、法国名物の蒸留酒『命の水』の一杯売りをやっている屋台を見つけて、すかさず突撃していた。
めざといなぁ。
他国では貴重品だと言うこともあり、同じく酒飲みのアシュリーやナトレイア、所長やノアレックさんも屋台に群がっていく。
酒の飲めない俺とクリシュナは、同じく酒に強くないかねやんと一緒に取り残された。
え、時田?
あいつは飲むより先に、仕入れ値がいくらか聞いてるよ。さすが商人。
「ほほう。これが法国の酒か! 強いな、ニホンのウィスキーやブランデー並の酒精だ!」
「ナトレイア、あんた控えなさいよ! あたしたちも飲むんだからね!?」
「アシュリー殿、気持ちはわかるんだけど。そんな量を飲んだら潰れる強さだから、大丈夫だと思うよ?」
「へぇー……香り高い酒やね。でも、うちはニホンの『すとろんぐ』なんちゃら言うんも気軽に飲めて良かったと思うんやけどねぇ……」
道ばたで酔っ払いどもが誕生しそうな勢いだ。
この屋台の一杯売りは、後ろに並んでる酒瓶からして、たぶん日本で言うスーパーのワイン試飲サービスくらいのノリなんだと思うけど。
思った以上にがっつり酒盛りが始まって、屋台の店主さんも苦笑いをしている。
ただ、そんな中で、シノさんと倉科さんは杯を見ながら、不思議そうに首をかしげていた。
「……何だ? 日本のウィスキーと全然味が違うぞ? でもどこかで飲んだような……」
「樽の違いとかッスかね、シノさん。これはこれですごい美味しいんですけど……何だろう、初めての味なのに、なんかなじみがあると言うか、焼酎っぽい雰囲気というか……」
異世界の味を考察し合う二人。
と、そこで、ふと思い出した。
そうだ。この世界に来た直後に、アシュリーから大霊峰の話を聞いたような。
「なぁ、アシュリー。もしかして、『米』が栽培されてるのって、この国かその近くか?」
「え? ええ、そうだったと思うけど。エスクレイルに確認してみたら?」
確認するまでも無く、シノさんがそのつぶやきに、ハッと思い立った。
「そうか、『米』だ! これ、昔一度だけ飲んだ、ライスウィスキーの味にそっくりだ! 麦じゃなくて、米の酒で仕込んでんだな!?」
「へぇー、米でもウィスキー作れるんですか。よくそんなの知ってましたね、シノさん。俺は初めて飲みましたよ。……そうか、米焼酎っぽいフレーバーがあるのか。でも焼酎とは全然違うな」
望外の味に喜ぶシノさんと、感心したように口を付ける倉科さん。
満足しているようで何より。
エスクレイルに聞いてみると、やはりこの辺りでは『米』を食べるらしい。
湿地帯に生えていたのを栽培したのが起源で、水源の豊富な地域で大量栽培されているとか。
良いな。大霊峰に行く前に、この世界の米料理を食べられるかもしれない。
そんなことを考えながら、俺たちは教都の街並みを歩いて行った。




