終わりの始まり
「や、やったの……?」
ワイバーンの背で、同乗しているアシュリーが呆然とつぶやく。
息絶えた厄災の欠片、ギンヌンガガァプの『左腕』の巨体が、解けて空に消えていく。
王都襲撃時の、欠片の最期と同じだ。
「……いや、まだだな」
天に昇って解けていく『左腕』のあった空域をワイバーンで旋回し、反転する。
空中の亀裂は『左腕』と一緒に消えているようだ。
残った問題は、一つだけ。
「残ったアビスナイトをどうにかしないと、敵を引きつけてるバルタザールとフレアドラゴンがやられちまう。――オルスロート、バルタザールを背中に乗せてくれ!」
『構わないが、あの雑兵どもは始末できんぞ? ――とりあえず、ドラゴンが墜とされる前に助けに行ってやるか』
オルスロートが急行する。
あいつのスキルの『覇者の威圧』でマイナス修正をかけないと、アビスナイトの攻撃はフレアドラゴンの『甲殻3』を突破してしまう。
オルスロートの『甲殻4』じゃないと、万全なアビスナイトの攻撃は防げないのだ。
「や、やっぱり、本体を倒しても生み出されたモンスターは残ってるんだね」
「王都のアビスエイプと同じね。……どうやって倒すの、コタロー?」
同乗している所長とアシュリーが、少し怖じけた様子で尋ねてくる。
オルスロートの魔力が回復するか、一度カードに戻して再召喚すれば『覇者の威圧』が使えて、ダメージを無効化するアビスナイトも掃討できるんだけど。
今はオルスロートも俺たちも、みんなが魔力切れだ。
しばらく時間を稼ぐ必要がある。
出現しているアビスナイトは、今や合計で十二体。
でも、これ以上増えないというのなら、ここは「あいつ」の出番だろう。
「ハンジロウ、すまん。ちょっと召喚するから、場所を空けてくれるか?」
「御意。そうですな、あの相手には、それがしの剣は役に立ちませぬ」
カードに戻って消えるハンジロウ。その分、ワイバーンの背中に一人分の場所が空く。
悪いな、ハンジロウ。今回は相性が悪かったけど、また他の相手の時には活躍してもらうから。
代わりに喚び出すのは、もちろん、対『飛行』持ちユニット最強の能力を持つあいつだ。
「頼んだぜ、叩き落として動きを封じろ――『流星の聖弓、グラナダイン』ッ!!」
「ようやく出番か。ここは任せてもらおうか!」
ワイバーンの背中に降り立ったグラナダインが、天に向けて弓を引き絞る。
天空から降り注ぐ光の矢が、アビスナイトたちを貫いて眼下の湿地帯へと縫い止めていった。
「これで、しばらくは大丈夫だろ」
グラナダインの能力には拘束性能は無いんだけど、四角錐を二つ合わせた形の、結晶体型のアビスナイトには、どう見ても「足」が無い。
ということは、移動手段は浮遊能力に頼ってるとしか考えられないので、『飛行』を失わせれば、そうは身動きも取れないだろう。
通信で状況をみんなと共有して、魔力の回復に専念する。
『階位が上がりました。状態確認を行ってください』
『新規カードを入手しました。新規カード一覧で確認してください』
おっと、階位が上がった。
そりゃ、あんだけ無茶すれば上がりもするか。
一緒に現れたパックを開封して、五枚の新カードも確認する。
お、後始末にちょうど良さそうなカード発見。
『宿命のわしづかみ』
X2:一分間、対象に-X/-Xの修正を与える。
あなたはこの呪文のコストを支払う代わりに、
召喚しているアバター一体をカードに戻しても良い。
その場合、Xはカードに戻ったアバターの攻撃力に等しい。
貴重なマイナス修正呪文だ。
だけじゃなく、すでに喚んでるアバターを一体この効果でカードに戻すことで、魔力を支払わずに発動することができる。
いわゆる、代替コストスペルだな。
「呪文コストが『エクスプロージョン』と同じなのに、対象が一体だけなのかい? 何だか物足りなく感じるけども……」
「いやいや、所長。魔力無しでも撃てるのは大きいよ? アバター召喚後の隙を無くせるし。……むしろ、魔力を使って撃つ機会はほとんど無いんじゃないかな」
魔力を使って撃つなら、普通のダメージ呪文でも良いわけだし。
ゲームと違って、あらかじめアバターを大量召喚しておけるこの世界だと、いざ魔力が無くなったときの緊急攻撃手段になり得る。
また、代替コストで参照する値がアバターの攻撃力だ。
ということは、アースドラゴンやオルスロートみたいな、コスト以上の攻撃力を持つアバターをカードに戻すと、魔力以上の威力を出せるということにもなる。
ハンジロウとトルトゥーラのコンボで一撃を与えて、その後に強化したハンジロウを代替コストで戻して相手に撃ったりすると、特大ダメージを狙えたりもしそうだ。
だいたいは強化したまま二回殴る方が強いから、積極的にはやらないけど。
「はへぇ……色々、使い方を考えつくもんなんだねぇ……」
「そう言うのって、やっぱり『かーどげーむ』で覚えるの?」
「そうだなぁ。似たような効果や性能のカードは使ったことあるしな。――コストを支払わなくても使えるカードは、だいたい強かったよ」
所長たちは『カード』を無限に取り出せないから難しいけど、俺や時田たちの場合はまた違うしな。
その気になれば、あらかじめ喚び出しておいた大量のアバターを全部戻して、魔力なしで一気に大量のマイナス修正を相手に叩き込むことも出来る。
とにかく「コストの踏み倒し」という概念は、使いようでは悪さをする能力の中でもトップクラスの、ぶっ壊れ概念なのだ。
「……ふむ。やはり、主の予想通り、落下した敵たちは、あまり身動きが取れないようだな」
グラナダインのつぶやきに、眼下の湿地帯を見下ろしてみる。
飛べなくなった結晶体たちが、ずりずりと、何とか動こうと這い回っているのが見える。
……こうして見ると、グラナダインの能力も、飛んでる相手にはたいがいチートだよな。
さすがだよ、伝説の弓聖。
そんなわけで、オルスロートの魔力が回復した後は、残党狩りが行われた。
地面を這うアビスナイトを、オルスロートのスキルで弱体化させ、さらに上空から呪文で狙い撃つだけの簡単なお仕事だ。
どんなに強大な敵でも、対処法がわかると、だいたい何とかなるなぁ。
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残敵の掃討確認も兼ねて、一度湿地帯のほとりに降りてみんなで集まる。
周囲にアビスナイトの気配も無いし、バルタザールがいるから残っていたら『誘導』で向かってくるだろうけど、それも無い。
とりあえずは全員の安否確認を済ませてみる。
今回も大した被害は無かったけど、それは『鑑定』で能力を把握して、瞬殺できる戦略を組み立てたからの話だ。
王都の時もそうだったけど、あの『左腕』の能力を考えると、やらねばやられる――瞬殺できずに長期戦になれば、必ず犠牲が出るか、最悪は全滅することもあり得た。
それを避けるための、最大戦力を使っての瞬殺戦略であり、初太刀で斬らねば斬られるのはこちらだったというだけの話だ。
……それを考えると、『鑑定』が一番のチート呪文かもしれない。
相手の能力を知って、弱点を把握して、対策と戦略を組み立てられるもんな。
この呪文があると、圧勝するか惨敗するかの、勝つか負けるかの結果になりやすそうだ。
「残敵はいない、か。……でも、一応、もう少し留まろう。万が一にアビスナイトが生き残ってると、普通の冒険者や騎士だとまるで歯が立たない」
「普通に考えると、アレ一体に国軍が全滅させられてもおかしくないからね……」
「魔術の攻撃も効かんのやったら、冒険者も一緒に束になっても無理やろうしね。念には念を入れて、損は無いけん」
俺の意見に、所長とノアレックさんが、国家貴族とギルドマスターという立場から賛同してくれる。
旅路を急ぎたい気持ちもあるけど、アビスナイトのダメージ無効能力は、普通の人間やモンスターじゃ絶対に太刀打ちできない相手だ。今回はたまたま対抗手段があっただけで、手札次第じゃ完封されてもおかしくない。
「ひとまずは、みんなにケガが無くて安心だ。……で、聞きたいんだけど。エミル、ハンジロウ、ラトヴィニアス、バルタザール。グラナダインもか? ――あの、空に現れた亀裂はなんだ? 『世界』の悲鳴、ってどういう意味なんだ?」
再召喚したハンジロウも含めて、『伝説』組に話を聞き出す。
エミルはこの空域を通るときに何かを懸念していたようだし、それに反応してハンジロウとラトヴィニアスも何かを知っているような会話を交わしていた。
そして、戦う前にハンジロウの告げた言葉。
『世界』に刻まれた『伝説』たちは、『根源』なるものの悲鳴を聞いている。
どういう意味だ?
その答えをまず口にしたのは、新しく顕現した『伝説』バルタザールだった。
「我が答えよう、勇士よ。――この『世界』は、天地だけでなく万象の法則を基礎として成り立っている。勇士が一つの『法則』として成り立っているならば、この世界を構成する『根源』の法則がある……と言うのは、わかるか?」
なるほどね、とうなずく。
俺は『魔法』――新しい法則の一つとして、この世界に喚ばれた。
なら、この世界には、『世界』として成り立つ基本的な『法則』が、すでに存在することになる。
地球で言う、そう「物理法則」のような、根本的な原理だな。
この「物理法則」と言うのは本質的におかしな点がある、と聞いたことがある。
科学で解明された「こうすれば、ああなる」という現象には、再現性がある。何度やっても、既定の法則に従って同じ結果になるのだ。
木に火をともせば燃える、そんな当たり前のように。
でも――「ならば、『なぜ』、そのようになるのかを定められているのか?」
そう聞かれて、すべてを答えられる人間はいない。
科学知識があれば、物質の成り立ち、素粒子と波、力学や化学反応なんかについて、どこまでも微に入り細に入り詳しく説明できる人間はいるだろう。
でも、そこまでだ。
じゃあ、
「それらの反応はなぜ『そうなる』と決まっているのか?」
「それらの法則は、なぜ、どのようにして決まったのか?」
その『法則』の成り立ちを説ける者はいない。
進化論的な環境の必然性により法則が定まったのか、プログラミング的な構築によって定められたのか。
ある一説では、こんな言葉を言われたりもする。
――この世でもっとも『神』の存在を信じる人種は、物理学者たちだ。
すべての『法則』が定まった由来は『神』にしか知り得ず。
あるいは、その『法則』によって成立し得る日常すべての営みこそが、『神の御業』と解釈されるべきものなのかもしれない。
けれど、この世界においては、
「……この『世界』は、変革しようとしてるんだろ? だから、俺のような新しい『法則』を取り入れて、変わろうとしてる。俺はお前らに、そう聞いたぞ?」
『そうなんだけどねー。……それが、間に合わないかもしれない、って話でさ。前にも言ったでしょ、「停滞」してても「安定」してるわけじゃない、って』
エミルのつぶやきに、ハンジロウが言葉を継ぐ。
「我らを取り入れた根本たる法則……『根源』は、もう持ちませぬ。この世界にとっての『異物』に長く浸食され、軋み、淀み、今にも朽ち果てようとしております。我らには、その軋みの音が響き、聞こえるのです」
つまりだね、とラトヴィニアスが告げる。
この世界を形作る――
「――すべての『法則』が、今にも崩れ去ろうとしているのさ」
物理法則の崩壊。
それは、現象が現象として成り立たなくなる。物質が物質として、力学が力学として。
すべてが、何も、成り立たなくなる。
――『世界』の終わり。
居並ぶ『伝説』たちの説明に、その場にいる誰もが絶句した。
「あの空の亀裂は、『法則』の崩壊の一つだ。……意図的に、というわけではなく、『根源』が一つを手放したのだろうな。すべては、我たちを率いる、お前に後の処理を任せたかったのだろう。それほど、限界が訪れていると言うことだ、勇士よ」
バルタザールが俺に向け、重々しく告げる。
半神半人。古代の『英雄』は、他の『伝説』たちと肩を並べ、俺に向き合った。
そして、その事実を口にする。
「この世界は――お前に、お前たちに、助けを求めているのだ」




