美人女将親子の経営する宿屋、星のしっぽ亭
アシュリーに連れられてやってきたのは、木造の趣のある宿屋だった。
入り口に下げられた看板も真新しくなく、古びすぎず、程よい年季を感じさせる。
流れ星の絵が描かれた看板を見上げながら、入り口をくぐる。
出迎えてくれたのは、幼女だった。
「アシュリーおねえちゃん、おかえりー!」
「ただいま、ネネ! ニーナさんは奥?」
十歳くらいかな?
金色の三つ編みに、碧の目の活発な女の子が、カウンターに座っていた。
察するに、この宿の主人の娘さんかな。
「ママは晩ごはんつくってる! 今はネネがかわりだよ」
「そう。ネネ、部屋は空いてる? この人もここに泊めて欲しいんだけど」
「おきゃくさん! これにおなまえ書いてくださーい!」
差し出されたのは、宿帳らしき帳面。
おっと。書く前に確認しなきゃな。
「ネネちゃん。確認したいんだけど、召喚獣って部屋に連れ込んでも大丈夫かな? この犬なんだけど」
「しろいお犬さん! もふもふ!」
デルムッドを見るや、ネネちゃんはカウンターから飛び降りて、その白い毛皮に抱きついた。存分にもふもふされている。
「きゃー、ふかふかー!」
小さな幼女に抱きつかれて、デルムッドもまんざらではないようだ。
撫でるがよい、と目を細めてされるがままになっている。
デルムッドはメスみたいだし、これが母性かな?
「あたしのときは嫌がってなかった?」
「年を考えろよ、アシュリー」
冷静に突っ込む俺のスネに、乙女のつま先がごつんと刺さる。
痛いっす、アシュリーさん。
その騒ぎを聞きつけたのか、通路の奥から若い女性が出てきた。
まとめあげた金色の髪に碧の目。ネネちゃんのお姉さんかな。
「どうしたの、ネネ? あら、アシュリー。お帰り」
「ただいま、ニーナさん。新しいお客さん連れてきたわよ」
「あ、ママ! あのね、このお犬さんも泊まりたいんだって! いいでしょ?」
ママ!? 若くないか!?
まだ大学生くらいにしか見えないぞ!?
思わず鑑定を発動してしまう。
名前:ニーナ
種族:普通人
0/1
良かった。普通の人だった。
ギルドの受付嬢みたいに実は戦闘民族なオチは無いらしい。
「まぁ、お客さん? 嬉しいわ、泊まられるの? ちょうど部屋は空いてるわよ」
「はい。お願いしたいんですけど、召喚獣は戻した方が良いですか?」
「このわんちゃん、召喚獣なのね。しつけが出来てるなら大丈夫よ、飼い馴らした魔物を連れ込む女性冒険者も何人かいたし」
「あと……実は、ゴブリンも呼び出すんですけど」
そう言うと、女将さんは一瞬驚いたような顔をした。
複数種類を召喚できるということと、ものがゴブリンということ、両方の驚きだろう。
「うーん……そうね。危なくないなら、一度呼び出してみてもらっていい?」
とりあえず、ゴブリンズを二体召喚する。
呼び出したゴブリンズ二体は互いにハイタッチを交わし、そしてやはりポーズを決めた。カッキーン。って、お前らなんでオリエ○タル○ジオ知ってるんだよ。懐かしいな。
そして並んでぺこりと女将さんにお辞儀するゴブリン二匹。
その間の抜けた仕草に、女将さんは表情をほころばせた。
「まぁまぁ。愉快な子たちね。悪さしないならいいわよ、みんなで泊まるの?」
「あ、いえ。部屋に泊まるのは俺とデルムッドだけです。こいつらと、他にもう一匹にも世話になったんで、いいもの食わしてやりたくて。……ダメですか?」
恐る恐るたずねてみると、女将さんはクスクス笑って快諾してくれた。
「うふふ、いいわよ。食事を注文してくれるのは、お店としてはありがたいもの。部屋もたくさん取ってくれると、もっと嬉しかったけどね?」
冗談めかしてそう言うと、ニーナさんはカウンターから鍵を取って俺に渡した。
「はい、部屋の鍵よ。一人部屋だけど、ゴブちゃんたちが食事を取れるくらいの広さはあるわよ。後で、子ども用の低いテーブルを運んでおくわね」
「すみません。あと、料理はデルムッドのは犬用に肉をお願いします。宿泊と食事の料金はいくらですか?」
「一人部屋は洗濯付きで一泊小銀貨四枚。食事は言ってくれれば、朝と夜だけ銅貨五枚で出すわ。身体を拭くお湯は別料金ね」
宿泊四千円、食事は五百円か。割と安いな。
「なら、とりあえず一週間お願いします。たぶん延泊しますが。料金は食事のときに用意してまとめて払います」
「あら、ありがとう。――いらっしゃいませ、星のしっぽ亭へ!」
そう言って花のような笑顔を浮かべ、ニーナさんは厨房に戻っていった。
ネネちゃんはデルムッドにまたがって遊んでいたので、宿帳に記帳して一足先に鍵に書かれた番号の部屋に向かう。
ネネちゃんもデルムッドも楽しそうだったので、そのままカウンターで遊ばせておこう。デルムッドなら俺の匂いで部屋はわかるだろうし。
やれやれ。やっと休めそうだ。




