立ち上がるひとたち
「召喚! 『悪竜の暴君、オルスロート』!」
広めの応接室に、光とともに少年が召喚される。
かつて帝国を支配していた知性を持つ竜、エルダードラゴンのオルスロートだ。
「ふん、余に何の用だよ!」
俺の耳目を通して外の様子は把握しているはずだが、相変わらずツンケンしている。
なので、三十秒待って、俺は対抗策を召喚した。
「――デルムッド、頼む」
「おんっ!」
喚び出されたデルムッドは、とてとてとオルスロートに近寄り、肉球の付いた前脚で、たしっとオルスロートを取りなす。
ぐむむ、としばし耐えるような仕草を見せていたオルスロートだが、やがて耐えきれず、デルムッドママのもふもふに抱きついた。
さすがもふもふ、霊験あらたかである。
「……で、余に『魔界』のことを聞きたいのか? シロ坊を使いやがって、卑怯だぞ」
「まぁまぁ、そう言うなよ。――ゲルトールさん、オルグライトさん、詳細を」
オルスロートが話を聞く態勢が整ったところで、ようやく説明が始まる。
室内にいるのは俺たちのパーティ十人に加え、皇帝陛下、ゲルトールさん、オルグライトさんの帝国重鎮三人組。
ゲルトールさんが帝国領内の地図を広げ、話が始まった。
「端的には、謁見の間で話したとおりなのだが――帝国領内の『魔界』で、モンスターが増え始めているという報告が上がっている。現在は主に冒険者が対処しているが、地方領主が討伐軍を出し始めてもいるようだ」
そう言って、ゲルトールさんは地図の端の方を数カ所、指し示した。
王都の『魔の森』みたいな、モンスターの湧き場か。
厄介なんだけど、冒険者ばかりに頼ってもいられないんだよな。
王都の『魔の森』と同じだとするなら、『魔界』のモンスターは死骸を残さない。そうなると転用できる素材が収穫できないわけで。
冒険者にしてみれば、命の危険が大きいのに何も得られる物が無い。
そんな依頼にモチベーションを保てる奴はいないだろう。
俺がそのことを指摘すると、案の定、冒険者の討伐率は徐々に低くなっているようだった。最低限の討伐だけで、戦わずに逃げているんだろう。
賢明な判断だ。
だから、地方の領主軍が討伐の役目を受け継いでいる、と。
その報告を聞いて、オルスロートの表情が、地図を見据えたまま硬く強ばった。
「なにぶん、『魔界』のことは帝国でもわかっていることが少ないんでね。オルスロート帝なら、いくつか処理をした経験もあって、話を……どうしました、オルスロート帝?」
オルグライトさんが、不思議そうにオルスロートを見る。
オルスロートはやむを得ないと言った顔で、諦めて口を開いた。
「……お前たち、討伐報告の寄せられた箇所を見て、何か気づくか?」
「帝国の辺境……マークフェル王国から離れた地方からの報告が多い、とかか?」
俺が、何となく初見で見た印象を口にする。
地図上の報告件数のマーカーは、王国の反対側にある辺境側ほど、若干増えているように見える。
オルスロートは、うむ、と俺の意見に重々しくうなずいた。
「その通りだ。ただ、その認識は正確じゃない。――正確には、王国を挟んだ西方の国、『法国』から遠ざかった封印ほど、弱まっている」
……『法国』?
そんな国があるのか?
「法国……エルダードラゴンの棲む、西の大霊峰を聖地として信奉する、古い宗教国家ですな。布教による領土拡大も無理にはせず、よく言えば安定した、悪く言えば古びた国でもあります」
「そうだ。余の故郷でもある大霊峰は『世界の中心』と言われている。その足下にある、普通人種の古い国だ。そして、余の友オルガヌスの母、帝国の国母アスラーニティの生まれた地でもある」
国母アスラーニティの生地――
その話を聞き、俺は一度断りを入れて、あるアバターを召喚した。
当時の話を聞くなら、あいつが一番詳しいだろう。
「召喚。――『千里眼の狙撃妖精、エミル』」
『はろはろーっ、喚ばれそうな気がしたよー! アスラーニティの世代に一番詳しいのは、パーティメンバーの魔弾の大賢者と契約してた、このエミルちゃんだもんねっ!』
脳天気な調子で、エミルが現れる。
最近は戦闘も少なく、屋敷でのんびりとニート妖精をしていたのだけど。
オルスロートの話の裏を取るために確認すると、エミルもうなずいて肯定した。
『そうだよー。アスラーニティの昔の二つ名は「緑の聖女」だったんだけどね? それって自称じゃなくて、元々は法国で宗教的に任命された「聖女」だったんだよー。それが、世界救済の使命を帯びて、ゼファーたちと一緒に国外に旅立ったってわけ』
なるほどね。
聖女と言えば宗教、ファンタジー宗教と言えば『聖女』だ。
封印スキルを持っていたアスラーニティは、本物の聖女だったってことか。
そのスキルが由来で聖女に認定されたのか、聖女に就任して封印スキルを習得したのか、まではわからないけど。
『この国がこの場所に建国されたのにも、確か理由が二つあるはずだよ。――この辺は、「封印」が多目に密集した地域の中心だったし。この地域に留まって監視するって言って、アスラーニティはゼファーと別れたもの。その後に、国にまで育っちゃったんだけど』
「なるほどな。二つ目の理由は、余にも想像がつく。――法国との間に、『王国』しか無いから、だろ?」
オルスロートの予測に、エミルはうなずいた。
『そうだよー。地元で支援者の法国との間の土地には、パーティメンバーのエルケンストがいたからね。いざというときは、エルケンスト伝いに、法国に助けを求めるつもりだったんだよ!』
なるほど。
マークフェル王国の建国王、魔術剣士エルケンスト。
仲間である建国王と、支援者である出身地の『法国』が一直線に並んでいるなら、窮地に陥ったときに救援を要請するにも、何も障害がない。
もしくは、エルケンスト自身の助けも宛てにして、近場である土地に住んだんだろうな。
元はパーティメンバーだったわけだし。
現在の帝国と王国との関係はともかく、立国時にはそういう意図があった、と。
本来エルケンスト自身が所属していた国は、すでに滅んでマークフェル王国に飲み込まれたらしいけど、法国は依然として存在している。
「……で、オルスロート。その『法国』と『封印』が、何の関係がある?」
「ふん。考えてもみろよ。聖女の『封印』は個人のスキルに過ぎないんだぞ? なのに、その管理と維持は魔道具で行える」
そういう話だったな。
今でも、マークフェルの魔の森の『封印』を解いた魔道具は、この帝国のクロムウェル皇帝陛下が厳重に管理している、と聞いている。
……って、あれ? ちょっと待て。
俺の抱いた疑問を、オルスロートが指摘するように言葉に変える。
「気づいたようだな。そうだ。つまり、聖女個人のスキルを魔道具化したわけだ。……なら、それを可能にした魔道具を作った国は、どこだ?」
そんなことが出来る国は。
聖女が所属していた――『法国』以外にあり得ない。
「そうだ。魔道具を作ったのは『法国』だ。その魔道具の詳しい仕組みは、余にもわからん。――だから、封印は国母アスラーニティが行っているが、その維持は、間接的に『法国』の管轄下にあることになる」
あるいは、ラトヴィニアスや、エルキュール所長なんかなら読み解けるんだろうか。
いや、帝国にもアルクラウン公爵家を始めとする、魔術のエキスパート集団がいた。その上に立っていたオルスロートが仕組みを知らないってことは、並大抵の魔術士じゃ読み解けないってことだ。
そもそも、魔道具の稼働がどんな動力によって維持されているかもわからない。
法国独自の秘術なのだとしたら、今も『封印』の魔道具は法国の影響下にあることも考えられる。
「じゃあ、まさか、魔道具に干渉して……法国が『封印』を解いている?」
「いや、それは無いんじゃないかな」
「そうだな」
オルグライトさんの否定に、オルスロートが同意した。
どういうことだろう、と尋ねてみると、オルグライトさんが推測を教えてくれた。
「うん。前にオルスロート帝が話した限りでは、封印されているすべての『欠片』は一つに戻ろうとしているんだろう? 法国がわざと封印を解くのなら、一斉に解くはずだ。わざわざ封印を解くなら、邪神の復活という目的が無いとおかしいからね」
「そうだよ。ところが、そうじゃなく、遠方から順に封印が弱まっている……これは、法国か、魔道具の稼働維持の動力源か、どっちかに異常が起きてるってことになる」
ああ、そうか。
封印は「解かれようとしている」んじゃない。「解けようとしている」だ。
つまり、法国の意図とは関係なく、封印が弱まっている。
どころか、もしかすれば……
「――もしかすると、法国が何か、危ないのかもしれないね」
オルグライトさんのその言葉に、全員が沈黙する。
封印の要である法国。そこにもしものことがあれば、世界中の『魔界』が一斉に目覚めることになる。
その可能性を考え、この世界の人たちの表情が緊迫したものになる。
だが、とオルスロートが一言添えた。
「だが、法国は、余の故郷でもある『大霊峰』のふもとにある。よほどのことが無い限り、エルダードラゴンの住む土地の近くで悪事を試みる者がいるとは思えねぇな。――余が取り次げば、大霊峰にも入れる。一度、直接行ってみた方が早いかもな」
「良いのか、オルスロート?」
こいつが協力的になるなんて、珍しいな。
俺がそう尋ねると、オルスロートはふてくされたように、デルムッドをぎゅっと抱きしめた。
「ふん! 余にとっても『魔界』は敵だ! エルダードラゴンの同胞を大量に殺した存在だぞ!? エルダードラゴンたちにとっても、見過ごせる事態じゃない。それと相対するなら、余が力を貸してやっても良いというだけだ!」
そう、だな。
この世界の人たちと同じように、エルダードラゴンたちも『魔界』と戦ってきた。
目指す敵は一緒か。
『素直じゃないねー。友達のやりたかったことをやらせてくれる、マスターに感謝してる、って言えば良いのにー』
「な、何言いやがる! オルガヌスの目標が、こんな奴に叶えられるか! 初代皇帝の望みだぞ、こんなクソガキにできるもんか! ……ただ、ちょっとは近づけることには、嬉しくないわけでもない」
エミルに茶化され、デルムッドの毛皮に顔を埋めながらボソボソつぶやくオルスロート。
そうだな、オルガヌス帝も『魔界』の危険性を恐れて、帝国化に賛同したんだもんな。
オルスロートにとっちゃ、友人の遺志を継ぐようなもんか。
「法国に行くのは構わないけど、また『欠片』との戦いが起こるかもしれないのか……それは、ちょっとなぁ……」
正直、俺はもう「日本に帰る」という目的を果たしている。
その上で、どういった理由でこれ以上、命を懸ければ良いのか。
逡巡する俺の心を見透かしたのか、後ろにいた時田たちが声をかけてくる。
「なにを迷ってんだ、コタロー。話はよくわからねぇが、お前の仲間が住んでる世界の危機って奴じゃねぇのか、これは?」
「まぁ、見知らぬ人らならともかくな。知り合っちまったからな」
「コタローが死んだ、って聞かされたときみたいな気持ちに、もういっぺんなるってのは、ちょっとゴメンですねぇ」
「オレ、まだこの世界の人らとも遊びたいッスよ!?」
みんなが、口々に俺の背中を押す。
そうだな。俺は、この世界で出会った仲間たちを失いたくないよ。
でも、みんなともう一度出会えた今、自分の命を失うことも人並みに怖いんだ。
そんな俺を励ますように、みんなが口を揃えて、笑って言った。
「なぁに、一人で心配すんな。オレらがみんなでやってみて、できるところまでやってみりゃ良いじゃねぇか。……付き合うぜ、一人で命懸けんな。頼れ」
みんな……
仲間がいる。求めるだけだった今までとは違う。
怯える俺に、手を貸してくれる仲間たちがいる。
「……危ないぞ。すげぇ、怖ぇぞ。日本じゃ絶対起こらなくて、今まで直面したことなんて比べものになんないくらい、ヤバいことが襲ってくるぞ?」
「まぁ、一人じゃ無理だな」
「一人なら逃げるな」
「俺らがやんなくても、誰かがやりますからねぇ。それでダメなら、みんなダメ、と」
「ロープレ第一作目の勇者とか、よく一人で冒険できたッスよね」
でも、一人じゃないからなぁ、と。
みんなが言う。
「――みんなでやってみようや」
名乗りを上げるみんなに、それを聞いていた皇帝陛下たちの視線が和らぐ。
オルスロートは、デルムッドを抱きしめながら、どこか懐かしいものを見るような表情をしていた。
無言でいる俺に、アシュリーが片目を閉じながら、言ってくる。
「はいはい。怯えててもダメよ、コタロー。――どうせ、行くんでしょ?」
そうだな、アシュリー。
怯えてても、震えてても。命を落としかけても。
もう仲間を失うのは、イヤだ。
俺は仲間たちに背を押され、皇帝陛下に向き直った。
誰に言われなくても、誰の助けが無くても。
きっと、俺は、そういう選択をしてしまうことになったんだろう、と思う。
だから、それを知っていて名乗りを上げてくれた仲間たちを、頼もしく思う。
「皇帝陛下。――ちょっと、法国まで行ってきますね」




