交わる二つの世界
陛下との話し合いで、帝国への出張は三日後に赴くことになった。
うちに来ている、日本の客人たちの歓待の必要性を考慮してくれたためだ。
その代わりと言っては何だけど、エルキュール所長が日本行きに同行して、向こうの文化を視察してくることになった。
アシュリーの話を聞いて、魔術転用できそうな技術があるなら取り入れたい、ということだ。
そんなわけで、今回の同行者はアシュリー、ナトレイア、所長、ついでにクリシュナとノアレックさん。
日本からの帰還組は、店を長く閉めていられない飯山店長と、ナトレイアたちを歓待すると言っていたシノさん、それに仕入れ品の出品準備がある時田の三人だ。
倉科さんは一週間以上の有給を取っているらしく、こっちでマクスさんやエルフの皆さんを相手に、カードゲームの遊び方を教えるとのこと。
飯山店長が持ってきてくれたカードリストも翻訳し終わって、みんなもカードテキストを読めるようになってるからね。
帰ってきたら、屋敷内でカードゲームが流行っているかもしれない。
「あはは! 今回は、この大魔術士もついていって大丈夫かなー!?」
「良いけど、『モルフスキン』で姿は変えろよ。貴族服は目立つ」
ラトヴィニアスも日本に興味津々だ。
向こうでも『モルフスキン』が使えるので、人数分の日本の衣装を用意しなくても済むのがありがたい。
というわけで、時間をかけて数回に分けて日本に転移する。
最初に飯山店長が同行して、開店前の店のカギを開けて、店内を待機所にしてくれた。
最初に訪れたナトレイアと所長は、店内のショーケースに飾られた一枚売りのシングルカードを眺めて、飯山店長からテキストの説明を受けていたらしい。
その効果は、勝負にどんな作用を及ぼすのか?
という質問は、『カード』を研究している所長には興味深かったらしい。
一見、無意味に見える効果でも、他のカードと組み合わさって状況を劇的に変化させたりするからな。
俺の持っている『カード』は即殺能力も無く、ダメージか回復か能力付与か、に偏っているものが多い分、ゲームの能力は独特すぎて興味を引いたようだ。
カードのイラストも、手描きの絵画的なものから、最近はCGの精巧なものまで多種があり、美術品としても持ち帰りたいと言っていた。
ビニール製の薄い保護材もあれば、プラスチック製の透明なケース状の保護商材も売ってるからな。手に持てる、あるいは多数をまとめて収容できる美術品は面白い、とのこと。
まさしく、トレーディングカードゲームだねぇ。集めたくなるのはわかる。
そんなこんなで、時間をかけて全員が日本に集合する頃には、店内は先行組で賑わっていた。
「コタロー殿、この美しい天使のカードが欲しいのだけど……」
「コタロー、コタロー。この絵のグリフォンは、グリタローに似ていると思わないか?」
最後のメンバーとともに到着したそばから、カードをねだられる。
……二人とも。
良いけどさ。安いカードだから。
時田からの追加融資も受けてるので、日本円の代金は出せる。
「毎度あり。いやぁ、今月初めてのシングルの売り上げが、異世界からのお客さんだなんて嬉しいねぇ。せっかくだから、サービスで保護材に入れてあげるよ」
アメコミ風な炎の魔術士のイラストが描かれたスリーブに入れて手渡され、二人は宝物のようにカードを受け取って目を輝かせていた。
この分だと、大きな絵が描かれたプレイマットとかも欲しがりそうだな。
店の売り上げにもなるし、帰りにもう一回ここに寄るか。
******
防疫と『モルフスキン』で準備を終え、午前の街中を集団で歩く。
ナトレイアやノアレックさんの耳や尻尾は隠しているけど、基本的に容姿はみんなそのまんまだ。
ただ、日本の時勢に合わせてみんなでマスクを装着しているのが、少し窮屈そうだった。
時刻は一般企業の出勤時間くらいだけど、人通りは俺が転生する以前より少なく感じる。
倉科さんみたいに、在宅勤務している人も多いのかな。
かと思えば、外国人労働者みたいな人たちもちらほらいるので、俺たちの姿もそうまでは目立っていない。
マスクをしていても顔立ちの違いは見て取れるようで、ナトレイアは色々な人種の人たちが一緒に過ごしていることに、王都を思い出して安堵していた。
ああ、うん。異世界は、顔立ちが違ったらだいたい種族自体が違うからね。
「コタロー殿、あれは何だい? みんなが板を手に持って見ているけど」
「おやおやおや。人が中に乗っている、馬のない馬車もあり。人が足で動かすものもあり。いやぁ、違う世界は興味が尽きないねぇ!」
所長とラトヴィニアスは絶好調だ。
違う文化に対して学術的探究心がうずくのか、街並みの全部を「あれ何?」攻めにしている。
知的好奇心の固まりみたいな二人だからなぁ。
「コタロー。とりあえず、俺の家に行こう。お前にもカギ渡しておくから、こっちでの拠点に使ってくれ。……あと、マジックバッグに入れてもらってる荷物を置いてきたい」
「わかった。時田の家って市内か?」
時田の提案にうなずくと、どうやら歩いて行ける距離らしい。
この辺の土地って、繁華街が近いから安くないはずなんだけどな。
時田のじいちゃんって、良い立地の場所に店を出してたんだな。
「ここだよ。裏に階段があって、二階に行ける」
「割と大きいな」
しばしみんなで歩いて、時田の古物商へと向かう。
繁華街からは外れていたけど、それでも飯山店長の店に行くにも便利な立地だ。
「――この部屋と隣の部屋は使ってくれて良い。さすがに今日来た全員は泊められないけど、拠点にするには充分だろ?」
「ああ、助かるよ。にしても、個人営業の店舗にしては、敷地が大きいな?」
二階と三階が居住区兼倉庫みたいになっていて、俺たちは三階の部屋を案内された。
普通の一軒家とあまり変わらない広さだけど?
「古美術は展示する場所も、在庫を置く場所も必要だからな。じいちゃんの親父が、まだこの辺が開発されてない頃に土地を買って広く店を作ったんだ。……うちの親はサラリーマンだから、古物商は俺で三代目かな」
なるほど、歴史のある家業なんだな。
時田の曾祖父の時代って言ったら戦中戦後の時代だろうし、まだ都市が造成されてなかったかもしれない。
二階の倉庫部屋に、異世界で仕入れた毛織物や防具なんかを置いて、街に出る準備をする。
日本刀や薙刀も美術品として飾られていて、ナトレイアが興味深そうに眺めていた。
なんでも、異世界にも『グレイブ』という薙刀に似た武器があるらしい。
「んじゃ、みんなでメシでも食いに行くか。って言っても、この時間でこの人数だと、ファミレスか?」
「しかねぇな。――んじゃ、オレが全部出すか。好きに食え」
時田の提案に、シノさんが太っ腹に請け負ってくれる。
みんなでひゃっほうと騒ぎ、午前から開いているファミレスに移動することになった。
そのとき、何かを思い出したように時田がスマホを確認する。
時田は画面を見ながら、うわ、と気まずそうに顔をゆがめた。
「……なんだ、どした、時田?」
「かねやんから、めっちゃ連絡来てる。そういや、帰ってくる日は言ってなかった」
******
「ひでーよ、コタローさん! 連絡つかねーし!」
ファミレスで合流するなり、かねやんは泣きそうな顔で俺に詰め寄った。
あの後スマホを確認したら、かねやんから鬼のような着信履歴が来ていた。
すまん、かねやん。メールアプリ入れとけば良かった。
あの後かねやんは親父さんに断りを入れて、長期休暇をもぎ取ったらしい。
元々、嘱託扱いで正社員では無かったために、問題無く休みは取れたそうな。
帰りはかねやんも異世界行きかな。
「ね、ね! コタローさん、あのゴブプリの子は来てないの?」
ゴブプリ? アテルカのこと?
喚んでも良いけど、ここであいつを喚ぶとゴブリンズがついてくるからな。
今日は異世界の俺の屋敷を警備してくれてるはずだ。
本人は警備長を名乗って張り切っているので。
「なら、今度は一緒に来るよ。てか、かねやんも帰りは一緒に来るんだろ?」
「そりゃもう! オレも魔術士デビューしたい!」
「――かねやん、向こうのモンスターはマジモンだぞ。俺らは覚悟決めたけど、実際目の前に迫ってくるとマジ怖ぇぞ」
戦闘経験者の時田とシノさんが、揃って真顔でかねやんを脅す。
その声音にかねやんも思わず怯んだものの、すぐさま気を取り直した。
「いや! オレも負けてらんないよ。オレのゴブリン愛を見せてやらなくちゃ!」
かねやん、ゲーム環境でゴブリンが使えるときは毎回使ってるからな。
アテルカに気でもあるのかな?
「シノさん。カードとの恋愛ってどう思う?」
「彼女にできるのかとか疑問も問題も色々あると思うが。……まぁ、好きなカードに惚れ込んで付き合えるってんなら、ある意味でカードゲーマーなら本望なんじゃねーか?」
投げ槍だね、シノさん。良いけど。
「ねぇ、コタロー殿。その板で連絡を取り合うのかい? もしかして、それがコタロー殿が辺境で話してたっていう、『無線通信』かい?」
「そうだよ。俺らも構造とかは知らないけど。――かねやん、所長に説明できたりしない? 電気関係詳しいだろ。工業大卒だし」
所長が興味を示してきたので、かねやんに投げてみる
電気工事士だからね。通信関係や精密機器の構造はともかく、電気の特性なんかは説明してくれたりしまいか。
「良いよ、所長さん。かねやんって呼ばれてます。よろしくッス」
「やぁやぁ、どうもどうも。とりあえずこっちの席に来てくれよ。ぜひ、じっくり話を聞きたい」
「いやぁ、この大魔術士も聞きたいねぇ! 雷は、魔術での再現は難しいんだよ。なのに、ただの技術で使えるというのはとても面白い!」
というわけで、所長たちの座るボックス席に招かれるかねやん。
人数的に全員が同じ席に集まるのは難しいし、時勢的に距離を取って欲しいと言うことなので、ファミレス内のボックス席に分かれて座っている。
あと、メニューの説明とかもしなきゃいけないので、各ボックス席には、日本人が一人以上は座ることにしている。
俺の座る席は四人がけで、俺、アシュリー、クリシュナ、時田が座っている。
話題的に魔術関係のことなんて口にして大丈夫かとも思うけど、異世界組の言語は異世界の言葉だ。スキルを持ってる俺たちやかねやん以外には、とても聞き取れないだろう。
そんなわけで、エルキュール所長、ラトヴィニアス、ノアレックさんという質問したがり三人組の相手は任せたよ、かねやん。
それぞれ各卓で料理の説明を受けながら、食べたいものを注文していく。
料理が届き、異世界組は物珍しそうに食事を始めた。
「ほむぐむ。これは、小麦かの? それにしては甘いな?」
「卵とかも入ってるぞ。……そういや、向こうに乾麺や麺類は無かったな。無発酵の平パンがあるから、てっきりパスタもあると思ってたけど」
カルボナーラを美味しそうに頬張りながら、材料を聞いてくるクリシュナ。
異世界でも作れると思うよ?
トウガラシやニンニクの代わりに香草を使えば、ペペロンチーノに似たものは作れるだろう。いや、香草主体だとジェノベーゼかな。
「どっちかって言うと、こっちの『ぴざ』の方がすぐ作れそうだけど?」
照り焼きチキンピザを食べながら、アシュリーがそんなことを漏らす。
王都の屋台で似たようなものを見たことがあるので、試しに頼んでみたのだ。
お互いに少しずつ交換したりしながら、味の感想を言い合っている。
「……ふむ! これは、父上にも食べてもらいたいな! 辺境領の名物料理になるやもしれぬ!」
辺境領の領都で食べたクロスブルサンドもかなり美味かったよ?
しかし、本場イタリアだと屋台で折りたたんだピッツァをクレープみたいに売っている、いわゆる『立ち食いピッツァ』もあると聞いたことがあるし、料理法を持ち帰れば平民の間でも広まるかもしれない。
「だからだね! 魔力を変調させて放散させることで、波状に拡散させることが……」
「拡散させるよりは、媒介を使って伝達させる方が良くないかい、魔術士エルキュール? たぶん『微風のささやき』は、空間系の理論で経路を作って……」
「電波だと受信は結構簡単ッスよ。ぶっちゃけ、石ころでも拾えます。鉱石ラジオって言うんスけど」
かねやんのテーブルでは、所長とラトヴィニアスの議論が白熱している。
魔石を使った魔石ラジオは可能か、なんて話をしてるんで、この人らなら本当に作ってしまうかもしれない。
その横で、ノアレックさんがしっかり酒を注文していた。
いや、良いんだけどさ。
ノアレックさん、それストロングな奴だよ? たぶん、異世界だとドワーフとかが気に入るような奴だよ?
「飲みやすいのに、なかなか効く酒やんなぁ。冒険者にも流行るかもしれんね」
まだ午前中だというのに、しっかりできあがっている。あとで『解毒』する気か。
店内には俺たちしか客がいないはずなのに、すでにカオス極まりない。
店員さん、ごめんなさい。
「この『だぶるはんばーぐ』というのは、噛まずともするすると胃に入るな。いくらでも食べられそうだ。お代わり!」
「あっはっは。いくらでも食ってくれ。でも、この後に美味そうなものを見つけても入るくらいにしてくれよ?」
ああっ、ナトレイア、そんなに頼むな! 人の金だぞ!?
一体、あいつは何皿食ってんだ。少しは自重しろ。
「うむ、しばらく日本に滞在するのも良いかもしれんな!」
やめろ、シノさんを破産させる気か。シノさん、笑ってる場合じゃないよ、そいつはマジで食うよ。
「……お前ら、今日中には連れて帰るからな?」
三日後には、俺は異世界で帝国に向かうことが決まっている。
向かうだけなら、正直『次元転移』で瞬間移動しても良いんだけど……
こいつらを日本に野放しにしておくと、何をしでかすかわかったもんじゃない。
帝国に向かうときも、俺は全員から目を離すまい、と心に決めた。




