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異世界の仕入れ



 王様との相談を終えて屋敷に帰ると、争奪戦が発生していた。


「むぐっ、ナトレイア! その紅い魚はわらわが狙っておったものじゃ!」


「生魚など食えた物ではないのだろう? クリシュナは大人しく玉子でも食べていろ!」


「……何してんの、お前ら?」


 食堂に行くと、広い食卓の上で、小さく見えるプラ製の大皿を挟んでナトレイアとクリシュナが顔を突き合せていた。

 どうやら、日本から持ち帰ったテイクアウトの寿司を奪い合っているらしい。


 アシュリーが、お茶を口にしながら俺たちの帰還に気づき、声をかけてくる。


「あ、おかえり、コタロー。トキタさんに所長も」


「はいよ、アシュリー。どういう状況?」


 どういうも何も、とアシュリーが傍観者の立ち位置から呆れたように説明してくれる。

 日本のチェーン店の回転寿司屋で、生魚に味を占めたアシュリーが持ち帰り用の寿司も俺の金で注文してたわけだが。


 俺が不在でヒマをしてるクリシュナを見かねて、ナトレイアも含めた二人に、日本での食事の感想を聞かせたらしい。


 生魚を食べるなんてとんでもない、と笑っていた二人だけど。確かに美味しかった上に持ち帰ってきた分もある、とアシュリーが話すと、二人も食べてみることにしたそうだ。


 で、新鮮な生魚に味をしめた二人が、奪い合うように食べ始めて現在に至る、と。

 なるほど。


 いや、美味しく食べてくれるのは良いんだけどね?


「……お前、年長なんだから張り合うなよ、ナトレイア。少しは譲ってやれよ」


「な、何を言うか!? そんなことを言われたら、エルフはだいたい普通人種より年長だぞ!? 何もかも譲ってしまうことになるだろうが!」


 いやまぁ、そりゃそうなんだが。

 相手は聡明な貴族子女とは言え、十歳児だぞ?


「コタロー殿。魚を生で食べているのかい? 中に虫がいたりは、しないのかい?」


 一緒に屋敷に来た所長が、若干引きながら尋ねてくる。

 ああ、そうか。この国は内陸国だっけ。海の魚は流通してないし、川魚にはだいたい寄生虫がいて生じゃ食べられないもんな。


「大丈夫だよ、所長。大半は海の魚だし、寄生虫がいる種類のは一度完全に凍らせて虫を殺してるから。鮮度が落ちて腐らなきゃ、生で食べても問題ないやつしか買ってきてない」


「というか基本的に、日本じゃ食べて腹壊すような悪い食べ物は売ってないですよ、所長さん。……食べ物を取り扱うのには資格がいるし、食中毒なんて出したら一発で店が潰れかねませんから」


 俺の説明に、時田が捕捉する。

 所長には時田のことは紹介済みだし、帰りの馬車で打ち解けていた。


 ……いや、所長は長身の知的美人なので、またも俺がにらまれはしたけど。


『玉子焼きは、エミルちゃんがいただくよーっ!』

「堅いというわけでもないのに歯応えがあって、味もある。美味しい白身魚なのですね」

「なんね、酒が飲みたなるねぇ。海の魚って、泥臭さが無いっちゃねぇ」


 相対する二人の隣では、エミルが玉子焼きの寿司を横から持ち去り、アテルカとノアレックさんは取り皿に取った分をむぐむぐと味わっている。


 エミルは、その玉子焼き、身体の半分近い大きさなんだけど。それ全部食べるの?


 あと、ハンジロウにも残してやれよ。

 あいつ見た目は丸っきりニンジャなんだから、実は米とかも好きなんじゃないの?


「――いやぁ、寿司は異世界でも大人気だなぁ」

「牛丼も美味いと思うんだけどな。こっちの牛肉も美味いらしいし、インパクト不足か」


 その奥では、シノさんと倉科さんがテイクアウトの牛丼を食べていた。

 どうも、朝に牛丼を食べようと決めていたのに食べそびれた倉科さんが、テイクアウト品を食べ始めたところ、シノさんも食べたくなったので付き合っているらしい。


 良いけど。昼食は食べなくて良かったのかな? せっかくの異世界料理なのに。

 ……って、今日は料理人さんの休日だっけ。

 なるほどね、それでか。エルフさんたちのまかないは、昨日の飲み会で作ってもらったしね。


「へぇー……良いなぁ。ナトレイアくん、わたしにも一つ、おくれでないかい?」


「む? 残念ながら、もうほとんど残ってないぞ、所長。量が少なかったからな。正直、食べ足りん」


 あらら、とがっくり肩を落とす所長。

 おいおい。少ないって言ってもちゃんと四人前は買ってきたぞ?

 それで足りないって、どんだけ気に入ったんだ?


 ……気に入ったんだろうな。クリシュナのお腹が、食べ過ぎでぽっこりしている。


 俺が呆れていると、途端に笑い声が聞こえた。


「あっはっは! ――そんなに食べたかったら、オレが向こうでおごるよ。エルフさんも白衣の先生も、いくらでも食べてくれりゃいい」


「え? 良いの、シノさん。所長はともかく、ナトレイアはマジで食うよ?」


 思わず俺が尋ねると、シノさんは嬉しそうに軽く笑っていた。


「いいよいいよ、それくらいの金は出せる。女は苦手だけど、コタローの仲間だってんなら日本でもてなすさ。――今もこうして世話になってるわけだし、異世界の人に日本のものが気に入ってもらえんのは嬉しいやな」


 女性相手なのに、シノさんが珍しく上機嫌だ。

 確かにマンション経営で食うには困ってないだろうけど、そんなに富豪ってわけでも無いんだけどな。

 純粋な気持ちで日本に興味を持ってくれて、こうして仲間づきあいが出来るのが嬉しいらしい。


「ありがと、シノさん。日本じゃなんもできないけど、この世界で欲しいもんがあったら言ってくれよ。もしもこっちで暮らしても、不自由はさせないぜ?」


「おう、コタローにゃ遠慮なく頼らしてもらおうかな! 管理会社には長期旅行に行くって言っといて、しばらくこっちに住むのも良いな!」


「良いなー、シノさん。俺も会社辞めてこっちで暮らしてぇー。――時田、俺も古物商に雇えよ。ネット通販サイトと決済システム作ってやるから」


 牛丼を食べ終わった倉科さんが、シノさんをうらやむようにぼやく。

 話を振られた時田は、んー、と腕を組んで考えて答えた。


「雇うのは良いんだけどよ、倉科さん。食えるかどうかはわからんぜ? ……なんせ、ほら。まだ儲かるとか以前に、売れそうなものも見回ってないわけだしさ。なるべく目立たず、そんなに高く売れそうなもんがあるか、わからんよ」


 ああ、そりゃそうだな。

 何だかんだでまだ、時田はこっちの市場で商品を見てないわけだし。


 屋敷の調度品なんかは高く売れそうって言ってたから、最悪それを売っても良いんだけど。

 高級品の販売は、実は問題がある、と時田に釘を刺されている。

 出元がどこか、とか騒がれるのもあるけど――


 一番の理由は、相場、つまり物価レートの違いだ。


 こっちの世界の貴族の調度品なんかは、とにかく金がかかっている。

 装飾入りの壺や花瓶、家具類は下手すると金貨数十枚は行くし、カーテンなんかの布類も金貨数枚で安い方、なんて有様だ。


 つまり、金貨一枚で十万円と仮定して。

 仕入れ原価が数百万から数十万の調度品を日本で出品するとして――


 日本でいくらの値を付ける気なのか?

 その値段で売れる相手がいるのか?

 売れる相手と知り合えたとして、値段を認めてもらえるほど価値を信用してもらえるのか?


 異世界産の物品は古美術じゃなくて新品だし、由来も歴史的背景も説明できない。

 品物そのもので勝負したとして、生産地不明の、ただ出来や素材の質が良いだけの品物に、仕入れ値に見合うほどの値段を見いだしてくれる客がいるか?

 ということだ。


 日本円への換金が目的だから、多少は原価割れしても構わないけど。

 あまりにも差額が出てしまうようなら、長く続けるには不安が残るのだ。


「理想は、地球にもある素材で、技術的な希少性と価値が高い品が良い。魔法の道具や、ポーションみたいな魔法の薬は論外だ。――衣類、装飾品、貴金属、宝石類、そういうのをとにかく大量に仕入れて、地球の欲しい人が欲しいときにすぐ手に入る、そんな売り方がベストだな」


 と、目的を明示する時田。

 珍しくない素材で、現代の地球じゃ珍しい文化の品物ってことだな。


 手頃な価格で、すぐ手に入る。顧客対象も商品も一般向けの、そういう便利な店。


「コンビニ商法だな。……さしずめ、『コンビニ異世界』か、時田?」


「そうだな、コタロー」


「それなら、王都の商会を見て回ろうか、トキタ殿? 日本でもてなしてくれると言うなら、わたしたちは王都でもてなさなきゃね」


 所長が、王都案内を買って出てくれる。

 それはありがたい。身分は貴族だし、魔導研究所は平民街区にあって、所長は両方に詳しいからな。


「なるほど、確かに礼はせねばな。ふむ……と言っても、私は狩りの護衛くらいしかできることは無いが?」


 ナトレイアの提案に、シノさんたちも盛り上がる。

 まぁ、やっぱり、魔術が使えるんだから、モンスターのいる場所にも行ってみたいよね。しかも護衛付きというなら、なおさらだ。気持ちはわかる。


 でも当面はとりあえず、日本で売れそうなものの仕入れが急務かな。


「じゃあ、案内をお願いするよ、所長」



******



 そういうわけで、俺たちは所長の案内で、王都の商会を見て回ることになった。


「なるほど、なるほど。だいたいそんなレートなのね……って、銀貨たっか!」


「この世界、銀貨は高いよ。たぶん、素材だけでも地球からの持ち込みで差益が出ると思う」


 時田に貨幣の価値を教えると、銀の高額さに驚いていた。

 地球だと銀はこっちよりだいぶ安いんだけどな。流通量の差か、それとも珍重されてるのか、その両方か。


「……銀を安値で持ち込めば、それ以上の額の貨幣に変わるんじゃないか?」


「鋳造権は王家にしか無いよ、クラシナ殿。貨幣の私鋳は法で禁止されてるし、貴族でも罰せられる重罪だからね?」


 興味本位でついてきた倉科さんが、所長からツッコミを受けている。

 そこはさすがに、どこの世界もあまり変わらないのね。貨幣の鋳造権は国家の特権で、勝手に作るな、と。


 じゃあ、貨幣が行き渡ってない僻地はどうやって買い物するのか、というと。

 それはもう、砂金や銀塊などで、重さを量って物々交換するらしい。


 金は重すぎて装飾品には向かず、柔らかくて武具にも向いてないので、地球ほど重用されてはいないらしい。この世界には電気が普及してなくて、伝導性が役に立たないからね。


 やっぱり金を売るか?


 数店舗回ったところで、見知った商会にたどり着く。


「いらっしゃいませ、お客様方」


「ここがゴルント商会。わたしよりも、どちらかというと、デズモント侯爵の方に縁が近い商会かな」


 あ、ここは知ってる。

 オーゼンさんのいる孤児院に行くきっかけになった、ユネス少年と出会った商会だ。

 オーゼンさんの息子の、ドライクルさんが手を回して孤児院の子にも仕事を回してる商会だな。


 結構な大店らしいけど、品揃えはどうなのかな?


「どうだい、何か良さそうな品はあったかい、トキタ殿?」


「うーん、思ってたより衣類の単価が高いんだよな。全部手製だから仕方ないんだけど。……逆に、毛織物の生地とか金属製の装飾品なんかの高級品が、妙に安い」


 時田の感想に、所長が不思議そうに首をかしげる。

 俺にも原因はさっぱりわからなかったけど、同行してた倉科さんは、思い当たる節があったようだ。


「……所長さん。この羊毛、もしかしてモンスター産? だとすると、かなり供給が多かったりする?」


「うん? そうだね、クラシナ殿。『ストライクシープ』は草食で多産だから、駆除依頼は多いよ。王都近辺ではまず見ないけど、わたしの領地なんかじゃ増えすぎて困ってるから、年中狩ってもらってるよ」


 所長の伯爵領や他の領では、大型の羊型モンスターが割と多く、駆除の副産物として羊毛は余っているらしい。

 日本の砂糖みたいに、この国の余剰生産品なのだとか。

 地方だと、女性や子どもの内職として布が織られることもあるらしい。


 もう一つ、倉科さんが推測を口にする。


「あと、金属加工なんだけど。炉の燃料って、何を使ってる? 木炭みたいな木材の加工品か、石炭とかの埋蔵資源?」


「うん? クラシナ殿、セキタンって、それ何だい? ――鍛冶場の炉なら、火の魔道具じゃないかな。どこの鍛冶場にも設置されてると思うよ?」


 なるほど、金属製品は、燃料費が上乗せされてないのか。

 確かに、森林はモンスターの縄張りで、駆除しないとおちおち伐採もできないもんな。

 となると木材資源が貴重なはずなのに、焚き木の値段がそうでも無いのは、鍛冶場なんかの工業利用で消費されてないからか。


 しかし、炭火じゃないと、炭素含有量が足りなくて硬い鋼にはならないはずだけど?


「鋼や合金の製法はドワーフや鍛冶職人の秘伝だから、わたしはよく知らないけれど。理屈でそうなっているんなら、実際には多少使ってるんじゃないかな?」


 なるほど。

 いつか、ドワーフの鍛冶職人にでも聞いてみよう。いや、下手に職人の秘伝を口にしちゃうと、まかり間違って殺されかねない可能性もあるけど。


 危険な話題は早々に打ち切って、時田に手応えを聞く。


「で、売れそうか、時田?」


「まぁ、色々あるな。採算取れそうな奴は結構多い。特に、このツイード生地とかの毛織物は、日本だとたぶん、三倍くらいの値段で卸せるんじゃないかな?」


 本物の羊毛ではなくモンスター素材なので、亜流製品として廉価販売することを考えても、充分儲けは出るという。

 DNAとか詳細に調べられたら非常にマズいけど、羊毛生地をわざわざ科学的に比較鑑定する人とかいるのか?


 それを言っちゃったら、鉄なんかの鉱物も、詳細を調べると実は地球産とは組成が違ったり、なんて可能性もあるしな。

 人体に害が無いことは実証済みだから、素知らぬ顔して売ってもらうか。

 転売品だし、万が一、何か問題になったら仕入れ元はとぼけよう。


「防具とか、刃引きした武器とかも売れそうなんだけどな。――コタロー、そういうのって、国王陛下の言ってた『日用品』の範囲に入ると思う?」


「大丈夫だと思うよ、トキタ殿。そっちの故郷じゃどうか知らないけど、こっちじゃ普通の武器防具なんてありふれてるものだし。……でも、何に使うの? 戦う機会は無いんでしょ?」


 俺の代わりに、所長が答えてくれる。

 軍需物資はダメだけど、魔道具じゃない一般的な武器防具は、まぁ、冒険者にとっちゃ日用品の範囲か。


 所長の当然の疑問には、時田があっけらかんと返した。


「その格好するだけで満足する奴も多いんすよ。……あと、実際に甲冑を着て戦う競技もあるにはあるんで、一定の需要はあります。そうスね、命のやり取りじゃない、腕試しっつーか」


 そんな競技あるの。

 何でも『ヘヴィファイト』という競技名で、地球に、西洋の甲冑を着て模擬戦する競技があるらしい。マイナーなんだけど、愛好者は確かにいるとか。

 それを題材にしたコミックも一時期あったほどなのだと。


 騎士のロマンだね。

 そうと言われれば、確かに気持ちはわかる。


 でも異世界産の装備を使っちゃうと、マジもんのドワーフ製の甲冑を着たりすることになるんだけど。

 ……なんか、そう説明文を付け加えた方が、逆に喜ばれそうな気もするな。




 そんな感じで、若干の問題を抱えつつも、俺たちは異世界産の商品を物色していった。










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[良い点]  何でも『ヘヴィファイト』という競技名で、地球に、西洋の甲冑を着て模擬戦する競技があるらしい。 ↑ ドイツ流剣術とか結構な勢いでぶつけたりで安全性どうか?とか思ったけどそこがまた格好良いで…
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