杯を酌み交わし
光が収まり、光景が切り替わる。
そこは日本の光景ではなく、中世風の洋装に彩られた屋敷の中。
屋敷のロビーに姿を現した俺たちに、近場にいたメイドさんが、口を手で覆って驚いていた。
声も出せずに固まっているメイドさんに、俺は苦笑しながら声をかける。
「やぁ。戻ってきました。……みんなは、まだ屋敷に残ってるかな?」
「しょ、少々お待ちください! マクス執事長を呼んで参ります!」
俺が最後まで話すよりも早く、メイドさんが笑顔で駆けだしていく。
あの、俺、一応、この屋敷の主人……
まぁいいか。
呆けた顔で周囲を見渡している同行者たちを、振り返る。
「時田、かねやん、シノさん。ここが俺の屋敷。とりあえず、荷物は使用人さんたちに運んでもらうから、下ろしてもらって良いよ」
『お、おう。広いな』
『マジ貴族……ルネッサンスとか言ってる場合じゃねぇッス』
『異世界ってより、別の意味で世界が違うわ……コタロー、お前、こっちで何やったの?』
日本人組は、屋敷の広さと内装に魂を抜かれて、呆気にとられていた。
やがて、メイドさんから知らせを受けたマクスさんが、手の空いていた使用人さんたちを引き連れてやってくる。
何かを話す前に、マクスさんは俺の顔をじっと見つめて、思わずと言った様子で、安堵に表情を緩めた。
そして、俺たちに向かってうやうやしく一礼する。
「お帰りをお待ちしておりました。……ご無事の帰還、お喜び申し上げます、旦那様、アシュリー様」
「うん。何とか帰ってこれたよ。……後ろの三人は、俺の友人たち。最重要の客人としてもてなして欲しい」
俺のリクエストにマクスさんは、かしこまりました、と答えて、時田たち三人に向けて自己紹介をしていた。
もちろん、異世界の言葉は三人には通じないので、俺が翻訳をした。
『マジもんの執事かよ……はぁー、コタロー、お前よく平気で暮らせるな、こんな生活』
「いや、さすがに平気じゃねーよ。主人だからって呼び捨てろ、って言われてるけど『さん』付けがどうしても抜けんわ」
呆れる時田に本心を吐露すると、だよな、とうんうんうなずく時田。
確かに雇用者は俺なんだけど、それだけで主君扱いは、日本の庶民には慣れんわ。色々と日常的に頼っている分だけ、間違っても下に見るような態度は取れない。
「コタロー! アシュリー! 帰ってきたか!」
ロビーに響く大声に振り返ると、そこにはエルフの皆さんと――
俺たちを待っていた、ナトレイアとグリザリアさんの親子がいた。
『おおお、エルフ! エルフだよ!』
『ヤバい、美人……あれ、親子スか?』
『美少女メイドだけじゃなく、美人エルフ親子と同棲……業が深ぇな』
案の定、本物のエルフに騒ぎ出す日本組は今は放っておいて、駆け寄ってきたナトレイアと肩をたたき合う。
ナトレイアは好奇心もあらわに、アシュリーに尋ねた。
「その様子だと、向こうでも無事だったみたいだな、アシュリー。違う世界とやらは、どうだった?」
「凄かったわよ、ナトレイア! 街並みはなんかピシッと整ってるし、食べ物は美味しいし! あ、でも世界的な疫病が流行ってるらしいわ」
なんと、と最後の言葉に驚くナトレイア。
そうそう、防疫をしとかなくちゃ。俺の魔力はまだ回復しきってないから、ナトレイアとグリザリアさんにも頼もう。
「ナトレイア、グリザリアさん。疫病は『治癒の法術』と『解毒』で防げるみたいだから、二人とも、みんなにかけるのを手伝ってくれないか?」
「いいわよぉ……後で、使用人のみんなにもかけておきましょうか」
オリジナルリストを喚び出し、『治癒の法術』と『解毒』を複数枚カード化して、二人に渡す。
『おお、すげぇ。なるほど、そうやってゲームみたいにカードを使うのか』
「……? ちょ、時田?」
こちらをのぞき込んで感心する時田に、思わず目を丸めてしまう俺。
「時田。お前、この『カード』が見えるの?」
時田は、あっけらかんと答え、後ろのかねやんとシノさんを振り返る。
『うん? そりゃ見えるよ、だって魔法の、っつってもカードだろ。なぁ、二人とも?』
『そうスね。後、そのカードを取り出してた本みたいなの、カードファイルですか?』
『何を今さら。日本でも使ってたじゃねーか。……てか、本当は見えないもんなの?』
全員……カードが見える?
時田のみならず、かねやんもシノさんも、冗談を言っているようには見えない。
俺は、とあることに思い至り、時田に『鑑定』をかけてみた。
そう言えば、日本では戦闘なんて無いから、誰にも『鑑定』をかけていない。
すると、驚きの結果が出た。
名前:ケンジ・トキタ
職業:商人
HP:10/10
魔力:5/5
攻撃:0
スキル
『魂の絆-カードマスター』
・該当する魔法とリンクし、所持スキルの一部を使用できる。
魔法となった者が、魂の奥から求め望み、それに応えた異邦者との絆。
ステータス表記が違う! 階位こそ無いけど、時田もプレイヤー表記だ。
それに、スキル欄の『魂の絆』。
これは、もしかして俺の能力がリンクしてるのか?
「……時田たちも、俺の『カード』が使えるみたいだ。魔術を使ったり、モンスターを召喚できたり」
『マジか!? おおお! 俺たちにも異世界転移の特典が!』
『ウソ!? 俺たちも勇者ッスか!? やった、オレにも主人公になれる目が!』
『魔法使いかー……三十にならなくても、なれるもんなんだな……!』
大騒ぎする日本の三人。
魔力が足りなくて『鑑定』をかけられてないけど、たぶん、かねやんとシノさんにも同じスキルがあるはずだ。
……とすると、一つ、不思議なことがある。
「みんな、日本語しか話してないけど、この世界の言葉は話せねーの? 『鑑定』で出たテキストを読むと、俺の『異世界言語』がリンクされてそうなんだけど……」
『そうなんか? でもどうすりゃ使えるんだ? この世界の言葉を話す、とか意識すれば良いのか? うーん……?』
悩みながら、試行錯誤してみる時田。
すると、俺の脳裏に何かを求められるような感覚があった。
これは、スキル使用の承認要請か? 拒否せずに、受け入れてみる。
「――よくわからん。これで話せてるか、コタロー? ダメか?」
「おお、本当に話せてるな、お客人」
驚いたのは、俺ではなく、話を聞いていたナトレイアだ。
「――マジッスか? え、これ、エルフさんの言葉が聞き取れる?」
「あ、俺もだ。――こんなことできんのかよ! コタロー、お前がオレらの神か?」
二人も承認すると、無事にスキルが適用されたみたいだ。
常時発動じゃなくて、選択発動――パッシブじゃなくて、アクティブスキルなのね。
一度承認するとパッシブになるっぽいけど。
俺が大元の親機で、みんながそれに繋がる子機みたいな感じなのかな?
てことは、やっぱり俺が死ぬとスキルが消えて、みんなが異世界に言葉もわからず放り出されることになってしまう。そうはならないように、気をつけよう。
「どうやら、エルフ種族の存在は知っているようだな。――私は、コタローの戦友でエルフのナトレイアという。お客人たちも、よろしく頼む。隣は私の母で、エルフの里の族長をしているグリザリアだ」
「グリザリアよー。伯爵が里のエルフを雇用しているので、わたしは客人として逗留してます。……よろしくね?」
ゆさっ、と揺らすのを忘れないグリザリアさん。
美人エルフ剣士と爆乳エルフママと言う組み合わせに三人の表情が緩み、そして俺に怒りの矛先が向いた。
「コタロー、てめぇ! 嫁だけじゃなくてエルフ美人まで仲間にしてたのか!」
「コタローさん……ずるいッス……!」
「爆乳熟女エルフを家に泊めてんのか……コタロー、お前、剛の者だな……」
首に腕を回されたり、腕を捕まれたり。
ふはは。すまんな、みんな。我が家はエルフの使用人さんだらけで美人揃いなのだよ。
「まぁまぁ。……というわけでみんな。みんなも魔術が使えるみたいだから、防疫は各自でよろしく」
スキルの仕様確認として、カードを喚び出して使ってもらう。
ほいほい。承認、承認、っと。
……カード化とスペル使用スキルに関しては、承認の取り消しができるっぽいな。
オンオフの切り替えが、俺の意志でできるってことなんだろうけど。まぁ、あまり切り替える機会は無さそうだ。
日本では、みんなはスペル使用とかはオフにしたがるかもしんないな。
使い道が限られる割りに、他人に知られると面倒なことになるし。
みんなが防疫と自己紹介を済ませたところで、持ってきたお土産を広げる。
中身は大量の袋菓子や箱菓子が主だけど、生菓子の類いも少し買ってきている。
あと、俺がこっちで飲みたかったコーラとサイダー。
酒は苦手なんだよ。
屋敷には料理人さんがいると伝えているので、上白糖、塩を一袋ずつと、何種類かの香辛料や調味料も買ってきている。
似たような素材があれば、こっちでも再現できるかもしれないしな。焼き肉のタレとか。
「……何だか、豪華というか、華やかな箱や袋ばかりだな? 色鮮やかだし……これは、紙で作った箱か? 高かったのではないか?」
「いやいや、なんかすごく安いみたいよ、ナトレイア。――『向こう』は、料理も美味しいし、肉にはまったく臭みが無いし、お酒も飲んだこと無いのが多かったわ! このお菓子も、料理一食よりぜんぜん安いのに、すごく美味しいのばっかりだったわよ!」
写真やデザイン柄の入ったパッケージの、日本のお土産を重宝がるナトレイア。
その話題をきっかけに、アシュリーが大きな興奮を見せながら、日本の感想を話す。
アシュリーのはしゃぎように、ナトレイアも日本に関心を持ったようだ。
今度はナトレイアたちも連れて行くか。エルフの耳は『モルフスキン』で隠さなきゃな。
「……そう言えば、マクスさん。所長やノアレックさんや、クリシュナは、いないんですか? 所長以外はもう辺境に帰っちゃったとか」
所長がワイバーンを喚べるから、ノアレックさんとクリシュナはもう辺境領に送り返しちゃったかな?
と少し思ったけど、そうではないようだ。
「いえ、旦那様。ロムレス伯爵には、魔導研究所に報せの使いを出しております。――ノアレック様とクリシュナ様に関しては、お屋敷に旦那様が不在と言うことで、デズモント侯爵家の方に招かれていたようです。ただいま、侯爵家にも使いを出しております」
デズモント侯爵家? なんでまた?
……って、ああ。ドライクルさんじゃなくて、前当主のオーゼンさんの繋がりか。
オーゼンさんと、辺境伯のロズワルド様は個人的に仲が良いようだし、その娘のクリシュナを家に招待したんだろうな。ノアレックさんは、そのお守りというか護衛かな。
オーゼンさんは別邸に住んでるって話だったけど、本邸の方に顔を出してたのかな?
「ご主人様!」
「主よ、戻ったか」
『マスターっ! おかえり――っ!』
屋敷の外にいたらしい、アテルカたちも戻ってくる。
グラナダインは悠然と微笑み、エミルは俺に飛びついてくる。
日本のみんなにアバター組を紹介すると、リアル妖精たちに感動していた。
特にアテルカは、ロリエルフかハーフフットか、という外見だ。この美少女がゴブリンだと言うことに、かねやんがえらく盛り上がっていた。
そういや、かねやん、ゴブリンデッキをよく使ってたな。
「……お前もいるのか?」
「――はい、お館様。お帰りをお待ちしておりました」
どこにともなく呼びかけると、ハンジロウが音も無く現れる。
すまんな、またしばらくお前の世話になるよ、ハンジロウ。よろしくな。
「さぁ、日本の土産がたくさんあるんだ! みんなで食べよう!」
その後は、みんなでお茶会になる。
同席はしないけど、使用人さんたちも後で同僚たちでティーパーティを開くそうだ。
クッキーなんかの乾き物がほとんどだけど、グリザリアさんたちはほっぺたを押さえて喜んでいた。
「美味しいわぁ……甘みもそうだけど、粉の味もはっきりわかるわね。小麦の味と、バターの味がたまらないわぁ……」
「サクサクホロリと、何とも言えぬ食べ応えだな。こっちの黒い奴も良い。あと、この『どーなつ』というのは、こっちでは作れないのか? 一つでは足りんぞ……」
バタークッキー、チョコチップ、ラングドシャ……
種類も結構あり、食べ比べで盛り上がる。
安くても良いから何種類も大量に、というシノさんの提案は、的を射ていたようだ。
貴重な甘味の食べ比べに、女性陣は大喜びである。
紙箱とナプキンで持ち帰れるドーナツもたくさん買い込んだけど、どんだけあっても使用人の皆さんにも分けると、人数分で精一杯だからな。
今は一つだけで我慢してくれ、ナトレイア。
そのうちにマクスさんにも同席してもらい、色々と意見を聞いてみる。
所長たち研究員の差し入れに甘いものはどうかな? とか。
王様に献上しても怒られないかな? などなど。
元は王族施設の管理人だったマクスさんは、日本の一般的な菓子の出来に驚き、これなら貴族や王族相手に贈っても大丈夫でしょう、と太鼓判を押してくれた。
やっぱりチョコは強いか。由来は薬用として珍重されてたもんだしな。
パフにチョコを染みこませた奴が手も汚れにくくて食べやすい、とのこと。
ホワイトチョコは苦みが少なくて、普通のチョコと派閥が出来た。
あと、意外だったのが生地にレアチーズやヨーグルトを練り込んだケーキ菓子。
かすかな風味と酸味と、ベリージャムのフレーバーが好評だった。
そうか、この世界、レアチーズやヨーグルトが無いのか。
あと、時田が面白半分に、自分たち用に買ってきていた激辛ポテトスナックやピザ味チップスなども差し出すと、ナトレイアが酒を要求しだしてお茶会ではなくなっていった。
香辛料の強烈な刺激に、アルコールが欲しくなったようだ。
まだ昼過ぎだぞ?
とは思うものの、今日は異世界に帰ってこれたお祝いだ、と宴会が始まった。
使用人さんたちが、持ち込んだ調味料やエルフの里の調味料で料理を作ってくれて、昼飯を済ませたはずのアシュリーたちまで杯を酌み交わし始めた。
言葉が通じるのもあって、日本から来た三人は、あっという間に屋敷になじんでいる。
来れなかった倉科さんや飯山店長が知ったら、うらやましがるだろうなぁ。
たぶん、二人にも同じスキルがあるだろうし、かねやんも明日には一度日本に送らないといけないので、すぐ日本に戻りそうだ。
異世界で帝国との大使に任命されかけてたのもあって、忙しくなりそうだなぁ。
まぁ、楽しいからいいか?
そうして、異世界と、日本の……ごく一部のカードゲーマーたちの、交流が始まった。




