異世界への招待
「づあー……飲み過ぎたー……」
早朝、二日酔い状態のみんなに、酔い覚ましの『解毒』をかけてまわる。
昨夜は、積もる話に花が咲いた。
俺がいなかった間のこと、俺が死んだときのこと――
そんな重い話はすぐに消え、雑多な、本当にどうでもいい話ばかりで笑い合った。
『目的は果たせた?』
ふと振り返ると、目を覚ましていたアシュリーがこちらを見ていた。
柔らかく笑う彼女に、俺も笑ってうなずいた。
「ああ。ずっと、このために戦ってきた。――ありがとうな、アシュリー」
幸せだった。
待ち望んでいた時間がそこにあった。
傍目からにはきっとどうでも良い、何の変哲も無い、けれども俺が求めてやまなかった、何よりも大切だった懐かしい時間。
別れがあった。時間が流れた。時勢も変わった。少し歳も取った。
それでも、みんなは変わらず、ここにいてくれた。
その『日常』こそが何よりも貴重で、俺にとっては大事だったんだと再確認できた。
「おーい、二人の空気作んねーでくれるー? ここ、神聖な男同士のたまり場なんですけどー?」
時田の呆れた声に、俺とアシュリーは我に返った。
言葉はわからないまでも、照れてうつむくアシュリー。
そのツッコミを皮切りに、みんなも口々に軽口をたたき出す。
「リアル嫁作った以上、この家には出禁っつーことでどうスか、飯山店長?」
「もちろん、不埒な真似した人は出入り禁止だよ、金見くん」
「いや、その子の飲みっぷりはヤバいわ。女の子っつーよりゴリ……『姐御』だろ」
「腕相撲であっさり全員抜きしたのは凄かったな。さすがはゴリ……冒険者だわ」
かねやん、飯山店長、シノさん、倉科さんがそれぞれ、あくび交じりに昨夜の感想を漏らす。
シノさんと倉科さん、人の彼女を『ゴリラ』呼ばわりすんな。
いや。正直なところ、俺もアシュリーはソレ系だと思ってるけど。
考えてもみて欲しい。アシュリーは素手で攻撃力を『1』持っている。
そして、『鋼の剣』を装備したときのプラス修正値も同じく『1』だ。
つまり、単純に考えて――非力な素人が鉄の塊を振り回してぶん殴ったとき、と同じだけの威力を、素手のパンチで出しかねないのだ。
もちろん、色々な要素はあるけど、攻撃力持ちは決してナメてはいけない。
『ごり?』
「何でもない。鍛えてるねって意味だ」
日本語はわからないはずなのに、野生の勘で的確に単語を捉えてくるアシュリー。
きょとり、と首をかしげているけど、意味を知ったらみんなが流星弓の的になる。
「……で、コタロー。俺たちも異世界に連れてくって話は、本気の本気の、マジ話でいいんだな? ――異世界行く奴は、何人だー?」
「僕は店があるから、今日すぐには無理かな」
「俺も仕事だわ。なるべく早く有給取るよ」
飯山店長と、倉科さんはそれぞれ仕事で不参加。
「オレは今日は休みッスけど、一泊で帰れます? 無理なら、親父……社長に電話しとかないと」
「オレはいつでもヒマだから、付き合うぞ」
「――ってことは、俺を含めて三人か。向こうの様子を確認する意味で、俺らだけ先に招待してもらうのが良いか?」
かねやんは一泊なら可で、自由人のシノさんはフリー。
言い出しっぺの時田を含めて、三人が名乗りを上げた。
三人ともフリーランスみたいなもんで、飯山店長と倉科さんは店と仕事があるからな。飯山店長も自営業だけど、客商売なだけあって、お客さんに休業告知はしないといけない。
「コタローが元々住んでた部屋は、もうどう考えても解約されてっだろ? ウチに寝泊まりしろよ。じいちゃんは店舗の上を自宅にしてたから、俺もそこ継いで住んでんだよ」
「え? そりゃありがたいけど、時田にばっか、そこまで世話になるわけには……」
違う違う、と時田はかぶりを振った。
自分のポケットからスマホを取り出し、俺に見せる。
「コタロー、携帯も無くしたんだろ? 誰かが一緒じゃないと連絡を取る手段が無いんだから、こっちにいる間は俺んとこに泊まれ。――今日、俺の名義でもう一回線契約してくるから、せめて、それ持つまでは俺と一緒にいろ」
「そ、そりゃそうだけど。でも俺、家賃や通信費を払えるアテが無いぞ?」
時田は少し考えた後、「金貨……ばかりはマズいか」と漏らした。
「じゃあ、こうしよう。お前、異世界の金は持ってんだろ? 異世界の衣類とかアクセサリとか、定期的に俺に売ってくれ。なにも魔法の道具じゃなくても、中世ファンタジー風の衣装や小道具は、いくらでもネットで買い手がつく。なにせ本物だからな」
ああ、確かに。コスプレとかもそうだし、西洋趣味のお客は日本にもいるか。
ネットだと、自作の手芸品の個人販売なんかも出されてるだろうし。
いっそのこと、日本の存在は伏せて、事業として職人に発注してもいいな。
魔道具じゃなくても、貴族用の装飾品とかなら、結構な値段になりそうだ。
王都には、細工の得意なドワーフの職人も多いしな。
ネット通販も多用してる時田ならではの申し出だな。
「わかった、時田。なら、一緒に『向こう』に行って売れそうなものを教えてくれ。そこから諸々の費用は払うし、古物商としての利益も抜いてくれて良い」
「あいよ、商談成立だな。……異世界転移って言うか、仕入れの出張になっちまうな」
にっこりと笑う時田。
何ともはや、思わぬところから収入のアテができた。
頼れるものは信用できる仲間だな。
そうと決まった以上は、時田にも存分に儲けてもらわないとだな。俺の日本での収入が途絶えてしまう。一蓮托生、ってところか。
「良いなぁー。儲かりそうなら俺も雇って下さいよ、時田さん」
「かねやんなら良いぜ。仕入れ元の秘密が守れるからな。食えなくなったら、俺の店に来いよ」
さすが一国一城の主、頼もしい年上の言葉に、就職先に困っていたかねやんは目を輝かせていた。
実家の電気工事会社は継がなくて良いのかな? 詳しくは聞いてないけど、個人経営じゃなくて共同経営とかなのかもしれない。
「うぐわぁぁぁ……俺も参加したい。くそ、会社辞めちまおうかな……」
「あはは。何も金銀財宝じゃなくても、異世界は夢が広がるねぇ」
倉科さんが血の涙を流さんばかりに悔しがり、飯山店長がおっとりと眺めている。
ふと、二人の様子を見ていたシノさんが、思いついたことを口にした。
「飯山店長。異世界にカードゲームを広げたら良いんじゃないスか? ほら、俺たちだって、英語が話せなくても英語版のカードを使ったりしてるでしょう。テキストさえ翻訳できれば、向こうの人も遊べるんじゃないですか?」
「あはは! 異世界でカードゲーム大会を開くの? いいね、流行るかもね!」
「異世界人のプロプレイヤーが生まれたり、ですか? 良いですね。俺が異世界の初代世界王者になってやる!」
シノさんの提案に、飯山店長は大いに喜び、倉科さんは野望に燃えていた。
カードゲームの話題になると、途端に盛り上がる。やっぱりみんな、カードゲーマーだなぁ。
エルフのプロプレイヤーが、エルフデッキで優勝したりしたらどうするよ? とか、
ドワーフが鍛冶製品じゃなくて、新しいコンボを発明したらどうする? とか。
しばし時間を忘れて盛り上がった後、時計を見た倉科さんの悲鳴で我に返った。
「ヤバい、俺もう帰らないと! ――お前ら、俺以外に四人までなら車に乗せられるけど、どうする? 電車かバスで移動するか?」
「ああ、じゃあ僕も車を出すよ。店のカギは開けるから、移動しちゃおう」
そういうわけで、みんなで飲み会の後片付けをして、移動することになった。
飲み潰れてそのまま雑魚寝になったわけだけど、食卓の惨状は全員で清掃する。
アシュリーも、食器や空き缶という資源をそのまま捨てることに驚きながらも、手伝ってくれた。
『楽しかったわ。冒険者の飲み会とそう変わらないわね。また、こんな風に騒ぎたいわ』
そう笑うアシュリー。
男だらけの中で雑魚寝だったんだけど、平然とそう言えるのがさすがだよ。
いや、俺が信用してる仲間たちだから、アシュリーも信用してくれていたのかな?
やっぱり、うちの嫁は男前だな。
******
一応の防疫対策も取りながら、カードショップ・リキに到着する。
仕事のある倉科さんと別れ、店長がカギを開けてくれた店のプレイスペースで、今日の予定を相談することにした。
「とりあえず、俺は金を下ろして携帯ショップで契約してくる。『向こう』に行くのは、いつ頃にする、コタロー?」
「時田が戻って……昼飯食ってからにするか? アシュリーが日本のメシ、気に入ったみたいだし」
「じゃあ、買い物行こうぜ、買い物」
「えっ、えっ? 何買うんスか、シノさん?」
かねやんが尋ねると、シノさんは「ばん!」とテーブルに手をついていった。
「――そらもう! 日本製品の持ち込みだろ!」
はい、シノさんアウトー。
文化侵略は良くないと思います。
呆れながらも、一応忠告してみる。
「シノさん。家電系の便利製品は向こうに普通にあるし、その上で逆に電気自体は無いから、日本のものは使えないよ?」
「いやいや、そういう技術系の奴でもいいんだけどな? 俺は、異世界ではもっと別の日本製品が喜ばれると思っている! それは――菓子だ!」
とても大仰な調子で、シノさんが叫ぶ。
菓子かぁ。まぁ、甘いものは確かに異世界だと高価だけど?
「というか、世話になるんだから菓子折の一つでも用意すべきだろ。差し入れや手土産を買ってくのは礼儀だろ」
急に素に戻って常識的なことを言うシノさん。
あ、はい。確かに、ごもっともです。
危ない、言われなかったら手ぶらで異世界に帰るところだった。
そうだな、せっかく日本に帰ったんだし、日本のお土産を向こうのみんなに買っていくべきか。
昨夜の飲み会では菓子はまったく用意していなかったので、アシュリーにも今の話について、意見を聞いてみる。
『良いんじゃない? みんな、喜ぶと思うわよ』
とのこと。
シノさんからの意見で、甘味が高価なら変に高級な菓子を買うよりも、スーパーやコンビニで売っている箱菓子や袋菓子をたくさん買おう、ということになった。
それなら、日本に帰るたびに買えるからな。
俺の手持ちでも大量に買えるから、使用人の皆さんやエルフの里の人たちの分も購入できる。
「あの、シノさん。コタローさん貴族ッスよ? 貴族のお土産が、そんな庶民的なお菓子とかで良いんスか?」
「そうか? かねやんが考えてるより、日本のメーカーの菓子はクオリティ高いぞ。俺もたまに料理するけど、あの味で、あの値段の予算で、って作ろうとしても絶対に無理だ。それに、日持ちするものも多いしな」
長くちょっとずつ楽しんでもらうのにちょうど良いだろう、とのこと。
確かに、クッキーとかチョコとか、いっぺんに食べるとも限らないしな。毎日少しずつ楽しみたい人もいるかもしれない。
というか、貴重品だからみんな少しずつ食べるか。
いざというときは、保存食にもなるかな。
「おいおい。ビニールとか持ち込んで良いのかよ、シノさん? 自然に還らねーぞ?」
「そんなの大した量じゃ無いんだから、集めて魔法で焼却しちまえ」
暴論だけど、まぁ、できんことはない。
孤児院とか外部に持って行くときは、紙のみにするか、パッケージを剥がす必要があるな。
ミスターなドーナツ屋とかも、紙箱で、あんまりビニールは使ってなかったな?
「アシュリーさんに試食してもらったら? ウチは本当は食べ物の持ち込みはダメだけど、今日はそこで試食して良いよ。他にお客さん来ないだろうし」
飯山店長の申し出で、アシュリーに判定を委ねることにする。
なんてったって、元・公爵令嬢だからな。ゴリゴリしてるけど。
なお、世話になってばっかりなので、時田が店の売り上げに貢献すべく、カードデッキを三つほど注文していた。
デッキ三つだとカード総枚数は二百枚を超えるので、値段も余裕で十万を超える。
商品を準備する時間があるので、支払いはお金を下ろしてきた後で良いよ、と店長も喜んでいた。
……店に貢献しつつ、みんなで向こうでカードゲームするつもりだな。
まぁ、そのつもりでみんなを招待してるんだけど。
向こうで売れそうなものがあったら、ちゃんと時田に卸さないとな。
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店長の許可を得て、召喚したデルムッドに犬用ジャーキーなどを与えつつ、ラトヴィニアスを喚んで『次元転移』の準備をする。
世界を超えてもアバターを召喚できることはわかっているので、今回の移動は俺・アシュリー・時田・かねやん・シノさん、の五人だ。
ラトヴィニアスは、アシュリーのお眼鏡にかなった日本のお菓子とコーヒーを堪能しつつ、デルムッドと戯れながら店内でカードに戻されるのを待つらしい。
外に出てみても良いかな、なんて聞かれたので、「お前日本語できないだろ」とツッコんでおいた。
どのみち、日本に来るたびにラトヴィニアスを喚ぶ必要があるので、観光する機会はまだいくらでもある。
本人もそのことをわかっているようで、悠々とプレイスペースに腰を下ろして、缶コーヒーを飲んでいた。
貴族服にシルクハットなんだけど、妙に缶コーヒーが絵になるな、こいつ。
貴族丸出しのラトヴィニアスの服装と態度に、日本のみんなも、いよいよ異世界の存在を実感したらしい。
心持ち緊張しながら、日本で買い込んだ山のようなレジ袋をみんなで持つ。
荷物の確認は万端、忘れ物もなし。
じゃあ、行くか。異世界のみんなに顔を見せて、安心してもらわないとな。
「じゃ、使うぞ――『次元転移』!」




