旧友たちとの再会
「せっかくだから、今日は僕の家に泊まりなよ。久しぶりに、みんなも集まるように呼びかけてみよう」
飯山店長のありがたい申し出に、お礼を言ってうなずく。
客が来ないのはわかりきっているので、今日は告知の張り紙をして店を早仕舞いしてしまうそうだ。
さっき聞いた時勢的には集まって大丈夫なのか、と尋ねてみると、もちろん良くないことだけど、こんなときにお祝いせずにどうする、と返された。
二年ぶりでも温かく迎えてくれる、店長の心意気が嬉しい。
ただし、飲み会の場所は市内にある店長の自宅で宅飲みだということ。
チェーン居酒屋やファミレスなんかは、国からの要請で営業時間を短縮しているので、集まって食事するのには向いてないらしい。
……昔は、閉店時間までカードで遊んで、終わったらみんなで連れだってファミレスやラーメン屋で食事してたもんだけどな。
カードで遊んだ後に、一緒に食事をしながらとりとめの無い話をするのを、みんな楽しみにしてた。カードの話。日常の愚痴。ゲームのネタなんかで笑い合っていた。
なじみのすくない、出会ったばかりの人でも、そんな食事をきっかけに仲良くなった人たちは何人もいた。
もう、そんな出会いも交流もない世界に、なっちまったんだな。
一応、一般的な会社の終業時間まで待って、店長がレジを閉めてから店を引き上げることにした。
待ち時間の間に、アシュリーには日本の説明をしておいたが、なぜだか「魔道具が発達して普及した世界」みたいな捉え方をされた。
ああ、うん。
モノは科学だけど、技術が発達して活用してるってのは、おおむね間違ってない。
「お待たせ、二人とも。誰も来ないみたいだから、もう行こうか。……僕の車に乗せていくよ」
……やっぱり、誰も店には来ないのか。
******
『コタロー、何これ? なんで馬なしで馬車が動くの!?』
お約束と言わんばかりに、俺と一緒に後部座席に乗ったアシュリーが大騒ぎしている。
うーん、内燃機関の仕組みは、平易な言葉だと説明が難しいな。
油を燃やして、車輪の付いている車軸を回してるんだよ、とだけ教えておく。
「あはは。彼女さん、大騒ぎだねぇ」
運転しながら、飯山店長がバックミラー越しに楽しそうに笑いかける。
アシュリーのことは、異世界人の彼女だと店で説明している。
説明を聞いた瞬間、店長は笑顔でフリーズしていたけど、そこはさすがの大人の対応。
すぐに気を取り直して、おめでとう、と祝ってくれた。
「でも、大丈夫かな? スーパーで、ツマミなんかの買い出しをしていきたいんだけど」
「大丈夫……じゃないですね。じっとしてるように言い含めておきます」
光景的には、屋内で開かれてるだけで、異世界の市場と大差ないんだけどな。
アシュリーは日本に到着したばかりのときも、建築様式に直線が多すぎるとか驚いてたし。向こうだと、ビルみたいに真っ直ぐな人工の直線は少ないからな。レンガ積みみたいに、建築物にも歩道にもだいたい少しいびつさが残ってる。
整然とした近代のスーパーや、パック詰めされて並んでる惣菜なんかを見たら騒ぎそうだ。
というか、案の定騒いだ。
『すごい! 野菜がキレイ! 肉も、同じモノがずらっと並んでるように見えるのは何で!? あと、量が少なくない? 固まりで売ってないの? ――この切られた肉、ヒレがあるってことは、もしかして魚? 海が近いの!?』
たいへん、お気に召したようである。
街並みが異様に見えていた分、なじみの深い『市場』の同類を目にして、理解しやすい分だけテンションが上がってしまったようだ。
「コタローくん、お酒は飲めるようになった? 他のみんなは、倉科くんが車で拾ってくるらしいから、僕も一緒に飲もうと思ってるんだけど。自宅だし」
「いやー、まだ苦手ッスね。チューハイくらいならいけますけど。……アシュリーは、結構飲みます」
王都の酒場でも帝都に潜入したときも、がっぱがっぱ飲んでたもんな。
異世界のエールが薄いせいもあるけど、向こうは生水が危険な地域もある分、習慣的に低アルコール飲料が常飲されてて、だいたいの人が飲み慣れてる。
「じゃあ、ビールは六缶パック買っておこうか。せっかくのお客さんだから、プレミアムな奴も何本か買っておこう」
「いやいやいや、そんな上等な奴じゃなくても。ストロングな奴でも飲ませておけば大丈夫ですよ、きっと」
安い、美味い、キマる、と愛飲者からは危険な評判で有名な、ゼロの類いを買い物カゴに放り込んでおく。暴走したらこれの五百ミリ缶を二本も飲ませておけば、大人しくなってくれるだろう。
「唐揚げと、冷凍ギョーザは定番として。何か食べたいものはある、コタローくん? 久しぶりの日本食だろ。お金の遠慮は要らないよ、今日の主賓だからね」
繰り返すようになるけど、俺は日本の金は無一文だ。
そのことはもう話していて、今日の飲み会は飯山店長が俺たちの分をすべて出してくれることになっている。
泊まる場所だけでなく、食事もお世話になってしまって、もはやなんてお礼を言えば良いのかわからない。
「本当にすみません。じゃあ、その……煮物……食いたいっす。醤油味の……」
「じゃあ、肉じゃがと、筑前煮と、他におにぎりも買っていこうか。塩むすびと、鶏めし」
その心遣いと、久々に米が食える事実に、思わず涙があふれ出そうになってしまう。
スーパーで買えるこの、ただの塩むすびを腹一杯食うことを、何度向こうで夢に見たことか。
「鍋でも良かったんだけどね。彼女さんが慣れてないかもしれないから。……感染病が落ち着いたら、またうちでみんなで鍋でもつつこうか」
「はい。そのときは、ぜひ」
学生時代は金が無かったから、たまり場にしている誰かのうちに集まって、鍋会を開いたりもしたこともあった。鍋とコンロさえあれば、割安で腹一杯食えるからだ。
……懐かしいな。
『コタロー、すごい色した野菜を見つけたわ! ……これ、モンスターじゃないわよね?』
アシュリーは青果売り場の、紫色のラディッシュを手にしておののいていた。
ああ、うん。気持ちはわかる。
「みんなに連絡はしておいたから、すぐに集まってくると思うよ」
飯山店長の自宅は、市内の住宅街にある一軒家だ。
ご両親から生前相続して、今は一人暮らしをしている。ご両親は結構な企業の役員だったらしく、定年を迎えた今は仙台辺りで歴史を学びながら、退職金で悠々自適な生活をしているそうで。もう帰ってくる気はないらしい。
かなりの広さと部屋数があるので、ここでカードゲームの合宿をやったり、うっかり終電過ぎまで騒いでいたときには泊めてもらったりしたことも、何度もある。
それでも、トラブルらしいトラブルは一度も起こったことが無かったから、みんなが仲間内での節度をどれだけ大事にしていたかがわかる。
家主の飯山店長の代わりに、風呂掃除やトイレ掃除をかってでてた奴もいたな。
進学で、この県に出てきて一人暮らししてた俺にとっては、仲間と言うより、二つ目の家族みたいなもんだった。
あの頃、一緒に時間を過ごしてくれた飯山店長や仲間たちには、本当に。本当に。
心からの、感謝しか無い。
「――っと。これで大丈夫です、店長」
「ありがとう。いやぁ……なんか、不思議なもんだね。じゃ、みんなが来るまでゆっくりしてて」
一応、外出から帰ってきたということで、俺たち全員に『解毒』と『治癒の法術』をかける。
飯山店長は、割り箸や紙皿を探しに台所に向かっていった。
『ね、これ何? これ何?』
室内の設備に興味津々なアシュリー。
オーディオやテレビを中に人が入っているのかと尋ね、ロボットのプラモデルを小さなゴーレムかと首をかしげる。
うーん、異世界人だなぁ。
苦笑しながらも、説明を重ねていった。
幸いなのは、カードゲームの海外イラストレーターの複製原画や、イラストがプリントされたスタッフシャツなんかのゲーム関連アイテムが飾られていたので、『よくできた絵画ね、高いんじゃない?』となじみを見せる瞬間があったことだ。
迫力あるゴブリンやドラゴンのイラストだったので、危うく『日本にもモンスターがいるんじゃないの?』と勘違いされそうになったが。
ちゃうねん。それ、ゲームのイラストやねん。
空想の産物で、地球に実在はしないのだよ。
――やがて。
外の日が落ちて暗くなり、部屋の電灯の明るさにアシュリーが驚く頃。
ガレージの方から、車が停まる音がした。
ややおいて、ドヤドヤと玄関が騒がしくなる。
店長が出迎え、姿を見せた人たちは――
「うお、マジかよ!? コタローさんだよ!」
「すげぇ、ちゃんと生きてる! ていうか、本気で死んでたのか!?」
「いやいやオレは信じてなかったぞ! 店長――ッ! やっぱコタロー生きてんじゃないッスか!」
かねやん、時田、シノさん……
俺を見て大騒ぎする、懐かしい連中の後ろから、スーツのジャケットを手に提げた、会社員姿の人が歩み出てくる。
その人は、周りの人たちと同じように俺を見て驚いた後、涙ぐみながら、そっけなく語りかけてくれた。
「よ、コタロー。ひさしぶり」
「倉科さん……みんな……! 久しぶりだ、久しぶりだよ……ずっと、会いたかった。会って、ここに帰ってきて……」
懐かしいみんなの顔に、涙腺が緩む。
変わらない。大騒ぎするみんなの姿は、俺の覚えている頃のものと、何も変わらない。
思わずうつむきかけた俺は、涙を食い止めて、笑顔でみんなに向き合った。
どうしても、泣き笑いのようにはなってしまったけど。
「みんな、ただいま! 帰ってきたぜ!」
みんなは、俺の見知った笑顔を浮かべ、大声で、
「おかえり!」
と、揃って言ってくれた。
すぐさま俺は、みんなにもみくちゃにされてしまう。
背中を叩かれ、肩を抱かれ、笑い声を上げながら居間へと引きずられていく。
が、感動の再会は、そこまでだった。
居間で待っていたアシュリーが俺たちに向かって座ったまま、ぺこり、と俺が教えたお辞儀をすると、みんなの目が点になる。
「コタロー。誰だ、この外人の可愛い子……」
「……異世界でできた、俺の彼女」
すまん、みんな。異世界で美少女を嫁にしてしまったんだ。
「コタローさん!? 異世界で男になったんスか!?」
「ちょっと待てッ、ちゃっかりチーレムやってんじゃねぇか!?」
「ふざけんな――ッ、爆発しろッ!!」
「おいおい、異世界ってこんな美少女がいるの? モデルとかじゃなくて?」
えらい言われようである。
けれど、ひとしきり文句を言うその顔は、誰もが笑っていた。
ごめんよ、みんな。異世界で伯爵になって、嫁作ってきたぜ。リア充になったぜ。
でも、もしかしたら、そんなのは全部無くなっちまうかもしれなかったけど。
首に腕を回されたり、頭をぐりぐりされながら、俺はみんなに一斉に言われた。
「おめでとう、コノヤロ――ッ!」
ここに帰ろうと目指して、ここに帰ってこれて。
本当に、良かったよ。
******
その後は、料理に騒ぐアシュリーを囲みながら、みんなで飲み会となった。
みんなも、俺たちとは別に酒やツマミを買ってきていて、ちょっとヤバい量のアルコールが並ぶことになったのだが。
大丈夫かコレ。
運転手の倉科さんも、今日はここに泊めてもらうつもりで来たらしい。
全員、泥酔するまで痛飲する気満々だった。
まぁ、二日酔いは『解毒』があるから何とでもなるけどね。
みんなに『解毒』と『治癒の法術』を使ったら、「リアル魔法!」と感動していた。
「え、コタロー。財布無くしたの? どうすんだよ、こっちでの生活。また向こうに帰んの?」
飲んでる最中、三つ年上のシノさんが、俺が無一文なことを案じていた。
そうだよな。今日は飯山店長が助けてくれたけど、どうにかしないといけないよな。
「いやー、そうなんスよね。たぶん死亡扱いになってるから、まともに働くことも難しいし。せっかく日本に帰ってきても、動きようがないっていうね」
「コタロー、異世界の金貨とか持って帰ってきてねーの?」
同い年の時田が、異世界あるある話として聞いてくる。
もちろん、持って帰ってきてはいる。
「あるけど、古物買い取りって身分証明書がいるだろ? 働き先と同じで、俺の戸籍残ってなさそうだからさ。どうやって買い取ってもらおうか、と思って」
「んじゃ、俺が買い取ってやるよ。俺、じいちゃんがやってた古物商継いで、古物買取免許持ってるからさ。異世界文明とかだと歴史的な価値は付かないけど、地金の相場で良いなら買い取れるぞ?」
マジでか、時田!?
そういや、時田は昔からそういうの好きだったよな。
カードショップでは、「シングルカード」という、パックじゃ無くてカード一枚ごとののバラ売りをしていて、その値段は千差万別。小銭で買えるものも多ければ、たまに目ん玉が飛び出るような値段のカードも売り買いしている。
ショップでのシングルカードの値段はかなり頻繁に上下するもんで、カードの売り買いの差額で利益を出して、小遣いを稼いでいたりした。
転売と言えば転売なんだけど、チケットなどの転売よりは株の取引みたいな感覚に近い。
なぜなら、カードの値段が将来上がるか下がるかなんて、ほとんど誰にも予想できないからだ。
せっかく値段が上がっても、禁止指定されて公式大会じゃ使えなくなって、値段が暴落したりすることも多いし。
それをあえて上下を予想して楽しんでたり、ネトオクでカードの出物を探したり。
あるいはショップに無い種類のカードの在庫を探して持ち込んだりして、何かショップの卸業者みたいになってたこともあったな。
ショップ側としては、上がるか下がるかもわからない在庫が売れて売り上げが増えて、足りないときは在庫を補充してくれる。
個々のカードのそのときの相場にも詳しいから、たまに飯山店長が値段付けの参考に尋ねたりもしていた。
ちょっと違うが、古本なんかで言う「せどり」みたいなことをやっていたのだ。
「はぁー……時田が古物商かぁ。いや、なんか、そういうイメージしかなかったから、ピッタリだわ」
「どんなイメージだよ、コタロー。少しカードゲームの取り扱いもあるから、在庫もわんさかあるぞ。だいたい私物だけど。またゲームしたけりゃ、デッキごと貸してやんよ」
そう言ってケラケラと笑う時田。
変わんねーなぁ。こいつは、上がると見込んで数万円単位で買い込んでたカードが暴落して無価値になったときにも、「しゃーねぇ」って笑ってたもんな。
昔っから、遊ぶのに足りないカードを借りるときはこいつに頼んでたな。
売り買いだけがすべてじゃなくて、「絶対に値段が下がる」と言われてたカードを、かたくなに手元に持ち続けてたこともあった。
自分が使いたいから、という理由で、値段がゼロになって紙束と化したカードもずっと持ち続けてたりもしたから……まぁ、こいつもカードゲーマー、ってことなんだろうな。
時田に言われて思い出したので、話の種に、向こうの金貨を取り出してみんなに見せる。
時田は俺に許可を得て、少しかじってメッキじゃ無いことを確認すると、これなら大丈夫だと言ってくれた。
「とりあえず、これ三枚くらいを担保に五万くらい貸しておこうか? しばらく金庫に寝かせておくから、人目に触れることはないぞ。どうにかして、お前に金ができたら返すし」
「すまぬ……時田大明神、すまぬ……!」
ありがたすぎる申し出に、思わず時田を拝んでしまいながらお願いする。
それ古物商じゃなくて質屋やん、と思わなくもなかったけど、ただの貸し借りだと金銭トラブルになりかねないから、融通してくれたんだろうな。
おまけとして安財布ももらえたので、裸銭を持ち歩かなくて済む。
良かった……無一文から脱却できた……本当にどうしようかと思ってた……ッ!
その後は、時田が家業を継いだ話をきっかけに、みんなの仕事の話題になった。
会社員の格好をした倉科さんは、IT系のエンジニア。
最近はネットを使った自宅勤務が主で、今日はかなり久しぶりに外出したそうだ。
一つ年下のかねやんは、実家の電気工事会社の手伝い。
なんでも内定していた就職が感染病の影響で取り消されて、持っていた資格を活かして食いつないでいるのだとか。
「俺はだな……」
「シノさんはボンでしょ」
全員の声が一致して、三つ年上のシノさんはイジけた。
実は、このシノさんが一番とんでもない。
叔父の遺産として、都市部にあるマンションを丸ごと一つ相続していて、マンション経営とは名ばかりのオーナー生活をしているのである。
実務は運営会社に任せているらしいので、働かなくても、ただ呼吸しているだけで時給が発生する身分なのである。うらやましいことこの上ない。
実際、カードゲームという遊びは、続けるのに結構な金がかかる。
なので、古参のプレイヤーというのはしっかりした仕事に就いているか、良いところのボンボンだったりする割合も結構ある。
周りの人間は、からかい混じりに「シノさんの職業は『資産家』でしょ」とよく言ったりしていた。
本人的には、その資産を狙われて色々と苦労をしたこともあるらしいのだけど。
本人が何度か「俺は生涯結婚しない」と真顔で言っていたので、みんなそのことには触れないでいる。
……異世界には優しい女性もいるよ、シノさん。
こうして改めて見渡してみると、ただの中小企業の社畜身分だった俺が、一番仲間内では一般人だったのではないかと思う。どう考えてもモブだよな?
「何言ってんスか、伯爵?」
「さすが、チーレム主人公は言うことが違う」
「俺のマンションにも美少女メイドはいねーよ」
「お前、二次元にしか嫁がいない社畜の身にもなれ」
散々である。
いや、その分何回か死にかけたよ? レベルの分だけ窮地でした。
……あの階位システム、やはり問題点しか感じられない。
あと時田、俺はハーレムじゃないから。嫁はアシュリーしかいないからな。
たぶん。
「……でも、コタロー。お前の魔法のこと、俺たち以外の人間には絶対に言うなよ?」
「魔法ってか、魔術だけど。なんで、時田?」
確かに、こういう話の定番だと、異世界なんて資源の固まりだから某国とか某国に狙われたりして危ない、なんてのはよくあるけど。
「いや、資源的にもそうなんだけどよ。『治癒の法術』だったっけ? ……アレがヤバい。今の感染病って、ワクチンがまだ採用されてなくて、病院のベッドが足りてないんだよ。もし誰かに知られたら、お前の自由なんて消し飛んで、ひたすら治療マシーンにされるぞ?」
拉致されることもあるかもな、と時田が真顔で言う。
思わず、その可能性にゾッとした。
病気の治療行為自体は向こうの世界でやってたけど、地球規模の数の患者の治療なんて無理だ。とても俺じゃ手が回らない。
でも、そんな無理を通そうとして俺を狙ってくる奴らも、いくらでもいるんだろうな。
「みんな、飯山店長も含めて、お前に関することは絶対に口外しないことで納得し合ってる。果ては過労死か、さらわれて行方不明か……せっかく生きててくれた仲間を、また無くしたくない。患者には悪いが、お前一人の手にも負えない。だから、他人には話すな」
時田のその言葉に、みんなも揃って、俺に念を押すようにうなずいた。
俺もその忠告に答えるように、時田の言葉を噛みしめてうなずいた。
救える人がいるなら救いたい。
それは本心だ。
でも、俺一人じゃどうにもならない。仮にもう何人かいても、とても無理だろう。
もし俺の能力が知られれば、俺と交流があるみんなにも累が及ばないとは限らない。
誰かに話して救われる人もいるかもしれないけれど、不幸になる身近な人間も必ずいる。
仲間を、世界の生け贄にできるほど、俺は聖人君子じゃない。
ワクチンが開発中だというみんなの話に希望を託して、俺は手近にあった酒をあおった。
個人の限界を苦く思いながら、みんなで騒いでいた、平和な世界を思い出す。
この世界の未来が、早く良くなって欲しいと祈りながら。




