短いお別れ
ゲルトールさんやカラフィナさんたち、帝国でお世話になった人たちに別れを告げて、ワイバーンで王国に帰還する。
ドラゴンじゃないのは、移動速度と、他人に見られたときの騒ぎの大きさの両方を考えてのことだ。
アースドラゴンたちもとっくにカードに戻しているので、枠に余裕をもっての召喚だった。
二日の旅程を経て、マークフェル王国の王都にたどり着く。
屋敷の無事を確かめた後は、正直、しばらく休みたいところだけど……
そうも言ってられないな。
国王陛下への報告が先だ。帝国のクロムウェル皇帝からも書状を預かってるしな。
案の定、ワイバーンが王都に降り立ったのを見たのか、すぐに屋敷に王宮からの使いがやってきた。
******
「おかえり。ご苦労だったね、ナギハラ伯爵」
王城内、王族の生活区域である『王宮』の応接室にて、出迎えてくれたのはハイボルト国王だ。
帝国のクロムウェル皇帝からの書状を渡し、帝国でのあらましと、オルスロートの存在のことを説明する。
クロムウェル皇帝からの書状に目を通し、俺の話を咀嚼した上で、ハイボルト国王陛下は鷹揚にうなずいた。
「うん、だいたいの経緯はわかった……また、とんでもないことをしでかしてきたもんだね、ナギハラ伯爵」
国王陛下が苦笑しながら、俺をねぎらってくれる。
後ろに立つ護衛のオーゼンさんは、あまりのスケールに言葉もなく驚愕していた。
まぁ、王国を救ったかと思えば、今度は隣の帝国を解放した英雄、だもんな。
我ながら何やってんだ、って暴れっぷりだ。
それもこれも、この世界に来て与えられた能力のおかげなのだけど。
「……陛下としては、これからの帝国への対処はどうするつもりですか?」
「その聞き方だと、ナギハラ伯爵は書状の中身を読んでないみたいだね」
そりゃ、個人宛の手紙なんて、普通は中を読まないよ。
しかも、国家のトップ間の機密事項にあたるもんだろうし。
書状を貴族服の内ポケットにしまいながら、国王陛下はこれからの想定を語ってくれる。
「クロムウェル皇帝は、『封印』解除の手引きなどはすべて、帝国の非を全面的に認めておられるよ。だから、まぁ……王国貴族のうっぷんを晴らすべく、表向きは帝国を糾弾しつつ、応じた帝国と交渉を持って、賠償金の支払いと領土割譲で決着――ってとこかな」
なるほど。
裏の事情を知らない王国貴族に対して面子が立つよう批難をアピールしつつ、実際にはトップ同士で話がついているので、お互いに納得できる謝罪と賠償あたりに落ち着く、と。
国家間の関係はこじれたけど、しばらくは険悪なフリをしながら、帝国の情勢が復興したころにまた手を結び直す、そんな辺りかな。
首謀者が皇帝ではなくオルスロートという別の存在であり、それすらもう討伐してしまった以上、過剰に遺恨を作るのは良くない、って判断だろうな。
皇帝には、王国と敵対する意志は無いわけだし。
下手すりゃ戦争だったけど、そうはならなそうで良かった。
「ご苦労だったね、ナギハラ伯爵。王国の面目は立ち、帝国の方針転換によって侵略の脅威は消え、国政が安定すれば将来的に新しい市場として交易相手になる可能性も増えた。帝国も整備に費用がかかりこそすれ、経済発展に舵を切れる。これ以上無い成果だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。焼け野原にすることにならなくて、良かったです」
混乱や被害は出たが、虐殺にまで至らなかったのは、事前に俺の覚悟を確認してくれたハイボルト陛下のおかげだ。
オルスロートも、間接的には、ハイボルト陛下の言葉で自分の行動を振り返ったとも言える。
この、モンスター溢れる命の軽い世界において、誰かの生き方を左右する「重み」を持った言葉を言えるんだからな。本物の為政者ってのは、本当、すごいもんだよ。
「さて、どうしようか、じい? 帝国で『侯爵』位相当の栄誉を受けてきたと言うんだから、肝心の王国では名誉伯爵位のまま、というのも外聞が悪いし……ナギハラ伯爵を、陞爵させる口実は無いかな?」
ハイボルト国王陛下は、じい、と背後のオーゼンさんを振り返った。
このじいさん、国王陛下の幼少時のお守り役だもんな。
オーゼンさんは、少し考えつつ意見を述べる。
「せっかく帝国内で地位があるのです、陛下。交渉の大使に立てるのはいかがですかな? ワイバーンという、自前の移動手段も持っておりますし……帝国との交渉をまとめて賠償を勝ち取ったと広めれば、陞爵に賛同する上位貴族も増えましょう」
「デズモント侯爵家からは推薦を出せるだろう? じいの息子のドライクルとも仲が良いようだし。功績を用意して、他に、二・三家くらい侯爵位以上から推薦させれば、『侯爵』位くらいは用意できるかな」
算段を考え込む陛下。
俺を出世させる裏工作を堂々と話されると、苦笑いしか浮かばないな。上流階級の地位って、こうやって裏で調整されてるのね。
まぁ、表向きには、実は俺は「生死不明で寝込んでる」状態だからなぁ。
帝国でしでかしたことは、あくまでお忍びなので、公的な功績にできないのだ。
帝国側も、他国の関与があったことを即座に民間に知らせると、皇帝陛下の名誉に差し障りがあるので発表は控えてある。
内部情勢が落ち着いたときに、オルスロートの存在とそれを討伐した俺のことを、うまく調整して民間に発表する予定だと聞いている。
「じゃあ、ナギハラ伯爵を帝国への大使に任命するよ。貴族たちへの理由は、ナギハラ伯爵がワイバーンを個人所有しているため、遠方の帝国との交渉に都合が良いことにする。それなら、代わりに自分がやる、としゃしゃり出てくる貴族も黙らせられるだろうね」
「あ、すみません、陛下。――ちょっと、それは待っていただけますか?」
あやうく本決まりになりかけたので、慌てて二人を止める。
功績を用意してくれるのは嬉しいのだけど……
「実は、もう一つ報告することがありまして……」
万が一だけど、俺がその役目に就けないかもしれない理由が、できちゃったからね。
俺の話を聞いたハイボルト陛下とオーゼンさんは、目を丸めて尋ね返した。
「……え? 故郷に、帰る?」
「もう、なのか? 異なる世界なのだろう、伯爵? ……そんなに簡単に、移動できる手段が手に入るものなのかの?」
そう。
コスト的にはまだまだ使えない呪文である『次元転移』だけど、ラトヴィニアスという歴史に刻まれた大魔術士が、いわば裏技としてそれを使用可能にしてくれる。
そんなわけで、たぶん日本でもカードは使えるだろうけど、もしもの場合は能力が使えなくて二度とこちらに戻ってこられない可能性を、二人に説明した。
「なるほどねぇ……ぼくら王国としては、できることなら、まだ留まっていてくれた方がありがたいんだけど」
「そうじゃぞ、伯爵。おぬしの働きに比べて、王国は大して報えておらん。――それに、お主は故郷では平民なのじゃろう? この王国におれば、役目は増えるが、向こうより裕福な暮らしもできるのではないか?」
「あはは、引き留めてくれるのは、本当に嬉しいんですけど……こればかりは、心に決めてたことなので」
うーん、『カード』の研究もまだまだ進んでないだろうしなぁ。
実は、同じ理由でエルキュール所長からも一度引き留められている。
ラトヴィニアスは「たぶん大丈夫だろう」とは言うけど、絶対ってわけじゃないからね。
二度と会えなくなる可能性があるから、もう少しここにいろよ、と言ってくれるのは、実のところ嬉しくはある。
でも、アシュリーにも言われた通り、心の区切りは付けなくちゃな。
いくらこの世界の居心地が良くても、目的を果たさなきゃ、俺はいつまでもそれを引きずって生きることになる。
俺は、『魔法』ではあるけど。
心は今でも、日本人「凪原小太郎」のつもりだ。
「やっぱり、帰ります。短い間ですけど、お世話になりました、皆さん」
俺が晴れ晴れとした気持ちで頭を下げると、陛下たちも肩を落として諦めてくれたようだ。
考えを切り替えたのか、引き留めることはもう言われなかった。
「わかった、最初からの約束だったからね。――でも、また来れる可能性の方が大きいんだろう? 屋敷は残しておくから、帰ってこれるようなら、一度確かめに帰ってきてくれないかな? そうだな……一年経っても来なかったら、無理だったんだと諦めるよ」
「所長にも相談して、使用人たちもそのままにしておこう。もし気が変わって、おぬしがこの国に住むことにしたなら、わしらはいつでも歓迎するからの」
二人が温かい言葉を向けてくれる。
陛下に至っては、「戻ってくる」でも「また来る」でもなく、「帰ってこれる」ようなら、と言ってくれるほどだ。
ありがたくて、思わず涙が出るよ、本当。
俺が雇用してきたエルフの警備や使用人たちも、俺が不在の間は最大一年間は陛下が直轄で面倒を見てくれる、と話がまとまって、後顧の憂いは無くなった。
******
屋敷に戻って数日。
旅の疲れを取り、エルフの皆さんに事情と保障の説明を告げ、ある程度の現金をマクスさんたちに用意して、不測の事態に備えた後。
俺は、懐かしい衣服に袖を通した。
シャツにジーンズ。ベルト、スニーカー。――すべて、日本製。
この世界の冒険で、ずいぶんすり切れて、ボロボロになっている。
貴族になってからは、いつか来るだろうこの日のために、袖を通すことなく大切に保管していた。
財布はこの世界に来たときに無くしたため、この世界の金貨や銀貨を持っていく。
身分証明がないと難しいだろうけど、外国の記念硬貨とかなんとか言って、どうにか現金化できたらいいな、という保険だ。
「コタロー、用意できたわよ」
そう言うのは、シンプルだけど厚手の麻のワンピースに身を包んだアシュリー。
足下は、木工細工のサンダルだ。
この数日で、王都の職人さんに無理を言って仕立ててもらった。
なるべく日本を歩いても、「まぁこのくらいなら、たまには見るかな?」というくらいのデザインだ。
装飾系の技術力は地球の発展に及ばないけど、天然素材の、限りなくシンプルなデザインという風に見えなくもない衣服なら、この世界でも仕立てることはできる。
向こうが秋か冬だった場合に備えて、貴族服専門の仕立て屋に頼んだジャケットも着ていく。
これも文化が違うので装飾やデザイン性を排除しているけど、量販店なんかを回れば地味な素材で地味なデザインの上着もいくつかあったから、まぁ、何とかごまかせるだろう。
「行くんだな、コタロー、アシュリー」
ナトレイアが、しんみりと声をかけてくれる。
「ああ。帰ってこれなかったら、エルフのみんなのことを頼むよ」
「バカを言うな。別れの言葉は口にせんぞ、また会おう」
おう、と答えて、拳を軽く突き合わせた。
その後、時間をかけて、今までに手に入れた『名称』のカードたちを召喚した。
デルムッド、グラナダイン、エミル、アルストロメリア、アテルカ、ハンジロウ、そしてラトヴィニアス。
トルトゥーラは、俺がまた戻ってくるだろう、とすぐにカードに戻った。
召喚したまま俺が向こうに行くと、最悪死ぬ可能性もある、と考えてくれたのだ。
オルスロートは、暴走する可能性があるので、召喚はできなかった。
悪いな。でもこいつはまだ、野放しにできるかどうかはわからないからな。
召喚したみんなに向けて、俺は頭を下げる。
「すまん、みんな。目的半ばで、俺は帰ってこれなくなるかもしれない。せめてもの気持ちとして、お前らを召喚したままにしておく。……もしかしたら、俺が向こうに行って帰ってこれなくても、カードに戻らずそのまま活動できるかもしれないから」
「おんっ!」
「武運を祈ろう、主よ」
『エミルちゃんも、お別れは言わないよーっ!』
「ご主人様、お気を付けて!」
「お館様、お戻りをお待ちしております」
みんなが、口々に声をかけてくれる。ありがとう、世話になったな、みんな。
「悪いな。お前には、ちょっと危ないことに付き合ってもらうよ、ラトヴィニアス」
「いいよいいよ、この大魔術士も、違う世界には興味があるからね! それに、一緒についていかないと。もし、残ったせいで向こうで召喚できなくなったら、もう帰ってこれなくなっちゃうからね!」
そう、話し合って、ラトヴィニアスも『次元転移』の対象にすることになった。
もしラトヴィニアスがこっちに残ったままで、日本で召喚できない、なんて事態になったら『次元転移』のコストが日本では下げられなくなっちまうからな。
だから、日本に行くのは、俺、アシュリー、ラトヴィニアスの三人だけだ。
「コタロー……帰ってこい。帰ってこい……また、会おうぞ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、クリシュナが俺の袖を引っ張る。
結局、クリシュナは着いてこないことを選んだ。辺境領に、万が一にも帰れなくなることを考えると、やはり同行はできないと泣いていた。
それでいいよ。お前は、辺境領を発展させてくれ。
俺を好きだって言ってくれて、ありがとうな、クリシュナ。
「一度会えたんだ。永遠の別れではないと見積もっているよ、コタロー殿」
「ありがとう、所長。所長には、本当にお世話になったよ」
所長が、腕を組みながら、にっこりと笑ってくれた。
泣き笑いのようになっては、いたけれど。
「コタローはんの伝説は、まだまだ語り継がんといかんけんね。まぁ、帰ってきんしゃい」
「ありがとうございます、ノアレックさん。『石化』の件では、本当にありがとうございました」
からっと笑うのは、ノアレックさんだ。
「交易も続けたいしね。また、帰ってこないと、怒っちゃうわよ?」
「あはは。努力します、グリザリアさん」
ゆさっと立派なものを揺らして、いたずらっぽく誘惑してくるグリザリアさん。
「旦那様、お帰りをお待ちしております」
「マクスさん、いつも留守をありがとう。使用人の皆さんも。……また帰ってこれることを、願ってます」
俺の言葉に、居並ぶ使用人の皆さんが口々に、再会を願う言葉を俺に向けてくる。
俺はみんなに背を向けて、「行ってきます」と告げた。
そんな俺の手を取り、アシュリーが微笑みかけてくる。
「……大丈夫よ。きっと、別れじゃないわ。コタローには、もう別れなんて来ちゃいけないんだからね」
「……そうかな。そうだといいな」
ラトヴィニアスが、その手に持つ、コストを下げた『カード』を差し出してくる。
さぁ、行こう。
帰ろう、日本へ――
俺は、『カード』を掲げて、回復した魔力でそれを起動した。
「――『次元転移』!!」




