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竜と人



 マークフェル王国に帰る前に、俺たちにはやらなければいけないことがあった。

 どうしても、これだけは帝国にいるうちにやっておかねばならない。


「召喚、『悪竜の暴君、オルスロート』――」


 広さのあるセントレイル侯爵邸の中庭で、召喚を行う。

 てっきりエルダードラゴンの姿で現れるかと思っていたオルスロートは、光が収まると、何と少年の姿で出てきた。


 ドラゴンの状態か、『人化』した姿か、オルスロートの自由に選べるのか?


 少年は相変わらず見かけにそぐわない低い声で、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふん、出てきてやったよ。余に何の用だ? ……今さら逆らう気は無いから、覇王殺しと大魔術士を控えさせるのをやめてくれるか」


 俺の両脇を見て、げんなりと嫌そうに肩を落とすオルスロート。

 ハンジロウから受けた一撃がトラウマになっているらしい。ラトヴィニアスも一応、『パイロニックスピア』のカードを構えていたんだけど、無駄になっちゃったかな。


「……オルスロート様」


 帝城が壊れて屋敷に絶賛逗留中の、皇帝陛下が厳しい表情を向ける。

 オルスロートはクロムウェル陛下をちらりと見やると、そっぽを向いてひらひらと手を振った。


「よい、よい。余は今や、ただの召喚獣だ。今さら、お前らの崇拝も忠誠も求めようとはしねぇから、気にすんな」


 ……一人称が「余」ってこと以外、丸っきりそこらのチンピラか冒険者みたいな話し方だな、こいつ。

 粗暴と言うより、子どもっぽいような。本当に、二代目の皇帝経験者か?


「まぁ、オルスロートも納得してくれてるみたいなんで、とりあえず屋敷の中に入りましょう。……わかってると思うけど、ドラゴンに戻ったり暴れたりしたら、すぐにカードに戻すからな、オルスロート?」


「うるせぇ。……というかお前、何なんだ、あの場所。余を単騎で倒せるような奴らが、実体を持たないとは言えゴロゴロしてたぞ。あんなところに閉じ込められるなんぞ、肩身が狭くて冗談じゃねぇ」


 あの場所? ……俺が『伝説』たちと出会った心の中か?

 アバターは召喚されてないときは、あそこに待機してんのかな。『名称』持ちだけかもしれないけど。


 オルスロートを苦にしない奴がゴロゴロって……そりゃ、ハンジロウもラトヴィニアスもその気になれば一人で渡り合えるかもしれないし、何ならグラナダインだって飛行持ちには無類の強さを発揮するけど。

 そんなに凄い奴らがまだ俺の中に眠ってんのか。さすが『伝説』の存在。


 カードに戻されることがよほど嫌なのか、オルスロートはハンジロウに背中を押されながら、素直に邸内に歩いて行く。

 ……なんか、背中がすすけてんなぁ。



******



 というわけで、オルスロートが人の姿を取れるので、普通に広めの応接室に集合。


 皇帝陛下も一緒だからな、万が一を考えて、警備は強化しとくか。


「ゲルトールさん、警戒役を喚びますね。召喚、――『白き猟犬、デルムッド』」


 というわけで、近辺警護ならば安定のデルムッドである。

 久々の出番なので、デルムッドは召喚されるや否や、元気な鳴き声を上げた。


「あぉんっ!」

「おお! ――シロ坊、シロ坊じゃないかッ!」


 シロ坊? 誰?

 突然、声を上げてデルムッドに抱きついたのは、なんとオルスロートだった。


 少年の姿のまま、デルムッドの純白の毛並みに向けて、涙でも流さんばかりに抱きついている。


「シロ坊っ、余のいる場所に着いてきてくれたのかっ! うむうむ、やっぱりお前だけが余の友だッ!!」


 何かすごく感極まってるんだけど、なんで?

 似たような犬でも飼ってたのかな、と思って皇帝陛下に視線で尋ねてみるけど、陛下もわけがわからず小首をかしげるばかりだ。


「お、オルスロート? そいつの名は、デルムッドっていうんだが……」


「シロ坊は人の言葉をしゃべれないから、余が名を付けた。――余が、『向こう』で過去の英雄どもに散々に小突き回されている間、余のそばにいてくれたのは唯一、シロ坊だけだ。余より強い亜神どもからも、間に入って何度もかばってくれた!」


 涙目で説明するオルスロート。

 どんだけ俺の中で『伝説』たちにイジメられてたの、お前。


 まぁ、帝国を作って地上世界をかき乱した悪竜だから、英雄英傑たちからすりゃ、そりゃ批難の的になるのは当たり前だけど……

 亜神とかもいるの。召喚コストすごく高そうだな。


 デルムッドは、自分にすがりつくオルスロートの頬をぺろぺろと舐めている。


 考えてみれば、『伝説』じゃなくカード化を自己選択したのは、デルムッドとオルスロートだけだもんな。

 デルムッドは面倒見が良いから、後輩に対する母性でも発揮したのかも知れない。


 デルムッドに抱きついて、すんすんと泣くオルスロートに、居並ぶ帝国組の皆さんも何とも言えない顔をしていた。

 この姿が、この国を裏から支配していた暴君の末路かと思うと、まぁ、恐れる気も薄れるだろう。


「まぁ、いいや。――オルスロート。お前には、確認しておきたいことがいくつかあってな」


「……なんだよ? 今さら、お前らに話すことなんて……わ、わかった、シロ坊。ちゃんと話すから、余から離れようとしないでくれ!」


 すす……と距離を取ろうとするデルムッドに、涙目ですがりつくオルスロート。

 デルムッドお母さんに任せておけば、こいつが暴れる心配は無いかもしれない。


 そんなわけで、オルスロートを取り囲んで、話を聞き出すことにした。


「そもそもの質問だ、オルスロート。……お前は、なんで人間の国なんかを支配して操ってたんだ? この国を『帝国』にして領土拡大し始めたのも、たぶん、お前の皇帝時代からだろ?」


「ふん。……始まりはともかく、ただの遊びだよ。寿命の短く、弱く愚かな人間どもを操って、余の言うことを聞く領土を広げようとしただけだ。使えねぇ人間どもが多かったけどな。小虫の巣を大きくする遊びみたいなもんだ」


 ただの遊び。その一言に、皇帝の顔色が変わり、ゲルトールさんがガタリ、と怒りのあまりに立ち上がりかける。


 こいつに人生を狂わされ、命を奪われた人もいるだろう。

 九百年という歴史があるのだ。その数は膨大なはず。それを、「ただの遊び」の一言で済まされれば怒って当然だ。


 でも、そう切り捨てるには、気になる一言があった。


「……『始まりはともかく』って、どういうことだ。――何が、お前に『帝国』を作らせるきっかけになったんだ?」


 ちっ、と舌打ちをして、オルスロートは顔を逸らす。

 ややおいて、忌々しそうにオルスロートは答えた。


「……お前らだって知ってんだろ。『魔界』だよ。隣の王国の『災厄の大樹』みたいな存在を封印した区域。あれらは、封印されてるだけだ。滅びてはいない。――だから、その封印が失われる前に、どうしても大陸を統一して戦力を増やさなきゃならなかった」


 エクストラルール――『世界の外来種』に対抗するため、か。


「じゃあ、なんでわざわざ王国の封印を解いた? 封印が解けるのを恐れるなら、自分からそれを解き放つなんて、まともな考えならできないだろ」


「はん! あんなの、小さな欠片にすぎねぇ。あそこに封印されてたものくらいなら、余でも片付けられる。封印を解かせたのは、後から余がそれを始末できるからだよ」


 そうして、オルスロートは語り出す。

 人類の知らない、『エルダードラゴンたちの戦い』を。


「千年前、『災厄』が空から降ってきたとき、この世界の各地に『魔界』ができた。人界だけじゃなく、エルダードラゴンの住む『竜の谷』がある、大霊峰にもな。――人界の『魔界』は英雄たちが封印したが、大霊峰の『魔界』はエルダードラゴンが討伐した」


 魔弾の大賢者ゼファーや、緑の聖女アスラーニティたちの封印か。

 世界中に落下したって話だから、そりゃエルダードラゴンたちの住む場所にも墜ちたんだろうけど。討伐したってのは、すげぇな。


「竜の谷に墜ちた『欠片』は、王国のものより大きく、そして知性を持ってやがった。それを討伐するために――何体ものエルダードラゴンの強者が犠牲になった。そして、その『欠片』から聞き出したには、すべての『欠片』は一つに集まろうとしてやがる」


 すべては、元の邪神として復活し――

 この世界を、作り替えるため。


 陣地作成、モンスター生成、やっぱり『災厄の大樹』が持っていた能力は、世界改変を目的にした能力か。魔術抜きで考えると、惑星のテラフォーミング、と言えるかも知れない。


「そんなときに、『欠片』を封印できるスキルを持っていた普通人種の存在を知った。まだ幼かった余は『竜の谷』の掟を破って飛び出し、その人間に会いに行ったけどよ――普通人種の寿命は極めて短い。すでに、その人間は子どもを作ってこの世を去っていた」


 国母アスラーニティと、その子ども、初代皇帝オルガヌスか。

 エルダードラゴンの寿命が何年かは知らないが、極めてってことは、寿命の長さは何十倍じゃ効かない可能性があるな。


 ……案外、オルスロートのこの少年の姿もそうだ。人間の年齢に換算したらこのくらいになるという、千年以上生きていても、まだまだ若いエルダードラゴンなのかもしれない。


「その普通人種の子ども、オルガヌスと余は気が合った。そして、『魔界』の恐ろしさを母から聞いていたオルガヌスは、余の力を求めて自分の息子と偽り、皇帝位を継がせた。『魔界』討伐のためにこの大陸の民衆をまとめあげる、そのための『帝国』化だよ」


 始まりは。

 目的があった。意志があった。普通人種である建国王オルガヌスもその目的に賛同し、オルスロートを後継者とした。


「だが、オルガヌスは、すぐに没した。その後は、名目上は弟であったオルガヌスの子の、さらに長男を余の実子として帝位を継がせ、余は表から姿を隠した。長命種のこの姿は、定命の種族の前にさらし続ければ畏怖され、民心を失うとのオルガヌスの遺言に従ってな」


「……そして、今まで代々の皇帝を裏から操っていた?」


 俺の言葉に、オルスロートはうなずく。


「けどよ、オルガヌスはもういない。人間の寿命は短すぎる。――封印も、解除手段は受け継いだが、破れる気配が無い。何度も何度も代替わりした。そのうちに、オルガヌスもいないのに、一人で封印を恐れ続けることがバカらしくなっちまった」


 だから、とオルスロートは言った。


「だから、ただの遊びなんだよ、これは。生き残らせたい奴もいない。一緒に戦おうとする奴も、もういない。ただただ、勝手に死んでいく定命の連中を、どこまで支配できるか……そんな、弱っちい奴らを使った、どうでもいい遊びだ」


 人里に降りた長命種の孤独、か。

 最初は目的があった。けれども、一人で抱え続けるには、帝国の人間たちは代を重ねすぎた。知り合った者もすでになく、知り合った者は次々と先に寿命が果てる。


 同じ目的を持った者たちがいなくなり続ける中で、一人、抱え続けるのに疲れた。


 そういうことなんだろう。


「どうせ、黙ってても勝手に先に死んでいく連中だ。わざわざ生き死にや、その中身を考えるのも面倒だ。余が思うままに使ってやって、何が悪い? どうせ……先に、死ぬんだ」


 悪いさ。

 勝手に死んでいくその人たち一人一人に、人生も思うことも、いくらでもある。

 それを勝手に支配する権利なんてない。

 それは、許されないことだ。


 ……そう言うのは、簡単なんだろうけど。

 それは、現代日本の考え方だ。封建社会のこの世界の考え方でもなければ、そして、オルスロートが求めているのは、そんな言葉でもない。


「……マークフェルの国王陛下がな、言ってたよ」


 ぽつりとこぼれる俺の声に、オルスロートが振り向く。


「『王』は『人』じゃない。そうしなければならない場面も、いくつもある、って。――けど、愚かな王はそれを忘れて、民を、『人』を顧みなくなるって」


 それを言ったのは、俺が『人』であるかどうかを迫られたとき。


「その前に、こうも言ってた……すべてを滅ぼしていたら、何もかもが無くなる。誰もいなくなる。きみはそのときこそ、本当に『人』ではなくなる。ってさ。それはすごく、寂しいことだ、って」


 自分ですべてを滅ぼさなくても。

 過ぎゆく『時間』にすべてを滅ぼされ、誰もいなくなってしまったのなら。

 きっと同じだろう。……『人』ではいられない。


「……お前は、オルガヌス王と会ってから、『人』でいたかったんだな」


 重ねた罪は消えない。その罰を受ける必要があるのだろう。

 人の命も一生も、戻らない。


 オルスロートが悔いても、……求めても。戻らない。


 そうか……と、少年はつぶやいた。

 誰にともなく、どこに向かうでもなく。ぼんやりと虚空を見上げ、そして、小さな子どもがようやく気づいたように。


「余は……オルガヌスがいなくなって……寂しかったのだな」


 その姿は、千年を生きる長命種でも、強大なエルダードラゴンでもなく、

 ただの、ひとりぼっちの子どものような、つぶやきだった。


 デルムッドの身体をぎゅっと掴み、オルスロートはうつむいた。

 誰にも届く宛てのない言葉が、かすかにこぼれる。

 下を向くその表情は見えないが、ぽたりと床に落ちるものがあった。



「…………ごめんなさい…………」



 誰も、何も言わなかった。

 ただ、黙って、うつむくオルスロートを見つめていた。



******



「王国に帰るのか、コタローくん」


「そうですね。だいたいの目的は果たしましたから」


 ゲルトールさんが、寂しそうな苦笑を浮かべる。


 あれから、オルスロートは何もせずにカードに戻った。誰も、オルスロートには何も言わなかった。

 恨み辛みはあっても、人の世界に降りてきた長命の竜は、隣人を失い続ける罰を受け続けてきた。

 それに加えて、曲がりなりにも貴族として国家の特権を受けてきた身としては、それを存続させてきたものに強くは言えなかったんだろう。


 気になるのは残りの『封印』の管理手段だけど、それは聖女の代からすでに解除の手段しかなく、それを行う魔道具は皇帝陛下の厳重な管理下に置かれることになった。


 帝国内にも複数の封印された『魔界』が存在するが、いくつかは今までにオルスロートが潰していたようだ。

 残りは、もし目覚めたのなら帝国が総出で討伐に当たる、と請け負ってもらえた。


 本当は俺にも助力を求めたかったみたいだけど、俺は隣の王国の貴族だ。

 迂闊な要請は、王国に借りを作ることになりかねないので、言い出せなかったみたいだ。


 ……まぁ、謝罪と賠償が済んだら、討伐には王国も手を貸すんじゃないかな。

 近場だし、他人事とは言ってられないだろうし。


「また国家間の友好関係が結べたら、この国に立ち寄ってくれ、コタロー伯爵」


「……ええ。そうですね。そのときは、是非」


 クロムウェル皇帝が、手を差し出してくる。

 俺はもらった勲章を胸に着けたまま、笑顔でその手を取って握り合った。


 さて、帰る準備をしなくちゃな。

 王国にも。――日本にも。


 やらなきゃいけないことは多い。これから忙しくなりそうだけど……




 まぁ、何とかなるだろう。

 なるようになれ、だ。








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[良い点] オルスロート、背景が出てきてキャラが立ちましたね(^_^)v [一言] 「うるせぇ。……というかお前、何なんだ、あの場所。余を単騎で倒せるような奴らが、実体を持たないとは言えゴロゴロしてた…
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