帝国の未来
大きくそびえていた帝城は、見る影もなく、大きくそびえた山へと変化した。
つまりは跡形もなくなったわけだけど、良いこともあった。
ラトヴィニアスの『天地変動』で、瓦礫に飲まれていた帝国貴族の半数が地表に押し出され、生き延びていたのだ。
実力重視の帝国だけあって、頑健な貴族が多かったらしく、生存者は多かった。
そもそも、文官のはずのゲルトールさんでさえ、ナトレイアが思わず引くほど鍛えてたからな。
アルクラウン公爵を始め、オルスロート傘下の貴族たちも、自分の支配者がどういう道をたどったのかを理解したらしい。
それを従える俺――ひいては、俺が助力するクロムウェル皇帝に大人しく従うことになった。
被害は甚大だったけど、マナティアラ帝国はようやく、クロムウェル現皇帝の下に一つにまとまったと言える。
その翌日。
「帝国に住むすべての貴族と民に宣言する。我が帝国は、他国への侵略政策を取り下げ、帝都の復興と、国力の安定を目指す治政へと方針を向ける。――この宣言は、今代皇帝クロムウェル・トーラム・マナティアラの名において掲げるものである」
消滅した帝城の代わりに、帝都中央の大広場で、クロムウェル皇帝が演説していた。
帝都に迫っていたドラゴンの群れ、帝城を破壊した巨大なドラゴン、帝城が消滅して魔術によって築かれた大きな山が一つ。
こんな、この世の終わりみたいな天変地異が連続して、帝都の住民の混乱はピークに達していたのだ。
それを収めるべく、皇帝陛下自身が民衆の前に立って大演説をぶちかました、というわけである。
大広場は皇帝の姿見たさに集まった平民と、皇帝に対する忠誠心を見せるべく集った貴族たちで溢れかえっている。
帝都を襲った災害とでも言うべき事態に対し、毅然と貴族をまとめこれからの方針を打ち出すトップの姿に、民衆は演説を静聴し、終わったときには万雷の拍手を向けた。
「目的も果たしたし、俺たちの協力関係もここで終わりですかね。ゲルトールさん、オルグライトさん」
「おいおい、寂しいことを言うなよ、コタローくん。助けるだけ助けておいて、何もせずに別れるつもりじゃあるまいな? きみは、皇帝陛下と国を解放した英雄だぞ?」
「ゲルトールの言うとおりだね。少なくとも、陛下はきみをすぐには王国に帰さないと思うよ? まぁ、そう急がずに、もう少し付き合っていってくれよ」
大広場の隅っこで、演説の成功を見守っていた俺たちは、そんな会話を交わしていた。
そっか。
そうだな、暴れるだけ暴れて後は任せた、ってのも無責任か。
こんだけ関わっちゃったしな。
それに、今や俺の『カード』になったオルスロートに聞き出さなきゃいけないこともあるだろうしな。
俺たちが王国の屋敷に帰れるのは、もう少し先らしい。
******
帝城が無くなったことで仮の居住先、兼行政施設として、クロムウェル皇帝はゲルトールさんのセントレイル侯爵邸に逗留し、配下の貴族たちに指示を出していた。
俺たちの逗留先もセントレイル侯爵邸なわけで、皇帝陛下と一つ屋根の下である。
そんな状況で、演説を終えた皇帝は、俺たち一行を呼び出した。
「ありがとう、他国の英雄よ。今回の件は、何と礼を言って良いのかわからない」
開口一番、皇帝が頭を下げた。
俺たちとしては、仰天したどころの話ではない。少なからず他の貴族の視線がある中で、絶対的権威である君主が俺たちに一歩譲ったのだ。
こんなもん、決して大げさではなく、帝国が俺たちに頭を下げたようなもんだ。
俺たちは慌てて頭を上げるように取りなす。
「クロムウェル陛下。よして下さい、他の貴族の目があります」
「何を言う。きみたちに受けた恩、きみたちの乗り越えた脅威、それらすべてに対する感謝の意を示すのに、頭一つ下げた程度では決して足りはせぬ」
「帝国は、本当の意味できみたちに救われた。破滅と衰退への道ではなく、生産と発展への舵が切れるのはきみたちのおかげだと、陛下は仰せなのだよ」
横に控えるゲルトールさんが捕捉してくれる。
本来は皇帝や国王という存在は直接言葉を交わさず、おそば付きの文官か宰相が意志を代弁するのが常識だ。
オルスロートにべったりだった宰相は、残念ながら崩落で命を落としたらしく、皇帝の復権を後押ししているゲルトールさんがその役割を代行している。
……本当は陞爵しようかという話もあったらしいんだけど、侯爵の上は公爵しかなく、公爵位は皇帝の傍流血統に与えられる特殊地位のため、立ち消えになった。
代わりに、皇帝の腹心として実質的に貴族たちの筆頭として扱われているのだ。
「帝国としては、皇帝陛下のお命を救ったきみたちに報奨を与えたいのだが……」
「ありがとうございます、気持ちだけで結構です。粗野な身ですが、食っていく分には困らぬ蓄えはありますので。お言葉だけで、充分です」
ゲルトールさんが言いよどんでいるけど、そりゃそうだ。
崩壊した帝城の再建に、支配者の消えて統制の取れなくなった地方貴族の制圧、領主の消えた領地からの徴税法の調整、軍備の再編や政務官の選抜と育成にかかる資金、国勢と経済の安定を目指すインフラ投資、などなど。などなど。
これからの帝国には、予算がいくらあってもまるで足りないくらいの出費が待っている。
マークフェル王国側の糾弾もやまないだろうし、そちらの賠償も必要になるな。
逆さに振っても鼻血も出ないような、そんな困窮した状態の知り合いから財貨なんてもらえないよ。
王国転覆と、アシュリーへの濡れ衣の首謀者を討伐した時点で、俺としては目的を果たしてるからな。
「帝国の救済者、コタロー・ナギハラ殿は、すでにマークフェル王国の爵位をお持ちとのこと。なので、せめてもの気持ちとして、『緑冠光翼一等勲章』を進呈したい」
勲章か。
それくらいなら、まぁ、記念にもらっとくか。
「はい、ありがたき幸せにございます」
「この勲章はマナティアラ帝国最高峰の栄誉である。この勲章を持つ者は、慣例として我が帝国内において『侯爵』位相当の扱いを受けることになる」
ゲルトールさんの説明に、思わずぎょっとして顔を上げてしまう。
すると、そこには、にこりと微笑んだ皇帝陛下の顔があった。
「――この場で何も出せぬのは心苦しいが、余は必ずやこの国を良くしてみせる。そなたは、その未来の帝国にて、どうか心健やかに過ごしてもらいたい。この国の未来そのものが、そなたへの報奨だ。受け取ってくれるかね、英雄よ」
この勲章は、栄誉という名の、原価的には値打ちの無いただの飾りだけど。
この国が明るい未来を迎えたならば、この国は俺を賓客として歓迎してくれる。
これからきっと、そういう国にしてみせる。
この国の栄誉を受けて良かったと、そんな価値のある国にしてみせるから、期待してくれ。
それが、勲章に込められた本当の意味。
そうなんだろうな。
じゃあ、俺は受け取らなければいけない。
これから、この国で出会った人たちの努力に価値を付けずにいられるはずもない。
俺は、このマナティアラ帝国が平民を兵卒ではなく、国民として扱い、安心して暮らせる未来を期待する。
そのために、片膝をついてうやうやしく勲章を受け取った。
「謹んで、お受けいたします。……この国の未来が、明るいものであることを願って」
「うむ。そのために、余らは残りの生涯を捧げよう」
そのクロムウェル陛下の言葉に、いくつかの儀礼的な拍手に混じって――
皇帝派の貴族たちからの、万感の思いを込めた拍手が起こった。
******
「……とは言っても、俺も、もう少ししたら故郷に帰るつもりなんだけどなぁ」
「良いんじゃない? あの場で受け取らなかったら、皇帝陛下の決意表明とご意志に『期待してない』って取られちゃうわよ。持ってても損はしないんだから、もらって正解よ」
セントレイル邸の私室にて、アシュリーの言葉に納得する。
やっぱり、受け取らない選択肢は無かったな。皇帝陛下どころか、この国を再建しようとする人たち全員の面目が丸つぶれになるし。
とは言っても、日本に帰ると、この勲章も無用の長物になるんだけど。
「コタロー殿、本当に帰っちゃうのかい? もう少し研究したかったんだけどなぁ……」
「ごめんよ、所長。でも、最初からハイボルト陛下にも『いつか故郷に帰る』って話してたからさ」
それはそうだけど……と、渋るエルキュール所長。
確かに、予想よりずっと早く手に入れちまったもんな。
『次元転移』
9:最大五体までを対象とする。それぞれの対象は、あなたの訪れたことのある
任意の地点一つへと移動する。(場所、次元を問わない)
次元を――おそらくは世界間を移動できるであろう呪文カード。
つまり、日本に帰れる手段が、俺の手元にある。
「じゃ、じゃが、コタロー。それを使うには魔力が足りんのではないか? つまり、すぐに帰るというわけではあるまい?」
クリシュナが、慌てた様子で尋ねてくる。
うん。まぁ、数字的には足りてないんだけどね。
「あっはっはーあ! そこはこの大魔術士にお任せってわけだねぇ! いやぁ、頼れるねぇ、役に立つねぇ、魔術はやっぱり万能だ!」
と、ひょうきんに大笑いする新しい『伝説』、大魔術士ラトヴィニアス。
そう、こいつの召喚時能力は、対象の呪文カード一枚のコストを『2』下げる。
そして、俺は階位が上がって現在の魔力が7。
つまり、ラトヴィニアスに『次元転移』のコストを下げてもらえば、今の俺の魔力でこのカードが使えてしまうのだ。
ラトヴィニアスを喚んだ上で、一度最大まで魔力を回復する時間が必要になるけど、戦闘用じゃないから問題はないだろう。
問題があるとすれば、
「本当についてくるのか、アシュリー? もう、この世界に戻って来れないかもしれないんだぞ?」
「なに言ってんのよ、あんたのそばがあたしのいる場所よ。もう決めたことだから、かじりついてでも一緒にあんたの故郷に行くわよ」
そう。
たとえ日本に帰り着いたとしても。
日本で、俺が『カード』を使えるのかどうかがわからない。
そうなると、『次元転移』は二度と使えず、日本に帰ったまま、こちらには戻ってこれなくなってしまう可能性も大きいのだ。
「……まぁ、もうちょっとはこっちにいるよ。エルフの使用人たちの扱いとかもあるし、ハイボルト陛下にも断りを入れなきゃいけないからさ」
「それは嬉しいけどさ……実際、どうなんだい、ラトヴィニアス殿? コタロー殿の故郷では、コタロー殿のスキルは使えないものなのかい?」
所長の質問に、ラトヴィニアスは口元に手を当て、しばし考え込む。
あくまで軽く、魔術を極めた専門家は言った。
「行ったことがないから確信は持てないけどねぇ。その『故郷』とやらでも、魔術が使える可能性は大きいと思うよ。……ほら、魔術士コタローは、その存在自身が『法則』だからさ。たとえ魔術の無い世界でも、彼のいるところに『法則』は存在するわけだよ」
なるほど。
元々はこの『カード』関連のスキル自体が、この世界には存在してなかったものだ。
それが、俺という存在がいることで『法則』として成り立っている。
なら、同じく魔術なんて無い日本でも、俺が存在していれば『カード』が使える可能性が高いわけだ。
理屈の上ではそうなる……と、納得はできるんだけど。
「でも、万が一があるからなぁ……とりあえず王国に戻って、ハイボルト陛下と相談かな。発つ鳥は跡を濁さずって言うし、帰れなかった場合に備えて、後片付けはしていかないと」
もし無事に帰れたとしても、問題はまだあるんだけどな……
いや、それは考えまい。
ずっと、仲間たちに会うことだけを考えてきた。今は、それを果たすだけだ。
「そうか。もし向こうでも魔術が使えて、こちらと行き来ができるなら、私もぜひ一度行ってみたいな。成功したら、私も連れて行ってくれ。興味がある」
「あ、それはウチもあるやんね。違う世界ってのが、どんなんか見てみたいけんね」
「あっ、ず、ずるいよ、二人とも! そんなの、わたしだって行きたいに決まってるじゃないか!」
大騒ぎする一同。
所長はともかく、ナトレイアもノアレックさんも、日本にはエルフや獣人はいないから、そのままじゃ出歩けないんだけどな……
そこは『モルフスキン』で変装すれば良いか。
もし魔術が使えるなら、たぶん大丈夫だろう。
むしろ、本当の姿を見せたら、大騒ぎしそうな知り合いが何人もいるな……
「とりあえずは、王国に帰るか。アシュリーは、カラフィナさんにも事情を話しておけよ? これが今生の別れなんてことになったら、あの人たぶん、泣くぞ」
「いやよ。言ったら絶対に引き留められるじゃない。むしろ、王国にも帰れなくなるわよ」
ぷい、とそっぽを向くアシュリー。
でも、口ではそう言っても、本当は話すんだろうな。
親しい人に、いきなり別れる辛さなんて味あわせたくないはずだ。
……日本でも、『カード』が使えると良いな。
そう思ってしまうほどには、俺もこの世界に愛着ができてしまった。




