いざ、人の住む場所へ
「ほら、見えてるでしょ。あの街よ」
歩き続けること一時間少々。
俺たちは街の門の前に辿り着いていた。
すでに日は傾いていたが、何とか夜になる前に辿り着けた。
壮観だ。
森を抜けて平原の道に出たときから街の外壁は見えていたのだが、切り出された石を堆く積み上げた古風で巨大な防壁を前に、改めて外国というかファンタジーな異世界にやってきたんだなと感じる。
夕暮れに照らされた外壁は、日本じゃそう見られない光景だ。
アシュリーが俺の手を引く。その光景を、隣を歩くデルムッドが微笑ましそうに見上げている。
オーガと遭遇したショックは薄れ、アシュリーは帰還の喜びにはしゃいでるみたいだ。テンションが上がっているのか、俺の手を引いて街へ入るのを急かしてくる。
妙に身体を押し付けてきて、触れる瞬間が多いのは……気のせいかな?
街門の前には金属の軽鎧を着けた衛兵が二人立っていて、俺たちを呼び止めた。
「トリクスの街へようこそ。身分証明を提示してもらえるかな?」
「はい、ギルド証。こっちの連れは、森の中で保護したの。魔術転移か何かで、島国にいたのが気づいてたら森の中に一人でいたんだって。帰れなくて困ってるみたいよ?」
俺の手を引いてつらつらと事情を話すアシュリー。
あれ? 自分で説明しろって言ってなかった?
「魔術で? そんなことがあるのか?」
「あるんじゃないの? 少なくとも、あたしが見つけたときは荷物も持たずに森の中をさまよってたわ。水場を見つけるのにも苦労してたみたいだもの。それに、どう見ても鍛えてないし、商人でも間諜でもなくて、一般人っぽい気の抜け方でしょ?」
俺を訝しがる衛兵に、熱の入った口調で保護を訴えるアシュリー。
自分のことは自分で証明しろ、と言わんばかりの森の中での態度はどうしたんだろう。
「ふむ、ちょっと事情を聞かせてもらえるか?」
「心配しないでね、コタロー! コタローならきっと街に入れてもらえるから!」
その後、衛兵さんの詰め所で事情聴取を受けた。
なぜかアシュリーも同伴で。
日本のことを聞かれたので、島国だということと、話の流れで鎖国の歴史や独自の文化に海外の要素を取り入れ続けた国だと軽く説明した。
どうやら、鎖国のことを曲解されて、あまり国際的に認知されていないマイナー国だと納得してもらえたらしい。
服装のこともそれを後押しした。
俺の服装は森歩きでボロボロになっちゃいるけど、休日使用のシャツとデニムパンツ。
デニムパンツはこちらに無いらしく、とても丈夫な縫製であることと、主に労働者が着ていた長持ちする衣類であることを説明すると、じっくり触られて検分された後に納得された。
アシュリーに外に出てもらって、脱いで渡したからね。男同士だし恥ずかしくない。
たいへん頑丈な造りの衣類だと感心された。
この辺で見ない、特徴的で目立つ衣類なのに、用途は労働用。
商人でもなければ、良からぬ考えで街に紛れ込もうとする間諜でもない。
そもそも、この辺の文化圏の人間とも思えない。
ただの労働者が手ぶらで森の中にいた、ということで、半信半疑ながらも超自然現象的な事故に巻き込まれたと理解してもらえた。
「あー……うん? 身なりと言い分は怪しいんだが、突飛すぎて逆にお前の言い分でないと腑に落ちない面もあるな。困っているのが嘘には思えないし、本当だったら、まぁ、大変だったな。何とか故郷に帰れるといいな」
ということで、入街税を払えば入れてくれることになった。ただし、不便なので早急に職を探してギルドに身分証明してもらうようにとも勧められた。
俺は無一文なので、入街税はアシュリーが払う。狩りの分け前があるから気にするな、とのことだ。
おっと、詰め所を出る前に衛兵さんたちを『鑑定』しておくか。
この世界の人間の強さの基準を知っておかないと。
名前:バラス
種族:普通人
2/2
名前:ドルガ
種族:普通人
2/2
二人とも、攻撃力とHPがそれぞれ2。
ゴブリン相手なら楽に勝てるけど、オークと一対一だと少し辛い。
これが武装した人間の基準か。軍人とか騎士だともっと高いのかもしれない。
そうそう。この『鑑定』だが、オーガを倒して階位が上がった際に手に入れた新カードのうちの一枚だ。
『鑑定』
2:対象の情報を得る。魔力を1回復する。
魔力を2消費して1回復する。なら最初から消費1でいいじゃんと思うんだけど、難易度かコスト設定の問題なんだろうな。実質消費は1でいいけど、扱い的には2コストのスペルなわけだ。
たぶん、こういう風に回復付きでコスト差が生まれるスペルは、他にもあるんだと思う。
ちなみに、アシュリーのことも道中でこっそり鑑定している。
名前:アシュリー
種族:普通人
1/3
装備:木の弓(・1点の射撃を行う)
アシュリーはHP編重の体力型だ。装備の差があるけど、体力的には冒険者のアシュリーの方が衛兵さんより上らしい。
「わうっ!」
詰め所を出ると、おとなしくお座りで待っていたデルムッドが出迎えてくれた。
利口でおとなしいので、衛兵さんも猟犬として認めてくれたのだ。首輪もつけてるしね。召喚術士うんぬんのことは、特にまだ話してはいない。衛兵さんも職業や技能のことは聞いてこなかったし。
「お疲れ様、コタロー。トリクスの街へようこそ。とりあえずギルドで獲物を換金して、宿を探しましょうか?」
「そうだな。まずは寝床を確保しないと」
「あたしが使ってる宿で良かったら、部屋は空いてると思うわよ? 値段もそんなに高くないし、女将さんもいい人だからお勧めよ。ギルドで宿を聞いても、おとなしい人か女性冒険者にしか教えてくれない穴場よ」
「そりゃいいな。ゆっくりすごせそうだ。後で案内してくれ、アシュリー」
「うん! さ、冒険者ギルドに行きましょ! 今日は大漁よ!」




