世界は悪竜を捕らえる
普通人、エルフ、魔族、ドルイド、ハーフフット、数多く存在する人類種。
その人類史を支えた、秘術にして技術――魔術。
人類は炎を操った。風を操った。水を操った。大地を操った。
凍える世界にたき火を一つ、乾く世界に井戸を一つ、餓える世界に作物を一つ。
そうして、人類は魔物に襲われ定住もままならないこの世界で、生き延びてきた。
あるいは魔物すらをも、その魔術で退けながら。
この世界の人類の歴史は、魔術の研鑽の歴史と言える。
悠久の歴史の中、数多の魔術士の中で、術の真理にたどり着いた者もいた。
けれども、その魔術士は、懐疑した。懐疑された。
その真理は、果たして真実正しいものであるのか、と。
周囲の無理解を、「たどり着いた者」は、なんと、そのままに受け入れた。
神格視までされるほどの偉大なる理を、人の身が解き明かせるものか。
そういう周囲の声に、「たどり着いた者」は賛同した。
彼自身が、心から魔術を愛していた。世界を愛していた。
だから、きっと――この世のどこかには、まだ見ぬ本当の真理があるに違いない、と。
「たどり着いた者」は、その実力で人類史を大きく発展させながらも、己の真の成果を誇らなかった。
秘術の真理は、自分一人になど解き明かされるほど小さなものではないのだと、馳せた夢を胸に秘め。
仲間たちとともに様々な魔術を論じ合った。
かつて人類史に刻まれ、そして歴史に埋もれた、偉大なる道化。
魔術をひとり極めながらも、周囲の魔術士たちと並び歩いて、その歩みを止めず。
これは、真理よりも浪漫を追い求めた、一人の天才のお話。
******
『――さぁ! この大魔術士の名を呼びなさーいッ!!』
エルダードラゴン、オルスロートの巨体が俺たちを潰そうと迫る中。
脳裏に響く声に、俺は、その名を大声で呼んだ。
「来い――『魔術を総べし者、ラトヴィニアス』ッ!!」
光とともに、そいつは現れる。
くしゃくしゃの金色の髪、タキシードに似たシルエットの貴族服、左手に長いステッキを持ち、白い手袋に包まれた右手で、装飾の入ったシルクハットを押さえている。
怪獣の迫り来る窮地にも関わらず、そいつは実に楽しそうな声で俺に言った。
「さぁ、異世界から来た魔術士よ! 一緒に、世界の謎を解き明かそうッ!」
そう言って新たな『伝説』、ラトヴィニアスは、右手を掲げる。
そこに光とともに現れるのは、一枚の――『カード』!
「まさか、魔術士タイプのアバター!?」
驚きながらも、急いでカード一覧でテキストを確認する。
そこには、こう記されてあった。
『魔術を総べし者、ラトヴィニアス』
6:4/3
魔力:6/6
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『スペル使用』・このアバターは、あなたの持つ呪文カードをすべて使用できる。
『魔力高速回復』・このアバターの魔力は、三十秒に1ずつ回復する。
・このアバターが召喚されたとき、あなたの持つ対象の呪文カード一枚は、
このアバターを召喚している限り、呪文コストが2下がる。
(この効果では呪文コストは1未満には下がらない)
こ、この所持スキル、『スペル使用』と『魔力高速回復』は、俺と同じスキルだ!
召喚された存在にもかかわらず、俺の呪文カードを使えるアバター!
しかも、特殊能力は呪文コスト軽減効果!
なら、まさか、あいつの手にある『カード』は……
『そぉこぉかぁァァァ――――ッッッ!!』
荒れ狂う巨竜、オルスロートが俺の叫び声を聞き、狙いを定める。
視界すべてを覆うような巨体を目の前にし、ラトヴィニアスは平然と笑いながら、その『カード』を起動した。
「世界を相手に、暴力なんて無粋だねッ! 行くよ――」
――『天地変動』。
ラトヴィニアスの宣言とともに、大地が盛り上がる。
瓦礫が崩れ、大量の土に飲み込まれる。土砂が竜巻のようにうねり、そして、
世界が干渉される。
『な、なんだこれはッ!! こんな、こんなもの――げぶッ!!』
盛り上がった大地の奔流はあっという間にオルスロートを飲み込み、その巨大な胴体の上に積み上がる。
山だ。
自然物など何もなかった瓦礫の跡地に、帝城にも負けない規模の『山』が生まれ、オルスロートの上に積み上がって押し潰している。
土砂の集まりがときに岩となり、ところどころに草が茂り、木々が生える。
いかに高ステータスのエルダードラゴンと言えど、相手は本物の『山』一つだ。頭は出ているものの、胴体が生き埋めに近い状態で、動きを封じられている。
ラトヴィニアスはもう一度シルクハットを被り直し、もがくオルスロートに告げた。
「というわけだ。逃れたかったら、その山一つを持ち上げておくれよ、トカゲくん?」
『ば、バカなッ! こんな、これほどの魔術を、たかが普通人種がッ――!?』
ああ。やっぱりか。
『天地変動』
8:広範囲の天候か地形を変更する。
この間手に入れたトンデモカードだ。
コストが高すぎて使えなかったけど、ラトヴィニアスの召喚時能力でコストが2下がって、一時的に6になっていたはずだ。
ラトヴィニアスの魔力は6、つまりこのコストまでなら、一度の召喚に一回だけという制限付きだけど、自在に操れるということになる。
コスト差2は、もう別次元の魔術だ。
召喚した俺以上の魔術……はは、さすが本職。
魔術士タイプのアバターは、とんでもねぇな。
『たかが……たかが、山一つ! すぐに抜け出してやらァッ!』
オルスロートは、山に押し潰されながらもまだ諦めていない。
そうだな、どれだけ重くてもしょせんは動かないただの土砂だ。潰れてないなら、高ステータスでもがき続けていれば抜け出せる可能性もある。
だけど、とラトヴィニアスは笑って言った。
「うん。そんな時間があるならね? ……きみ、気づいてたかどうか知らないけどね。もう一人いるんだよね、きみの首を狙ってる人。――主君の命を受けた、覇王殺しが、ね?」
「その通りだ」
巻き上がる土埃の中で、声がする。
片手剣を携えた、攻撃力12のハンジロウが、オルスロートの巨大な首元を踏みしめて、上に立っていた。
「お館様の覚悟を受けしこの刃、貴様の命なぞは容易く斬り裂く。――その首、もらうぞ」
オルスロートは一瞬、抵抗するように身体に力を入れていた。
が、すぐに絶望に満ちた表情になる。
そうだよな。
さっきみたいに『人化』で逃げようとしても、胴体の下に隙間があるアースドラゴンとは違うんだ。人のサイズになった時点で、崩落した土砂に潰されて生き埋めだ。
もし身体の出ている部分を中心に『人化』して、運良く抜け出せたとしても――
間近でそれを見逃すほど、ハンジロウは遅くない。
『おのれ、普通人種ごときがァ――――――ッッ!!』
「悔いろ」
片手剣が振り下ろされる。
血しぶきが舞い、竜の鱗を斬り裂いて、人の背丈ほどもある太さの首元に、その刃は深々と食い込んだ。
帝国を支配した知性ある巨竜の、断末魔が帝都に響き渡った。
******
「ハンジロウ、ラトヴィニアス……すまん、俺を、オルスロートのところまで、連れて行ってくれ」
HPを下げた影響で動かない身体を、腕力のある二人に抱えてもらってオルスロートの首元まで歩いていく。
致命傷を負ったオルスロートだが、まだ死んでいない。
ひゅうひゅうと、かすかな吐息が大きな口元から漏れている。
俺が、ハンジロウにそう指示したからだ。
トドメを刺さないで瀕死にできるか? と。ハンジロウは請け負い、そして見事に実行してくれた。
HPのほとんどを減らし、身体を巨大な山に押し潰され、力なく横たわるその首に、俺は話しかける。
侵略主義を掲げ、貴族たちにそれを強制し、『災厄』の封印を解いて王国転覆の手引きをし、そして俺に暗殺者を差し向け、アシュリーが石化する原因を作った存在。
マナティアラという国を『帝国』とし、裏で支配してきた、侵略の暴君。
その国民を顧みない侵略主義者は、今、俺の前で死にかけている。
「オルスロート。選べ。このまま死ぬか――俺に従うか」
オルスロートの傘下の貴族はほぼ瓦礫の下に埋まったようにも思えるが、生き残りがいるかも知れない。それに、帝都外にもこいつに従う大貴族はいるだろう。
このままこいつの息の根を止めても、この帝国には禍根が残る。
オルスロート派閥の残党を抱えたまま、最悪の場合は、この国で内戦が起こらないとも限らない。
「お前には見えているはずだ。選択肢が。……俺たちは、お前が何かする前にいつでもお前の首をはねられる。それができないとは、お前も思わないだろ? だから、生き延びたければ俺に従え」
ひゅうひゅうと息を漏らすオルスロートは、視線を動かさない。
何も見ていないわけじゃない。こいつには今、見えているはずだ。
石化したときのアシュリーと同じ、『カード化』の選択肢が。
「このまま終わるか? 俺はそれでも構わないぞ」
『わか……った……お……まえに、し……たがう……』
そんな、かすれた小さな声が絞り出される。
やや置いて、俺の目の前にメッセージウィンドウが表示される。
『悪竜の暴君、オルスロートが自己選択によりカード化を選択しました。存在を変換します』
オルスロートの巨体が光に包まれ、霧散する。
デルムッドのときと同じだ。後に残るのは、宙に浮かぶ一枚のカード。
『悪竜の暴君、オルスロート』
7:12/12
魔力:8/8
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『甲殻4』『肉壁4』『飛行』『人化』
2:『モルフスキン』
4:『覇者の威圧』・三分間、広範囲の敵対する対象すべてに-2/-2の修正を与える。(この効果は重複しない)
オルスロートが埋まっていた部分が巨大な空洞となり、支えを失った山が崩落する。
地響きを上げて崩れる土砂から、ハンジロウとラトヴィニアスが俺を抱えて脱出してくれた。
肩を貸してもらったまま、ゲルトールさんたちのところへと戻ると、ゲルトールさんとオルグライトさんが俺に駆け寄って、肩を抱いてくれる。
弱体化が解けて元に戻ったその力強さに、少しだけ痛い思いをしながら、俺は二人に報告した。
「……終わりましたよ。城は壊れちゃいましたけど」
「よくやってくれた! 陛下もきっと、喜んで下さる!」
喜ぶゲルトールさんと、首をかしげるオルグライトさん。
「コタローくん。最後はどうなったの? あの巨体が、すっかり消えちゃったみたいだけど」
「簡単に言うと、オルスロートは俺の召喚獣になりました。俺が許可しない限り存在できないんで……本当に殺せたかどうかもわからないエルダードラゴンを倒す方法としては、最良でしょう」
俺が説明すると、オルグライトさんも「なるほどね」と安心してくれた。
そして、現皇帝派以外に、残る人物が一人。
「……というわけで、お前らの主は、俺の支配下になった。まだ、俺や、クロムウェル皇帝に楯突くか? ――アルクラウン公爵さんよ」
「そんな……そんな、バカな……」
地面にへたり込んだまま、呆然とうわごとのように繰り返すアルクラウン公爵。
目の前の現実が受け入れられないのかもしれない。
信じていたものをすべて失ったアルクラウン公爵は、一気に気力というか生気を失い、まるで枯れ木のような老人な姿に見えた。
「アシュリー……何か、言ってやらなくていいのか?」
「言っても、何も届かないわよ。あの人を支えるものはすべて失われた。後は、皇帝陛下の采配にでも任せるわ」
と、自分を追放した実父の没落した姿に、アシュリーはもう顔を向けなかった。
まぁ、言うことを聞かない残党貴族にはオルスロートを召喚して見せでもするとして。
後は、クロムウェル皇帝に、この国が良くなるように治めてもらうか。
「なんだか、疲れた……どこかで、ゆっくり休みたいな……」
「あんたは早く回復しなさいよ。ほら、ハンジロウ、コタローを貸して。あたしが連れてくわ」
「ははは、私の屋敷でゆっくり休んでくれ。どのみち、帝国はこれから再編される。新たな貴族の選抜から、国策の方針変更の周知まで、マナティアラ帝国は生まれ変わるだろうね。……帝城の再建も含めて、しばらくは騒がしくなるだろう」
なら、その間は休ませてもらうかな。
目的は果たしたわけだし、アシュリーの肩を借りて、ベッドで休ませてもらおう。
と、思っていると、もう一度メッセージウィンドウが開いた。
『階位が上がりました。状態確認を行ってください』
『新規カードを入手しました。新規カード一覧で確認してください』
おっと、階位が上がったか。
完全にトドメは刺さなくても、経験値は入るんだな。
そして消えるウィンドウ。たまに見逃すこともあるけど、今回は確認できたな。
その後には、いつものごとく。
手の中に白い、新しいカードパックが現れた。
アシュリーにも見えたらしく、開封して現れた五枚のカードの内容を知りたがっている。
さて、どんなカードが増えたのかな。
俺は、カード一覧でテキストを確認する。
「――ッ! あ……!」
俺は、思わず息を呑んだ。
開封した五枚のカード。それらはいつものように役に立つ呪文などの詰め合わせだったけれど――
その中の一枚、もっとも高コストのカードの内容を見て、俺は、たまらずに肩を貸してくれるアシュリーの身体に抱きついた。
「ちょ、こ、コタロー!?」
「やった……やっとだ……」
やっと、手に入れた。
長かった。ずっとずっと、この世界に来てから、俺が求め、待ち望んでいたカード。
そのカードのテキストには、こう書かれている――
『次元転移』
9:最大五体までを対象とする。それぞれの対象は、あなたの訪れたことのある
任意の地点一つへと移動する。(場所、次元を問わない)
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




