皇帝として
数日が経ち、決行の夜。
当然のように、帝城は夜間でも警備に守られている。
その警備の合間をかいくぐるために用意した潜入手段は、懐かしの『ラージグリフォン』だ。
モルフスキンで、身体の色を夜闇に紛れる黒一色に変えた一体で、ハンジロウの待つ上層階のバルコニーへと侵入していく。
最後のノアレックさんとクリシュナが、俺たち以外は無人のバルコニーへと降り立ち、帝城敷地内への潜入は成功した。
あとはハンジロウの先導に従って、解錠されたバルコニーの扉から屋内へと入るだけだ。
明かりの消えた帝城の廊下を進んでいくと、たまに侍女や使用人に鉢合わせたりする。
いくら人気の少ないルートを選んでいても、これだけ広く、人の多い帝城だ。まったく遭遇せずに済ませるのは無理な話だ。
そういうときは、すぐさまハンジロウやナトレイアが先行し、当て身や剣戟で即座に意識を刈り取る。多めに持ってきていたロープや布で手足を縛ったり、口を封じたりして、近くの使われていない部屋に押し込む。
皇帝を救出できたら、何らかの処罰を受けるかも知れないけれど、ここは敵地だ。そこに構っていられるほどの余裕も、こちらには無い。
やがて、帝城の見取り図に従って進むと、オルグライトさんの推測した先代皇帝の居室、とやらにたどり着いた。
ここか。
あくまで無言のまま、ドアを開く。
夜も更けているのに、室内の人物はまだ起きていた。
ベッドに腰掛け、しわがれた声を、侵入者である俺たちに向ける。
「……何者か。名乗る名はあるか」
「ありますが、その前に確認させていただきたいですね。あなたは、この国の現在の皇帝陛下で間違いないですか?」
尋ねておいて何だが、答えはわかりきっている。
帝城のこの辺りの区画は、最近ではあまり使われていない区域だ。その一室を居室にしているのだから、目的の人物以外にはあり得ない。
果たして、その人物は、想定通りの名を名乗った。
「いかにも。余の名はクロムウェル・トーラム・マナティアラ。――この帝国マナティアラの、今代の皇帝である」
そうして、灯されたろうそくの薄明かりの中に、その人物が浮かび上がる。
威風堂々たるたたずまい。
自分の命を狙いに来たとも知れぬ侵入者を前にしても、怖じること無く統治者として向かい合う。
地位をカサに着た、空威張りではない。ただ『皇帝』として在るべきように在る、という誇り高さが自然と身についた――
紛れもなく傑物が、そこにいた。
俺はその人物に敬意を表し、腰を折って一礼した。
「初めまして。隣国、マークフェル王国の名誉伯爵位を拝しております、コタロー・ナギハラと申します。後ろの者たちは、自分の手に連なる者たちです」
「聞かぬ名だ。余の命でも奪いに来たか?」
半年間幽閉されてたわけだから、王国との関係や俺のことは知らないらしいな。
いいえ、と首を振って俺は暗殺ではないと否定する。
「あなたの身を案じるこの国の方々との友誼のもとに、あなたをお救いに参りました、陛下。……我々とともに、脱出していただきたく存じます」
「身を案じる……余は病床ということになっている。そなたは、何を知っている?」
オルスロートのことを知っているのか、という意味を込めた質問に、俺はうなずいた。
「セントレイル侯爵、ハーマン伯爵、それに連なる方々……あなたは、この方々と深いよしみがあるはずです。その方々から、この帝国の裏の事情は耳にしています」
「ゲルトール、オルグライト、皆の者……そうか。彼らが……」
感慨深げに目を伏せた後、皇帝は顔を上げた。
その表情には、決然とした意志がある。
その意志を持って、皇帝はきっぱりと救出を拒否した。
「余は外には出ぬ。――たとえ余がここを出たとて、オルスロートに追われる身となるだけ。のみならず、ゲルトールたちにも累が及ぶ。それはならぬ」
まぁ、そうなるか。
監禁されている身を外に出しても、相手が帝国全体に影響力を持つなら、ただの反逆者に身を落とすだけだ。
やっぱり、影の支配者であるオルスロートを何とかする必要があるか。
「わかりました。オルスロートは俺たちが打倒しましょう。……そのためにも、あなたが囚われたままでは人質にされてしまいます。ぜひ、ご同行を」
「むぅ……そなたらが、か……?」
疑わしげな視線を向け、ためらう皇帝。
ゲルトールさんたちがいるならともかく、他国人の俺たちだけだと、そもそも本当に味方かどうかすらも確証が無いだろうしな。
けれど、この人が帝城の中にいたままだと、色々とやりづらい。
何とか説得する道筋はないもんか……
「……そこな、じいさま。じいさまは、なぜ戦わぬのじゃ?」
考えていると、クリシュナが、とてとてと前に出た。
思案する皇帝を見上げ、不思議そうに尋ねる。
「じいさま。この国の民は、他の国の誰かを襲うようにけしかけられておる。戦うのは、この国の民じゃ。……民を無為に戦わせる暴君を止められるのは、一番えらいじいさまだけなのじゃろう? なぜ、じいさまは止めようとしてくれぬのじゃ?」
クリシュナの言葉に目を丸めながら戸惑い、そして幼子の携える剣に目を向けて、皇帝は眉間にしわを浮かべる。
「そなたは……むぅ、そなたのような幼子が、剣を持つとは。――伯爵。王国では、このような子どもをすら、戦場に駆り立てるのかね?」
「わらわは、剣を持つよ?」
何のてらいも無いクリシュナの言葉に、皇帝が彼女を見る。
クリシュナは、その姿にまるで見合っていない剣を前に掲げ、続ける。
「この国の民は、王国の民を襲おうとしておる。わらわも貴族の子女じゃ、王国の民は王国の宝じゃ。誰かが国の宝を奪おうとするなら、わらわは剣を持つよ。幼かろうと、女であろうと、大事なものを守るためじゃもの。……じいさまは、民は守らぬのかえ?」
「民を……守る……」
渋面する皇帝に、にこり、とクリシュナは笑う。
「じいさまは、長生きじゃから色々なものを考えてしまうのじゃろうな。ならば、我らがこの国の民も守ろうぞ。何も奪わず、争う道で命を落とさぬように守ろうぞ。……考えすぎて動けぬ大人が立ち上がれぬなら、子どものわらわが戦おうぞ」
それがわらわの役割じゃて。
クリシュナは、苦悩する皇帝に、明るく語りかける。
「明日も民草に笑っていてほしいもの。案ずるでない。じいさまも、わらわが守ってみせようぞ! 今、子どもである民たちが戦に向かわずに済むのなら、子どものわらわとて、剣を振るって見せようぞ」
その言葉に、老いた皇帝の目尻に、涙がにじんだ。
「余が何もせねば、オルスロートの意のままに国を任せていれば……この国の子らがいずれ戦場に立つことになる……か」
その未来の光景を幻視したのか。
皇帝は、何かを堪えるように天を仰ぎ、そして息を吐いた。
「よい、貴族の娘よ。子どもは笑うのが天分じゃ。国の子どもらも笑わせられずに、座して囚われるなどと、大人にあるまじきことよ。そなたは、剣など持たず笑っておるべきじゃ」
「ならば、じいさまが、民を守ってくれるのかの?」
クリシュナの問いに、皇帝は、にこりと笑って答えた。
「もちろんじゃ。この『じいさま』はな……こう見えても、この国の皇帝なのじゃよ?」
「なんと、皇帝かや。それは、えらいのぅ。たのもしいのぅ」
皇帝はベッドから立ち上がり、屈託無く笑うクリシュナの頭を、ゆっくりと撫でた。
優しく、いたわるように。いつくしむように。
そうして、決意を秘めた瞳で俺を見る。
「王国の伯爵よ。余を連れ出してくれ。――この帝城では、動きが限られて何もできぬ。ゲルトールたちに会いたい。……頼めるか?」
「ええ、任せてください」
差し出された皇帝の手を取り、堅く握り合う。
皇帝は、オルスロートに立ち向かうことを心に決めたようだ。
そうなると、この人は新しい帝国の旗印、そして指導者になる。何としてもこの帝城から脱出させないといけない。
そうなると、問題がある。
縛ったままの侍女や使用人たちだ。そろそろ気絶から目を覚ましていても不思議じゃない。そうなると、どうなるか。
大人しく、いつまでも縛られたままの奴ばっかりとは限らないからな。
「引き上げるぞ、みんな。帰りは戦闘もあり得る。気をつけて――行くぞ!」
行きはよいよい、帰りは怖い。
さて、どう出るか?
******
「いたぞ、くせ者だ!」
やっぱり出てきたか!
脱出ルートの廊下で、重装備の騎士たちとカチあった。
警備兵だけじゃないな、近衛騎士団も混じってそうだ。
「ナトレイア、頼む!」
「任せろ!」
ナトレイアが先行して斬りかかる騎士の剣を受ける。
頑丈な創国の王剣じゃない、普通の長剣だからな。武器に気を遣わなきゃいけないぶん、ナトレイアは少しやりづらそうだ。
「わらわも――」
「お前は出るな、このまま切り抜けるぞ!」
ラッシングジャガーから降りて前に出ようとするクリシュナを止めて、ジャガーたちを走らせる。
全員分の召喚は無理なので、身体能力の低い、俺、所長、クリシュナとノアレックさん、皇帝の五人が、屋内ながら騎乗して移動している。
「だ、だが、前衛がナトレイアくんだけでは無理だよ、コタロー殿!?」
「わかってる! ――ノアレックさん、『ファイヤーボール』を撃ってくれ!」
ノアレックさんは指示通りにカードを取り出すが、広い通路にひしめく騎士の群れに、対象を絞りきれなかった。
「コタローはん、どいつを狙うとね!?」
「違う、敵を狙うんじゃない! 対象は――『俺』だ!」
俺の指示に一瞬、面食らった様子を見せたが、ノアレックさんはすぐに意図を理解してくれた。
カードが起動する。
「わかった、死なんときよ! ――『ファイヤーボール』!」
爆炎の砲弾が俺を直撃し、3点のダメージを受ける。
仲間への誤射、フレンドリファイアとは少し違う。
「ぐっ、あつ、あっつ! ……ハンジロ――ッ!!」
「御意! お任せあれ!」
『仇討つ刃、ハンジロウ』
5:1/4
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『隠密』・このアバターは、敵の対象にならない。
『敏捷』・関連する負傷を負っていない場合、高確率で攻撃を回避する。
・このアバターは、+X/+0の修正を受ける。
Xは、あなたの最大HPから現在のHPを引いた数に等しい。
俺のHPが3点減り、攻撃力を3点上昇させたハンジロウが、戦線に躍り出る。
目にも留まらぬ動きで駆け抜け、攻撃力4に強化された剣で、瞬く間に騎士たちを斬り伏せていった。
「道が空いたわよ! 通って、コタローッ!」
騎士の大多数が倒れ、通路の人の壁に空いた大穴を、ラッシングジャガーで走り抜ける。
しんがりはナトレイアとアシュリーで、精密狙撃の援護を受けながら、ナトレイアの剣が後続を遮断する。
「皇帝陛下をお守りしろ!」
皇帝が乗っているラッシングジャガーに、何とか追いすがろうとする騎士たち。
その声を聞いて、皇帝が叫んだ。
「追うな! 余はこの者らと行動を共にする! 必ず戻って参るゆえ、心配するな!」
新手の騎士たちは、オルスロート旗下じゃなく皇帝の臣下だったのか、その指示を聞いて追うのをためらっていた。
その隙を突いて、全員が、侵入してきたバルコニーに到達する。
「召喚! 『ガラクラン山脈のドラゴン』ッ! ――全員、飛び乗れッ!」
突如帝城の真横に現れたフレアドラゴンに、屋内の追っ手たちが怯む声が聞こえるが、好都合だ。
ナトレイアたちは生身で、俺たちはラッシングジャガーでフレアドラゴンの背に飛び乗った。
そのまま、夜空に翼をはためかせ、ドラゴンが上昇する。
重量オーバーのためにラッシングジャガーたちをカードに戻し、俺たちはドラゴンの背から、騒然とする帝城を眼下に眺めた。
「もう、後戻りはできませんよ、クロムウェル陛下」
「構わぬ。民の未来を守ると心に決めた。余は――この国の、『皇帝』である」
現皇帝陛下は救出した。
だが、同時に、オルスロートに俺たちの存在が知れ渡ることにもなる。
けれども、皇帝が幽閉された場所からいなくなれば、どのみちそれは相手に伝わることだ。
ここから相手がどう出るか。
帝国の支配者、長命種オルスロートが動き出す。
「ここまでやったのだ。手を貸してくれるのだろう? ――コタロー伯爵よ」
「もちろんですよ、陛下」
いっちょう、バケモノ退治としゃれ込むか!




