目は口ほどに
というわけで、アルクラウン公爵家の嫡子、コームナスの確保に成功。
それ誘拐じゃない、って?
そうとも言う。
とりあえずは協力者のセントレイル侯爵邸にて、その身柄を置いている。
一応、この作戦はゲルトールさんも了承済みだったからね。
本人はできるかどうか、半信半疑だったようだけど。
後ろ手に縛ったまま侯爵邸の一室に閉じ込めているわけだけど、連れてきてから手荒なまねはしてないし、食事も用意したから、本人にはずいぶんとなめられているようだ。
頑として何も話さない、という姿勢を態度で示している。
「なんとまぁ、本当に可能だとは……魔術はどうやって封じたのだ?」
対面したゲルトールさんが、半ば呆れたような顔で驚いている。
コームナスは魔術の手練れだけど、『スペルキャンセル』を都度かけていたら、自分の魔術が完全に封じられたと思い込んだらしくて、もう抵抗する素振りも無い。
体力はそんなに無いからね、この嫡子。
「方法は秘密ですが、まぁ、そういうことができる、とだけ。今のうちに、何か聞いておくことはあります?」
「いや、それは『彼』が来てから任せようと思っているが……むしろ、きみたちに聞きたいよ。アルクラウン邸は、警備の魔道具で厳重に守られていたはずだが?」
俺の質問に、まだ信じられない、と言った表情のゲルトールさんが尋ねる。
そうなの? まったく無警戒で侵入できたけど。
と思い至ったところで、俺たちの進入路はすべてハンジロウに手引きされたものだと思い至る。
解除してくれてたのか、本当有能だな、ハンジロウ。
「あの庭師のトマスが、偽物だったとは……そんな素振りは全くなかったぞ。お前ら、何者だ? この国の人間じゃないだろう? セントレイル侯爵、貴様の雇った者か?」
いい加減にじれたのか、コームナスがこちらをにらんでくる。
オルグライトさんじゃないからな、すぐには察しが付かないか。
「お前らに暗殺されそうになった人間だよ。こう言えばわかるか?」
俺の一言に、コームナスの顔色が変わる。
彼は隣のゲルトールさんをきつくにらみつけ、怒鳴りつけた。
「セントレイル侯爵! 王国の人間を手引きしたか、帝国を裏切り、滅ぼすつもりか!」
ふん、とゲルトールさんは動じない。
冷徹に、縛られたコームナスを見下し、吐き捨てる。
「現皇帝陛下をお救いするために手を結んでいる。帝国の頂点をないがしろにしているのはどちらだ。それに、貴様らの策謀が無ければ、彼はここまで来なかった。――私は止めただろう? 『大樹』を討伐できる者だ、暗殺など試みれば竜の尾を踏む、とな」
「あっ、あれは! 父上のご意志で――」
口を滑らせかけ、黙り込むコームナス。
やはり、王国転覆と俺の暗殺にはアルクラウン家が関わっていたか。
「当主を捕縛できなかったのは痛いな……」
「留守だったか?」
ゲルトールさんの確認に、ええ、とうなずく。
コームナスが不服そうに鼻を鳴らし、こぼした。
「父上は、領内のドラゴンの群れへの対策を練るために、ここ数日屋敷にはお帰りになられてはおらん。貴様らの手は届かぬわ!」
ああ、ドラゴンの群れか。すっかり忘れてたな。
エサは道中のモンスターを食べてるだろうから問題無いとしても、あれから日数が経ったからな。今は、帝都まで割と近づいてるか?
そうかー。そりゃ、対策に魔術士部隊が駆り出されるよな。
当主を捕縛できなかったのは、何のことは無い、俺が喚んでるドラゴンが原因か。
「適当なところでドラゴンを消しておくべきでしたかね、ゲルトールさん?」
「いや、あれで帝城の注意がそちらに向けられているからこそ、我々の動きがいちいち気にされていないというのも大きいよ。――何せ、あの数の、しかもドラゴンだからね。自然災害とは思えど、何も知らなければ、誰かの仕業だとはそう思うまい」
おとりにはなってるか。
正直、召喚枠を十枠も使ってるから、戦術の幅が減るんだけどな。
おかげで、移動用のアバターを喚ぶのが精一杯で、流星弓も創国の王剣も喚べないから、ナトレイアたちの武器はゲルトールさんからの借り物だし。
俺たちの会話を聞き、コームナスが目を剥いて驚いていた。
「ば、バカな……ドラゴンだぞ? 二種で十匹は確認されている。それが、すべて貴様の仕業だと……召喚したものだとでも、言うつもりか!?」
「そうだよ。今、ここにも喚び出せるぞ」
俺があっけなく答えると、コームナスは今度こそ絶句した。
屋敷が壊れるからやめてくれ、というのんきな一言は、ゲルトールさんだ。
喚ばないけどさ。
そうこうしているうちに、室内に入室してくる人物がいた。
「やぁ、ゲルトール、コタローくん。遅くなってすまないね」
オルグライトさんだ。ようやく来てくれたか。
この部屋には使用人も近寄らないように言ってあるので、一人での入室だ。
この人が来るのを待っていた。
「ああ、オルグライトさん。待ってました。……というわけで、連れてきましたよ。当主じゃないですけど」
「あはは。当主はさっきまで、帝城で魔術士たちとドラゴン討伐の打ち合わせをしてたみたいだよ。だから、たぶん息子の方だろうなとは思ってた」
気にせず笑うオルグライトさん。
それでも来てくれたってことは、息子でも充分役は足りるってことなんだろうな。
「アシュリーさんたち、他の子どもは知らないだろうけどね。嫡子なら、おそらくオルスロート帝の存在を知っていて与しているはずだ。むしろ、些事の差配なんかは彼がやっているかもね」
「なっ、オルスロート帝のことを、他国人に――それに、アシュリーだと!? まさか、あの役立たずがお前らを……むぐぐっ!」
興奮してアシュリーのことを罵り始めたコームナスの口を、ナトレイアが塞ぐ。
まぁ、何を口走ってくれるかわからんからな。
俺も冷静でいられる自信は無い。
と、思っていると、オルグライトさんが事もなげに言ってくれた。
「ああ、口は縛って塞いでてくれて良いよ。どうせ、素直に答えるわけがない」
「わかった」
言われるままに、ナトレイアが暴れるコームナスに猿ぐつわを噛ませる。
公爵邸で取り押さえたときもそうだったが、彼は純粋に腕力でナトレイアに負けている。ステータスが違うからなぁ。
「ふぐっ、むぐ――ッ!」
最初こそもがいていたが、ある程度様子を見ていると暴れても無駄だと悟ったのか大人しくなった。
じっ……と、冷静に様子を観察し続けているオルグライトさん。
やがて、コームナスが何を聞かれまいと心に決めたのか、表情を引き締めてだんまりを決め込んだところで、オルグライトさんは質問を投げかけた。
「うなずいてくれるだけでいいよ。――皇帝陛下は、どこに幽閉されているか、教える気はある?」
コームナスはうなずかない。知らないな、とでも言いたげだ。
「質問を変える。皇帝陛下のお世話をしているのは誰? モードレス伯爵か、アルブレスト伯爵、ガンゲイル侯爵、ヒンメイト侯爵――」
コームナスは変わらず、動かない。
当てが外れたか? 本当に皇帝の居場所を知らない可能性もあるな。
けれど、オルグライトさんはその表情をじっと見た後。
ああ、と納得したようにうなずいた。
「……なるほど、バルバイト子爵か。盲点だった、確かに、彼もお世話できる立場だ。ということは、皇帝陛下がいる場所は――帝城北西の、先代皇帝の居室だね。僕らの代ではあそこは使われてない」
「――ッ!?」
コームナスの目が、驚愕に見開かれる。
この反応、当たりなのか!?
いや、でも、どうやって探った!?
見た目にはまったくわからなかったけど、何か表情に変化があったのか?
不思議に思う俺たちに、オルグライトさんは笑いながら種明かしをした。
「いや、オルスロート帝の手下なら上級貴族を使うと思ってたんだけどね? ――彼の目が泳いだ後に、どこでうなずいてだまそうかと意識がそれてたからさ。上級貴族にはいないなって。他にも考えると、先代皇帝に登用されたバルバイト子爵しかいない」
目が、わずかに泳いだ後に。わずか数秒、意識がそれていた。
それだけで、コームナスがだまそうとする意志を感じ取ったらしい。
表情にはまったく出ていなかったけど、目の焦点か何かの変化か?
そこから意図を読んで、ピンポイントで容疑者を絞った。
コームナスの反応は、居場所まで当てられたからこその反応だろう。
まるで、心を読んでいるような洞察力だ。これで魔術じゃないんだというのだから、恐れ入る。
たぶん、候補者の名前を挙げるときに、爵位が下の方から上げていったのも、わざとだな。爵位を上げても的外れだと見当を付けて、下の爵位の容疑者に絞ったんだろう。
「ありがとう、コタローくん。やっぱり、皇帝の世話役の手配をしていたのは、補佐をしている息子の方だったね。居場所がわかれば、陛下も助けやすくなる」
「――ッ! ――ッ!!」
途端に、懇願するようにコームナスの態度が変わる。
そりゃまぁ、自分が捕まったせいで、現皇帝を解放する手助けをしてしまったようなもんだからな。
焦りもするだろう。
オルグライトさんの指示で猿ぐつわを外すと、途端にコームナスはオルグライトさんたちの説得を始めた。
「た、頼む、ハーマン伯爵! セントレイル侯爵! 思い直してくれ、オルスロート帝に逆らうことは、この帝国を敵に回すのと同じだ! 死にたくも、ましてや成功したとしても、千年の帝国の歴史を終わらせたくもないだろう!?」
「だ、そうだよ、コタローくん?」
「もともと帝国は相手にするつもりだったんで、俺はドラゴン軍団で勝負する気ですけどね。――オルスロートだけが相手だってんなら、現皇帝がいれば帝国は滅びないんじゃないですか? 多少は治政にも頭を回せる統治者みたいだし」
ドラゴンは多少倒されても喚び直せます、と言うと、その場の帝国関係者は全員顔を引きつらせていた。
となると、何としてでも現皇帝を救出するのが、平和への道のりなのだが。
説得できないとなると、コームナスは自分の失態に顔を青ざめさせてうなだれた。
「お、終わりだ……オルスロート帝に知られれば、俺は処分されてしまう……皇帝が救われても、俺は反逆者だ……」
「いやいや、そうとも限らないよ?」
オルグライトさんが、にこにこと呑気な笑顔でコームナスの肩を叩く。
「ほら、きみってまだ嫡子だし、実権は当主のお父上にあるわけじゃない? きみは、お父上の指示に従う立場だ。お父上の乱心ということにすれば、処罰されるのは、きみに『指示した』お父上だと思うよ?」
「お、俺に……父を、家を裏切れと言うのか……」
いやいや、とオルグライトさんは黒い笑顔で笑う。
「違うよ。家の存続のためだよ。失態は隠せない。なら、若いきみより、皇帝陛下と世代の近いお父上が情に流された、という筋書きの方がまだ通る。……そこで、考えてごらんよ。きみのお父上は、『父』と呼べるほど良い父親だったのかな?」
本当に黒いな。汚い。さすが貴族汚い。
父親を切り捨てて家名を守れ、とそそのかしている。
まぁ、アシュリーを手駒にしようとして、追放した父親だからな……
その感想は間違っていなかったらしく、コームナスは散々考えた末に、恐怖を堪えるようにしながら、小さくうなずいた。
肉親と決裂するときに浮かぶ感情が『親愛』ではなく『恐怖』な時点で、こいつの幼少期と、実家の公爵家がどういうものだったのかがよくわかる。
オルグライトさんは、満足そうにうなずいた。
「そうだ、きみも立派な貴族だね。そう考えてくれると確信していたよ。――だから、この手製の見取り図の空白を埋めてくれないかな? きみなら知ってる場所もあるだろ?」
鬼か、この人は。
絶対に『立派な貴族』とか心にも思ってないだろ。
そう思いつつも、俺も突っ込むのはやめた。
帝城の見取り図の空白が埋まるなら、そちらの方が俺たちの目的が達成できるからだ。
ここまでやられると、コームナスの立場に同情しないこともないが、アシュリーやカラフィナさんを見捨てた人間の一人でもある。
肉親を見捨ててきた因果が祟った、とでも思ってもらおう。
「さ、これで陛下をお救いできるかな、コタローくん?」
「それはやるつもりですが……正直、まだ見ぬオルスロートより、俺はあなたの方が恐ろしくなりましたよ、オルグライトさん」
俺が多少おののきながらそう言うと、オルグライトさんは小さく苦笑した。
「この帝国なら、みんなこんなもんさ。紋章官なんてヒマな役職じゃなくてもっと重要な部署に就いてたら、こんなことを毎日やることになってたよ。……まったく、心が痩せるよねぇ」
しんみりと答えるオルグライトさんの苦笑は、どこか疲れたようなものだった。
そうか。オルグライトさんには、そういう未来が見えてたから、半分隠居して紋章官になることを決めたのか。
生き馬の目を抜く、油断できない国、か。心安らかに暮らせる国じゃないな。
この人も、そんな生き方を、本当はしたくなかったんだろうな。
そういう国が少しでも良くなるように、現皇帝を助けてみますかね。




