連れてきた
さて、当面の狙いはアルクラウン公爵家に絞れたわけだが。
いきなり突撃しても、騒ぎになって帝城を警戒させるだけだ。
そんなわけでハンジロウの密偵の結果報告を待ちながら、数日かけて現皇帝派の面々と会って回ることになった。
現皇帝派はゲルトールさんとオルグライトさんを含め、十二人。
思ったより人数がいたけど、何百人といる帝国貴族の中のわずか十二人と考えれば、少数派もいいところだ。
役職の比率は文官に寄っていて、軍人もいるけど階級は高くない。
実働戦力には期待できない、ということだ。
そりゃ、ゲルトールさんが他国人の俺に頭を下げるはずだよ。本当に丸っきり戦力が足りてないもん。
幸いにも文官ということで帝城内部に詳しい人も何人かいて、その人たちの協力を得て、とあるものを作っていた。
「――というわけで、僕らの記憶を頼りに作図したものが、これだよ」
オルグライトさんの屋敷で、それを見せられる。
それは、存在しないはずの帝城の『見取り図』だ。
無いものは作ってしまうしかない、ということで、帝城勤務に加えて皇族居住区にも立ち入ったことのある現皇帝派の皆さんが情報を持ち寄って、仮作成してみた。
「……やっぱり、空白が多いですねぇ、オルグライトさん」
「まぁ、それはしょうがないよ。何しろ数百年の歴史がある城だしね。長年、というか僕らの世代で使われてない場所なんて、いくらでもあるさ。隠し部屋や秘密の抜け道があってもおかしくないしね」
まぁ、お約束だね。あったらお手上げだけど。
その秘密の抜け道をこっちが使えたら話は楽なんだけどなぁ、と内心でぼやいてみる。
とりあえず、半分くらいが空白の見取り図なんだけど、無いよりはだいぶマシだ。
皇帝派の仲間の人が、絵心があってくれて助かったよ。俺の手持ちには、絵の上手いアバターなんていないからな。
「ちなみに、皇帝の幽閉されてる場所の候補って、どこら辺ですか?」
「地下牢にはいなかったよ。だから、皇族の住む区域のどこかか、空白の部分の施設なんだと思ってるんだけどね」
候補の予想と言うにはずいぶん大雑把だな? と小首をかしげる。
けど、オルグライトさんは苦笑しながら、ひらひらと手を振る。
「いくらなんでも、知らない場所は予想できないよ。……僕が候補を立てているのは、『誰が陛下の世話をしているか』だね。それによって、その人物の立ち入る場所が絞れる」
どういう意味だろう。
世話なんて、されているのかな。
オルグライトさんは、のんびりと続きを語る。
「オルスロートは支配者だよ? 陛下の崩御の報を広めて、皇太子に即位させれば新しい傀儡が作れる。それをしないのは、今代の陛下をまだ使いたいからだ。幽閉しながら世話をして、陛下の心変わりを待っているのさ。つまり、陛下はご健勝だ」
あ、そうか。確かに、代わりの新しい皇帝を作った方が早いもんな。
それをしないってことは、現皇帝はまだ生かされてる。つまり、世話をする人間が必要になるわけで。
「それは、普通の侍女や使用人……じゃないですね。そうなら、現皇帝に従うだろうから脱出の手引きができてるはずだし、そもそも居場所も多少は同僚に漏れてる」
「うん。だからさ、オルスロートの支配下の貴族が陛下の世話をしてると、僕は思ってるんだよね。それができそうな候補は何人かいるんだけど……僕も、帝城内の貴族の挙動すべてを把握できるわけじゃないからね。絞りきれない」
現皇帝に忠誠心を持たず、口の堅くて、帝城内を動き回ることができて、人前に出なくても済む時間の多い、おそらくはある程度より高位の貴族。
そう考えると、候補は限られる。
オルグライトさんは、そう言った。
帝城内の情勢からまるで離れた、紋章官という役職に就きながら、そこまでのことを容易に考えられる。
やっぱり、この人とんでもないな。
場所がわからないからって、それを考えるのは捨てて、普通に仕事してるだけにしか見えないだろう貴族の動きから移動範囲を推測してたのか。
俺にはちょっと考えつかないよ。
「そんな世話役の差配なんて、オルスロート帝自身がやるわけじゃないだろうからね。任命者にでも聞き出せれば、話は早いんだろうけどなぁ」
ちらり、とこちらを見られる。
なるほど、そこで『武力』を使うわけね。
「オルグライトさん。もし、アルクラウンの関係者辺りを連れてこられたりしたら、何か聞き出せる自信はありますか?」
「そりゃ素直に話しはしないだろうけどね。知ってたら、態度に出るものだよ。面と向かって直接聞けたら、充分かな」
……話さない相手から情報を引き出すんですね。
そんなことできるの、あなたぐらいですよ、オルグライトさん。
オルグライトさんは、あっはっはと笑いながら、軽く言い放った。
「なぁに、帝城に直接乗り込むよりは、ずいぶん楽だろ?」
そりゃそうですね。
じゃあ、やってみるか。
******
アシュリーの先導で、帝都の夜闇を『ラッシングジャガー』に乗って駆ける。
その強靱な脚力で、帝都の石造りの建築物の屋根を飛び回るように渡っていく。
メンバーは俺、アシュリー、ナトレイア、ノアレックさん。
所長とクリシュナは体力的な問題で、侯爵邸でお留守番。
そして、そばにはもう一人、エミルだ。
妖精の小さな姿は、夜闇に紛れてとても見えにくい。
街の通りを歩く人々からすれば、頭上を移動しているので星明かりのようにも見えるだろう。
昼間は目立つけど、人々の寝静まった夜にはエミルの小さな姿は、偵察にも都合が良い。
アシュリーの先導する先を見下ろして、下に人通りが少ない瞬間を教えてくれる。
街の中を進んでいくと、今度は建物が巨大化し、屋根を伝うことができなくなる。
貴族街区だ。
エミルの上空からのナビを頼りに、ラッシングジャガーで高速で駆けることで人目に付く可能性を減らす。
そうして、ひときわ大きな石塀へとたどり着く。
「……ここよ」
アルクラウン公爵家の帝都屋敷。その裏手だ。
ラッシングジャガーをカードに戻し、しばし様子をうかがう。
すると、石塀の上に、かがむ人影が見えた。
一見すると老年の庭師に見える。が、
「……お館様、お早く」
「ありがとう、ハンジロウ」
そいつは、『モルフスキン』で庭師に姿を変えて潜入していたハンジロウだ。
ナトレイアの下手に組んだ腕を足場に、トスするように塀の上にぶん投げてもらう。
後は、塀の上のハンジロウが手を取って引き上げてくれるという寸法だ。
そうして敷地内に潜入した俺たちは、ハンジロウによって解錠された通用口をくぐり、屋敷内に入っていった。
屋敷の中は警備の兵はいるだろうが、皆が寝静まっているのか物音もしない。
「……帝都近郊に自生していた植物を調合して、催眠剤を作りもうした。即効性はありませんが、眠りを深くする薬です。使用人の食事に混ぜたので、少々のことでは起きますまい」
薬の調合までできるのか、と驚く俺に、ハンジロウは事もなげに語る。
「単独任務では、その場の植物を使って血止めや、敵のかく乱ができるかどうかで生き延びられるか変わりまする。必要にかられて身につけただけのこと。……幸いにも、故郷と同じ植物がありましたので」
正面からの戦闘だけがすべてでは無い。
まさしく忍者と言えるんだけど、野戦行動に置いては同時に、サバイバル技術のスペシャリストでもあるようだ。
なんでもできすぎだろ、ハンジロウ。
ハンジロウの案内に従って、静かな館の中の、一つの部屋の前にたどり着く。
「ここか、アシュリー?」
「いえ……ハンジロウ、父上の寝室じゃないの?」
「当主は屋敷を留守にしております。ですが、嫡男がその補佐をしているようでしたので、不足はないかと愚考いたしまして、まずはそちらへとご案内いたしました」
当主……アシュリーの父親は留守か。
魔導機関の支配者だもんな。エルキュール所長も王国の魔導研究所に泊まり込むこともあったし、留守にすることもあるか。タイミングが悪かったな。
まぁ、いないものは仕方ない。
ハンジロウが寝室の鍵を難なく開け、静かに室内に入る。
やたらと豪華なベッドでのん気に眠る男に、無言で『鑑定』をかけた。
名前:コームナス
種族:普通人
1/2
魔力:5/5
2:『フレイムボルト』・対象に2点の炎の射撃を行う。魔力を1回復する。
3:『シャドウノッカー』・最大二体を対象とする。それぞれの対象に3点の影の攻撃を行う。
5:『パイロトルネード』・炎と風の竜巻を一つ発生させる。
魔力が5で、魔術が三つ。
結構な使い手だな。けど、身体能力は低い。
念のために、もう一つ『カード』を使っておく。
ハンジロウが手布を取り出し、寝ているコームナスの口に猿ぐつわを噛ませる。
そこまでするとさすがに目を覚ましたようだったが、今頃起きてももう遅い。
ナトレイアに組み伏せられ、猿ぐつわの上からさらに布で口を封じられて声も出せず、コームナスは後ろ手に縛られた。
「名はコームナス。こいつが嫡男か、アシュリー?」
「ええ、間違いないわ。――久しぶりね、コームナス兄様」
「――ッ! ッ!!」
コームナスがアシュリーを見て目を見開きながら何かもがいているが、残念ながら、声は出せない。
そのことに気づき、布の下でコームナスの口が動く。
口を塞いでいても、魔術は発動できるのか!
けれど、その表情がすぐに変わった。
困惑している様子が見て取れる。
魔力を費やしたのに、魔術が発動しなかったのが不思議なんだろう。わかるよ。
念のためにと、さっき俺が使ったカードはこれだ。
『スペルキャンセル』
3:対象一つの、次に使われるか発動中の呪文一つを打ち消す。
(効果は累積しない。対象は、魔力は消費する)
かけておけば、最初の呪文を消してくれる、魔術士殺しのカードだ。
こいつが戸惑っているうちに、ノアレックさんにもう一度同じカードを使ってもらう。
魔術は消えても魔力は消費するからな。これで、しばらくは魔力が足りなくて魔術が使えないだろう。
と、思っていると、俺の手元に新しいカードが現れた。
『シャドウノッカー』
3:最大二体を対象とする。それぞれの対象に3点の影の攻撃を行う。
おっと、魔術自体は消えてもコピーはできるのか。
これは嬉しい。
それに、こいつが何をされたかわかってないってことは、帝国には『スペルキャンセル』を使える術士がいない可能性も上がった。
良いことずくめだ。
「手荒なまねをして悪いな。……でも、お前らが俺やアシュリーにしてきたことを考えれば、かわいいもんだろ?」
「――ッ! ――ッ!」
抗議するように悶えるコームナス。
自分をどうするつもりだ、ってところか、この態度だと。
まぁ、お持ち帰りすんだけどね。
「ナトレイア、抱えられるか? 長居は無用だ、早く脱出しよう」
俺が尋ねると同時に、ナトレイアがひょい、と縛られたコームナスの身体を肩に担ぎ上げる。
問題無さそうだな。
「……だが、貴族家の嫡男が突然いなくなれば騒ぎになるだろう? それはどうするつもりだ、コタロー?」
ぶんぶん、と担ぎ上げられたコームナスもうなずいている。
俺は、その顔をじっと見て覚えた。
「そうだな……誰か、この中に、こいつの『演技』ができそうな奴はいるか?」
「――それがしに、お任せを」
ハンジロウが名乗りを上げてくれた。
助かるよ、本当。
「じゃあ、ハンジロウ。こいつのフリをして、しばらく身代わりを頼むよ」
「御意」
そうして、残った魔力でハンジロウに『モルフスキン』をかける。
その姿は、縛られてナトレイアに担ぎ上げられた、コームナスそのものだ。
本物のコームナスの表情が驚きに見開かれるが、誰かにこいつを見られても面倒だな。
ベッドの毛布を剥ぎ取って、くるんで外からは見えないようにする。
「お見送りしましょう、お館様。……ご武運を」
「ああ、ありがとう。収穫があったら、また呼び戻すよ」
コームナスの姿をしたハンジロウに見送られ、屋敷を後にする。
警備兵に見られるとまずいので、魔力が回復するのを待って、帝都に潜入したときと同じ『束の間の翼』で石塀を越えた。
くるまれたコームナスは、抵抗する気力も無くなったのか、ぐったりと動かない。
後は、こいつをオルグライトさんのところに連れてってみるか。
当主じゃないから微妙だけど、何かわかれば儲けものだな。
そんなわけで、あっさりと重要参考人を確保しました。




