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帝都潜入



 ワイバーンで飛ぶこと、野営を挟んで二日。

 帝国の中心、帝都オルスロートの付近までやってきた。


 休憩の野営がてら、物資を確認して準備をしていると、ハンジロウが合流してきてくれた。

 歩いて半日ほどの近さの丘とは言え、確認が早い。さすがだ。

 大きな岩場の影に隠れて報告を受ける。


「ハンジロウ、首尾は?」


「大まかな概要だけは掴め申した。――どうやら皇帝は、半年ほど前より病を患い、城の奥に伏せっておるようです。首謀者の候補は複数ございます」


 なるほどね。現在の実権は皇帝に無し、か。

 こりゃ周辺の大貴族か、宰相か皇太子辺りを探るべきなのかもな。


 思っていたよりは厄介なことになりそうだ。

 首謀者が皇帝ならその近辺を探れば良いが、それが病に伏せっているとなると、他の候補者を当たらなければならない。候補が分散され、その分の手間が増える。


「やっぱり帝都に侵入して拠点を作らないとダメだな」


「でも、どうやって入るんだい、コタロー殿? 正面からは、身分証明が無ければ無理だろう?」


 所長の指摘に、ううん、と頭をひねる。

 そうなんだよな。王国だったら、いざというときは冒険者の登録証で貴族身分を隠したりできるんだけど。


 ここは帝国で、俺たちは帝国で怪しまれないような身分を持っていない。

 他国の貴族と名乗るのは論外で、冒険者と名乗るには所長やクリシュナがそう見えなさすぎて目立ってしまう。


「王国辺境領からの来訪と、素直に告げるのはいかんのかの?」


「ダメだな、クリシュナ。辺境との間のドラゴン騒ぎを乗り越えてのんきに帝都に入ったら、この俺たちが実行犯だって宣言するようなもんだ。……それに、ただでさえ国王陛下の指摘で、王国との関係が良くない。帝国の貴族全員に警戒させちまうだろうな」


 宣戦布告と警戒を誘うのでは、全然意味合いが違う。

 俺たちは帝都で貴族にバレず自由に動きたい。そのためには警戒は誘いたくない。


「……これを使って、街壁を乗り越えて侵入するか」


 そう言って、俺はとある『カード』を取り出す。



(つか)の間の翼』

3:三十秒間、対象は『飛行』を得る。



「なるほど、街壁を飛んで超えるのか。夜ならば目立たんかもしれんな」


 ふむ、とナトレイアがうなずく。

 街壁も、壁上には守備兵が巡回してるからリスクが無いわけじゃないんだけど。


 ドラゴン騒ぎがここまで届いているのか、辺境方面に多く人員が配置されていて、裏手に回れば大丈夫だろう、とはハンジロウの言。

 警備状況も調べてくれてるのはさすがだな。


 辺境伯様からもらった『地図』は大きすぎるので、地面に大雑把に書いた帝都の絵と地図を照らし合わせながら、アシュリーに辺境の反対方向がどういう地区かを確認する。


「こっち側から回って入ると、どこに出る、アシュリー?」


「平民街区と貧民街区の間くらいかしらね。工房街区からは離れてるから、夜間に起きてる住民はそういないと思うわ」


 ちょうど良いな。

 夜闇に紛れて『ラッシングジャガー』で接近して、乗り越えるか。


「わかった。――じゃあ、ハンジロウは休息を摂ってくれ。警備兵のいない隙のある箇所を調べて、街壁の上から俺たちを手引きして欲しい」


 俺がそう言うと、


「休息は不要です、お館様。必要な分は摂っておりますゆえ。今からもう一度帝都に忍び込み、お館様がたの到着を待ちましょう」


 そう返された。

 この短い時間にこれだけ調べて、休憩までちゃんと取ってたの? そりゃ、動きっぱなしってわけにはいかないだろうけど。

 プロの諜報員……というか、もう忍者か。本当すげぇな。




 夜まで待って、喚び出したラッシングジャガーの背に乗って移動する。

 街壁はさすが帝都と言うか、ドラゴンの背丈くらいはありそうだったけど、三十秒の『飛行』で飛び越えることはできるだろう。


「コタロー、ハンジロウ殿の姿が見える。良いようだ」


「わかった。急いで行くぞ」


 星明かりを頼りにしたナトレイアの視力で、守備兵のいない街壁を見てもらっていたところ、無事にハンジロウが顔を出してくれた。


 俺はアシュリーに、所長はクリシュナに、それぞれ自分と同時に『束の間の翼』をかけながら、自前で唱えたナトレイアやノアレックさんと一緒に空を飛ぶ。


 自力飛行は初めてだったが、意のままに動いた。

 たぶん、羽根のある生物の『飛行』よりも自由度が高いな。

 エフェクトもなく身体が宙に浮き、自在に上昇する。


 あれだ。某国民的バトル漫画の、空を飛ぶ術に近い。


 警戒をハンジロウに任せ、街壁の上を越えて帝都に入る。

 クリシュナが自力で空を飛ぶ感動に声を出しそうになっていたが、ノアレックさんに口を押さえられて着地した。


「辺りに人の気配は無いな」


「ハンジロウでしょ。たぶん人払いじゃなくて、人が寝静まってる場所を見繕って、街壁の上に立ってくれたんだわ」


 なるほどね。

 今のうちに人のいる区域に行くか。もし街中を巡回する衛兵たちに見つかったら、こっそり手引きしてもらったのが台無しだ。


 ハンジロウに手を振り、人のいない宅地の隙間道を走り出す。

 途端に街壁から姿が見えなくなる辺りがさすがだ。ハンジロウは、本人に任せよう。

 今は俺たちの方針を考えるのが先だ。


「街中にさえ潜り込んでしまえば、我々は帝都の冒険者と見分けがつくまい。所長とクリシュナは、友人の親子か姉妹ということにでもしてしまえば良い」


「ちょっと若いけど、親子の方が怪しまれないかな。それで良いかな、クリシュナ殿」

「構わんよ――『母上』?」


 おどける二人をよそに、狐獣人から猫獣人に姿を変えたノアレックさんが尋ねてくる。


「ウチはこのままでええんか? 姿は変えとるけども」


「俺も帯剣してますから、俺とナトレイアの二人が前衛、アシュリーとノアレックさんの二人が後衛、の四人パーティってことでいいでしょう」


 ナトレイアが街中を見渡しながら、人の気配の少ない道を先導してくれる。

 視力の良いナトレイアと言えど、そう夜目が利くわけじゃないけど。それでも俺たち普通の人間よりはよほど視界が明るいようで、迷いなく進んでいく。


「俺たちの姿は『モルフスキン』で変えてるから、そのままナトレイアがリーダーのフリをしてくれ。俺とアシュリーとノアレックさんは、パーティメンバーとして後ろに控える」


「わかった。防具も真新しいし、その方が良いだろうな。駆け出しに見える」


「ドラゴン素材で新調しなくて良かったわね、コタロー」


 アシュリーが振り返りながら笑う。

 暗殺者に襲撃されたときに、防具がダメになったからな。アースドラゴンの素材はどうかと言われたんだけど、街中に潜入する可能性が高かったので普通の素材にしておいた。


 ドラゴン素材の防具とか、いかにも貴族か、でなきゃよっぽどの高位冒険者だよ。

 見る奴が見れば、一発で目を付けられる。

 HPが高いから、普通の防具でも当座はしのげるはずだ。


「この人数だ、拠点が欲しい。アシュリー、宿は取れると思うか?」


「厳しいわね。もう夜だし、主立った宿は埋まってる時間だわ。今から取るのは宿の人間に覚えられるかも」


 考え込みそうになったところで、さすが熟練冒険者、ナトレイアが解決案を示してくれた。


「酒場のある宿屋に行こう。深酒をして帰れないフリをすれば、馬小屋などを一晩くらいは貸してくれるはずだ。本格的な宿は、明日借りれば良い」


 それで行くか。

 所長とクリシュナが一緒にいるから場違いそうに見えるけど、女性二人で夜道を帰すのは危ない。冒険者と一緒に仮泊まりした方が安全だ、と言い張ることで一致した。


 住宅街を出て人の多い大通りに出ると、平然とした態度で民衆に紛れ込む。

 この辺りは商業区か、宿屋街か。


 たぶん、帝都の外から来た人間はここら辺を行き来するんだろうな。

 通りすがる中には商人らしき姿も見えるが、武装した冒険者が多い。

 これなら、俺たちもあまり目立たないだろう。


 ドラゴンが出る緊急事態とは言え、一国の首都だ。外から見た限りでは昼間に入街の行列ができてたから、人の出入りはかなりある。

 新参者も多いはずで、俺たちだけが何か言われる可能性は低いはずだ。


 ナトレイアも同じ考えだったようで、


「……ここまで来れば、普通にしていれば良いだろう。私たちは、帝都に宿を取っている友人の親子に会いに来た冒険者パーティだ。――再会の食事と酒のために酒場に繰り出した、ということにすればいいだろう」


「そっか。じゃあ、わたしは飲み潰れるまで飲んじゃおうかな? 宿がわからないから送っていけない、と言った方が、馬小屋に泊めてもらう説得力が出るだろう?」


 言ってることはもっともだけど。

 それ飲みたいだけですよね、所長。


「やっとまともな食事ができるのぅ。わらわも子どもらしく、途中で寝潰れるとしようかの。飛び続けるのと野宿とで、身体が痛うてかなわん」


 まぁ、ここまでずっと保存食で野宿だったしね。

 二人には充分に飲み食いしてもらって、市民らしさを出してもらおうかね。


 やがて、手頃な賑わいのある酒場へとたどり着いた。

 宿屋の一階が酒場になっているようで、見ると若い冒険者が多い。

 男女のパーティも数組入っているので、治安的にも大丈夫だろう。


 空いているテーブルに座り、それぞれが好きに注文をする。

 支払いは前払いだったが、あらかじめ陛下に両替してもらっていた帝国銀貨や帝国金貨が使えた。

 ちょっと前まで友好的な関係だったからね、多少は、互いに貨幣の流通があるのだ。


 湯沸かしの水が全員分と、エールや果実水などそれぞれの飲み物が届き、やっと一息。


 ここまでくると、全員の肩の力が抜ける。

 どうにか、帝国の中に入り込めたな。


 雑談を交わしながら、頭の中で帝国の情報を確認する。




 マナティアラ帝国。

 約千年前、緑の聖女――聖母アスラーニティの息子、建国王オルガヌスの打ち立てた王国を母体とし、それから時間をかけて周辺の国土を併呑(へいどん)

 ときには侵略政策を、ときには融和政策をとり、七つの王国を飲み込んだバケモノ国家だ。

 国土はマークフェル王国の約五倍。人口は七倍強と推測される。


 これだけだと、数で攻めて王国を侵略すれば良いと思うかも知れないが、それは違う。


 国土が広大なだけあり、中央の支配が若干甘く、地方は完全に統制が取れていない。

 王国以外にも他国に隣接している領土もあり、辺境防備と地方の内乱に備えて莫大な軍事予算を割かれている。

 帝国主義で肥大した領土に、地方の人材が足りていないのが原因だろう。


 政治体制は皇帝主権のトップダウンかつワンマン要素が強い強権政治。

 たぶん官僚教育が整わず、権力層は実力より権威重視で腐敗している可能性が高い。


 国土の近いマークフェル王国に、今まで「手を出していなかった」理由は、たぶん国土が肥大化しすぎて管理に限界があったからだ。

 帝国としては――いや、皇帝としては、これ以上の領土拡大は望んでいなかった。


 なのに、このタイミングで王国転覆に手を回し、侵略対象としたのは、皇帝の体調が崩れて下の侵略主義派の暴走を抑えられなくなった。


 ……この可能性が高いな。

 各地方の住民の暮らしぶりを見れば、金の使い方なんかもわかって、物資や財貨が中央に集中してるかどうか、支配体制を調べられそうだけど。

 広大な国土を回って、そんなことを調べている時間は無い。


 それにしても、何かがちぐはぐだ。

 周辺の国土を攻められるだけの規模の軍事力と生産力を持ちながら、統治能力と政治的視野が皇帝にしか無い?

 マークフェル王国と、思考基準が違いすぎる。


 巨大国家に権力の腐敗が起こるのは仕方ないとして、他国を併呑して支配下に置いた統治者がそれを放置したのか?

 国家的判断の一点集中を目的とした、権力階級への愚民政策?



 ……あるのか、そんなの?



「――なぁに難しい顔してるのよ、コタローっ!」


「うぉっ!? おい、アシュリー、飲み過ぎじゃねーかっ!?」


「コタロー、帝都の酒もなかなか美味いぞ! さぁ、今度こそお前も飲むのだっ!」


 ナトレイアまで!?

 よく見たらノアレックさんもザルみたいに飲んでる。

 お前らは飲むのを控えろよ、潰れるのは所長とクリシュナの役目だろ!?


「あんたも疲れてんだから、しっかり食べなさいよ、コタローぉ? 帝国の料理だって、なかなかイケるんだからねぇー?」


 そう言って料理を押しつけてくるアシュリー。

 ああもぅ、聞く耳持ってねぇな、こいつら。


 ……仕方ないか。アシュリーにとっちゃ、久しぶりの故郷の味だもんな。


 ま、難しいことは追い追い考えるとして。

 とりあえず、周辺だけは警戒しながら、俺も腹ごしらえするか。

 周りの席も騒いでるんだから、俺たちも騒がないと変だしな!


 そうして俺は、初の帝国料理の皿に取りかかる。



 帝国初日の夜はこうして、潜入してる身分にあるまじき騒ぎ方で更けていった。











すみません、帝都潜入メンバーからノアレックさんが抜けていたので修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  クリシュナが空を飛ぶ感動に声を出しそうになっていたが、ナトレイアに口を押さえられて着地した。 ↑ グライダーとか作ってたばかりだけどその辺で思い含む所なんかなさそうで良かったですw(´ω`…
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