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進撃のドラゴン



 ワイバーンで飛ぶこと一日。

 途中で着陸して野営したので、翌日の昼前には領都に着いた。


 強行軍で行っても良かったんだけど、クリシュナが吹き飛ばされそうだったので、速度を控えめにした。

 いや、シートベルト無しでジェットコースターに乗り続けるようなもんだし、最大速度に乗り続けるのは意外としんどいんだよ。


 ということで、辺境領の領都エイナルに数日ぶりに再来。

 街門は当然の如くスルー同然に通されて、クリシュナに辺境伯邸に招待された。

 野営の土埃を落としたかったから、ありがたい心遣いだ。


 ただ、問題は、


「……諦めて叱られてこいよ、クリシュナ」


「うおおぉ……父上の雷が落ちるぅ……!」


「はっはっは、観念なさいませ、お嬢様。――コタローたちは、謁見の予定が立つまでゆっくりしていってくれ。辺境伯様は歓迎されているし、お前たちにはお怒りでもないよ。……おっと、伯爵閣下にこの口調は、失礼だったかな?」


 クリシュナの後ろ襟を捕まえて、はっはっはと親しげに笑うのは上級騎士のアランさんだ。

 その親しさが、一緒に戦った信頼を感じさせる。


 俺に上級貴族と会う前の心構えを説いてくれた、いわば騎士の姿を教えてくれた恩人みたいな人だからな。

 思った通りに貴族法反対派なんかとも関わりは無かったみたいで、貴族の大粛正があっても、辺境領は今も相変わらずらしい。良かった良かった。


「コタロー、放っといていいの、あれ……?」


「俺たちはどうにもできんよ。サウナ風呂にでも入らせてもらおうぜ」


 どのみち、クリシュナはここに置いてく予定だしな。


 ロリ姫の悲鳴を背に、アシュリーたちを連れて用意された客室に向かう。

 まぁ、辺境伯様にこってり絞られてくれ、クリシュナ。



******



 辺境伯様の対応は早く、翌日には謁見の準備が整った。


 傍目には同じ伯爵同士、「面会」が正しいんじゃないかと言われるかも知れないけど、実はそれは違う。


 辺境守護の武力と権限を持たされている辺境伯は、伯爵位でありながら実権上、通常の伯爵位よりもずっと上だ。階級上は侯爵と同程度の格と見なされている。

 国王陛下も、この家は国内で五本の指に入る名家って言ってたもんな。


 ただでさえ格の劣る名誉伯爵位の俺にとっては、辺境伯様は依然上位の相手だった。


 ……それ以前に、騎士爵に取り立ててもらった恩があるから、個人的にも敬意を払うべき相手だと思ってるんだけどな。


 というわけで格下かつ客人の俺たちが、いつか『伝説』たちを喚んだ応接室で待っていると、上級騎士のゴライオさんだったかな? の護衛を連れて、辺境伯様が入室してきた。


「いたたたっ、ち、父上っ! 耳はっ、耳はおやめくだされっ!」


「はっはっは。ナギハラ伯爵に迷惑をかけたのだ。このくらいの罰で済むなら軽いと思いなさい」


 ……なぜか、クリシュナの耳を引っ張りながら一緒に引き連れて。


 解放されたクリシュナは、涙目になりながら辺境伯様の隣に座ってうなだれる。


 辺境伯様は、さて、と腰を下ろして俺たちに向き直った。


「久しいね、コタロー。王都での話は、オーゼンから聞いているよ。伯爵にまで陞爵したそうで、まずはおめでとう」


「ありがとうございます。辺境伯様もお元気そうで。何よりです」


 オーゼンさんの名が出たことに驚きながらも、頭を下げて返礼する。


 やっぱり辺境伯様とオーゼンさんは、仲が良いのかな。

 オーゼンさんも辺境での俺の話を最初から知ってたもんな。個人的なやり取りがあるのかも。


「……で、帝国を攻めるのかね?」


「乗り込みはしますね。暴れるかは、まだ未定です。今、俺の仲間が帝国内の情報を調べに入ってますので、その結果次第ですかね」


 ふむ、と辺境伯様はうなずく。


「帝都に乗り込むつもりだろうが、ここに来たときのワイバーンはかなり目立つぞ。帝国に捕捉されないかね?」


「そうならないように、帝国領内にフレアドラゴンとアースドラゴンを召喚しておとりにしようかと。合わせて十体ほど喚ぶつもりですが……危険は無いので、この領に向かってくる心配はしないで下さい」


 俺がそう言うと、辺境伯様の顔色が露骨に曇った。

 こう言っておかないと、この辺境領にとっちゃ、かつて千人の領軍を半壊させられた恐ろしい相手だからな。

 大騒ぎになること間違いなしだ。


「とうとう、ドラゴンまで喚べるようになったのか……それも、複数体」


「人間、成長するもんでして」


 ウソじゃないよ。俺も成長してます。

 何度も死にかけてるからね!


 辺境伯様はそこで苦笑しつつも、穏やかな笑顔を向けてくれた。


「国王陛下からも、極秘裏にだが最重要人物として重用されているらしいね。有能な人物が、この王国の味方でいてくれているのは素直に嬉しい。それが当家と縁があるとなれば、なおさらだ。『大空の魔術士』よ」


 その呼び名も懐かしいな、と思わずこの領都で過ごした日々を思い出してしまう。

 凱旋式を開いて大っぴらに出迎えられなかったのが残念だ、という辺境伯様の言葉に、多少の申し訳なさも感じてしまう。


 領民の人々は期待してたんだろうけど、今の俺は王都で重体になってる設定だからな。

 帝国に動きを知られないよう、堂々と街中に出ることも少し難しいくらいだ。


「前回は突然の来訪で、街を騒がせてしまって申し訳ありません」


「いや、気にしなくて良い。実害は無かったからね。……ただ、血まみれの姿での帰還だ。王都での活躍の噂も相まって、また強大な敵を相手にしているに違いない、と民衆の間では英雄譚が広がっているよ」


 それは、間違っても街中は出歩けないな。

 買い出しに出るときは『モルフスキン』で変装しておこう。


「間違ってはないわね。コタローはこれから、帝国を相手にするってんだから」


 呆れたようにため息をつくアシュリーに、辺境伯様の視線が向く。


「国王陛下から聞いているよ。アシュリー・ネル・アルクラウン――アルクラウン家の末娘か。『拝顔の栄に浴したことは無い』……確かに、面識は無かったな。帝国を来訪してアルクラウン家に招待された折に、敷地で見かけただけだったからな」


「ええ。実家からは良く思われてなかったので。国外の賓客には紹介されないこともよくあったわ。ハイボルト陛下も面識は無かったはずなんだけど、元の家族からあたしの名前でも聞いていたんでしょうね」


 もはや隠す気も無い、とアシュリーはふてぶてしい態度を取る。

 辺境伯様はそれに気を害すこともなく、彼女の過去と現在の境遇を顧みて、じっとその顔を見つめた。


 ふふ、と辺境伯様の表情が、幼子をあやすように緩む。


「……アシュリー嬢。きみの思うようになさい。きみは、実家の名が無くても、仲間とともに偉大な功績を成し遂げた。それは、確かにきみ自身の人生だ」


 するとアシュリーも、照れ隠しのように不敵な笑みを浮かべて、


「当然ですわ」


 と、作ったような、身につけていたような。

 そんな令嬢口調で優雅に返した。


「そんなきみたちに、王国の重鎮の一人として、贈り物をしようか。アシュリー嬢がいるから不要かも知れないが――持って行きなさい」


 そうして、伯爵はゴライオさんに命じて、たたまれていた大きな羊皮紙を、応接室のテーブルの上に広げさせる。


 それを見て、俺たちは絶句した。

 アシュリーが、絞り出すように驚きの声を出す。


「これ、なんで――こんなもの、軍事機密のはずじゃ……!」


 すると、辺境伯様は、おどけるように片目を閉じて微笑んだ。


「なに、これでも隣接した領だ。隣国の情報を手に入れる機会も、ときにはあるさ」


 広げられた大きな羊皮紙に描かれた絵図は、


 まさしく、帝国全域の大まかな『地図』だった。



******



 その日、マナティアラ帝国には災害が訪れた。


 空を覆う五匹のフレアドラゴン。地にそびえる五匹のアースドラゴン。一匹でも軍が滅ぶ大魔獣。

 だと言うのに、それらは群れを成していた。


 見たこともない数の、脅威の行進だ。近隣の村では恐慌が起こった。

 村や街の外に早馬を駆けさせるのも見えた。フレアドラゴンとアースドラゴンの群れ。それらが争い合うだけでも天変地異のような被害が生まれる。


 けれども、事態はもっと最悪だ。


 二種のドラゴンは互いに争うこともなく、帝国の領地を進み続ける。歩みの遅いアースドラゴンの歩調に、空を飛べるフレアドラゴンが速度を合わせているのだ。


 これらは、一つの『群れ』だ。


 住民たちがそう理解するのに、きっと時間はかからなかったに違いない。悲鳴が聞こえた。けど、大きくはなかった。地にひざを折り、動き行く山々と覆われた大空を見上げ、逃げることを諦めた人々の方が多かった。


 なぜ、こんなことが。なぜ、こんなことに。


 わからない。何が起こっているのかもわからず、理解したくもなく、目の前の光景を否定するか生きる望みを捨てることを強いられた。

 夢を見ている。さもなければ、この世の終わりだ。

 みんな、そんな顔をしていた。


 マナティアラ帝国が、滅ぶ――


 誰もがそんなことを思い浮かべた、に違いない。


 たぶん。


「――いやまぁ、進むだけで何もしないんだけどね?」


「……さすがに、一緒に飛んでるワイバーンなんて誰の目に入りもしないわねー」


 帝国領土の上空を旋回しながら、眼下の村の人たちを観察してみたりしている。

 アースドラゴンもフレアドラゴンも存在感と身体がデカすぎて、みんなそれしか見ていない。


 早馬を飛ばして、領都だか領主の元にだか知らせに向かっているのも見えた。

 じきに、この地方どころか首都までこの群れの報告が届くはず。


「これだけ目立ってくれれば、あたしたちがワイバーンで帝都近くまで行っても、そんなに騒ぎにはならないわね」


「そうだな。今のうちに、急ぐか」


 予定通りだ。


「そうじゃの。早く行こうぞ、寒くてかなわん」


 ……一つの誤算を除いては。


「――なんで着いてきてんだよ、クリシュナっ!? 危ねーことになるってわかるだろッ!?」


「父上から許可はもらっておるぞ。コタローは父上にも気に入られたのぅ。――嫁に行きたいと言ったら、コタローならばしかたないと納得してくれたぞ。というわけでわらわも、どこまでも一緒じゃ」


 というわけで、じゃねーよ。

 危ないっつってんだろ。答えになってねーよ。


 領都に置いてきぼりにしようと思って出発したら、しっかり見つかってワイバーンに同乗されてしまった。

 しかもそれを誰も止めないもんだから、結局、そのまま連れてくるしかなかったのだ。


「ともあれ、これで、ワイバーンで乗り付けて帝国の城に直接乗り込むプランは無理になったな。帝都でどこか拠点を探さないと、クリシュナが危ない」


「あら、そんなプランあったの? どっちかって言うと、それをやらなくて内心ホッとしてるんじゃない、コタロー?」


 ……心を読むなよ、アシュリー。


 辺境伯様からもらった『地図』には大まかな村や街の位置も記されていた。

 だから、なるべく住民に被害の出ない行進ルートを探してドラゴンたちを召喚したのだ。


 アースドラゴンたちは、ぬぼーっとただ「お散歩」し、フレアドラゴンたちはアースドラゴンが転ばないように見守っている。


 それが実情なのだが、そんなの知ったこっちゃない住民たちはもう大混乱だ。

 そうだよね、日本の昔の映画でも、怪獣が歩くだけで市民はパニックになるもんね。


 というわけで、その大混乱の中で、俺たちは迂回してこっそりと帝都に忍び込む。


 ハンジロウが先行してるはずだけど、ワイバーンを近くに見たら、たぶん向こうから合流してくれるだろう。

 合流できなかったら、頃合いを見て一度カードに戻して、再召喚しよう。


「問題は、どうやって帝国の中枢に食い込むかなんだよなー……」


「それなんだけど……当てがないこともない、かな。期待はしづらいけど」


 アシュリーが悩みながらもつぶやく。

 追放されたってことだけど、昔の知り合いでもいるのか?


 とりあえず、帝都に向かいながら考えるか。




 そんなことを話し合いながら、俺たちの乗るワイバーンは帝国の空を駆けていった。










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