召喚術士の出発
「クリシュナ、遠出する前に辺境領に寄るけど、お前はどうする? 屋敷に残るか?」
「なんでじゃ――ッ!」
俺がこれからの予定を話すと、クリシュナは憤慨した。
ああ、うん。お前がうちの使用人の人たちに、真の女主人みたいに扱われてるのは突っ込まないよ。
伯爵令嬢だもんな。
けど、俺たちはこれから長期間屋敷を――王国を出ることになる。
やりたい放題やってくれた、隣国のマナティアラ帝国に乗り込むためだ。
王国の転覆狙いで王都は滅ぼそうとする、屋敷を襲撃して俺の命を狙う。
挙げ句の果てには、そのせいでアシュリーが『石化』の憂き目に遭った。
屋敷の人たちも、治療できはしたが、ケガ人だって出た。
これで黙ってられるほど、俺は聖人君子じゃない。
なので、帝国の首都、『帝都』まで赴いて、ことの次第を調べた後に首謀者を締め上げよう、と相成ったわけだ。
ちなみに、この国の王様、ハイボルト国王陛下の計らいで、俺は現在襲撃で負傷して「生死不明の重体」ということになっている。
人前に出なくても済むように、だ。
もちろん、その間に裏では帝都に殴り込みをかけるわけなのだが。
それらの事情は、ことここに至っては、客人のノアレックさんやクリシュナを含め、この場にいる屋敷中の全員が知っている。
居残り組は屋敷の使用人とエルフの警備部隊たち。
使用人はマクスさんが統括し、その相談役兼エルフたちのまとめ役としてグリザリアさんも残ることになる。
グリザリアさんは帝国との因縁が無いので、この期間に居残りで王都を満喫するらしい。
アースドラゴン素材の売却益があるんで、買い物なり何なりご自由に過ごされてください。
「……で、俺たちは帝国領まで移動するからさ。その前に、この間辺境領の領都を騒がせちまった詫びを入れに、辺境伯様のところに立ち寄るつもりなんだよ。予算は出すから、残って王都で遊んでるのも良いと思うんだが」
「コタローがおらねば意味が無いわッ! かと言って、着いていってもとんぼ返りになるのぅ……」
まぁ、そうだよね。
こんなすぐ帰ったんじゃ、着いてきた意味も少ないわな。
「よし、決めたぞ! ――わらわも帝国に着いていくッ!」
「そうか。わかった」
やっぱり、そう言うよね。
もう諦めたよ。
辺境伯様にも事情を話すことになるから、そのまま辺境領に置いてきぼりにしとこう。
というか、同行は辺境伯様が許さないだろ。王都にも無断で来たくらいなのに。
とりあえずクリシュナはそれで良いとして。
「じゃあ、他に帝国行きのメンバーを決めるか。……って言っても、もうだいたい決まってるんだけどさ」
「とりあえず、案内に帝国出身のあたしは第一ね。で、護衛にナトレイア」
「当然だ。……置いて行かれたら、普通人種不信になるぞ」
ナトレイアが目を細めながら、じとりとアシュリーを見る。
「わたしも表向きは研究出張に出るということにしてるから、同行するよ。――デズモント侯爵や先代は、国王陛下の補佐をするんで辞退するそうだ」
所長も手を挙げてくれる。
ドライクルさんとオーゼンさんは居残りか。
まぁ、そうだよな。
王国内のアシュリーの噂の広まり方と言い、王都に侵入してた二十人の帝国暗部の襲撃者たちと言い、王国内にも、帝国に加担してた貴族がいたのは間違いない。
まぁ、俺の背後は国王陛下に任せる手はずになってるんで、心配はしてないけど。
デズモント侯爵家親子は、そのサポートで今回は後方支援ってことだな。
俺たちは俺たちのできることをしよう。
「ウチも着いてこうかねぇ。コタローはんが何するかは興味あるし、いざというとき、『神秘の復帰』が使える回復役はおった方が良かやろ?」
「ありがとうございます。ぜひお願いします、ノアレックさん」
ノアレックさんも同行してくれることになった。
これは心強い。最強回復呪文が使えると使えないとでは、安心感がまるで違う。
「で、アバター組は向こうで召喚し直すから、出発時にはカードに戻ってもらう感じかな」
「そのことなのですが、お館様――お許しいただけるなら、それがしにワイバーンを一体お貸し願えませんでしょうか」
と、今まで黙っていたハンジロウが前に出てきた。
……? それは構わないけど、何で?
俺がきょとりとしていると、エミルとアテルカが理由を教えてくれる。
『マスター。ハンジロウは、千人の戦士が守る城に忍び込んだ、潜入の達人だよー?』
「ハンジロウは確かに達人の剣士ですが、その真価は『隠密』能力に長けた諜報なのです。任せて損は無いと思うのですよ、ご主人様」
マジか! ワイバーンで先行して、帝国の情報を下調べしてくれるってことか?
すげぇな。ハンジロウさん、マジ忍者。
「そうか。それは嬉しい、頼むぞ、ハンジロウ! 向こうに着いてからも、色々と動いてもらうと思う! 期待してるぞ!」
「はっ! ――護衛での失態は、諜報にて取り返して見せます! このハンジロウ、お館様の望む情報を調べて見せましょうぞ!」
俺はよくやってくれたと思ってるんだけど、ハンジロウの中でアシュリーの石化は自分が許せない失態だったらしい。完璧主義と言うより、律儀だな。
名誉挽回に向けて燃えるハンジロウの肩に、信頼を込めて手を置く。
いや。実は内心、帝国の内情なんてどうやって調べようかと思ってたんだけど、ハンジロウが得意だっていうんなら願ったり叶ったリだ。
以前に所長にも指摘されたけど、諜報に向いてるアバターは皆無だったからな。
俺が危機に陥ると強くなって、平時は戦略の欠点を埋めてくれるとか、この『伝説』有能すぎるだろう。
ありがとう、来てくれて本当にありがとう、ハンジロウ! お前が神か?
「お館様が望まれるなら、皇帝の首も獲って参りますが」
「まだ首謀者と確定してないから、抑えてハンジロウさん」
有能すぎるのも問題かもしれない。
すべてが皇帝の指示だったなら、他の手段が無ければやむを得ないかもしれないけど。他の権力者が首謀者だった場合は、人違いで暗殺しちゃいました。ごめんね、では済まない。
確認と挨拶はとても大切だ。古事記にも書いてある。
「じゃあ、ハンジロウは先に帝都に潜り込んでてくれ。俺たちは一度、辺境領に寄るから、その間に王国転覆計画の首謀者の手がかりを少しでも掴んで欲しい」
「委細、承知」
帝都の位置は、後でアシュリーに教えてもらうか。
「――じゃあ、マクスさん。グリザリアさん。留守中の屋敷は頼みます。新しく『カード』の種類が増えたので、必要なものがあれば置いていきます」
「ありがとうございます、旦那様。――皆様、お気を付けて」
階位が上がって、出てきた新パックの中身は以下の五枚。
『デイライトジャベリン』
6:最大三体を対象とする。それぞれの対象に、4点の光の射撃を行う。
『隠れ潜む外套』
3:一分間、対象一つは『隠密』を得る。
(対象は、敵の対象にならない)
『モルフスキン』
2:対象一つの、見た目を思い描くものに変える。ステータスは変化しない。
魔力を1回復する。(身長や体型は変化できない)
『生命の砂時計』
5:対象のHPを4点回復する。(関連する傷病を癒やす)
三分間、対象は『肉壁2』を得る。
(対象に与えられるダメージは、それぞれ2点軽減される)
魔力を1回復する。
『天地変動』
8:広範囲の天候か地形を変更する。
……いや、わかってる。ヤバいもんが出てきたことは。
最初の『デイライトジャベリン』は複数に撃てる4点火力だ。
属性が「光」ということ以外は、わかりやすい火力呪文だ。
なんかどっかの神話にあったな? 狙ったものは必ず貫く光の槍。
次の『隠れ潜む外套』。付与される『隠密』はハンジロウの能力だな。
ある程度、気配か姿を隠せそうな気もするけど、襲撃のときにハンジロウの姿が最初は消えていたのは、ハンジロウ自身の技術の可能性もあるからまだわからない。
ただ、最低でも相手の魔術を防げる有用な呪文だ。
『モルフスキン』は、渡りに船な変装呪文だ。
身長や体型は変えられないけど、髪の色や顔なんかは自由に変えられる。
しかも、解除しない限り長時間変わったままでいられる。
これが出たから、帝国でのアシュリーの顔バレも心配せずに済んだ。
『生命の砂時計』は面白い回復呪文だ。
軽減効果も付いてるし、『治癒の法術』じゃ間に合わないダメージも一枚で回復できる。
コストこそ高いけど、屋敷の人に置いていって損は無いカードだ。
最後の『天地変動』は……見なかったことにしたい。
高コスト呪文は本当にヤバいな。
本当に神様の領域に足突っ込んでるよ。魔術でできていいことじゃないだろ。
これが使えれば、本当に国を更地にすることも可能だ。機会が無いことを願う。
最後のトンデモ呪文は無視して、使用人の人たちに追加のカードを渡していく。
グリザリアさんが両ドラゴン召喚と『デイライトジャベリン』を使えるから、大抵のことは大丈夫だろう。
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「じゃあ、行くぞ。――みんな、乗り込んでくれ!」
先行したハンジロウを見送った後、俺たちは遠出の準備をしてから、王都のはるか外まで出て人数分のワイバーンに乗り込んだ。
屋敷から飛び立つと、せっかく重体扱いで引きこもってる設定が無駄になるからね。
とりあえず、目指す先は辺境領だな。
辺境伯様に挨拶と謝罪と、出世のきっかけになった騎士爵のお礼をしないと。
お土産のアースドラゴンの素材もグリザリアさんからたんまり買い取って、準備は万端。
さぁ、出発だ!
「――くふふ、帝国攻めか。冒険じゃのぅ、胸が高鳴るのぅ!」
……うん。でもごめんな、クリシュナ。
お前は領都でお留守番の予定なんだ。




