帰路
食糧の補給などをし、ワイバーンに乗って飛ぶこと一日。
俺たちは王都の屋敷、その敷地内に到着した。
行きは最大速度で一日足らずの強行軍だったのが、帰りは速度を緩めたのは、危機が去ったと気が抜けたからじゃない。
同行している、体調不良のノアレックさんやクリシュナが速度に耐えられなかったからだ。
行きと帰りで一日半。襲撃は深夜未明だったから、飛び出して二日後の昼過ぎに帰り着いたことになる。
事件直後としては論外なほど長く離れていたため、何か不備は無いかと思ったが、そこはさすが各職種の精鋭揃い。
帰り着いた俺たちを、使用人たちは人もエルフも総出で迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様!」
「すまない、今帰ったよ。屋敷を放り出していって悪かった。結局、あの襲撃でケガ人は出たか?」
俺が尋ねると、屋敷を取り仕切ってくれていたグリザリアさんが歩み出てくれた。
「心配は無いわ、伯爵。ケガ人は出たけど、『治癒の法術』で治療したから全員無事よ。枚数も足りたわ」
「ありがとう、グリザリアさん。そっか……全員無事で、良かった」
次に歩み出たのは、黒装束の長身の覆面、ハンジロウだった。
「お館様。このたびの姫君の危機は、それがしの未熟。この失態のお咎めは、いかようにも……」
ハンジロウが悔しそうに頭を下げてくるが、俺としては「何言ってんだ」の一言に尽きる。
「バカなこと言うな、ハンジロウ。お前が駆けつけてくれなきゃ、俺たちは全員暗殺者に殺されてたかもしれない。ちょっとの取りこぼしがなんだ、全員無事で済んだじゃないか。――お前のおかげだよ、ハンジロウ。これからも頼むよ」
礼を言うことはあっても、責めるなんてとんでもない。
ハンジロウはできることをしてくれた。最後の石化攻撃は、相手が一枚上手だっただけだ。感謝こそすれ、咎める筋なんてありはしない。
「そうだぞ、ハンジロウ殿。あの場には我々もいたのだ、貴殿一人の責と思われては、護衛の我々の立つ瀬が無い」
「そうなのですよ、ハンジロウ。ご主人様には、わたくしたちこそお詫びせねばならないのですから」
そう言いながら姿を見せたのは、ナトレイアとアテルカだった。
二人とも、俺を――ひいては、それをかばったアシュリーを守れなかったことを悔いている様子だった。
安心したように、ナトレイアが声をかける。
「無事に回復したようだな、アシュリー。一時はどうなることかと思ったが、良かった」
「ええ。ノアレックさんに助けてもらったわ。――襲撃してきた犯人たちは、結局どうしたの?」
「ハンジロウが、二十人とも全員動けないように縛り上げて、昨日のうちに王都の近衛騎士団にお渡ししたのです。ご主人様が帰られたら、アシュリー様とご一緒に、聞きたいことがあると仰られておりました」
アテルカが伝言を伝えてくれる。
事情聴取かな。いや、今後の相談かも知れない。
襲撃者が簡単に身元を自白するとも思えないけど、『鑑定』で本名だけでもわかれば、何かつけいる手がかりがあるかもしれないな。
「わかった。後で、王城にはマクスさんにでも使いに行ってもらう。――マクスさん、戦えない使用人の人たちは、どうやってやり過ごしたんですか? 心身に負担があるといけないから、交代で休養を……」
「お言葉ながら、旦那様。戦えない者などおりません」
はい?
俺が首をかしげると、マクスさんは慇懃に礼をしたまま、ニヤリと笑った。
「――我ら使用人一同、屋敷の大事に逃げ隠れするだけではおりませぬ。ホウキがあればホウキを槍に。大包丁があれば料理人の魂を込めて。警備のエルフの方々をお手伝いさせていただきました」
思わず使用人の人たちを振り返ると、自衛できるエルフの女性だけでなく、普通人のメイドさんたちや、料理人さんまでもが、誇らしげに笑っていた。
「あれくらいで怯えて隠れると思ってもらっては困ります!」
「たかが暗殺者ごとき、モップで打ち据えてやりましたわ!」
「お給金上げてくださいね、旦那様!」
「厨房を守るのは料理人の務めでさ、なら屋敷も守らなけりゃね!」
ふんす、と鼻息荒く胸元で両手をグッと握るメイドさんたち。
料理人さんも、恐怖があっただろうことを堪えた、気恥ずかしそうな笑顔だった。
「いや、本当に。使用人の皆さんは、素人のはずなのに、我々より勇敢でしたよ。幾度か危ない場面もありましたが、使用人の皆さんの声援や手助けで、死人を出さずに乗り切れました」
警備のエルフ戦士の一人が、苦笑いでそんなことを申し添えてくれる。
みんながみんな、屋敷を守るためにがんばってくれたようだ。
そのことに胸を熱くしながら、俺はもう一度「ありがとう」とみんなに言った。
「……しかしまぁ、一番の要因は、伯爵からいただいた『カード』ですね。好きな魔術を自由に使え、自分の意のままに動く召喚獣を苦もなく喚び出せるのは、我ら警備にしてみれば、あまりにも心強すぎました」
渡した『カード』も役に立ったか。
ケガ人が出たみたいだけど、『治癒の法術』や『解毒』の枚数は足りたらしいな。
終わってみれば他の人的被害が無かったことに、俺はホッと胸をなで下ろした。
襲撃告知に活躍してくれたデルムッドも、俺に飛びつき、オンッと嬉しそうに吼えた。
ありがとうな、心配かけてごめんな、デルムッド。
「……それで、コタロー。今度はこっちが聞くが……なぜ、ノアレック殿とクリシュナが一緒に着いてきている?」
「ああ、アシュリーの石化を治すのに、ノアレックさんにカードを使ってもらったんだよ。
で、そのときにクリシュナに見つかって……」
「――嫁に来たのじゃ!」
割って入ったクリシュナの宣言に、尋ねていたナトレイアが絶句する。
使用人の人たちも、エルフのみんなも、あまりのことに目を丸くしていた。
「しばらく、わらわもここに住むぞ! グローダイル辺境伯家が末子、クリシュナじゃ。皆の者、わらわのことは、未来のコタローの嫁と思って接しておくれ!」
「外堀を埋めに入るな、クリシュナ! 俺はアシュリーと付き合うと言ってるだろーが! ……あっ」
ツッコミ混じりに思わず叫んでしまい、失言に気づく。
いや、失言というか何というか。報告するつもりではあったのだけど。
思わず漏らした事実に、グリザリアさんの表情がにんまりと緩む。
「あらあらあらー。いつも一緒にいると思ったら、やっぱりそうだったのねぇ? なら、伯爵は、二人もお嫁さんを連れ帰って来ちゃったのねー?」
グリザリアさん。思春期の息子の母親みたいな言い方しないでください。
アシュリーも頭を抱えて、顔を真っ赤にしてゆであがっている。
「そうか……アシュリー、ようやく想いが叶ったか。安心したぞ……」
「……ま、そういうことよ、ナトレイア。あたしも、コタローの故郷に着いていくことにしたから。こうなったら、何があってもコタローと離れる気はしないわ」
恥ずかしそうに口を尖らせながら、赤い顔のアシュリーが報告する。
う、うん。まぁ、その……その件については、今回の後始末が済んでからってことで。
「すごいよねぇ、アシュリーくんも。人の身とは言え、神様の伴侶になるって決めちゃうんだからさ……わたしには、とても真似できないよ。恐れ多い」
「何を言うか、所長。コタローだぞ? 遠慮する必要など無い、所長も思いのままに行動すれば良いのだ。――私は、アシュリーを祝福するとも」
朗らかに笑うナトレイア。
そういや、こいつは俺の正体を知っても、まったく態度を変えずに仲間でいてくれるよな。結構ムチャなこともやってるから、ドン引かれてもおかしくないけど。
少し気になったので、聞いてみた。
「なぁ、ナトレイア。お前はさ、俺にこんな能力があっても……何とも思わないのか?」
「うん? 何を今さらだな、コタロー。そうだな……」
ナトレイアは少し考え込んだ後、自分の考えを聞かせてくれた。
俺に向き直り、
「もし、とても頭のいい人間が『神の力』を持っていたとしたら、私はすごく恐れるだろう。冷酷に判断を下し、原罪を責めて人類を憎むかもしれない相手だ」
「……うん」
「もし、とても自己満足にひたる人間が『神の力』を持っていたら、私はすごく憎むだろう。その欲望に他者を巻き込み、大切なものを奪おうとするかもしれない相手だ」
「うん……」
でも、とナトレイアは言った。
「けれど、コタローなら大丈夫だ。コタローが『神の力』を持っていたとしても、何だか恐れる気にはならないし、憎めないとも思う。……お前がたとえ神様だったとしても、私はお前となら、何だか普通に付き合える気がしているんだ」
そう言ってナトレイアは、肩肘を張らずに笑ってくれた。
嬉しかった。
飾らずにそばにいてくれる気安さが、元の世界の『仲間』たちを思い出させてくれる。
この世界に来て、俺は、大切な仲間に恵まれた。
「さぁ、旦那様。今日のところは、ごゆっくりお休みください。寝ずに辺境とを往復して、お疲れでしょう。ロムレス伯爵様も、お客様方も、お部屋をご用意させていただきます」
マクスさんが、俺に休憩を勧めてくれる。
けれど、眠気はない。色々ありすぎて神経が興奮して、身体が疲れを感じてくれないのだ。
それよりは、屋敷の確認をした方がいい気もする。
休憩することを渋る俺の手を、不意にアシュリーが引っ張った。
見かねた顔で、ぐいっ、と俺の腕を引き寄せ、アシュリーは俺をうながす。
「ほら、良いから寝なさい、コタロー! 休まないと、身体が壊れるわよ。あんた休息は必要だって普段から言ってるでしょ。一人じゃ寝られないってんなら、あたしが一緒に寝たげるわよ?」
それが恥ずかしかったら、ちゃんと寝なさい――
そんなことを言いたげなアシュリーの口調に、俺は、身を案じてくれるアシュリーに甘えたくなった。
気が緩んだ瞬間、身体がぐっと重くなる。
「……そうしてくれるか。頼む、アシュリー」
「――は? えっ? あ、えと。あ、い、良いけど?」
意図しなかった返しにうろたえるアシュリー。
頭の回っていない状況で、俺はアシュリーと一緒に寝室に向かう。
「な、な――ッ! コタロー、わらわが! わらわが一緒にむぐぐっ! 放せノアレックッ!」
「はーいはい。ヤボなことせんと。二人きりにさせちゃり」
後ろの騒ぎにも気づかずに歩き、寝室に入る。
アシュリーはどぎまぎと、動きを硬くしていた。
「あ、あのね? コタロー? あたし、一応、初めてなのよね? だから……」
「……いや、そういうんじゃないんだ、アシュリー」
そりゃもちろん、俺だって、そういうこともしたいけれど。
今は、そういう気分とは少し違う。
そばにいて欲しい。離れたくない。
一緒にいてくれたら、たぶん、俺は眠れる……
「そばに……いてくれ……」
広いベッドに、着替えもせずに倒れ込む。
眠気の限界だ。意識が沈んでいく。
しかたないわね、とアシュリーが微笑んでくれた。
もぞり、と毛布の中に誰かが入り込み、そして俺の身体に腕が回される。
お互いに着替えもせず、防具だってつけたまま。
「……おやすみ、コタロー……」
優しい声に触れ、安らかな気持ちに満たされ、
そして意識が閉じる。
その日、俺たちは二人で抱き合ったまま、ぐっすりと眠り続けた……
******
翌日、俺たちは王城へと登城した。
襲撃の経緯の報告。王国側の調査結果の相談。
襲撃者の検分と、身元の割り出し。
要件は、いくつもあった。
徒歩で城へ赴き、裏門から秘密裏に入り、そして応接室へと向かう。
アシュリーと二人でしばしの時間を待った後。
その人は、俺たちの前に姿を現した。
「やぁ、久しぶりだね、ナギハラ伯爵」
気の置けない様子で入ってくる人物。
この王国の最高権力者にして最高責任者。
貴族の上に立つ王族の頂点――
ハイボルト国王陛下が、俺たちを出迎えてくれた。




