エクストラルール ~伝説を振るう者~
『――お前には、俺たちをもう一度、蘇らせてもらわなきゃならねぇんだからよ』
何も見えない暗闇の空間の中で、その声は言った。
蘇らせる?
何を言ってるんだ、こいつは?
そもそもここは、どこなんだ?
『ここはお前の心の中』
また別の声が聞こえる。
それに呼応するように、周囲から次々と声が聞こえた。
老若男女、様々な声が語りかけてくる。
『この世界は変革を求めた』
『世界の法則を定める法則。停滞した世界を蘇らせる新たな法則を求めた』
『渇望に開いた窓口より、流れ来る異質な法則を他の世界から取り入れた』
『新たなる法則。術とは違う、異なる法則』
『正邪の判別のつかぬ異質なるもの――「魔」の法則』
『それが、「魔法」』
『異世界から流れ込みし者よ。お前自身が、「魔法」なのだ』
――魔法。
俺の、カード化やスペル使用のスキルのことか。
やっぱりこれは、元々この世界にはない、異質なスキルだってことかよ。
そんなスキルを俺に与えて、何をやらせようって言うんだ。
こいつらは何だ? なんで、俺の心の中だなんて場所にいる?
『我らは伝説』
『失われし伝説』
『忘れられた伝説』
『かつて、世界に存在を刻まれ、そして誰も口にしなくなった、朽ちた神格』
『世界に流れ込んだ新たな法則によって束ねられ、統合され、復活を待つ者たち』
何を……言ってるんだ?
束ねられ、統合された?
つまり、この世界の人たちが口にした伝説――神格が、俺の中にいる?
違う。束ねられ、統合されたから、俺はここに存在している?
それは、俺はもう……
『細けぇことは考えんな。お前は生きているんだ。それで良いだろうよ』
最初に聞こえた声が、ぞんざいな口調で俺に語りかける。
『お前が困ったら、俺たちが手を貸す。俺たちは人々に思い出され、また伝説として蘇る。お互いに得するだろ? クク、何も難しいことじゃねぇよ』
依代か。俺を媒介にして、活躍させて、人々に自分の存在を思い出させろと。
ごめんだよ。
そりゃ、そんな派手な力が必要なトラブルに巻き込まれるってことじゃないか。
『望むと望まざるとに関わらず、この世界は危険だぜ。ほら、今だってそうだろ』
確かに、オーガって命のピンチに晒されてはいるけれど。
俺だけじゃなく、アシュリーもだな……
『世界の編纂者よ』
『お前の能力は、世界のあらゆる存在を具現化する』
『出会ったもの、見知ったもの、生きているかどうかに関わらず』
『その中に、どうか、我々のことも加えて欲しい』
『朽ち果てた我々を、忘れないでいて欲しい』
『歴史に埋もれた我々の願いを――どうか、受け入れてくれ……』
悲壮とも言える声たちの願いに、思わず胸が詰まりそうになる。
忘れられる恐怖は、小さなものじゃない。
ずっと会っていなかった人たちに、覚えていてもらいたいという願望は、俺にだってわかる。みんなに、忘れられていたくないと、心から思う。
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
『何だ』
「俺は、日本に……元の世界に、帰れると思うか?」
その質問に対する答えは、断言という意外なものだった。
『可能だ』
「――!? 本当か!?」
『お前が自身の能力を極めれば、夢物語すら現実にする。ましてや、願う場所はお前の元いた世界。辿り着くこともできるだろう』
そうか……帰れるのか……
俺の中に希望が生まれた。この異世界を生き抜くための、確かな希望が。
「なら、絶対に生きて帰らなきゃだな」
『決心はついたか? 今回は、俺が出よう。他人を守るために身を挺する、一種狂気とも言える決断をしたお前にふさわしい俺が、お前に仕えよう。あいにくと俺は、他の連中と違ってじゃじゃ馬だがな』
最初に語りかけた声が、にやりと笑ったのがわかった。
喜びに弾んだ声が、俺の耳に触れる。
『――悪いな、みんな。一足先に舞台に戻らせてもらうぜ』
戻るのか。戻れるのか。あの森へ。
また、生きて――アシュリーを、助けられるのか。
行こう。俺が、俺だった世界へ、日本へ帰るために!
今を、生き抜こう!
『俺の名を呼べ、編纂者! 俺は悪心! 俺は情熱! 俺の名前は――』
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目の前に、オーガの巨体がある。
背後には、治癒を受けたばかりのアシュリーの姿。
オーガの拳を喰らい、溢れ出した血を吐き出しながら、俺は叫んだ。
忘れられた、その伝説の存在の名を。
「召喚! ――『狂気の悪魔、トルトゥーラ』!!」




