夜に駆ける剣士
彼方の昔。
遠く遠く、地平の果てに存在した東方の国。
邪知暴虐の覇王が統べるその大国は、一帯の覇権を握っていた。
その支配する領地の一つに、賢君の女領主たる姫君がいた。
清廉を旨とし、善政を敷いて領地は栄えたが、悪しき覇王はそれを良しとしなかった。
覇王の罠にかけられ、貶められ、姫君はいわれ無き汚名を着せられ処刑された。
その姫君には、幼き頃から付き従っていた剣士がいた。
陰に潜み、影に生き、野の『草』よりも低き身分の生まれの、報われぬ剣士。
だが剣士は主君のそばに付き従えるのならば、それでも良いと満ち足りていた。
主君の名が汚されるまでは。
姫君を失い、報復を誓った剣士は、最強を誇る王の城へと向かった。
城を守るは千の勇兵、万の戦士。
しかし、それらをものともせず、影の剣士の振るった刃は邪知暴虐の王を見事に誅した。
人々は王の悪政から解き放たれ、その剣士の名は、日陰の身分であるにも関わらず、人々の間に知れ渡る。
いわく、彼こそは因果応報なる、忠義の『影』。
――これぞ、覇王殺しの刃なり。
*****
「――ぐっ、がふっ!」
襲撃者たち二人のダガーが俺の胸に斬り付けられる。
ナトレイアたちから目標を変えて、グリザリアさんを襲った襲撃者たちからとっさにかばった、のは良いけど。
「――伯爵ッ!?」
「コタローっ! 今行くッ!」
「――バカな、なぜ死なない!? くそっ!」
襲撃者たちがうろたえ、一瞬動きが止まる。
その間にナトレイアが後ろから切り込んだ。ナトレイアの一撃は致命傷を与えられなかったが、俺から襲撃者二人を引き離すことに成功する。
「コタロー殿! 大丈夫か、今、治療する!」
「慌てないでくれ、所長。『リジェネレーション』を頼む。あっちの方が、『治癒の法術』より魔力辺りの総回復量が多い」
俺の指示にコクコクとうなずき、『リジェネレーション』を起動する所長。
三分の間『高速再生2』が付与されて、少し持ちこたえれば傷も治るだろう。
「は、伯爵……かばってくれたのは嬉しいけど、無事……なの?」
「このぐらいなら大丈夫ですよ、グリザリアさん」
不安そうなグリザリアさんに、俺は笑ってみせる。
と、同時に自分のステータスを確認。
ステータス
名前:コタロー・ナギハラ
職業:召喚術士
階位:5
HP:9/14
魔力:2/5
攻撃:0
状態:『高速再生2』
スキル
『アバター召喚』『スペル使用』『装備品召喚』
『魔力高速回復』『カード化』『異世界言語』
残りHPは9か。5点食らったわけだな、二人分にしちゃ少なく済んだな。
胸元を見ると、防具の胸当てがずっぱりイカれている。
衝撃で少し吐血するくらいだから、並の人間なら死んでたな。
グリザリアさんがこれを受けなくて良かった。
カードゲームで言う、いわゆるプレイヤーが『ボディで受ける』『ライフで受ける』という行動だったけど、これをやるのはトリクスの森のオーガ戦以来、二度目だな。
HPが無くなるか急所を直撃すれば死ぬわけだけど、それは言い換えれば、「急所さえ守れば、HPがゼロにならない限り死なない」とも言える。
まぁ、可能性が高いだけで、絶対にとは言えないけど。
なので、自軍のユニット――この場合は仲間を守るために、多少のHPを犠牲にするのは仕方ない選択だとは言える。
問題は、
「――ゲホッ、ゲホッ!」
「伯爵!」
口の中に溜まった血を、ぺっと吐き捨てる。
問題は、クソ痛いし、尋常じゃなくキツいことだ。
けれど、この場の誰かが死ぬよりは全然良い。
「無理しすぎよ、伯爵……」
「まだ俺は冷静だ。それより下がってくれ、グリザリアさん、所長。後衛が狙われると、ナトレイアたちの足かせになる」
付与された『高速再生2』が効いて、身体が楽になってきた。
魔力も少し回復している。
相手が『敏捷』持ちなら、所長たちの魔術は当てられない可能性が高いな。
「エミル! 撃つぞ!」
『アイアイ、マスター! ――スキル「魔力砲身」展開!』
室内だけど、エミルの『必中』なら問題無く当たる!
まずは数を減らさせてもらうぞ!
「させぬ!」
『――きゃあっ!』
魔力の砲身を展開したエミルに、こちらを察知した襲撃者の一人が、戦いのさなかにナイフを投擲した。
投げられたナイフが直撃し、HPが1しかないエミルはカードに戻されてしまう。
「――エミルッ!」
くそ、エミルの能力を知られてるのか!
アシュリーの辺境での活躍が噂に出回ってたから、そこから知られたなッ?
再召喚している魔力の余裕は無い。
攻撃魔術を直撃させるのは難しくなったな。
さっきゴブリンズが横から一人倒して、襲撃者は残り五人。
こちらはナトレイアと、アテルカたちゴブリン騎士団で数の上では互角だが……
相手の回避能力が高すぎて、こちら側が劣勢だ。
部屋の入り口にいるアシュリーも、屋内だと言うことに加えて、動きを捉えられなくて一度も援護射撃できていない。
能力の『敏捷』や『奇襲』以上に、相手の体術の能力が高すぎる!
しかし、このまま負ければ、アシュリーが罪を着せられて処刑されちまう。
それだけは、絶対に許すことはできない!
考えている間に、魔力は4まで回復した。
こうなると、『懸命な守備兵』をもう一度召喚して、相手の隙を作るしか――
――姫君を守るために、己の命を懸けるか。
声が、聞こえた。
それに気を取られるのと、ナトレイアたちをすり抜けて襲撃者が俺たち後衛に迫るのは、同時だった。
魔力は……まだ足りない。ならば、あと三十秒弱を耐えしのぐしか無いのか。
所長とグリザリアさんを守るために、俺が前に出る。
襲撃者としては願ったり叶ったりだろう、対象の俺がわざわざ狙われに来るのだから。
その分、所長たちは安全になる。絶対に、一人たりとも殺させはしねぇぞ!
――ならば、それがしは認めよう。汝を、次なる主君と掲げることを!
あと五秒。暗殺の達人相手には何度でも死ねる時間だ。
襲い来るダガーに連続して斬り付けられながらも、防具と腕で急所だけは守る。
付与された『高速再生2』もある。こらえきってやるぞ!
三秒、二、一……ゼロ!
――呼ばれよ、影なる我が名を!
俺は全身に自分の血でまみれながらも、その名を叫んだ。
「来いッ! ――『仇討つ刃、ハンジロウ』ッ!!」
一瞬の静けさがあった。
襲撃者の攻撃がやんだ。
やや置いて、どさり、と俺を襲っていた襲撃者がその場に倒れる。
けれど、周りを見渡しても、新しいアバターの姿は無い。
俺は、確かに、召喚したはず……だけど……?
それから間を置かず、ナトレイアとアテルカが動きを止めた。
二人が相対していた襲撃者が、突然、その場に崩れ落ちたのだ。
「な、なんだ……?」
「ご主人様……が、これを……?」
「い、いや、俺は何も――」
戸惑っていたのは、俺たちだけではなかった。
残る襲撃者二人も、突然倒れた仲間たちの姿に攻撃する手を止め、周囲を見渡していた。
「……引けッ、撤退するぞッ!」
やがて、この場を離脱しようと声を上げる。
けれども、
「逃がさぬよ」
その男は、壊された窓枠に立っていた。
かすかな星明かりに照らされ、夜の暗闇から浮かび上がる自分の姿を、示すように。
襲撃者と同じく黒い装束に、刃物のように静かに光る目を残して顔を覆い尽くす、布の覆面。
目立つはずのその長身が、周囲に溶けいるように音もなく、ごく自然に存在している。
その男は、逃げ出そうとする襲撃者二人を見据え、静かに告げた。
「我は影。我は夜に忍ぶ者。剣士ハンジロウ、新たなる忠義の元に、この世界に舞い戻って候。――我がお館様に楯突く不埒者、それがしが一人たりとて逃しはせぬ」
突然に倒れた三人の襲撃者たち。
こいつが、一人でこれをやったのか?
あんなに手こずった手練れの暗殺者たちを、三人も、一瞬で――?
カード一覧で、テキストを確認する。
『仇討つ刃、ハンジロウ』
5:1/4
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『隠密』・このアバターは、敵の対象にならない。
『敏捷』・関連する負傷を負っていない場合、高確率で攻撃を回避する。
・このアバターは、+X/+0の修正を受ける。
Xは、あなたの最大HPから現在のHPを引いた数に等しい。
剣士、ハンジロウ。
その黒装束の『伝説』は、細身の剣を星明かりに煌めかせ、夜の中で宣言する。
「我が主君を、二度も失いはせぬ。――お館様の身に流れた血、この刃で返そうぞ!」




