メイドさんはエルフさん
「旦那様、朝でございますよぉ……」
「あ、はい。すみません。すぐ起きます」
寝ぼけた声で返事をする。
いつものメイドの女の子が起こしに来てくれたらしい。
しかし、深く眠っていた身体は、すぐには動かない。
というか、動かない。
何かが顔にのしかかっている。
柔らかい布に包まれた、すごく柔らかくて、とても大きな……
「うふふ。おはようございます、伯爵。朝からお元気ね……?」
目を開けると、メイド姿のグリザリアさんが俺に添い寝していた。
でっかいお胸がふわふわぽよぽよと、俺の顔を包んでいる。
エルフ美女、爆乳ママメイドさん。
業が深すぎて、何を言っているのかわからない。
「……何してるんですか、グリザリアさん?」
「王都に出かけたくてね? でもお小遣いをもらうのも気が引けるから、昨夜、執事さんに相談したら、一日メイドをやってみますかって。だから、起こしに来たのよ?」
グリザリアさんの優しい瞳が、布団の方を向く。
照れたように、頬を染めながら彼女ははにかんだ。
「その……そちらのお世話も、した方が良いかしら? 夫を亡くしてからは久しぶりで、自分の身体に自信はないのだけど……」
「起きます! すぐ起きますからッ! 離れてもらって大丈夫ですッ!」
未亡人属性までついていた。胸の大きさだけじゃなく、色気の塊か。
爆乳エルフ未亡人美女ママメイドさん。
に、優しく抱きしめられながら起こされる朝。
前世でどんな徳を積んだら、こんな業の化身に世話されるんだろうね?
すごいな、伯爵。
すごいな、異世界。
******
そんなこんなで、俺たちは屋敷に帰り着いたのだった。
前日は十一人のエルフのご婦人たちと昼下がりに王都に到着した。
そのまま全員は旅疲れがあると思って、荷物の整理なんかは翌日回しにして、当日は屋敷の客室で宿泊してもらったのだ。
高速で飛ぶワイバーンの背中にずっと掴まってもらうのも、意外と疲れるしね。
それで、当面の仕事は俺たちや自分たちの荷物の整理と、後発のエルフ男性陣の客室の清掃かな。
……ということを昨日のうちに決めておいたのだけど。
「……わたしだけ、仕事にあぶれちゃったのよねぇ」
「というか、族長のグリザリアさんは、視察役で賓客なんですから。屋敷の仕事なんて無い方が当たり前なんですよ。わかってます?」
朝食も終わり、とりあえず今日の予定を話すためにエルフの女性陣と使用人の皆さんに、大広間に集まってもらった。
まだメイド姿で、困ったように頬に手を当てるグリザリアさん。
意識してないんだろうけど、ゆさっ、としてるその迫力はお見事です。
「そうは言ってもねぇ……お屋敷の食事も美味しかったし、もう少し王都に滞在しようかなと思うと、どうしても先立つものは必要じゃない?」
ちなみに、俺たちやエルフの皆さんはもうドラゴン肉を食べたので、屋敷の食材で料理を作ってもらった。
うちの料理人さんが腕を振るったので、皆さんに満足してもらえました。
たぶん、代わりの使用人さんたち用の食材として、ドラゴン肉とベルセルクグリズリーの肉を渡したことも、料理人の奮起の理由の一つだったに違いない。
もちろん、お土産のドラゴン肉は、使用人の皆さんにも大好評でした。
「モンスターの素材を売れば良いじゃないですか……わかりました。グリザリアさんは、今日は俺たちと一緒に売却先を回りましょう。護衛も案内もしますから」
「……って言っても、そんなにあちこち回るの、コタロー?」
アシュリーが怪訝そうに突っ込んでくる。
まぁ、確かに、そんなに伝手は多くないな。
「国王陛下には体面上、エルキュール所長から献上してもらうからな。研究所の出資者だし。――そうだな、俺たちは冒険者ギルドと、ドライクルさんとこのデズモント侯爵家くらいかな?」
ドライクルさんにも、今は屋敷の警備兵を借りてるしね。
オーゼンさんとの関係で、息子のドライクルさんとも仲良くなってるから、お裾分けと、兵を借りてるお礼をしに行った方が良いな。
……うかつに近づくと、フローラさんとの結婚を勧められてくるのが難点だけど。
「デズモント侯爵でございましたら、来訪の先触れが来られました。留守にしている旨を伝えると、当面は予定が無いので、帰られたらすぐに伝えて欲しい、とのことでございました」
「そうなんだ、ありがとう、マクスさん。――急ぎの用事かな?」
「いえ、そのような様子はございませんでした。おそらく、エルフを使用人に大量雇用すると言うことで、一度目にしてみたいと思われたのかと。――よろしければ、侯爵邸に使いの者を向かわせますが」
昨日は受け取れなかった来客状況を、マクスさんが報告してくれる。
そうか、じゃあお願いしようかな。
午前中は冒険者ギルドに行くから、午後――中天以降の方が良いか。
他にもいくつかの貴族家から面会の申し込みが来たらしいけど、聞いたこともない家ばかりだったのでお断りさせていただく。
能力や功績を利用したい貴族家がうじゃうじゃいるから気をつけろ、って陛下だけじゃなく、所長やオーゼンさん親子たちからも、よってたかって注意されてるからな。
所長の、カードによる戦力検証が終わるまでは、誰とでも付き合えるわけじゃない。
「じゃあ、早いとこ冒険者ギルドに行っちゃいますか。ベルセルクグリズリーの毛皮とかの素材は、先にお金に換えちゃいましょう」
「そうしましょうか。伯爵、案内はよろしくね?」
そうして、ナトレイアたちを護衛に、エルフの里のマジックバッグの中身を、王都滞在資金に変えるべく換金へと向かうのだった。
******
平民街区の冒険者ギルドでの換金は上手くいった。
持ち込んだ量が多いのと、この辺じゃ見ない種類のモンスター素材だったこともあって、別室に通されての査定だったけど、結果は大満足だ。
山と積まれた金貨に気を良くしたグリザリアさんは、エルフ美人なだけあって、帰り際にとても目立っていた。
本人としては、滞在資金を超えて里への食糧購入資金ができたのが嬉しいらしいけど。
これの他に、里で今解体してるアースドラゴンの素材売却益も入るから、エルフの里の穀物不足は解消しそうだな。
と思いながら屋敷に帰ると、見慣れない馬車が門を超えて、玄関の前に止まっていた。
誰か来てるのかな?
門衛さんに聞いてみれば良かったかな――
なんて、思う間もなく馬車から貴族姿の老紳士たちが降りてくる。
「おう、名誉伯爵! ちょうど良かったの、そっちも今帰り着いたところか!」
「やぁ、ナギハラ伯爵。かなり早くなってしまったけど、すまないね。父上が、早く行こうとうるさくてね」
「オーゼンさん! ドライクルさん! いらっしゃい!」
来客予定の、デズモント侯爵親子だった。
まだ日も昇りきってない時刻なのに、ずいぶん早いお越しだなぁ。
「ドライクルさん、警備兵をありがとうございます。――二人とも、昼食は済んでますか? エルフの里で、アースドラゴンの肉をわけてもらってきたので、昼餐にどうです?」
「おお、やはりか! 所長から里での話を聞いての! こうして早く来れば、馳走になれるかと思って、息子を誘って来てしまったわい!」
貴族とは思えない、オーゼンさんのあまりの物言いにドライクルさんが弱り切った苦笑を見せる。
「父上、使用人の前ですので、そんなに率直に言わないでください……すまないね、ナギハラ伯爵。貴族としては意地汚くて恥ずかしいのだが、私も期待させてはもらっている」
「ああ、ちょうどお裾分けに行こうと思ってたんですよ。ドラゴンの肉はたくさんありますんで、気に入ったら持ち帰ってください。味はエルキュール所長のお墨付きです」
それは嬉しいね、とドライクルさんの相好も緩む。
おず……と俺の背中に隠れるグリザリアさんに気づいて、苦笑しながら前に促す。
やっぱり、普通人種の貴族は苦手なのかな?
「大丈夫ですよ、グリザリアさん。俺がお世話になってる人たちです、いい人たちですよ。――オーゼンさん、ドライクルさん。こちらは、エルフの里の族長でグリザリアさんです。雇用するエルフのための、職場視察に里から来てもらってます」
「おお、これはこれは、お美しい。――引退して家督を譲った身じゃが、オーゼン・フェン・デズモントと申す。よろしくお願いする。ナギハラ名誉伯爵とは、ともに王都を守るために戦った仲じゃ」
「マークフェル王国侯爵位、ドライクル・フェン・デズモントと申します。――エルフの里の族長におかれましては、我ら普通人種の貴族にもエルフを害する不埒な者がいること、王国の貴族を代表してお詫びいたします。何とぞ、よしなに」
礼をする二人に警戒が解けたのか、グリザリアさんもおっとりと微笑んで、頭を下げる。
「エルフの里の族長を務めます、グリザリアと申します。ナギハラ伯爵には、娘のナトレイアがお世話になっておりまして、そのご縁で里の者をお屋敷で雇っていただけることになっております」
まだ少しぎこちないけど、拒絶まではいかないみたいだな。
後は一緒に食事でもして、打ち解けてくれると良いけど。
そこら辺は、オーゼンさんの貴族っぽくなさに期待しよう。
「さぁさ、とりあえず玄関で立ち話もなんですから! 屋敷に入ってくださいよ、すぐに昼食の準備をしますから」
連れだって屋敷に入る。
さすがに使用人全員の整列は無かったけど、数人のエルフメイドさんを連れたマクスさんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様、グリザリア様。――そして、ようこそおいでくださいました、お客様」
「ただいま、マクスさん。応接室か来賓室の清掃は大丈夫かな?」
はい、とマクスさんが恭しく頭を下げる。
来賓室はエルフさんたちが来る前から清掃しているので、そちらに案内するらしい。
「すまないね。約束の時間より早く来たのはこちらだ。待たせてもらっても構わないが?」
「それには及びません。従者の方々ともども、お部屋の方へご案内させていただきます」
遠慮するドライクルさんに、堂々と案内を促すマクスさん。
頼りになるなぁ、貴族の邸宅管理のプロと言うだけある。
派遣してくれた国王陛下に感謝だな。
「じゃあ、オーゼンさん、ドライクルさん。俺も礼服に着替えてきますね」
「わざわざか? 身内みたいなもんじゃし、引退したわしが来ておるのだから公用扱いはナシで良かろう。平服で構わんぞ、伯爵」
「そうだね。他の家ならともかく、ナギハラ伯爵の家は、貴族社会から隔離された隠れ家みたいなものだし。私も楽な服に着替えさせてもらおうかな」
おや、お二人とも気楽な昼食がお望みか。
堅苦しい服装で、せっかくのドラゴンの味がわからないのはもったいないしね。
それならそれで、俺も過ごしやすいからいいけど。
「わかりました。部屋の設備は自由に使ってください。何か要望があったら――マクスさん、お二人に誰か使用人をつけてもらえる?」
「お任せください、旦那様」
難なく請け負ってくれるマクスさんに頼もしさを覚えながら、オーゼンさんたちと別れる。
さて、料理人さんに、昼食の人数が増えたことをお願いしないとな。
******
昼食の準備は、問題無く行われた。
料理人さんは一人だけど、料理ができるエルフのご婦人たちが補佐に入ってくれたらしい。デズモント家の従者の人たちの分は、エルフ料理を出すことにしたとのこと。
俺たちの昼食にもエルフ料理のテイストが入っていて、さっそく働いてくれたらしい。
エルフは働き者の種族というか、なんか荒い人使いで申し訳なくなるな。
そうして用意されたのは、ドラゴン肉のローストビーフ――
ローストアースドラゴンだった。
火の通った、しかし高熱で変色せず、中身がまだ赤い色のままのかたまり肉が食卓の中央にどーん、と置かれる。
デクパージュ、切り分けて皿に提供するのは執事のマクスさんだ。
何でもできるな、この人。
里で食べたのと同じ中華風のエルフ調味料を使ったかけダレも合わせて、侯爵親子は里での俺たちのように、その味に感動していた。
昼食だけどお代わりを重ね、持ち帰れる量を真剣な顔で話し合うくらいだ。
良かろう、侯爵家と伯爵家で奪い合いですね?
いや、里に行けばまた売ってもらえるんで、そんな真剣な話じゃないんだけど。
ついでに同席していたグリザリアさんと、俺のワイバーン貿易に便乗して、エルフの里の調味料なんかも交易したいという話なんかも出たり。
ドライクルさんもオーゼンさんも絶好調だった。
良いけどね。調味料はかさばらないし。
エルフの里も儲かるし。
そうした話を交わし合う中、ふと、オーゼンさんがぽつりとつぶやいた。
何となく空いた話の間で、それまでの笑顔がウソのような、真剣な表情で。
「――伯爵よ。国王陛下が、王都襲撃の手段をもたらした犯人として、帝国を追求することを貴族内に表明したぞ」
その一言に、食卓の空気が一瞬で引き締まる。
たぶん、その追求は、帝国の意図を計り、関係を変えるだろう第一歩になる。
……いよいよか!
ここからの帝国の反応が、見物だな。




