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肉の宴は肉祭り



 森の主、アースドラゴンを倒した後は、里を挙げての宴になった。


 倒されたアースドラゴンは住民総出で解体され、肉の一部は保存食にされることになったけど、そこはさすがの巨体。

 保存する分や売る分を取ってもまだまだ消費しきれず、里で盛大にドラゴン料理が振る舞われることになった。


 味比べとして、美味だとされるベルセルクグリズリーも調理され、おとぎ話の美味しい肉が二種類も食べられることに、住民たちは歓喜していた。


 狩った甲斐がありますよ、本当に。


「さぁさぁ、伯爵! いっぱい食べてってね!」


 夜になって宴が始まり、俺たちは中央の主賓席に座らされた。

 イスカイアさんが、満面の笑顔で俺たちに料理を勧めてくる。


 日が落ちた里の広場はかがり火がいくつも焚かれ、住民たちは酒杯を交わしながら口々に俺たちのことを話題にしていた。


 その様子の中で、気恥ずかしい思いをしながら俺は、机に並ぶ料理に手をつけた。


 ベルセルクグリズリーは、鍋物みたいな野菜との煮込み。

 でもこの色は……


「ゴマダレ……いや、芝麻醤(チーマージャン)か!?」


 まろやかなゴマダレに溶ける、柔らかな繊維質の赤身がとても美味しい。

 そう煮込んでもいなさそうなのに柔らかく口の中でほぐれていき、繊維を噛みしめると肉の濃厚な旨みが染み出てくる。


 高級ヒレ肉を、もっと柔らかくホロホロにした感じだな。


 筋繊維も歯で簡単に噛み切れ、魔力を失ったグリズリーの肉がこんなに食用に適しているのか、と驚いた。

 多少のクセはあるけど、ゴマダレの風味とかみ合っていて食べる手が止らない。


「おとぎ話の巨大熊が前菜ってのも凄い話だけどね。はい、お待ちかねのアースドラゴンのステーキだよ! コショウと、エルフの里特製のソースで召し上がれ!」


 イスカイアさんの運んできた皿に、目が釘付けになる。

 大きな木皿の上に、脂の弾けそうな焼きたてのステーキが乗っている。

 その上にかけられているのは赤黒いソース。

 ぺろり、と小指でなめてみる。


「――甜麺醤(テンメンジャン)豆板醤(トウバンジャン)! エルフの里の味付けは、中華調味料風なのか!」


 まさかの中華風の調味料。

 さすが森のエルフ。発酵や熟成を使いこなしてるんだな。


 しかし、ここまで揃うと、日本の味噌がないことが悔やまれる!

 実はこっそり作られてたりしないかな?


「……む? 我が里の味を、知ってるのか、コタロー?」

「あんたの世界にも、似たような調味料があるの?」


 ナトレイアとアシュリーが、むぐむぐと口を動かしながらこちらを見る。

 厳密に言うと、それっぽいだけで同じものではないんだけどな。


 ただ、ゴマとかトウガラシとか、森の恵みなのか植物を使った調味料ってことで、エルフの里の調味料が地球のものに似た発展をしていたのは興味深い。

 甜麺醤に入ってたのか、干し柿を刻んだっぽいものもソースに混じってるしな。


「ちょっと似てる感じだな。世界が違っても、住人の味覚はそう変わらないみたいだ」


 そして待望のステーキを切り分け、口に運ぶ。

 革命が起きた。


 とろける脂、ほとばしる肉汁、噛みしめるたびに甘みと旨みが口に広がり続け、何層も何層も、舌だけでなく口の中すべてが味蕾になったように、言葉に尽くせない味がいくつも重なり続けていく。


 その際限の無い脂の甘みと肉の旨みを引き締める、甘辛く香ばしい中華ソースの味。


 飽きることなんて無い、もう一口、また一口、と手が勝手に動いていく。

 これがドラゴン料理の味か!


 周りを見渡してみると、アシュリーやナトレイアはおろか、貴族であるエルキュール所長までがうっとりと感動に浸っている。


「……所長、伯爵だったらドラゴンの肉なんて食べ慣れてるんじゃないですか?」


「とんでもない! ドラゴンなんてそう現れないんだから、滅多に食べられないごちそうだよ! わたしだって、今までの人生で食べたのは、これでまだ三度目だ! ああ……美味いなぁ……今まで食べた、どの料理より美味しい……」


 そうなのか。

 出現頻度は多くないけど、巨体すぎて肉はたくさん採れるから、貴族には行き渡ってそうなもんだけどな。

 こんなに美味しい肉だと、一人当たりの消費量が多くなってあまり出回らないのかもしれない。


 ああしかし、美味いなぁ。

 辺境に出たフレアドラゴンの肉も、こんな味だったのかな?

 あのときは辺境伯に全部献上しちゃったから、俺自身は口にできなかったんだよな。


「文字通り山のように肉があるわけですし、里の人にドラゴンの肉を売ってもらうのもアリかもしれませんね」


「討伐者特典で、割安にならないかな……? 高価な肉だけど、なるべく大量に買いたいし……ああでも、大量に買っても保存方法が無いなぁ……とすると……」


「コタロー……」

「じーっ……」


 所長が悩み始めるけど、アシュリーとナトレイアも同じことを考えていたようだ。

 わかったよ、買うよ。こっち見んな。


 デルムッドやアテルカもキラキラと目を輝かせているし、大量購入は決定のようだ。

 屋敷の人にも食べて欲しいし、俺もちょっと割り引いてもらおう。

 里の人も、さすがにこの量は持て余し気味っぽいし。


 平然としていたのはグラナダインくらいだけど、実は食べたことがあるのかな?


「……グラナダインは、あんまり感動した感じじゃないな?」


「む? ……いや、我が身が生きていた頃は、ドラゴンもそう珍しく無かったのでな。何度か、そのときの旅の仲間とともに狩って食べたことはある。さすがに、アースドラゴンは初めてだけれども」


 なるほど。確かに、グラナダインの弓術は飛んでる奴には威力抜群だからな。

 ドラゴンの鱗を抜ける仲間がいれば、グラナダインが落として楽に狩れるか。


 さすが古代の英雄。


「……買うだなんて、食べる分ならタダで持って行って良いわよ? 腐らせかねないくらいあるんだし。討伐したお礼だけじゃなくて、あたしたちの祖先まで仕えてるんだから、そのぐらいの融通効かせるわよ」


 お代わりを持ってきてくれたイスカイアさんが、嬉しいことを請け負ってくれた。

 やっほう、持ち帰り放題だ!

 アシュリー、肉の運搬はよろしく!


「やった! コタロー殿、わたしは今日ほど、きみを信仰していて良かったと思った日は無いよ……!」


 所長の目がギラリと光る。

 いや、そんなに長い間信仰されてるわけじゃないですけど。

 美味しい料理はやはり偉大らしい。


「だいたい、『甲殻』持ちや『肉壁』持ちなどの守りが堅いモンスターは、狩ってしまうと中の肉が柔らかいことが多いのです。ですが、やっぱりドラゴンは格別なのですね!」


 アテルカがはしゃいでステーキを頬張る。

 なるほど。カニやエビみたいなもんか。美味いもんな、甲殻類。


 アテルカは元第一王女らしく、色々食べつけているのか、美味しい食材に詳しそうだ。

 今度色々聞いてみて、狩りに出かけるか。


「――そうそう、あんたたち! 伯爵様が、屋敷の使用人と警備兵を探してるらしいわよ! 仕事は優しく教えてもらえるらしいから、王都に出て働きたい奴はいる!?」


 イスカイアさんが周りのエルフたちに、大声で募集をかけてくれた。

 ついでっぽい言い方な気がせんでもないけど、それが逆に良かったのか、宴のノリで何人ものエルフが手を挙げてくれる。


「俺は良いぞ、森の主がいなくなって、里の守りを減らしても大丈夫だろうしな!」

「ナトレイアもいるし、そんな強い伯爵様の下なら、俺も安心だ!」

「王都の飯も美味いんだろう!? 俺も行くぞ!」


 戦士っぽい男性陣が筆頭に名乗り出て、その奥方や彼女らしき女性陣も顔を見合わせて笑っている。


 人里はちょっと……と遠慮する人もいたけど、なんだかんだで予定の三十人を多少超えるくらいが手を挙げてくれた。


「じゃあ……わたしも里を離れられるようになったし、伯爵が帰るときにでも、王都に連れて行きましょうかぁ……?」


 ほろ酔いのグリザリアさんが、引率を名乗り出てくれる。

 うん、ちょうど良いな。どんな場所で働くかも確認しておいて欲しいし。


 じゃあ、今晩は里でグラナダインともどもお世話になって、明日にでも帰るとするか。



******



 そういうわけで翌朝。

 日も大分高くなった頃に、俺たちは一度帰る準備を始めた。


 解体した分のアースドラゴンの肉と、ベルセルクグリズリーの肉もちょっともらって、アシュリーのマジックバッグに詰め込む。


 召喚したグリードワイバーンたちも、グリザリアさんの許可を得てアースドラゴンの肉をついばみながら腹ごしらえをして、里の準備が整うのを待つ。


「……じゃあ、わたしの他に、この十人がひとまずついていくわねー」


 とりあえず先遣隊として、十人のエルフ美人が屋敷に来てくれることになった。

 全員女性だ。


 戦える男性陣は、昨夜の宴で酒を飲み過ぎて動けないのと、アースドラゴンの解体に力のある男手が必要なので、後発として迎えに来ることで決まっている。


 先に、屋敷の居室を清掃した方が良いだろうという判断で、家事清掃の苦手な野郎陣は後から来い、と奥方たちに言われたということもある。


 奥さんたち女性陣も、警備はしないけど自衛として、森暮らしなのでそこそこ戦えるしね。問題無い。


 ちなみに、解体したアースドラゴンの肉や素材は、里にもマジックバッグが二つあるそうなので、里の武器防具や保存食料を作る分を取って、残りをバッグに入れて王都の冒険者ギルドに持ち込むそうだ。


 その際の移動は、やっぱり俺のワイバーンでよろしく、と頼まれた。

 解体したドラゴンの肉もたくさんわけてもらってるし、こちらに否やはありませんとも。

 里の横の、大量の肉が腐る前に売っちゃわないといけないしね。


「さて、そんじゃ行きましょうか。皆さん、よろしくお願いしますね」


「母上――ッ! 早く帰ってきてねッ、そして代わりにあたしも人の街にッ!!」


 お留守番のイスカイアさんの、悲壮な声が響く。

 いや、また迎えに来ますよ。


 とりあえず男性陣が合流するまでの護衛とかも考えた方が良いかな。

 じゃないとエルフをさらう奴もいるから、気軽に王都を出歩けないだろうし。


 そんなこんなを考えながら、ワイバーンが飛び立つ。

 グリザリアさんたち十一人のエルフの女性陣が、ワイバーンの背中から、里のエルフたちに向かって手を振った。


「みんなぁ、お土産楽しみにしててねぇーっ!」


 まぁ、楽しんでください。

 これから、こちらもお世話になることですし。 



 かくして、うちの伯爵邸に、エルフの使用人の皆さんが勤めてくれることになった。








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