獲ったど
森を揺るがす咆吼。
背中に木々の生えた、まるで山かと思うほどの巨体が、エルフの里に迫っていた。
ナトレイアがその姿を見上げ、うろたえたように叫ぶ。
「森の主――アースドラゴン! どういうことだ、姉上!? 主がこの里に近寄ったことなど、私が里を出るまで無かったはずだぞ!?」
「だから言ったでしょ、最近、森の主の食事の好みが変わったんだって! この里の近くに出る『タイラントスネーク』を狩りに来るようになっちゃったのよ!」
悲鳴じみた声で説明するイスカイアさん。
あれもドラゴンなのか。
ドラゴンは、自分の好みのエサに執着するからな。トリクスのドラゴンのときもそうだったし、あれには翼こそないけど、似たような習性を持っているんだろう。
「と、とりあえず今のうちに……エミル、射撃準備! 『鑑定』しておくぞ!」
『アイアイ、マスター! ――シュート!』
見えない『鑑定』が撃ち放たれ、森の主に直撃する。
攻撃呪文ではない『鑑定』は、直撃しても相手に気づかれた様子はない。
アースドラゴンとやらの詳細はこうだ。
『深き森のアースドラゴン』
9/9
『肉壁3』・このモンスターへのダメージは、それぞれ3点軽減される。
『甲殻3』・3点以下の攻撃を無効化する。
なんじゃそりゃ!
ブレス攻撃も飛行も持ってないけど、とにかくタフすぎる。
9点て。フレアドラゴンより遙かに肉々しい脳筋じゃねーか。
しかも、『肉壁3』と『甲殻3』のコンボってことは、まずダメージが3点軽減されて、その上で3点以下の攻撃が無効になるわけだ。
つまり、6点までの攻撃は通用しない。7点以上の攻撃を複数回当てる必要がある。
亀みたいにずんぐりした四足歩行の姿に見合う、非常に堅い生物だ。
そりゃ、森の主にもなるよ。
こんな怪物、まともに戦おうとしたら、何も攻撃が通らないもん。
攻撃が通っても、9点と言う高いHPはしぶとすぎる。
「――族長、お願いします!」
「わかったわ、みんな、下がって!」
エルフの戦士たちの声に応え、グリザリアさんが前に出る。
グリザリアさんには、あれを何とかする手段があるのか?
「静まりたまえ、荒ぶる竜よ――」
祈るような仕草で呪文を唱える。
それはただの懇願ではなく、魔術の行使だった。グリザリアさんの身体が、淡い魔力の光に包まれる。
光がグリザリアさんの腕に収束し、魔術が解き放たれた。
「その腕は振り下ろされることはない――行け、『スタンランペイジ』!」
光が放たれ、アースドラゴンの巨体に一瞬、輝きがともる。
かと思った瞬間、ドラゴンはその巨体をかがませ、眠るようにうなだれた。
俺の手元に小さな光が集まり、一枚のカードになる。
今の魔術をコピーしたのか。効果を確認する。
『スタンランペイジ』
3:対象一つの、攻撃を一つ打ち消す。
攻撃は行われず、対象は三十秒間攻撃できない。
攻撃阻害? ……そんな魔術もあるのか。
なるほど。この魔術があるから、細腕のグリザリアさんがこの森の里で族長をやってるんだな。
要所で使うと敵に隙を作れる、地味だけど使い勝手の良い補佐スペルだ。
「あの魔術は、一応、精神干渉系の魔術になるのよ。……ナトレイアはまったく素質が無かったけど、あたしも母上も、うちの家系の女はあの魔術が得意なの。だから、武力が低くても族長を任されてるってわけ」
イスカイアさんが、俺たちに向けて教えてくれる。
相手の攻撃が無ければ、一方的に殴り放題だからな。確かに、重要な役割だ。
ベルセルクグリズリーみたいな『高速連撃』持ちでも、最初にあの魔術を当てれば三十秒間追撃が無くなるから、その間に攻撃するなり逃げるなり自由に選べるってわけか。
「森の主は、この魔術を当てれば他に興味を移すから、もう大丈夫よぉ。またエサを探しに、森の奥に戻っていくんじゃないかしら……」
一仕事終えたグリザリアさんが、そう言って俺たちに微笑んでくる。
こうやってあのドラゴンの襲撃を防いでたわけね。
こりゃ確かに、里から離れられないわ。
「……コタロー殿。あのアースドラゴン、何だかずっと、まだこっちを見てる気がするんだけど……?」
所長が、まじまじと遠方を見上げながら、俺の肩を掴んでくる。
俺たちもその視線の先をたどってみると、そこにはこちらをじっと見つめている巨大なアースドラゴン。
……何だろう、仲間になりたそうな目、じゃないよね?
じゅるり、とか聞こえてきそうな、食欲丸出しな雰囲気なんだけど。
「……姉上。アースドラゴンの、今の好物は何だと言ったかな?」
「……『タイラントスネーク』ね」
一同、広場を振り返る。
そこには、巨大熊などと一緒に、俺たちが森の中で狩ってきた獲物が並んでいる。
その中に横たわる、巨大な蛇。
狩りましたね。タイラントスネーク。
そこにありますね。森の主のエサが。
「ちょっとぉぉぉぉっっっ!! 狙われてんじゃないのよ、思いっきり! 見られてるわよ、あの広場のタイラントスネーク狙って、この里に来る気満々よッ!?」
「すまん! そんなこととはつゆ知らず! わざとではないのだ、離してくれ、姉上ッ!」
ナトレイアの襟首を掴み、がくがく揺さぶるイスカイアさん。
その言葉を肯定するかのように、目を輝かせたアースドラゴンがゆっくりと動き出した。
近寄るとかじゃなく、明らかにこの里に向かってきている。
「アシュリー、あの蛇をマジックバッグにしまってくれ! 見えないように、早く!」
「もう遅いわよ! あの巨体がここに来るだけで、この里が更地になっちゃうわよッ!?」
大騒ぎするナトレイア姉妹。
……仕方ない。俺たちが蒔いた種だもんな。
所長とナトレイアがいれば、アレくらいは何とでもなるだろう。
「グリザリアさん。あの森の主を倒しちゃうと、森の中が荒れたりしますかね?」
「え? ……い、いえ、元々眠ってることが多いから、いなくなっても森の生態系は何も変わらないと思うけど……」
んじゃ倒すか。
所長を呼び、一枚のカードを手渡す。
副作用がありそうだから、あまり使いたくない呪文だったんだけどな。
実の姉に首を絞められているナトレイアを振り返り、最終確認。
「ナトレイア。六十数える間に、あのドラゴンに『精霊の一撃』を当てられるか? 無理そうなら、トドメだけ任せるけど」
「むぐぐ、むぐッ? ――な、何だか知らないが、あの巨体だ。近寄れれば、どこになりと当てられるだろう。問題は無いぞ、コタロー」
ほいほい。
近寄る手段は……三人だから、ワイバーンで空から攻めるか。
「じゃ、グリザリアさん。イスカイアさん。ちょっくら行ってきます」
「え? え? 伯爵。行くって、どこへ……?」
グリードワイバーンを広場に一体召喚し、ナトレイアと所長を連れて乗り込む。
これで俺の魔力は空だ。でも、問題無い。
ワイバーンが翼をはためかせ、俺たちを連れて大空へと舞い上がる。
アースドラゴンの真上に来たところで、速度を落として旋回した。
アースドラゴンは、俺たちを見上げ、威嚇の咆吼を上げている。
俺はその威嚇を意にも介さず、上空で横の二人に指示を出す。
「ナトレイア。所長にカードを使ってもらうから、落下して『一撃』を撃ち込んでくれ。創国の王剣は持ってるだろ?」
「う、うむ。……『貫通』はわかるのだが、そんな強力な呪文があるのか?」
あるんだな、これが。
おなじみコスト多過ぎの雑シリーズの一つで、俺はまだ使えないんだけど。
「――てなわけで、所長。頼んます」
「ま、仕方ないね。これも実験だ、行くよナトレイアくん。――『魔獣の力』!」
「おお、おおぉお!?」
所長の使った『カード』の効果で、ナトレイアに強力な強化がかかる。
ナトレイアの身体は光に包まれ、見るも精強な迫力に満ちあふれていた。
『魔獣の力』
6:一分間、対象に+3/+3の修正を与える。魔力を1回復する。
「なるほど、これならば行けるな! ――しとめてくるぞ、コタロー!」
ナトレイアがワイバーンから飛び降りると同時に、『精霊の一撃』を発動する。
高空からの落下だけど、問題無い。
なにせ、今のナトレイアは素の2/4に攻撃・HPが3点ずつ強化されて5/7。
その攻撃力が倍加されて、総ステータスは実に――
10/7の『貫通』持ち。
「覚悟せよ、森の主よ! これぞ、竜殺しの刃なりッ!」
落下の勢いそのままに、森林を断ち割るような上空からの強烈な一撃が、アースドラゴンを真っ二つに切り裂いた。
大地を裂いて木々を巻き上げるような破壊を受け、森の主はこちらを威嚇していたその姿のまま絶命する。
二つに分かれて倒れる巨体が森を揺らし、そして俺の手元にはカードが現れる。
『深き森のアースドラゴン』
6:9/9
『肉壁3』・このアバターへのダメージは、それぞれ3点軽減される。
『甲殻3』・3点以下の攻撃を無効化する。
おっと、フレアドラゴンと同じコストなのか。
これは行幸だ。もう一つ階位が上がれば、どっちも喚べるようになるな。
良いカードを手に入れた。
アースドラゴンの死体の上で、こちらを見上げて笑顔で手を振るナトレイアを拾い上げ、俺たちの乗ったワイバーンは里の広場へと帰り着いた。
******
「というわけで、倒してきたぞ、姉上!」
「『倒してきたぞ』じゃないわぁぁ――ッ!!」
朗らかに凱旋したナトレイアの襟元を掴み上げるイスカイアさん。
過激な姉妹のスキンシップだなぁ。
「なに!? 何なの!? あのバケモノを『倒してきたぞ』で済ませられるとか、あんたエルフ辞めたんじゃないのッ!? いくら何でも強くなりすぎでしょ!?」
「い、いや……私ではなく、コタローがだな……姉上、苦し……ッ!」
イスカイアさんの手を叩いてギブアップの意思表示を示すナトレイア。
まぁ、姉妹の仲に口は出すまい。
「……大丈夫ですか、所長?」
「いやー……気持ち悪いー……フレアドラゴンを喚んだとき以来だよ……『カード』の回復効果で、魔力は切れてないはずなのにぃ……」
ぐったりして歩けなくなってる所長を介抱する方が先だ。
やっぱり副作用があったか。
所長も予想してたけど、やっぱり俺の階位以上のコストのカードを使うと、使った人間に強烈な負担がかかるようだ。王都でドラゴン喚んだときもそうだったもんな。
たぶん、俺という安全装置の限界以上の力を使ってるからだと思う。
早いとこ、階位を上げなきゃいけないな。
ちなみに、アースドラゴンを倒しても階位は上がらなかった。
手応えはかなりあったんだけどな。今回は俺自身に、何も命の危険が無かったからだろうな。
経験値は足りても経験が足りないと言うか。
何かのきっかけで、また上がってくれるといいけど。
「あの……伯爵? あの森の主は、どうすればいいのかしら……?」
グリザリアさんが、まだ半ば信じられないと言った表情で語りかけてくる。
エルフの里の住民も、みんな、あまりの出来事に言葉も無い。
どうするかな。
あのステータスだからな、素材とかはかなりの値がつくと思うけど。
「――エルフの里に寄付しますよ。王都で素材を売って、食糧とか買う資金にでもしてください。これから世話になるお礼と、今までナトレイアに世話になった感謝のしるしってことで」
「まぁまぁまぁ……嬉しいわ、これは、張り切って伯爵のお世話をしないといけないわね」
おっとりと微笑むグリザリアさん。
そう言えば、これでグリザリアさんも里を離れて王都に来れるのか。
「まぁ、一度うちの屋敷に遊びに来てください。歓迎しますよ」
俺としては新しいカードも手に入ったことだし、素材まではいいや。
ドラゴンの肉は美味しいらしいので、ちょっと食べさせてくれると嬉しいけど。
それよりも、うちの屋敷の使用人の件、よろしくお願いします。




