長老たちは知る
「……それで、ナトレイア。こちらのエルフはどの里の方? あんた、恋人作ったの?」
「あらあら。強そうな方ねぇ。立派な弓も持ってらっしゃるし」
エルフの族長補佐、ナトレイアの姉のイスカイアさんは妹に妬ましげな視線を向けた。
慌てたのはナトレイアだ。
飲んでいたお茶を噴き出し、姉の疑惑を否定する。
「ち、違う! グラナダイン殿は、我が里の祖先だ! ……と言っても、信じてもらうのが難しいかも知れないが――」
……祖先? と、イスカイアさんたちの目がパチクリ瞬く。
「――我が身は、主に召喚された、幾千の昔にこの世を没した者だ。名をグラナダイン。かつてこのエルフの里で生まれ、己が道を歩むために人の世に出た弓士だ。今代のエルフの民よ、よろしく頼む」
グラナダインが名乗りを上げると、しばしの沈黙があった。
ナトレイアよりずっと上の世代の人たちでも知ってるかどうか、って話だったもんな。
結局イスカイアさんと族長のグリザリアさんは、自分たちだけではどう反応するべきかわからなかったらしい。
昔話を聞くために、里の長老たちの家へと赴こうということになった。
******
族長宅の数軒先に、その家はあった。
有事の際に相談に行けるよう、族長の家の近くに居を構えているのだという。
家の主人の名はトルケルさんとエルナルさんのご夫妻。
オーゼンさんを思い出すナイスシルバーと言えるご主人のトルケルさんと、穏やかな老婦人と言ったエルナルさん。
絵になる老夫妻といった感じで、美形揃いのエルフの種族的特性を思わせる見た目だけど。
なんと、このご夫妻、二人とも九百歳を超えるのだとか。
王国の歴史にも負けないほどの長寿を誇る、歴史の生き証人なのだった。
「これはこれは、このようなジジババの家に、どのようなご用件ですかな?」
「トルケル長老、久方ぶりだ、ナトレイアだ。ご壮健そうで何より」
「あらまぁ、ナトレイア。大きくなったわねぇ。隣の方は、お婿さん? 二人で里で暮らすのかしら?」
微笑ましく笑うエルナルさんに、ナトレイアが苦笑しながら手を振る。
「いや、そうでなくてな。――ほら、私が子どもの頃に話してくれたろう。かつて、我が里に伝わっていたという『流星弓』の話を」
「おお、おお。そんな話もあったなぁ。わざわざ、このジジの話を聞きに帰ってきたのかい?」
「その『流星弓』を見つけたのだ。アシュリー、こっちへ。――ほら、この弓がそうだ、トルケル長老」
歩み出たアシュリーの見せる弓に、トルケルさんはおかしそうに笑い声を上げた。
「バカを言っちゃいけないよ、ナトレイア。あの弓は、ジジが生まれる前にとっくに壊れて森に還されたそうだよ。四千、あるいは五千年も昔の弓聖が使った愛弓とされたものだ。今の世に残るわけがない。……ジジの、さらにじいさまから子どもの頃に聞いた話だよ」
「そうか。オリジナルは、天命を全うして森に還されたか。どこの地で朽ちたとも知れぬ我が身に比べれば、よほど手厚く弔われたのだな」
しみじみと語るグラナダインに、トルケル長老が不可思議そうな顔をする。
ナトレイアが、俺を振り返りながら説明した。
「トルケル長老。このコタローは、少し特殊な召喚術士でな。遠い昔に存在したものをも、召喚することができる。――その流星弓こそは、確かに過去に我が里に伝わっていたものと同一の、伝説に語られた弓なのだよ」
その話を聞いて、トルケル長老は奥さんのエルナルさんと笑い合おうとした。
だが、ナトレイアがいつまでも冗談だと告げないので、怪訝そうに俺たちの後ろのグリザリア族長に視線を向ける。
戸惑う老夫妻に、俺は言った。
「ナトレイアの言ってることは本当です。その流星弓ですけど、銘があります。――『流星弓、グラナート』。それが、流星弓の本当の名ですよね?」
その銘を耳にし、トルケルさんの目が驚きに見開かれる。
たぶん、銘を教えられてはいてもナトレイアには語っていなかったんだろう。
俺は、グラナダインを示し、二人に紹介した。
「そして、こちらが流星弓の本来の持ち主です。生身ではありません。俺の召喚している過去のエルフの英雄、数千年の昔に、エルフとしての生涯をただ弓だけに生き続けた弓聖――」
「そんな……そんな、ことが……」
「……御仁。名を、名を教えてくだされ。あなた様の名は、何と申されるのですか?」
感銘に震える長老夫妻に、グラナダインは微笑みながら名を告げた。
「……グラナダイン、と申す。我が、遠い子孫たちよ」
「ああ……お祖父様たちの話は、本当だったの……?」
「おお……おおおお……」
トルケル長老たち夫妻の頬を、涙がとめどなく伝う。
失われた伝説を目の前にして、祖先に感謝を捧げくずおれる夫妻の背を、グラナダインが歩み寄って優しく撫でていた。
「我らが父祖よ、この巡り会いに感謝いたします。これで……これで、我が祖先たる英傑の名を、子どもたちに語り継ぐことができる……!」
エルフ族にとって、先祖の存在は本当に大切なものなんだろう。
あるいは国家よりも寿命の長い長命な種族だからこそ、過去に生きた先達を大切にする、ということか。
振り返ると、グリザリアさんとイスカイアさんも、グラナダインに向かってひざまずいていた。
「……どうする、グラナダイン? これで、お前は『伝説』としての目的を果たしたわけだけど……」
「そうだな。心から感謝する、主。――心配されているようだが、消えはしないよ。一度仕えると決めているからな。これからも、主の力にならせてもらう。エルフ族の誇りにかけて、恩は返さねば、な」
そう言ってグラナダインは心から嬉しそうに、俺に笑いかける。
良かった。目的は果たしても、カードのまま残ってくれるのか。
やがて、落ち着いたトルケルさんたち長老夫妻やグリザリアさんたちを立たせると、ナトレイアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「その……すまぬ、トルケル長老。見つけはしたのだが、この『流星弓』は、里には返せぬのだ」
「そうなのかい? それは残念だけど……それは、どうして?」
「我が身も流星弓も、主に召喚された存在で、生まれ落ちている現物では無いからだ。主が自身の目的を果たすために召喚しているもので、もし主が息絶えれば、我が身も流星弓もともに消え去るだろう。主の生む、ひとときの幻のようなものだ」
グラナダインの説明に、トルケルさんやグリザリアさんたちエルフ組がしょんぼりする。
せっかく里の宝がまた見つかったのに、里に継げないんじゃなぁ。
後ろについてきていた所長が、ふむ、と一計浮かんだように口を挟んだ。
「流星弓の『カード』を飾っておくのはどうかな? わたしが見えるように同調させれば、エルフ族なら自力で見えるように他者に習得させるのも難しくないと思うが」
「いや、それは意味が無いだろう」
それを遮ったのは、グラナダインだった。
「――我ら『名称』持ちのカードは、自らの主人を選ぶ。流星弓に意志はないが、おそらく主以外は、召喚も、カードにすること自体もできないはずだ」
へぇ。そんなルールが。確かに、試したこと無かったな。
アシュリーの流星弓を一度カードに戻し、オリジナルリストから流星弓のカードを出して、所長に渡す。
所長が挑戦してみるも、召喚はできなかった。
手元のカードを見ながら首をかしげる所長。
ついでに、もう一枚流星弓のカードを出そうとしてみたけど、これもできなかった。
召喚できない、と言うより、『名称』持ちは一度に一枚しかカード化されないらしい。
つまり流星弓も創国の王剣も、俺が召喚して渡さないとダメらしい。
俺にしか『名称』持ちのカードは扱えないってことだな。
俺がカードに戻したことで、エルフ組のみんなも流星弓が現物では無いと理解できたのか、それ以上は言ってこなくなった。
「な、ならばせめて、しばらく我が里にご滞在を! 己が父祖をもてなさぬなど、エルフの教えにあるまじきことです!」
そう食いついてきたのは、イスカイアさんだった。
あちゃ、やっぱそうなるか。
「……うーん。しばらくは動きも無さそうだし、何ならグラナダインだけ、しばらくこの里で過ごすか? 王都は人が多すぎるってボヤいてたろ」
「我が身は古いエルフだからな。普通人種の街は苦手なのだが……弟子に弓も教えているし、主のそばにいよう。主の力になりたい、と是非にせがまれているのでな」
そういや稽古つけてもらってたな。
とアシュリーを振り返ると、彼女は頬を赤く染めて、ぷいっと顔を背けた。
どうやら、動機は秘密にしたかったらしい。
「……まぁ。それでも、我が身の昔話などで良ければ語っていこう。代わりに、子孫たちの今代の暮らしぶりなども教えて欲しい」
「おお、それは嬉しいですな。ささ、こちらへどうぞ。ごゆっくり、ご自分の家だと思ってくつろがれてください」
誘われるままに、長老夫妻に連れられていくグラナダイン。
俺たちはどうしようかな? と思ったところで、ナトレイアが俺を引き留めた。
「昔話は長老たちに任せて、私たちは広場に行こう、コタロー。――母上、姉上。ここに来る途中に狩ってきた獲物があるので、里の皆に差し入れるよ」
「あらあら、まぁ。ありがとうね、ナトレイア。今日は宴かしら?」
喜ぶグリザリアさんの姿に、とりあえずそうするか、とアシュリーとうなずき合う。
グラナダインは長老たちとゆっくり話しててくれ。
断絶した数千年を埋める、先祖と子孫の時間だ。俺たちの出る幕じゃ無いな。
******
「なんっじゃこりゃあッ!」
エルフの里の広場に、イスカイアさんの絶叫が響き渡る。
広場の一角を占めるかという巨大熊、ベルセルクグリズリーの息絶えた姿に、里の住民たちの視線が集まっていた。
「ななな、ナトレイア! あんた、この巨大熊しとめたの!? あんたが!?」
「いや、姉上。しとめたのはコタローたちだ。かなり強力な魔術を同時に使って、当たり前のように一瞬で倒していたぞ」
ナトレイアの説明に、イスカイアさんの俺を見る目がちょっと変わる。
ほへー、と驚いたような呆れたような、そんな顔でこっちを見ていた。
「強かったのねー、伯爵。でもそっか、王都のでっかい竜巻を倒したんだもんね。このぐらいは、何てことないのかー」
俺が強いというか、カードが強いというか。
出会い頭にコイツはヤバいと思って、同じことを思った所長と一緒に、合計八点の貫通火力を叩き込んだからな。
完全にやりすぎだった。
毛皮ごと土手っ腹をブチ抜かれた巨大熊は、もはやみんなの美味しい夕食として、畏怖より先にエルフたちの好機と食欲の視線にさらされている。
どんな味がすんのかなー。
「……てっきり、人里の土産でも持ってくるのかと思ったら、とんでもないの狩ってきたわねー」
「すまん、姉上。わざわざ手土産などいらんかと思っていてな。まぁ、結果的に良いものが手に入ったから許してくれ」
仕事を頼むんだから、手土産くらい持っていこうか、とは言ったんだけどな。
そんなものいらんよ、と気軽に笑い飛ばしてたのは、族長の家が実家だった気安さか。
「あらあらぁ……王都のお土産も、楽しみだったのになぁ……」
ごめんなさい、グリザリアさん。今度は何か持ってきます。
「グリザリアさんも、王都に遊びに来てみたらどうですか? 職場の確認もして欲しいし、族長って言っても、一日も里を離れられないってわけじゃないんでしょ?」
何気なくそう尋ねてみると、グリザリアさんは困ったように頬に手を当てた。
「そうしたいんだけどねぇ……今は、ちょっと難しいかしら……」
はて。
何か立て込んでるのかな?
「あー、伯爵。戦士はちょっとは貸し出せるけど、母上は無理よ。――今、ちょっと森の主のご機嫌が悪くてね。母上じゃないと対処できなくて……」
「森の主? って、モンスターですか?」
俺がそう尋ねると、イスカイアさんは神妙な顔でうなだれる。
「そうなのよ……ここ五十年くらいは眠ってたんだけど、活動期に入っちゃって……近くのモンスターをエサとして気に入っちゃってね。まともに戦っても勝てるわけがないから困ってるのよ。なんてったって、アース――」
そのとき。
イスカイアさんの言葉を遮るように、里の住民の悲鳴が聞こえた。
「族長! まただ、『森の主』が近づいてきてる!!」
「わかったわ、すぐに行きます。みんな、防衛準備!」
おっとりしていたグリザリアさんが、急に真剣な表情で指示を出し始めた。
途端に、里の外の森から鳥型モンスターたちが鳴き声を上げながら一斉に飛び立つ。
おいおい、言ってるそばから主が襲ってくるのか!?
森の木々をなぎ倒す音が響き、やがてその姿が――
姿が――
かなりの広さがある里の中からでも、ハッキリと頭が見える。
これモンスターっていうか、
山じゃねーか!?




