エルフの里の族長
見張り番の二人に案内されてエルフの里に到着したのは、結構歩いた後だった。
木製の丸太を並べた防壁が立てられ、同じく木製の大きな門がそびえている。
周囲の森の巨木を生かした、森林砦のような外観だ。
ここがエルフの里か。
見張り番の二人が、門番として立っているエルフたちに声をかける。
「お前たち、珍しい客人だぞ。ナトレイアが帰ってきた!」
「ナトレイアさん! お帰りなさい、また里に住まわれるんですか?」
「久しぶりだな、お前たち。また人の街に行くよ。今は一応、雇われの身なのでな」
門番たちも顔見知りらしく、しばし談笑するナトレイア。
里に到着したなら護衛はもう良いかな? と、武装オーガやラッシングジャガーなんかをカードに戻す。
召喚術士というナトレイアの紹介で、門番たちはオーガが消えたことに納得していたようだった。
普通は門前で要件などを尋ねられるらしいけど、今回は帰郷とナトレイアが族長に用件を話すということで、そのまま素通りさせてもらう。
木の大門をくぐった先は、木造のログハウスが立ち並ぶ、牧歌的な村だった。
道の先には広場もあるし、周囲の防壁が離れて端が見えなくなっているので、村と言うには結構な広さなのかもしれない。
見張りの二人と別れると、ナトレイアが振り返り、俺たちに笑いかける。
「ようこそ、エルフの里へ。さっそくだが、このまま族長の家に向かうぞ」
「おう。実家とかには挨拶しなくて良いのか?」
俺が尋ねると、ナトレイアは小さく首を横に振った。
「心配ない、族長は私の母だ。だから実家に向かっているということだな」
その言葉に驚きを見せたのは、エルキュール所長だった。
「な、ナトレイアくん、エルフの里の族長の娘だったのかい? そんな素振りは……」
「次女だからな。族長は姉が継ぐし、私は独り立ちして人の街で身を立てていた。特に語る機会が無かっただけだ」
そうか、ナトレイアもなんだかんだでお嬢様だったのか。
ただのグリフォン好きの大食いエルフと思っていてすまん。
そのせいか、ナトレイアは里では顔が知られているようで、すれ違うエルフの住民たちに次々と声をかけられては挨拶を返している。
やがて連れられるままに里の中を歩いて行くと、奥まった場所に、大きな木造の屋敷が見えた。
ノックもせずに、その扉をナトレイアが勢いよく開ける。
「帰ったぞ、母上、姉上! 家にいるか!?」
「ナトレイア!? あんた、連絡もせずにいきなり!?」
「あらまぁ、お帰りなさい、ナトレイア」
細かい刺繍の入った民族衣装風の二人の女性エルフが、乱入したナトレイアに驚きの顔を見せる。
ナトレイアと歳の近そうな、怒ってるエルフさんはお姉さんかな?
てことは、すごくのんびりした、年上に見える色気たっぷりのこの巨乳エルフさんが、里の族長? 若いな。というか、族長ってもうちょっと威厳がある人じゃないの?
おっとりした三十代くらいの巨乳エルフさんが、ゆったりと歩み出る。
「お帰りなさい、ナトレイア。後ろの方々はお連れかしら? ――初めまして、エルフの里の今代の族長をしております、グリザリアと申します」
「あ、えーと! ナトレイアの姉の、イスカイアと言います! 母を手伝って、この里を取り仕切ってます!」
やっぱり母親なのか。美熟女と言うにも、ちょっと若いくらいに見えるな。
族長のグリザリアさんと、その補佐のお姉さんであるイスカイアさんに、一行の代表として俺と所長も歩み出て挨拶する。
「初めまして、マークフェル王国名誉伯爵位を拝します、コタロー・ナギハラと申します。ナトレイアさんには、自分が駆け出しの冒険者だった頃から何度も救われております」
「族長殿にはお目にかかれて光栄です。同じくマークフェル王国伯爵位、エルキュール・ロムレスと申します。このたびは、見聞を広めるために同行させていただいています」
貴族の名乗りをあげた俺たち二人に、姉のイスカイアさんの目つきが少し険しくなる。
「王国の貴族が、二人も何の用? 言っておくけど、この里は王家の保護下にあると宣言されているわ。里の者を拐かそうと思っても……って、あれ? じゃあなんで、ナトレイアと一緒に貴族が来るの? しかも族長の家にわざわざ?」
警戒しようとして、途中で妹の存在に疑問を持ったのか、イスカイアさんは混乱していた。
ナトレイアが苦笑し、早とちりするお姉さんとの間を取りなしてくれる。
「姉上、姉上。コタローは悪さをしに来たわけではないよ。――コタローも、かしこまらなくて良いぞ。たまに不埒な貴族が妾にしようとエルフ狩りに来ることがあるから、貴族の態度は良く思われんのだ」
あちゃ、礼儀正しくしようとして逆に失敗しちゃったか。
「すまん、そうとは知らず。……いや、最近伯爵になったばかりの、ただの冒険者です。今回は、ナトレイアの紹介でちょっと仕事のお誘いに来た感じでして」
申し訳なく思い、ぺこりと頭を下げる。
貴族が簡単に頭を下げたのが意外だったのか、イスカイアさんもグリザリアさんも、驚いたように目を丸めていた。
「とりあえず、皆を家の中に招きたいのだが。構わないだろうか、母上、姉上?」
フリーズする二人に、ナトレイアがそんな声をかけて正気に戻していた。
******
というわけで、族長宅の長いテーブルに、俺・アシュリー・所長・グラナダイン・アテルカが招待された。
ゴブリン騎士団は従者としてアテルカの後ろに控え、エミルは俺の肩に座っている。
お皿に水を出されたデルムッドが、床で嬉しそうにピチャピチャ喉を潤していた。
ホスト側としてグリザリアさん、イスカイアさん、ナトレイアが鎮座し、お話の開始。
「ああ……王都の方に遠く見えた、あの巨大な黒い竜巻。あれを退治したのが、ナトレイアとそこの伯爵サマたちだっての?」
「そうだな、姉上。……と言うか、その功績でコタローは伯爵になったわけだが」
一代限りの、名誉伯爵だけどね。
ナトレイアの説明を聞き、はぁー、と感嘆したようにイスカイアさんが息を吐く。
「うちの妹が、王国の英雄の一人に、ねぇ……聞いても、すぐには耳から頭に入っていかないわ。とんでもない冒険してきたのねぇ、あんた」
「あらあら。エルフから英雄が出るのは珍しくないわよ? 過去に何人かそういうエルフがいたからこそ、王家の保護が得られたわけだし」
族長のグリザリアさんが、おっとりと種族の功績を語る。
やっぱり長年鍛えてるだけあって、功を成した人もそれなりにいたんだなー。
ところでグリザリアさん、お茶を飲むたびに机の上で「ゆさっ」と揺れるその迫力の胸は、我々に対するエルフの魅了か何かなのでしょうか?
とか考えていると、隣の席のアシュリーに足を踏まれた。心を読むな。
「……で、うちの里から、使用人を引き抜きたいと?」
「そうです。俺が探していたら、ナトレイアが里のエルフさんを勧めてくれて」
俺の補足に、グリザリアさんはおっとりと天井を見ながら何かを考え込む。
ま、いいか。とでも聞こえてきそうな感じで、族長はあっさりうなずいてくれた。
「ナトレイアの紹介なら、信用はできるのだけど。……うちの里のエルフが、貴族の家でなんて働けるかしらー?」
「問題ないと思う。コタローの家は、新興貴族と言うにしても相当規律が緩い。日の半分は休憩があり、七日に二日は自由な休日を取っている。給金も普通の貴族家か、それより少し上らしい。……何より、館に居室を用意してくれている。衣食住の心配が無い」
「今の使用人は、私の領地からの者たちですからね。ナギハラ家の流儀に合わせて、気長に教えるように通達しますよ。……ただ、仕事は真面目にやってもらわねば困りますが」
現在の派遣元のエルキュール所長からの太鼓判に、グリザリアさんはにっこりと微笑んでうなずく。
「それは心配ありませんわぁ。エルフは元々、凝り性ですもの。娯楽が少なくて仕事に打ち込む者が多いの。失敗を大目に見て、しっかり教えてもらえるなら、誰よりも完璧にこなせるよう仕事を覚えますわ」
あ、これは仕事人間な種族っぽいな。
あかん。ブラックな職場にならないよう、こっちで調整しよう。
あと、これも伝えておかないと。
「――それと大事なことなのですけど、俺は王国の人間じゃないので、雇用期間は俺が自分の故郷に帰るまでになります。一生の仕事じゃなくて、技術を覚えるか小遣い稼ぎに人の街に出てくる、そんな軽い気持ちで受け取ってもらえると」
「大丈夫よぉ。元々、エルフの寿命は長いんだから、一生の仕事なんて元から人の街にはありませんもの。それよりも……故郷に帰る際には、雇用の終了の通達はしてもらえるんでしょうか?」
「それはもちろん。もし俺が不慮の事態で突然故郷に帰っても、王家の方やこちらのエルキュール伯爵に取り計らってもらえます。俺の年金という予算もあるので、退職金も問題無いでしょう」
確認のために所長の方を振り向くと、所長も太鼓判を押す態度で堂々とうなずいてくれた。
たぶん、もしものときはハイボルト国王が後ろ盾になってくれると思うけど。
「そっか。なら安心ね! ――で、伯爵としては何人くらい連れて行きたいの?」
「そうですね……可能なら、家の中の仕事で十五人、屋敷の警備で戦える人を十五人。その前後くらいの人数の方々に来てもらえれば、嬉しいです。そのくらいなら、俺の年金で給金が払えますんで」
ふんふん、とイスカイアさんが雇用条件や求人条件をメモに取っている。
人員の差配は、里の中の仕事や警備もあるし、イスカイアさんが管理してるのかな。
やがてイスカイアさんはグリザリアさんと二言三言話し合うと、俺たちに向き直った。
「良いわよ、伯爵。この条件で、人の街に行きたい住民を募集してみましょう。移動手段は、馬車か何か用意してくれるの? 徒歩で王都までだと、戦えない住民が道中で人さらいに遭いかねないわ」
「馬車が希望なら、伝手を当たって揃えてみます。……もし、空の旅が苦にならなければ、俺の召喚獣で往復して運ぶのが一番早いですけど」
そう提案してみると、イスカイアさんは召喚獣? と首をかしげた。
「空を飛べて、人を乗せられる召喚獣ぅ? って、何を喚べるの?」
「ワイバーンだ。私たちはそれに乗って帰ってきたぞ」
ナトレイアがそう言うと、グリザリアさんがぽんっ、と手を叩いた。
「ああ。さっき、ワイバーンが群れで空を飛んでたって里の子どもたちが話してた奴ね。……あら? それに乗ってたの? 四頭はいたって聞いてるけど」
「ああ、そうです。そっか、森の上だから里からでも見えてたのか。あれで良ければ、十体くらいは喚べて、住民を運べます。王都まで半日で着きますよ」
俺がそう答えると、イスカイアさんは目を見開いて口をパクパクさせていた。
「ちょ、ちょっ! あんなのを十頭も喚べるの!? 伯爵様、いったい何者!? あんなのけしかけられたら、里の戦士総出でもひとたまりも無いんだけど!?」
「ふはは、姉上! コタローが喚べるのはそれだけでは無いぞ、私専用の大型のグリフォンも喚べるのだ! 王都の戦では、私もグリタローに騎乗して戦ったのだ!」
なぜか姉に向けて誇らしげに胸を張るナトレイア。
いや、グリフォンはお前専用じゃ無いけど。
……なんかもう、あのグリフォンはナトレイア専用でも良い気がしてきた。
ワイバーンもいるし。
「あー、えっと。――とりあえず、ワイバーンがいるんで、気軽にこの里と行き来はできます。何でしたら、里で足りない物資とかがあれば交易もできますよ? 派遣されてくる人たちが、給金でお土産を買って里帰りしても良いし」
「あらぁ、それは助かるわぁ。森の中だから、穀物なんかは不足気味なのよ。……そうなると、紹介料はその交易権ということになるかしら?」
ワイバーン交易の提案に、嬉しそうな顔をするグリザリアさん。
ああ、森の中だと広い麦畑とか難しいよね。
王都は各地方から食糧が集まるし、近くにモンスターの少ない穀倉地帯もある。
それでも高ければ、生産地までワイバーンで買い付けに行っても良いしな。
「うん、かなりいい話ね! 普通はここまで上手くいきすぎた話は疑うものなんだけど。――でかしたわ、ナトレイア! あんたの紹介じゃなかったら、もっとこじれてたところよ!」
喜ぶイスカイアさんに、ナトレイアは腕を組んで満足そうに笑う。
「ふふふ。まぁ、だてに私も人の街に長く住んではいないと言うことだ! ――だから姉上、私は人の街で暮らすので、次期族長の座は姉上がよろしく頼む」
「ざっけんなぁ! あたしだって、人の街で美味しいもの食べたり気楽に綺麗な服着て男と街歩いたりしたいのよ! ナトレイア、里に戻ってきてあんたが族長になれッ!」
「あらあら……里の暮らしも、悪くは無いのよー?」
大騒ぎになるナトレイア一家。
ていうかイスカイアさん、次期族長の座は押しつけられてたんですね。
姉って大変だなぁ。
「ま、まぁまぁ……皆さんも、その気になれば王都まで半日で行けますから。滞在先はうちの屋敷で全然構わないんで、好きに遊びに来てください」
俺がそう言うと、イスカイアさんだけでなくグリザリアさんの目までがギラッと光った。
お、おおう。
……早まったかな?




