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伯爵家の朝



「旦那様、朝でございますよ」

「あ、はい。すみません課長、すぐに出勤します」


 目を覚まして、スマホを探そうとする。

 手を伸ばしても端に届かないベッドの広さに、思わず意識がハッキリする。


「うふふ。どなたですか、カチョウって?」


 優しく笑ってくれる使用人の女の子。

 そうだ、ここは異世界。でもこれはまた、本当の意味で地球とは別世界の体験だ。

 こんな体験、一般市民じゃ絶対に経験しない。


 ――美少女メイドさんに起こされる朝。


 そっか。俺、伯爵になったんだっけ。



******



「おはよう」


「おはよ、コタロー」

「おはよう、よく眠れたか?」


 顔を洗って食堂に行くと、アシュリーとナトレイアがすでに座っていた。

 二人は朝の訓練をしていたらしく、通常の服装に着替えている。


 俺も貴族服じゃないけど、平服に着替えている。

 メイドさんが着替えまで手伝ってくれそうだったので、慌てて自分で着替えた。

 どう見ても中学生くらいの女の子の前で、下着姿になんてなれるか。


「おはようございます、旦那様。今朝のメニューは、キノコと挽き肉のガレット、クロスブルの骨を煮込んでかき卵を落とした刻み野菜のスープ、となっております」


「ありがとう。……さすがと言うか何というか、豪勢だなぁ。しゃれてるというか」


 綺麗な皿に、具だくさんの四角いガレットが乗り、スープが添えられている。

 ガレットってのは、本来はソバ粉で作ったクレープみたいなものを指すんだけど、ここでは単純に堅焼きのクレープを指すみたいだな。

 きつね色のパリッとした生地に、ソテーされたキノコと挽き肉が美味しそうだ。


「クルスブルのスープは、旦那様の仰ったとおりに香味野菜と骨を交互に敷き詰めて一度オーブンで焼き上げた後、水を張って再度加熱してスープを取りました。深い味わいに、料理人も調理法を教えていただけたことを感謝しております」


 あ、あの方法試したのか。

 確か昔の料理マンガの初期の巻で見た奴だけど。

 本来はソースのベースにするんだろうけど、スープにして美味しかったならいいや。


「あれは何度かスープが取れるはずだから、ダシガラもすぐには捨てないでね。……美味しそうだな。いただきます」


 手を合わせて、ナイフとフォークを手に取る。

 アシュリーとナトレイアも待っていてくれたらしく、料理に手を付け始めた。


 うん、美味しいね。さすが本職の料理人、日本のお店の味にも引けを取らない。


「うん、美味しいわね。久しぶりに実家を思い出すわ、良い腕してる料理人ね」

「うむ。しかし、動いた後だと少し量が物足りないな。お代わりをもらえるか?」


 二人とも満足なようだ。ナトレイアにいたっては、お代わりを受け取っている。


 スープも牛骨のダシで美味いね。日本で一度食べた牛骨ラーメンは獣臭さが強くて、ニンニクを大量に追加しないと食えなかったけど、このスープは臭みも全然無い。


 初めて聞いたフォン・ド・ボーをこんなに美味く作れるんなら、オークの骨なんかで豚骨スープも作ってもらえるかもしれないな。

 醤油がないから醤油豚骨は無理だろうけど、長浜系の豚骨ラーメンは期待しちゃおう。


 と、食事を楽しんでいると、マクスさんが遠慮しながら尋ねてくる。


「その、旦那様……よろしいのですか? 我々使用人の食事にも、同じメニューを出すように、との仰せでございますが……」


「良いよ? 牛骨や肉なんかのモンスター素材はギルドで安く手に入るし、今日のメニューで単価が高いのは卵くらいだけど、かき玉スープにすると個数要らないしね。――普段、自分たちがどういう食事を提供してるか、知ることも仕事に必要でしょ?」


 まぁ、仕事に必要、というのは方便で単に美味しいものは皆で食べたいだけだけど。

 消費量が多い肉も狩りに行くことが多いので、食費は抑えられるしね。

 報奨金や年金で足りなきゃ辺境領にでも行って、ワイバーンとか狩って換金してくるよ。


「ご配慮、痛み入ります。それでは、仰せのままに」


 嬉しそうに微笑みながら一歩下がるマクスさん。

 むしろ、こんな美味しい料理をほぼ毎日作ってもらえるだけでありがたいです。

 無理せず休日もちゃんと摂ってね?


「美味しいですわぁ。この時代では、このような食事が食べられるんですのね」

『このスープ美味しいーっ、エミルちゃんもお代わりっ!』

「ふむ……料理とは、進歩するものなのだな。美味い……」


 広いテーブルに着いているのは、俺たち三人だけじゃない。

 アテルカやエミル、グラナダインもいる。

 それぞれ料理を楽しみ、エミルは特製の小さなスープ皿を差し出していた。


 トルトゥーラが呼べないのは残念だけど、あいつ喚ぶと俺自身が瀕死になるからな。

 グラナダインの話だと、トルトゥーラも食事などには興味が無いらしいので、何か活躍する場面があったら喚んでくれとのことらしい。

 ごめんよ、せめてゆっくり休んでてくれ。


「まぁ、マクスさんには陛下が事情を話してあるから、話題に出しちゃうんだけど。しばらくは何もなく、こんな感じで生活することになると思う。みんな慣れてくれると嬉しい」


 まず俺自身が慣れろ、という話ではあるが。


「ふむ。アシュリーのことは、まだ噂になっていないのだな」


「あたし、割と身構えてたんだけど。肩透かしだわ」


 うーん。そう言われてもな。

 よく考えてみて欲しい。


「アシュリーが、例の犯人は帝国だって推測した件なんだけどさ。――俺たちが、封印した本人が聖女アスラーニティだ、って『知ってる』ってのは、実際にはエミルから聞いた言わば『裏情報』なんだよな」


「……どういうことだ、コタロー?」


「あー、そっかそっか。帝国側は、国母アスラーニティの名前がこの事件に関係してるとあたしたちが知ってることを『知らない』のね。手段がバレてないと思ってるんだわ」


 眉根を寄せるナトレイアに、アシュリーが正解を答える。


「そう。だから、実際にはハイボルト国王陛下が帝国に『手段』のことを追求するまで、帝国側は勘違いしたままだと思って良い。アシュリーのことが噂になって槍玉に挙げられるのは、たぶんそれからだな」


 千年前の事実を知ってる存在がヒントになる情報を伝えたとか、帝国側にしてみりゃ意外を通り越して反則だろう。

 なので、国外の個人のやり取りを把握してるとも思えないので、こちらではすでにアスラーニティの名が重要な要素になってると、帝国側は気づいてないと思う。


 まぁ、聖女の仲間の、魔術剣士エルケンストの直系である王家に当時の伝承が正確に伝わってる可能性もある。

 事実はどうあれ、帝国がそうと認識してる場合はわからないけどな。


「……付け加えて、もっと単純な可能性も一つある」


「単純って、何よ?」


「アシュリーのことに気づいてない、正体に気づかれなかったって可能性」


 国外の式典に、突然現れた英雄はともかく、その従者に別の国から気づけるか。

 あまり必要以上に目立たなくしてもらったわけだし、間諜か貴族か、帝国の縁者の目に留まらなかった可能性も十二分にある。


「あんたね……それを言ったら、根本的に策が成り立たなくなるんじゃ……」


「――それでも噂が立ったら、まず『帝国』が首謀者だ。そういうこったよ」


 脅威を討伐した英雄の一人が、実は脅威の仕掛け人だった、と。

 そんな無茶なストーリーが語られるようなら、それだけ噂を流した相手が切羽詰まってるってことだ。

 そのときは、もはや容疑は確定と見て良い。それだけのこった。


「……結局は、陛下の追求待ちか、コタロー?」


「そうだな。それまでは休暇だ、とりあえずゆっくりしておこう。――所長からの借り物じゃない、自前の使用人も探さなきゃならないし」


 いつまでも、エルキュール所長の領地の人たちに出張し続けてもらうわけにもいかないしなぁ。

 ただでさえ、この屋敷が広すぎて人手が足りてないんだから、従業員探しは急務だ。


「使用人の件なのだが、コタロー。――エルフに興味は無いか?」


 ふと、ナトレイアがそんなことを言った。


「エルフ? そりゃ興味はあるけど。なんで?」


「いや、我が里も若者が都会に出て行きたがっていたのだが、普通の街だとエルフの働き場所が少なくてな。この屋敷くらい規律が緩いならば、田舎者が街暮らしを学ぶにはちょうど良いだろうし、我が里の者を推薦したいのだ」


 エルフの里か。

 美形揃いってことだし、働き場所なんていくらでも……ああ、だまされるのね。

 人さらいとか悪徳貴族とか、その容姿を狙う奴はいくらでもいそうだ。

 そういうのがいない、信頼できて、それでいて初心者にも厳しくない働き場所、と。


 良いんじゃないか?


「そりゃ構わないけど……ちょっと怖いところもあるな」


「怖い、のか? エルフが普通人を怖がるのは、誘拐などが原因でよくあるが。逆ではないか?」


「いや、エルフって――森の小枝を踏み折っちゃったら、贖い(あがない)として骨を折り返してくるんだろ?」


「どこのモンスターだ」


 違ったのか。

 俺のやってたカードゲームのエルフは、そういうバイオレンスな種族だったんだけど。

 後、パンダや竹馬に乗って竹林の隙間から狙撃してくる、竹をバリバリかみ砕いて主食にしてる和風エルフとか。


「それは冗談だけど。エルフを雇用するのは良いよ。給金もちゃんと払うし、寝泊まりもこの屋敷で全然問題ない。――俺たちが帝国に行っちゃうと屋敷の警備がガラ空きになるから、実力のある人も紹介してくれると助かるな」


「大丈夫だ。エルフは寿命が長い割に、娯楽が少ないからな。武芸を伸ばしている者もかなりいる。エルフの里が攻められていないのは、単にエルフの戦士が強いからだな。期待して良いぞ」


 そう言えば、辺境のトリクスの街で、ジョアンさんかデルバーさんが言ってたな。

 寿命が長いから、その分長く修行してて強いって。


 この屋敷が気に入ってもらえたら、俺が日本に帰るまでの間、雇用させてもらおう。


「良いな。ただ、面接はするよ。――どうする? ナトレイアが里に戻って候補者を連れてくるか、俺たちが出向くか」


 その答えは予想していたのか、ナトレイアは即答した。


「我々が里に行こう。……里の周りにも、強いモンスターが出る。手札を増やすのにも良いのではないか?」


 それは良いね。王国内のよく出るモンスターはだいたいカード化しちゃったしな。

 階位も上がったし、新しいアバターは欲しいと思ってたんだ。


「エルフの里って、普通人はほとんどは入れないのよね。あたしたち人間が行って大丈夫かってことだけど、ナトレイアが一緒なら大丈夫かしら?」


「そうだな。もし襲われても、我々なら問題ないだろう」


 さらりと物騒なこと言うんじゃないよ。

 やっぱ立ち入ったら骨折られるバイオレンス種族じゃねーか。


「……この身もエルフだからな。エルフが二人一緒ならば、問題は少ないのではないか? この身も、今代のエルフの生活には興味がある」


 と言うのは、古代エルフの英雄グラナダイン。

 そうだな、二人が一緒なら警戒も解けるかもだな。

 ……引き留められて、帰れなくなる可能性もあるが。



 よし。じゃあ、落ち着いたら、ナトレイアの故郷の里に行ってみるか。









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