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異世界邸宅へようこそ



 なんやかんやあって伯爵になってしまった。

 そうなると、いくつか身の回りにも必要なものが出てくるわけで。


 その一つが、家――伯爵位にふさわしい邸宅だった。


「なんっだこりゃ……」


「へぇ。これはまた、伯爵にしては見事な邸宅ね」


「おお……このような屋敷を下賜される武功を上げたのだな、我らは」


 驚愕する俺の横で、平静なアシュリーとのんきに喜ぶナトレイア。

 なぜ驚愕してるかって?


 デカいし、だだっ広いんだよ。

 俺には不釣り合いなくらいに。


 白磁の邸宅とでも言うべきか、白を基調にした、辺境伯邸にも見劣りしない見事な建物が、広大な敷地の整備された庭の中に鎮座している。


 質素ではない、豪奢(ごうしゃ)でもない、しかして華美。

 そんな、高級住宅を通り越して「どこの文化建造物だ」と言いたくなる見事な屋敷に、俺たちは案内された。


 この屋敷が俺のもので、俺たちはこれから、ここに住むんですか……


「国王陛下からの贈り物だよ。遠慮無く受け取ってくれたまえ、コタロー殿」


 話し合いの結果で俺の呼び方を変えた、エルキュール所長が誇らしげに勧める。


「所長。これって、前の持ち主はやっぱり、この前の『粛正』で……?」

「うん。没落したから、もう伯爵でも貴族でもないし、とっくに王都にもいないね」


 ああ、生きてはいるのね。良かった、処刑された人の邸宅とかでなくて。

 完全に事故物件だろ、そんなの。


 でも、その貴族が国内に残ってられたのかどうかもわかんないわけだしな。

 やっぱ怖ぇな、貴族社会は。俺も不穏なことは控えよう。


「とりあえず、わたしの領地から邸宅管理に長けた使用人を複数呼んで清掃してあるから。すぐにでも中には入れるよ」


「重ね重ね済みません、エルキュール所長。……てか、所長って領地持ってたんですね」


「持ってるけど、研究の方が大事だから、代官を置いて任せっぱなしだねぇ。まぁ、そう広くもないし。祖父の代から仕えてくれてる執事や騎士たちと細々やってる感じだよ」


 執事たちは、二言目には早く世継ぎを作れ、婿を取れと口うるさくて……


 と、エルキュール所長の愚痴が始まってしまったので、地雷を踏まないようにあさっての方を向かせてもらった。


 いや、改めて見ると、所長もスタイルが良くて、すらりと長い脚が白衣の間から覗く長髪の知的美人なんだけど。

 細いタバコとかふかしてるの似合いそうだよな。


 もったいないことに、研究の方が大事なんだろうなぁ。そのうち養子でも取って世継ぎは間に合わせそうな気がする。

 叙勲式も、男装の麗人姿だったしな。


『マスター、マスター、お花畑つくろーよ! エミルちゃんに似合う奴っ!』


「まぁまぁまぁ……ご主人様は、立派なお屋敷に住まわれるのですね。お前たち、粗相をしてはなりませんよ?」


「グギャギャ」

「ワフッ」


 騒いでいるのは、エミルやアテルカ、ゴブリンズやデルムッドたちのアバター組だ。

 宿と違って宿泊人数を気にする必要が無い以上、出しっぱなしでも問題ない。


 というか、なにぶんインスタント名誉伯爵だから、家臣がいないからね。

 屋敷の警備は、当面はデルムッドの『探知』とアテルカたちゴブリン騎士団に頼むしかない。

 アテルカについてくる騎士のゴブリンズは枠外召喚だから、召喚枠を圧迫しないのも嬉しい。


 男が俺一人になっちゃうので、後でグラナダインも喚ぼう。

 人でごった返した王都とか、あいつの一番苦手な環境なので喚ぶ機会が無かったけど、ここなら特定の人間しかいないから、なんとか慣れてくれるだろ。



「お帰りなさいませ、旦那様!」



 屋敷に一歩踏み入ると、使用人の人たちがずらりと勢揃いして深くお辞儀していた。

 お、おう……十二人もいる。

 いや、この規模の屋敷だと、これでも手が足りないのか?


 気圧されて言葉もない俺たちの前に、居並ぶ使用人の中から、執事姿の男性が歩み出る。

 長身の、整えられた口ヒゲのナイスミドルだ。

 ハリウッド男優みたいだな。


「伯爵閣下には、お仕えさせていただき光栄です。わたくしめは、当伯爵邸の執事を務めさせていただきます、マクス・コーンウェルと申します。非才の身ですが、忠節をもって微力を尽くさせていただきます」


「マクスだけは、国王陛下からの直接の派遣だよ。先代コーンウェル子爵の次男でね。王家の別邸の一つを管理していた、国王の信任厚い経験者だよ。ちなみに妻帯者だね」


 所長の紹介に、執事のマクスさんは片腕を胸に当てながら、深々とお辞儀する。


「国王陛下からは、譜代の重臣に仕えるように礼節と敬意をもって仕えよ、と仰せつかっております。この場を持ちまして、伯爵閣下に忠誠と誠実を誓わせていただきます」


「あ。はい……よろしくです」


 俺よりもよっぽど見事な貴族っぷりに、俺はタジタジになってしまう。

 国王陛下も、首輪と言うより、もてなす気満々で接客の精鋭を送り込んできたな。


 所長に横からヒジで脇をつつかれ、呆然としていた俺は我に返る。

 そうだな、俺も当主らしくしないと。


「ありがとう。その忠誠は受け取るよ。――知っての通り、俺は成り上がり者で野蛮人だ。屋敷の中を召喚獣が行き交ったり、従者を仲間だと思ってるから、みんなから見たら尊大な態度を取られているかもしれない。でも、俺の家は『そういうもの』なんだと慣れてくれ」


『みんな、よろしくねー!』


 俺の連れているアバターたちの姿に、使用人たちの表情がかすかに驚きに動くが、エミルやアテルカなどが挨拶すると、そのかわいらしさに警戒が解ける。


「……ご覧の通り、他の貴族家と違って雰囲気は『緩い』かもしれない。でも、俺はそれでいいと思う。そういう雰囲気が良い。仕事に誠実であってくれさえすれば、気楽にくつろいで行こう。過剰に苦労するより、労力を減らして余裕を持って、長く働いて欲しい」


「よろしいのですか、旦那様? 規律が保たれないかと存じますが」


 確認するようなマクスさんの言葉に、俺はうなずく。

 俺のそばで働いてもらうなら、ホワイトに行こう。

 主人や上司、同僚の顔色をうかがってキリキリ働くようなブラックな職場は、日本だけでたくさんだ。


「それで良い。俺たちも人間だし、あなたたちも人間だ。雇用する側とされる側の立場の違いがあるだけで、虐げられる理由はない。――色々と常識と違って苦労をかけるかもしれないけど、その点は先に謝っておく。ごめんな、慣れてくれ」


 その言葉に、マクスさんは顔を上げ、ニコリと渋い笑顔を見せてくれた。


「かしこまりました。旦那様は、変わったご主人であられる。――このマクス、旦那様の望まれる空気をこの邸宅に満たしてご覧に入れましょう。皆も、それでいいね?」


「はい!」


 使用人たちの声が重なる。

 どうやら、騎士爵上がりの暴力的な主人ではないと認めてもらえたようだ。

 良かった、良かった。


 じゃあ、とりあえず仕事をするか。


「――で、落ち着かないから『さん』付けで呼ぶけど。マクスさん。相談があるんだ」


「何でございましょう?」


「この屋敷、広すぎるよ。この人数で手入れするのに無理があってもいけない。……俺たち用、客人用、使用人のみんな用、使う範囲を先に決めておかないか?」


 俺がそう提案すると、マクスさんはきょとんと目を瞬かせた。


「それは……一部は、使用せず手入れをしない、ということですか?」


「そうだな。当面は知り合い以外の客人の宿泊は断るだろうし。――陛下から聞いてるかもしれないけど、ちょっと特殊な事情があるんで、誰も彼も来客を受け入れるわけにはいかないんだ。だから、使う範囲を広げるのは、もっと人手が増えてからで良いよ」


 それでいいよな、とアシュリーたちにも確認する。


「良いわよ。公爵邸でも、『開かずの客間』は一つや二つはあったしね。こんな、騎士団が丸ごと泊まれるような広さの屋敷、まともに毎日全部清掃してたら日が暮れるわよ」


「私も構わんぞ。一部屋あれば充分だしな。そもそも先日まで宿暮らしであったわけだし」


 良いよとうなずく二人に、エルキュール所長が苦笑しながら頬をかく。


「こらこら、わたしの領の有能な使用人を揃えてあるんだぞ。この程度の仕事なら、任せても構わないんだよ?」


「あー……派遣してくれたエルキュール所長の面目を潰すようで、何かすみません。でもですね。毎日休み無く働くよりは、日の半分を休憩に当てたり、たまには働かない休日を作るくらいで回したいんですよ。周りが働き続けてると、俺たちも忙しい気分になるし」


 俺がそう言うと、マクスさんや使用人たちは「良いのかな?」というように苦笑を滲ませた。もちろん、主人の前なのでできるだけ無表情に近くはあるけど。


「各人、マクスさんも含めて週休――七日に二日は自由な休日を作れるよう、割り振れるかな? それで、休憩しながらでも余裕で回せるような屋敷内の使用範囲を決めていこう。当面は、ゆったり余裕を持ってやるってことで」


「かしこまりました。すぐにでも、考えてみます。しかし、旦那様。料理人は一人しかおりませんが、いかがいたしますか?」


「魔導研究所に行く用事もあるだろうから、その日は外で食事を摂るよ。こっちでも探してみるから、それで休日を作ってもらえるかな。……個人の練習や料理研究の時間も必要でしょ? 厨房は各自自由に使って良いから、休日のまかないは当番制ってことで」


 俺たちもまかない料理でも文句なんか言わないよ? とついでに付け足す。

 この提案に、調理服を着た料理人らしき人が、隠しきれず喜びの表情を浮かべる。

 うんうん。研究して腕を上げてくれたら、俺たちも嬉しいです。


 さて、大まかに決まったところで、屋敷の使う範囲を見て回ろうかね。



******



「……寝室がマジで広いな」


 どこの高級ホテルだ、ってくらいに設備が揃っている。

 寝室なのに机と椅子があるのは何で? 落ち着かなくない?

 もちろん、これで別に書斎もあるってんだから、この屋敷広すぎだろ。


「で? どんな『カード』が増えたんだい、コタロー殿?」


 尋ねてくるのは、エルキュール伯爵。

 王都防衛戦で侯爵位に陞爵(しょうしゃく)する話もあったけど、研究予算の方を爆増してもらったらしい。

 この『カード』を使える人が増えたら、国力激増だからね。


 もちろん、寝室にいるからって、色っぽい話ではない。


「あたしたちは一応聞いたけどね」

「所長はまだだったか。何枚か持っておくのもいいかもな」


 アシュリーやナトレイア、他にもエミルやアテルカたちを呼んで秘密の話である。

 ていうか、所長に新カードの説明をするだけなんだけどね。


「新しく増えたカードは五枚だよ」


 その内容は以下だ。



『スペルキャンセル』

3:対象一つの、次に使われるか発動中の呪文一つを打ち消す。

 (効果は累積しない。対象は、魔力は消費する)


『光輝の大盾』

2:一分間、対象一つは『肉壁3』を得る。

 (対象に与えられるダメージは、それぞれ3点軽減される)


『リジェネレーション』

3:三分間、対象一つは『高速再生2』を得る。

 (対象一つは、時間経過とともにHPが2ずつ回復する。三十秒に2)


『パイロニックスピア』

5:対象一つに4点の炎の射撃を行う。この呪文は『貫通』を持つ。

 (防御や『甲殻』『肉壁』を無効化する)


『国土回復の大号令』

8:三十秒間、望む数の対象に+2/+2の修正とともに『飛行』を与える。



 というわけで、今回はアバターも装備品も無し。

 スペルだけの五枚構成だ。


「呪文を打ち消す……魔力だけ消費させて、効果を消すってことかい?」

「だろうな。効果は累積しない、って書いてあるから、何回かけても消せるのは一回だけだ。――でも、誰か他にも使える術士がいるかも」


 『スペルキャンセル』は魔術士相手には、かなり心強い呪文なのだけど。

 これと『リジェネレーション』、『パイロニックスピア』は横文字表記だ。


 『エクスプロージョン』と同じく、誰かこの世界で使ったことがあるか、今も使える人間がいるかもしれない。

 相手にしたときは要注意だ。

 魔術は弾かれるけど、アバター召喚は弾かれないのが救いかな。


 今言った『リジェネレーション』と、『光輝の大盾』は特殊能力付与系だ。

 能力的に戦闘時にしか役に立たないから、ナトレイアやアバターにかける保険かな。


 火力呪文の『パイロニックスピア』は、待望の4点火力。

 でも、『貫通』がついちゃってる分だけコストが重いのが難点だ。

 能力が創国の王剣(アルストロメリア)と多少被ってるけど、自衛を兼ねた遠距離必殺攻撃と考えれば、そう悪くもない。


 『国土回復の大号令』は、おなじみコスト多過ぎの雑カード。

 これも『エクスプロージョン』と同じ「望む数」を対象に取れるので、自軍がすべて超強化されて空から襲いかかれるのだけど。

 正直、『エクスプロージョン』で事足りるような気もする。


 コストもむやみに高いし、完全にやりすぎ(オーバーキル)な一枚だ。


 ちょっと使用機会が狭くてハズレ気味な感もありながら、サポート呪文が増えたのは嬉しい、そんな微妙なパックだった。


「所長にも一応『エクスプロ-ジョン』とドラゴンを一枚ずつ渡しておくよ。あと、何のカードが欲しい?」


「いやぁ……こんなものが使えると、完全に王国の最高戦力の一角になってしまうな。色々とムチャクチャすぎて、目移りしてしまうよ」


 嬉しそうにはしゃぐ所長。

 そうでしょうそうでしょう、新しいカードはワクワクしちゃうでしょう。

 渡せるほど信頼できる相手は限られてるけどね。



 カードショップ・コタローは、シングルカードを色々と取り揃えております。










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