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幸福のかたち



 研究所での密談の後、王国には改革と言えるほどの変化が起こった。


 千年前の伝説に語られた『災厄の大樹』の復活を、国王は「人災」と断じ、犯人の追及に努めることを国民に発表。

 同時に、『大樹』自体は討伐され、『魔の森』の脅威が消え去ったことも付け加えた。


 その発表を皮切りに、二十にも及ぶ中小の貴族家が取り潰された。

 ほとんどは男爵か子爵だったが、伯爵位も二人ほど含まれていた。


 罪状はそれぞれ個別だったが、すべてが貴族法反対派の面々であり、これが国王による、国家反逆に対する「粛正」であることは、貴族内では周知の事実だった。


 王都の街壁は修復され、人々の暮らしが元に戻り始めた頃、叙勲式の執行が発表される。

 王都を襲った脅威から、市民の命を守り、国の重鎮たる大貴族を脅かす『災厄』の根を絶ったことを賞する式だ。


 叙勲される名には、オーゼン前侯爵やエルキュール伯爵の名があったけれど。

 勲功第一等は、名も知られていない一介の騎士爵――


 俺の名が盛大に報じられた。


 俺たちは魔導研究所に隠れ潜んで、貴族たちの追求を避けながら、衣装やその他の準備をエルキュール所長に世話してもらっていた。


 そして、叙勲式の当日。



******



「コタロー・ナギハラ。ハイボルト・フェン・マークフェルの名において、『名誉伯爵』位を与える。……王国貴族の一員として、そなたは誠実で()れ。篤実(とくじつ)で在れ。堅強で在れ。勇敢で在れ。そして――その信念に、自由で在れ」


 王の宣旨(せんじ)の最後の一言に、玉座の間に居並ぶ貴族たちからどよめきが上がる。


 俺は片膝を突いて頭を下げたまま、王の持つ剣を肩に受ける。

 両肩に剣が触れ、手渡されるその剣を恭しく受け取る。


「ご下命、謹んで承ります」


 昼の光射す荘厳な玉座の間で、俺は伯爵位を受け取った。


 どこから来たのかもわからない異邦人。ただの騎士爵。

 それが、一代限りとは言え伯爵に叙爵された上、王からは「忠節であれ」とは言われず、「信念に自由であれ」と、自由を保障された。


 いわば、異例を通り越した異変である。

 古参の王国貴族からしてみれば、何者かと疑われるが必然だろう。

 もちろん、嫉妬も含めて。


 いかに驚異的な怪物を討伐したとは言え、俺が倒すその瞬間を目にしている貴族はいない。エルキュール所長以外、全員が貴族街区に引きこもっていたからな。


 その疑念は俺だけじゃなく、叙爵した王にも向けられるが――

 国王陛下は、至極当然と言った様子でその覇気を隠そうともせず疑念を受け止めていた。

 これは、必然なのだと。そう態度で語るかのように。




「――おぅ、名誉伯爵! 注目の的だったのぅ!」


 叙勲式の終わった後の王宮で、声をかけてきたのはオーゼンさんだ。


「オーゼンさん。勲章おめでとうございます」


「はっはっは、これもお主が背を押してくれたからよ! 引退後の勲功なので爵位では無いがの。街の民を救った証だと言われれば、お飾りだった将軍位よりもよほど実感がわいて嬉しいわい!」


 街の老人たちが立ち上がってくれたのは、お飾りじゃなかった証だと思うけどな。

 民衆を引き連れて安全なところへ先んじて導く姿は、本当に「将軍」だったよ。


「――父上。この方ですか?」


「……? オーゼンさん、こちらは?」


 オーゼンさんの背後から、貴族服の壮年の男が顔を出す。

 実直そうな厳めしいシワが眉間に刻まれた、毅然とした男性だ。

 怒っている様子はなく、きっと普段からこんな顔なんだろう。


 オーゼンさんが、不服そうに教えてくれる。


「……息子じゃ」


「父上がとても世話になったらしいね、ナギハラ伯爵。その恩義に、こちらから名乗らせてもらおう。私はドライクル・フェン・デズモント。デズモント侯爵家の現当主だ」


 オーゼンさんの息子、現デズモント侯爵――

 つまり、


「……フローラさんの、父親ですか」


「私には、フローラという娘はいない」


 ドライクル侯爵は、きっぱりと言い放った。

 隣のオーゼンさんの機嫌が、ますます傾いていく。


 自分の失敗を、認めたくないんだろうな。

 そう思っていると、ドライクル侯爵は意外な言葉を続けた。


「ナギハラ伯爵、きみにもお願いしておこう。フローラには迂闊に関わらないでくれ。――あれは、貴族の世界に立ち入らせたくない」


 その言葉に、オーゼンさんも驚いたような顔をしている。


「父上もです。貴方が関わって、フローラがデズモントの血族だと知られたら、どんな輩が近づいてくるかわからないでしょう。孤児院の支援は他の手段でもできます。あまり、入りびたらないでください」


「……ドライクル侯爵。あなたは、フローラさんのことを認めたくないのでは?」


 俺がそう尋ねると、ドライクル侯爵は苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「この国は豊かだ。王都ならば、平民が餓えることは少ない。教会のシスターならなおさらな。……ならば、平民には平民の幸せがあるのだよ」


「ドライクル。お主……?」


 戸惑うオーゼンさんに、ドライクル侯爵は気まずそうにこぼした。


「……私の意図が通じていないようなので、この際だから言ってしまいますがね。父上。私は、ずっと平民になりたかったのですよ」


「どういう、意味ですか?」


 あれ。

 何か……すれ違いがありそうな気がする。

 ドライクル侯爵は、告白するように続ける。


「私は『英雄の息子』として生まれた。その立場には期待と重圧がつきまとう。私は武才に秀でているでもないのに、周囲は『英雄の後継者』を期待する。私は自分の生まれをどれだけ呪ったか。――ただの、平凡な一市民になりたかったのですよ、私は」


 英雄の後継者。

 才能に見合わない期待の、その重圧。

 オーゼンさんと同じように、この人も周囲の期待に押しつぶされかけた人、か。


「そうして街に繰り出しているときに、あれの母親と出会った。楽しかったよ。幸せだった。ずっと平民のふりをして一緒にいたいと思うほどに……だが、私の生まれは変えられない。私はデズモント家の嫡男だ。他に兄弟もいないならば、家は捨てられない」


「だから、フローラさんたちと別れた……?」


「白状するが、私なりに手は回している。周囲に悟られないよう四つほど他の商会を経由して、孤児院の子どもたちを雇用するようにな。ゴルント商会などがそうだ。直接的な支援ではないが、孤児院を見捨てているわけではない」


 ゴルント商会……あっ!

 孤児院に行くことになった最初の事故の、ユネス少年が働いてたあの商会か!


「ドライクル。それならそうと、わしにくらいは説明しても良かったろう?」


「だから、何度も孤児院に行くのをお止めしたでしょう。――直接口にして、使用人の耳にでも彼女の正体が知られたら、どうするおつもりなんです。回り回って、良からぬ輩が血縁目当てに無理に妾にでもすれば、フローラも家もかき回されるだけでしょう」


 ドライクル侯爵の指摘に、オーゼンさんは「むぅ……」と押し黙る。

 侯爵は俺に向き直り、そして真剣な表情で告げた。


「そういうわけだ。だから、ナギハラ伯爵。きみにも気をつけてもらいたい」


「おっしゃることはわかりましたが……それで、フローラさん自身は親のいない人生を送ることになります。それは良いんですか?」


「平民にとっては厄介ごとの種にしかならん親だ、ろくでもない。いない方が良いだろう……と思っていたのだが。フローラ自身が望むなら、養子に取る方針も、考えてはいる」


 うん?

 今まで慎重に距離を取っていたのに、その最後の心変わりはなんだ?


 と思っていたら、オーゼンさんがイタズラっぽく笑い出した。


「どうも、フローラには想い人ができたようでの……その相手が、大きな手柄を立てて身分を得てしまったようじゃ。わしの正体は知られておるでな、釣り合いが取れるようにならんかと、本人から相談されたわい」


 へぇ。身分を。

 フローラさんくらいの美人だったら、貴族相手でも釣り合いは取れるだろう。

 子どもたちを世話する優しさもあるしな。最近身分を得た成り上がりなら、孤児院の子どもの世話も許してくれそうだし、良いんじゃないかね。


「それはそれで良いんじゃないですか。今回手柄を立てた人ですか、オーゼンさん?」


「うむ。騎士爵から、一気に名誉伯爵にまで駆け上がったわい」


 俺じゃねーか!

 二人の怪しく光る視線から、気まずく顔を背けながら、何とか断りを入れる。


「いや、あの、俺、わたくしは……故郷に帰る、旅人の身分ですので……」


「決心がついたら、いつでもわしの孫になりに来い! お主なら歓迎じゃぞ!」


「まぁ、侯爵位は継がせられないがね。他に余った爵位も持っている。相手が今代の英雄となれば、彼女の出生が知られても守り抜いてくれるだろう。私としても、異存はないな」


「か、考えさせてくださ――いッ!!」


 俺は、脱兎の如くその場を逃げ出した。



******



「やれやれ……えらい目に遭った」


 王宮から出て、敷地の物陰に隠れる。

 そんな俺に呆れたような声をかけてくるのは、従者として一緒にいたアシュリーだ。


「受けなくて良かったの、コタロー? 侯爵家と縁ができるし、フローラさんは美人よ?」


「だからってなぁ……というか、悪かったなアシュリー。ずっと黙ってもらってて」


「まぁ、あたしが必要以上に目立つと、確実に変な噂の方が出回って帝国の仕業かどうかわかんなくなるからね。それは良いんだけど」


 壁にもたれて陰に座り込む俺の隣に、アシュリーが腰を下ろす。

 一緒に人目を避けて隠れて、まるで逢い引きだな。


 互い無言になってしまったので、俺は疑問に思ってたことを聞いてみる。


「なぁ……アシュリー、なんで、自分の正体を教えてくれたんだ?」


「どういう意味?」


「黙ってても良かったろう? それこそ、知らぬ存ぜぬで通しても良かったはずだ。わざわざ元は帝国の人間だったなんて、話さなくても良かったんじゃないか?」


 そのせいで、アシュリーは噂を引き出すおとりになってしまった。

 いや、もっと言えば――


「そんなの、あんたが暴走してたらあたしも目立って、いつかはバレることよ。それなら、あんたの気が済むときに、気が済むこととして教えた方が良いと思ったのよ」


 アシュリーは、いつも俺のことを考えてくれている。

 この世界に来たときから、初めて出会って、今でも一緒についてきてくれている。


「俺と関わらなければ、辺境領でもっと静かに暮らせてた……とは思わないか?」


「思わないわね。――だって、そこにあんたがいないもん」


 そうか。

 そういうこと、なんだろうな。


 アシュリーは、俺に向かってからかうような笑顔を見せた。


「出会ったときに、あたしを助けてくれたあんたが言った言葉よ。――『かーどげーまーは、仲間を大事にするんだよ』! でしょ?」


 仲間、か。

 ありがとう。こんなときまで、俺のことを優先してくれて。


「アシュリー。フローラさんのことは、断るしかないよ。だって」


「うん。故郷に帰りたいんでしょ?」


 お互いに視線を合わせず、二人で並んで座って、遠い空を見上げる。


「帰りたいんだ。仲間たちに会いたい」

「知ってる」


「帰る身分だから、この世界の人とは特別な関係にはなれない。結婚も、恋愛も無理だ」

「そうね。いつかは離ればなれになっちゃうものね」


「俺についてきてくれて、支えてくれることには感謝してる」

「あんたが故郷に帰るその最後の瞬間まで、一緒にいてあげるわよ」


 アシュリーは、ぽつりとつぶやいた。


「……いいのよ」


 それは晴れ晴れと、何かを振り切ったような表情で。


「あんたは、帰って仲間と会いたいと願ってる。あたしは、あんたと一緒にいたいと願ってる。それだけのことよ。あんたが真っ直ぐ進むように、あたしも真っ直ぐ自分のしたいことをしてる」


 助けてくれた、とアシュリーは言った。

 違う。助けられたのは、俺の方だ。助けられて、今も助けられている。


 ――この世界にも、『仲間』ができた。


 それが、どんなに心細さを払ってくれたことか。


 アシュリーは、空を見上げながら静かに話す。


「あんたがいつか故郷に帰って、離ればなれになっても、それまで一緒にいたことは無かったことにはならないわ。あたしは、あんたと自分の望むとおりに生きた人生の中で生きていく。今、こうしていることがあたしの望むことなのよ」


 アシュリーは空を見上げながら、目を閉じる。

 その横顔が、とても綺麗で、そして悲しい。



「コタロー。好きよ」



 その顔は俺には向けられず、ただ天を見上げる。


「あんたがあたしを好きにならなくても、なれないと決めても――あたしは、あんたのことが好きなのよ。だから、あたしはあたしの思うようにする」


 俺の願いが叶えば、いつか、別れが来るんだろう。

 この世界の人たちとの。


 アシュリーとの。


「なんで、違う世界なんだろうな」


 同じ世界だったら。

 こんなこと考える必要なんてまるで無くて。


「違う世界で、帰る故郷が遠いと思ってたけど……今は、帰ってこれないこの世界との違いが……少し、寂しい」


 なんで、俺は『魔法(エクストラルール)』なんかになっちまったんだろうな。

 娘と距離を取っていたドライクルさんの姿が、俺の頭をよぎる。

 英雄には英雄の、貴族には貴族の。


 一般人には、一般人の幸せがあるんだ。


「帰りなさい、コタロー。自分の望むままに」


 アシュリーは俺に笑いかける。


 そして彼女は顔を寄せ、静かに俺に唇を重ねた。


 そっと顔を離し、俺を慈しむように彼女は微笑む。




「あたしはきっと、その最後の瞬間まであんたと一緒にいるわ」










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