プロローグ
世界は繋がり、変わろうとしている。
宇宙として拡大する世界が収縮するとき、外部の世界から新たな因子を取り入れる。
新たなる法則。
その世界は変革を――『魔法』を求める。
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何の変哲も無い人生だった。
進学校でもない平凡な高校に通い、三流と二流の間の大学を卒業した。
地方の小さな食品会社に新卒で就職し、営業と事務の研修を受ける日々。
その日、俺は本屋で暇つぶしのラノベを買う途中、珍しいものを見つけた。
TCG――トレーディング・カードゲームの小売パックだ。
本屋でも売ってるのな。
懐かしい。
学生時代の趣味は、TCGだった。
大学に進学してからは持て余した時間を活かし、バイトで懐を温めることを覚えて以来、新たなカードを買い求めては専門のカードショップで開催される小規模大会に通い詰めた。
カードショップに通う常連たちとの、馴染んだ空気や会話がとても好きだった。
就職活動を始めてから、もう一年以上あの場所に顔を出していない。
そのことを思い出して、ふと寂しくなった。
学生同士のたまり場のようでいて、年上も含めた礼儀を交わす。
同じ趣味で会話を弾ませる交友と、お互いを不快にさせないある程度の節度を持った独特の空間は、とても居心地が良かった。
色んな奴がいたなぁ。
ゲームに負けて怒り出す奴、子どもっぽく自分語りをする奴、そんな連中の面倒を見てまとめ役になってくれる人、安いファミレスで自分の愚痴を懐深く聞いてくれる人。
イカサマしたり、自分を騙そうとする奴もいたけど、大半は気の良い人ばかりだった。
カードにつぎ込んでいつも金の無かった俺たち学生に、いつもメシを奢ってくれる社会人の人もいたっけ。
俺たちに金があるときは、『男気ジャンケン』だなんて言って、ジャンケンで『勝った』奴が全員にメシを奢るなんてバカな賭け事もたくさんやったっけな。
賞金制の全国大会や国際大会、その地域予選突破を夢見て、人の家にメシや飲み物を持って合宿して、夜通し熱中していた時期もあった。
ゲームに勝てば嬉しくて、負ければ悔しくて。
それ以上に、色んな相手と向き合ったり、話したりするのが楽しくて。
いつも騒がしくて、退屈とは無縁な日々だった。
懐かしいなぁ。
みんな、元気にしてるかなぁ? きっと、変わらずにあの店で騒いでるんだろうな。
それとも、俺みたいに、就職や進学で常連が減っちまったのかな?
かねやん、時田、シノさん、倉科さん、飯山店長……
たくさんの気の良い人たちの顔が浮かぶ。
また会いたいよ。会って一緒にメシでも食って、バカな話で盛り上がりたいよ。
たくさんの想いが胸に去来し、気づけば俺は売り棚のパックを手に取っていた。
今では、ソシャゲでTCGを模したゲームもたくさんある。そっちは俺も今でも少し触っているけど、やっぱり俺は紙製のカードが好きだ。
この手触りやパックを開ける期待の向こうに、仲間たちとの思い出がよみがえるから。
電話しよう。
忙しくて断り続けてた誘いの電話を、今度はこっちからかけよう。
昔のカードを押入れから探し出して、またあの場所に行ってみよう。
そう決意してみると、仕事や生活に鬱屈していた気分が晴れた気がした。
会計を済ませ、書店を出る。
交差点の信号待ちの間に、一袋だけ買ったパックを片手でもてあそびながら、俺はスマホから友人たちのアドレスを探した。
そのとき、広い交差点に、誰か通行人の声が聞こえた。
危ない、と。避けろ、と。悲鳴のようだった。
顔を上げると、猛スピードでこちらに突っ込んでくる大型車が見えた。
まさか?
おい、やめろよ。
俺は会いに行くんだよ。
友達に。仲間に。バカな話をしに、同じ時間を共有して、騒ぐために――
あの場所に、また会いに行くって、決めたんだ。
呆然とする俺に、排気音と鋼鉄の車体が迫る。
それが、俺の、凪原小太郎の、街中での最後の記憶。