巧と胡桃
巧と胡桃
慶應義塾大学工学部二年生の成瀬巧はある雨の日に同じ大学の文学部に通う茅野胡桃と出逢った。
いつもは愛車のアルファロメオで通学をしている巧だったが、その日に限ってメンテナンス中で電車で学校に通う羽目になってしまった。
突然降りだした雨に店屋の軒下で雨宿りをしているとそこにあまいろの髪の長い女の子茅野胡桃が飛び込んできた。
「いきなり降りだしたね。困ったね」
ハンカチで服や抱えたノートを拭いている彼女に巧が話しかけると女の子は驚いたように顔を上げた。
「くくっ!」
顔を上げた彼女は今どきには有り得ないほど分厚いメガネをかけていた。
「牛乳瓶の底みたいだね」
「はい!よく言われます!」
巧が笑うと彼女も少し恥ずかしそうに言った。
「君は大学生?どこの学校かな?」
「慶應義塾大学文学部二年生の茅野胡桃と言います」
「なぁんだ、僕も同じ大学の工学部二年生の成瀬巧と言います。よろしくね!」
巧がニコリと笑うと胡桃も笑顔で、はい!と答えた。
「ノート沢山持っているんだね?」
「童話を書いているんです。将来の夢は童話作家になることなんです!」
「へぇー、面白そうだな?今度読ませてくれる?」
「はい!下手くそですけど……。読んで感想とか貰えたら嬉しいです!」
胡桃は牛乳瓶の底みたいなメガネの顔でニッコリと笑った。
こうして、出逢った二人は頻繁に逢うことになり──。
巧が胡桃の書いた童話を読んだり感想を述べたりしながら二人の距離は段々と深まっていった。
「胡桃、今日はいつも童話を読ませてもらっているお礼がしたいんだ。ついてきてくれる?」
「お礼だなんて……、そんな……」
「いいから、いいから、ついてきて」
巧は胡桃をコンタクトレンズ屋に連れていった。
「彼女にあうコンタクトレンズをください」
巧が言うと店員ははい!と答えて胡桃にぴったりのレンズをつけさせてみた。
「まあ!お嬢様。とても良くお似合いですよ!」
「え?これが……、私?」
差し出された鏡の中に映っているのは美しい女性だった。
「やっぱり思った通りだ!とても素敵だよ!胡桃」
巧は代金を支払うと胡桃と共に店を出た。
「ありがとうございます!こんなに素敵になれるなんてとても嬉しいです!」
「じゃあ、これから僕の家へ行こうか?」
「巧さんのお家?」
「うん、胡桃の話をいつもしているから両親が君に会いたがってね」
巧の家は成瀬財閥である。
巧の両親は胡桃の今は亡き両親の茅野家と深く親交があったらしく二人の交際を快く思ってくれていた。
そうして、胡桃は巧の車に乗り成瀬の家へと向かった。
「堅苦しく考えることはないよ!自分の家だと思ってね!」
「はい!」
緊張している胡桃に向かって巧は笑った。
こうして、二人は成瀬家を訪問して巧の両親は至極胡桃の事を気に入ってくれた。
「胡桃ちゃん、これからは自分の家だと思って遊びに来てね!」
巧の母は見送りの際ににこやかに微笑んでいた。
「ちょっとドライブして帰ろうか?連れていきたい所があるんだ!」
車はレンゲ草が満開に咲く河川敷で止まり二人はそこの地べたで寛いで座った。
「綺麗な所ですね!」
「僕のお気に入りの場所なんだ。今の時期は一番綺麗なんだよ!」
巧は器用な手つきでレンゲ草の冠を編むとそれを胡桃の頭にちょこんとのせた。
「わぁ!王冠みたい!」
「胡桃姫、どうか私の花嫁になってくれませんか?」
「え?」
胡桃が驚いた顔をすると巧は真剣な眼差しでもう一度言った。
「僕は胡桃が大好きなんだ。どうか結婚して欲しい!僕じゃ駄目かい?」
俯いてしまっていた胡桃は慌てて首を横に振ると顔を上げて笑顔を見せた。
「巧、私もあなたと結婚したいです!」
二人は見つめ合い微笑み合いながら初めてのキスを交わした。
こうして、二人は暫く交際を続けやがて結婚をした。
胡桃が書く王女と勇者の冒険の結末も現実の二人のようにハッピーエンドに終わっていた。
「おわり」