異世界サザービ 四話 ウサギにゴミ箱はお似合いだ
「いつでもかかって来てもよいぞ。勇者ハーネス」
懐かしい台詞に、ついつい目を瞑り昔を思い出してしまう。
そう言えば、ワシが魔王していた時も、こうして勇者と対峙して似た台詞を吐いたものだ。
このあと勇者が「いくぞ!! 魔王ガルドラぁ!!」とかかって来るのだろな。
おっと、いかん。戦闘前だったな。ワシは再び、目を開け勇者を見る。
あれ? おらんぞ?
「くそ! これなら、どうだ!?」
ワシの足元から勇者の声が聞こえ、視線を落とすと丁度剣を突こうして体勢を低くしている勇者が。
勇者の狙いは、どうやらワシの股間らしい。
いつの間に戦闘始まったのだ。
「くそ! ここも駄目か! 堅い!!」
ワシの股間を突いても剣が弾かれ、勇者は一旦距離を取る。
「何を勝手に戦闘を始めておる。目を瞑っているワシを攻撃するなど卑怯千万!!」
「何言ってやがる!? いつでもかかって来いって言ったのわお前だろ」
言った。確かにワシ、言ったわ。でも、いきなり攻撃とか股間狙うとか卑怯過ぎないか? 何、その所業。勇者が魔王側の事しちゃ駄目だろうが。
「確かに言ったな。しかし、お主勇──」
勇者の奴、ワシの言葉を遮るように飛びかかって連撃、連撃と斬撃の嵐を繰り出す。
まぁ、一向に斬れる気配は無いがな。
ワシの世界の勇者は、持っておった剣が優秀だったな。
ワシの身に傷をつける事が可能だったし。
しかし、この目の前の勇者は武器も貧弱だな。
「はぁ……はぁ、くそ! 通じねぇ」
「終わりか? では、そろそろワシから行くぞ。まだ死ぬなよ」
ワシは腕組みを解くと腕を、だらんと脱力する。
そして一瞬で勇者の懐に入り込むと、照準を勇者の額に合わせる。
右手の親指で人差し指で輪を作ると、勇者の額に目掛けて人差し指を弾いた。
「ぐわぁぁぁぁっ……!!!!」
額を小突かれた勇者は、部屋の奥にまで転がりながら、壁に激突する。
まさか、もう死んではおらぬだろうな。
しかし、弱すぎる。
この世界の勇者は強いと聞かせておいて、蓋を開けたらこれか。
タツオを睨み付けるが、タツオの奴、床で気持ち良さそうに寝てやがる。
行儀悪いな。いや、ウサギだからあれで合っているのか。
いや、でも普通のウサギではないし……
ああ、もうわからん。ひとまず後で拳骨落としてやる。
どうも消化不良でワシはまず勇者に止めをと、倒れている勇者の近くに来て気づく。
こやつ、剣を手放さないように、右手と剣を布で縛っておる。
ふむ。その心意気や良し! お? 目を覚ましたのか立ち上がろうとしておる。
ま、脳を揺らしたからな。そうそう簡単に──簡単に立ち上がりよった……
剣を支えに立ち上がった勇者の目を見て気づく。
こやつ、ワシを見ておらん!
「いいぞ! その目! 全力をもって応えよう」
ワシは全力を出す為に、本来の姿に戻ろうとする。
しかし「ま、待ってくれ!!」と止めるではないか。あんまりガッカリさせるなよ、勇者。
しかし、勇者から出た次の言葉は意外なものだった。
「俺を……俺を鍛えてくれ!!」
え~っ? 意味がわからん。何故、ワシが勇者を鍛えねばならぬのだ。
「俺は……俺は、まだ死ねないんだ! あいつらに復讐するまでは!!」
なるほど、あの復讐者のスキルは、これか。しかし、ワシには関係の無い話だ。
ワシをガッカリさせた罪は重いぞ、勇者。
「頼む! 俺は、俺をパーティーから追い出したあいつらに復讐したいんだ! そのためになら悪魔だろうと魔王にだって魂を売ってやる!!」
ほう。だかれ一人で城下町の前でウロウロしておったのか。ん! ワシ、いいこと思い付いたぞ。
「わかった。お前を鍛えてやろう。ただし! お前には人間を辞めてもらうがな」
「あいつらに復讐出来るなら、なんにだってなってやる!」
「なら、お前がこの世界の魔王になれ」
「何言ってるですー!」
お、タツオの奴やっと起きたのか。しかし、ワシの提案に文句をつけるなど、許さん。
「そんな……そんな、若い魔王になったら、ワイ、働かないといけないですー!!」
「いや、働けば良いだろ?」
「嫌です、嫌です! 働きたくないですー! 年金で優雅に暮らすのですー! こんな人が魔王になったらきっと重労働強いられるですー!」
地べたに転がり駄々っ子か、お前は。ほら、勇者を見てみろ。冷めた目で見ておるだろうが。
「えーっと、魔王……」
「ガルドラだ。ガルドラで構わぬ」
「一応教えを乞う身だからな、ガルドラさんて呼ばせてもらう。ガルドラさん、俺が魔王になったらな、真っ先にアイツクビにするわ」
当然といえば当然か。タツオが立ち上がり、此方を睨んできている。何か文句あんのか、こら?
「ううー……こ、こっちから願い下げです。あほー、おたんこなす、お前の嫁さんでーべーそ」
舌を出し逃げ出すタツオ。逃がす気など更々ないがな。
ワシは部屋を飛び出そうとするタツオの耳を掴み持ち上げる。
「お前が居なくては、ワシが帰れぬだろうが!」
「はっ! そうです! ワイも一緒に行くです。ワイを雇ってくださいです」
「要らぬわ。大体、ワシがナツの悪口を言われて怒って無いとでも思ったのか、この馬鹿もんが」
ワシに耳を掴まれ、「痛い、痛い、千切れるです」と叫び暴れるタツオをどうするか部屋を見渡す。
お、いいものがあった。
「どうして、またゴミ箱ですー?」
すっぽりとゴミ箱に入ったタツオは、暫く放っておくとして、さぁ、勇者を鍛えるぞ。