異世界サザービ 一話 異世界の魔王よ。ワシがガルドラだ!
ワシは玄関までナツを見送りに行く。
もちろん、この先は禁断の領域だ。
「ゆっくりしてきなさい」
他意や後ろめたい事などない。
ただ純粋に息子とゆっくり過ごして来ればいいと出た言葉だ。
なのに……
「随分、楽しそうね。あなた。やっぱり、私もついて行こうかしら……」
「な、何を言っているのだ!? これは……そう、仕事! 仕事なのだ! 楽しいわけなかろう! そ、それにあのウサギが言うには一人しか連れて行けぬと言っていた。な、だからナツは、息子とゆっくりお茶でもしてきなさい」
ナツは、ワシの心が読めるのか? それとも気づかずにニヤついてしまっていたか。
ナツがジッと見てくる……
ワシは背中にじっとりと嫌な汗をかきながらも、平常心を装う。
「わ、忘れ物はないか?」
「忘れ物……あっ」
「何かあった──むぐっ」
不意討ちだった。ナツがワシの話を遮る様にキスをしてきた。
長く激しいキス。
ワシの背が高い分、抱きつくように体を寄せてのキス。
そして、ナツはワシから離れて上目遣いでワシを見つめる。
「浮気……駄目だからね」
く~~~~!! かわいいじゃないかぁ! 時折見せるこういうナツ、大好きだぁ!!
ナツはケンタウロス車に乗り込み出発する。見えなくなるまで、ずっと窓からワシを見ながら。
浮気なんかするわけないではないか。ちょーーっと、女の子とお話するだけだ。
うん、浮気ではない筈だ。
ワシはスキップしながら自室へと戻る。
「やっとです。さぁ、サザービに行きましょう」
タツオはピョンピョン跳ねながら、催促してくる。
「うむ。いいぞ。で、どうやって行くのだ?」
「ワイの真似してくれればいいです」
真似? 疑問に思っているとタツオは懐から懐中時計を取り出し、上のネジを回す。
おお、懐中時計から音楽が流れ始めたではないか。
スローテンポの曲だが、太鼓の音と管楽器らしき軽快な音が鳴り響き、タツオは踊り出す。
「うーさーぎ追いかけ、うーさーぎ捕まえ、うーさーぎー美味しく、うーさーぎー頂く……はい!」
ワシに向かって手を差し伸べてくる。これを踊れと? これを歌えと? ワシに?
そもそも、お前はこの歌詞が気にならんのか。
「……へい!」
再び真似しろと催促してくる。やってられるか。
「ノリ悪いです。じゃあ、もういいです」
「おい!!」
やらなくて行けるのか!! それなら早くやれ! ワシ、ちょっとやりそうになったではないか。
「それじゃ、落ちます」
「落ちる?」
タツオの奴がそう言った途端、足元の床が消えた。
落ちるって、ワシがか!?
「ぐわあぁぁぁっ!」
見たことない空間を落ちていく。なんなのだ、ここは!?
「もうすぐです」
そ、そうか。もうすぐか。落下時の浮遊感がちょっと気持ち悪く、吐き気がしてくる。
しかし、それもあと僅かだ。
我慢するのだ、ガルドラ!
……
…………
………………
……………………長くないか?
そろそろワシ限界だぞ? タツオに聞こうと思ったその時、急に落下が止まる。
着いたのかと、辺りを見回すが何もない。
「ちょっと行き過ぎたです。戻ります」
「うおっ!?」
今度は体が急上昇し始める。これ、落ちる時と速度変わらんぞ!
おお、ワシの向かっていく先の空間が開いた。
あそこに入るわけだな。
いや、ちょっと待て! 外に出るならいいが、もし部屋の中だとしたら、この勢いのまま天井に当たるぞ。
ワシは想像した。床からスポーンと飛び出て天井にぶつかるワシの姿を。
か、格好悪すぎる。
ワシは頭上に手をかざす。
こうなれば、天井破壊してでも格好いい登場が出来るように距離を稼いでくれる!
そしてワシは開いた空間へと突入した。
「なんで、真横ーーっ!?」
上昇していたはずが、真横に飛び出るワシ。しかも床すれすれ。
いや、僅かに床まで隙間がある。強引に手を着いて体を回転させれば。
「イケ──るっ!! ぐはっ!」
タツオの奴、ワシを踏み台にしただとー。ワシと床との距離は──ゼロ。
ワシは床に顔を擦りつけながら、壁へと激突する。
か、格好悪すぎる……
いかん! このままでは示しが……ワシは何事も無いように平然と立ち上がり、辺りを見回す。
どうやら、かなり広い部屋に出てきたみたいだ。
ワシを踏み台にして見事な着地をしたタツオ。
そして、玉座に座る象──ぞう!? もしや、あれがこの世界の魔王か?
象らしく立派な大きさの耳と長い鼻、しかし顔皺が凄く、かなりの年齢と見受けられた。
ワシは部屋の中心に行き仁王立ちで、象──もとい、この世界の魔王と対峙する。
耳をかっぽじってよく聞け! 刮目せよ、我が雄姿!!
「ワシは魔王! 魔王ガルドラである!!」
腰に手をあて、胸を張る。
どうだ、この凛々しい姿に声も出まい!
「………………はぁ? なんですのぉ? もちっと近くに来てもらえんとよく見えん……」
聞こえてないし、見えてないし、声が出た。