自宅一話 ワシ、元魔王のガルドラ。よろしく。
相も変わらず退屈な日々が続く。
ワシは天蓋付きのベッドから体を起こし、一つ大きな欠伸をすると隣で寝ている嫁、ナツの顔を見る。
すやすやと寝息を立てるナツの顔は、普段と違い幼さを感じる。
確か人間の年で十四だったか。
人間を辞めた際に身体の成長が止まっておるしな。
「こうして寝ている分には、可愛いのだがな」
ワシはベッドから降りて近くにあった真っ白なガウンを羽織ると、窓から外の景色を眺める。
外は赤く輝く月が沈みかけ、闇夜が迫っていた。
月が沈み夜が来るのは、ワシがこの世界に日の光を奪った為だ。
まぁ、ワシが征服し終えたらこうなっただけで、何もしとらんがな。
街の通りには、人間と魔物が闊歩している。
勘違いしてもらっては、困るがワシは人間を滅ぼそうとか、奴隷にして強制に労働させようなんぞ思った事は無いからな。
だからと言って、人間が好きな訳ではないぞ。
ワシは嫁を起こさぬように寝室をこっそりと出ると、ゴブリンの使用人を捕まえてメシの用意をするように命令する。
現在この家にいるのはワシと嫁のナツ、あとはゴブリンの使用人が数人。
嫁が嫌うので、この家には女性が全くおらん。
征服した直後に描いた未来と随分違うな。
もっとウハウハでキャッキャッウフフを描いていたのだが。
◇◇◇
ワシは一人メシを食べ終え自室に入り書類を整理する。
書類と言っても、仕事ではなく、この街に住む者からの嘆願書みたいなものだ。
ワシの所に来て、息子に回す。
非常に手間だ。直接息子の方に持っていけと思う。
ワシ隠居したし、もう魔王でもないのだが。
嫁のナツの起床は遅い。まだ起きてこぬ。
昨日散々暴れたからな、疲れておるのだろう。
元人間、しかも成長期を終えずに成長を止めたナツは、魔族が持つ魔力の絶対量が少なく、睡眠で回復するしかない。
「あと二時間は起きて来ぬな」
昨日のナツの様子からワシは時計を見て、そう判断した。
ナツが寝ている間に外出すればいいと思うだろうが、ワシは二度とやらない。
一度幼かった息子を連れて外出し、帰宅したら玄関で赤子の様に号泣しておった。
何だかんだ言っても、嫁の涙は見たくないのだ。
だからナツが寝ている間に外に出ようとは思わぬ。
出るならナツが起きている間だ。
ワシは淡々と書類を整理しながら、机の上に積み重ねられた本も本棚に仕舞っていく。
「ん? なんだこれは?」
書類を整理しておると、机の上に見覚えのない手紙が。
ワシは手紙の差出人を確認するが書いていない。
表には“ガルドラ様へ”としか書いておらぬ。
心当たりを探ってみる。
心当たりその一、息子。考えられなくもない。可能性としては金の無心だろうな。
息子の嫁もナツに負けず劣らず、旦那を尻に敷いておる。
しかもナツと違い、金遣いが荒い。
「いや、待てよ。息子がワシを“ガルドラ様”と呼ぶか? いや、呼ばんな」
次、心当たりその二、嫁ナツ。そう言えば、ナツは結婚当初、ワシを“ガルドラ様”と呼んでいた……だとすると、これは、まさか!? ラブレター!? 結婚七十四年目の!? キリ悪っ! 五十年目ならまだしも。
「良く見たら筆跡が違うな。ナツはもっと丸っこい字だ」
ならば、心当たりその三、使用人のゴブリンの誰か。可能性はあるな。給料上げろとか、休みを増やせとかそんな内容だろう。しかし……
「ゴブリンは字が書けないから違うな」
そうなるとワシには心当たりがない。一瞬、ワシに惚れた美女からのラブレターかと思ったが、ワシ、外に出てないから可能性ゼロだな。
開けた方が手っ取り早いか。
「ペーパーナイフ、ペーパーナイフと」
見当たらんな。鏡台だったかな。
ワシは机の引き出しを探すのを諦め、鏡台の引き出しに手をかける。
「ん? おっと、いかん、いかん」
ワシは鏡台の鏡に写った自分を見て、慌てる。
身嗜みを整えるのを忘れとった。
顎に髭もうっすらと伸びておる。
鏡に写る自分を見ながら、銀色の前髪を全て後ろに流し固め、髭を剃る。
ワシは髭があった方がダンディーだと思うのだが、ナツが嫌うのでな、剃ることにしておる。
身嗜みを整えた後、鏡に向けて様々な角度から自分の姿を確認する。
「うむ、やっぱりワシ、渋いな。しかし、ナツは何故この姿が良いのだろうか」
ワシは普段、人間とそう変わらぬ姿に擬態しとる。
確かにこちらも渋くて格好いいが、元の姿も負けておらぬぞ。
「そういや、ワシ何をしとったんだっけ?」
うーむ、お、もうそろそろナツが起きてくる時間だ。
目覚めの紅茶を用意してやらねば。
ワシはそのまま自室を後にした。
……
…………
………………
危ねー、ワシとしたことが手紙をすっかり忘れとった。
急いで引き返し自室の扉を開けると、すぐに鏡台の引き出しを探る。
「あった! ペーパーナイフ」
ワシは、丁寧に手紙の封を切ると、中に入っていた一枚の便箋を取り出す。
折り畳まれた便箋を開くと、そこには……
「ウサギ……か?」
そう呟くと、便箋に描かれたウサギの絵が輝き出す。
「な、なんだ!?」
思わず便箋を手放し、ヒラヒラと床へ落ちていく。
床に便箋が付いた瞬間、ものすごい煙が部屋の中を充満する。
煙を手で払いのけ視界を確保すると、ワシの足元には便箋に描かれたウサギ……否、ウサギの様な生き物が燕尾服を着て立っておった。
元魔王ガルドラ
レベル999
体力9999
魔力9999
物理攻撃力7999
魔法攻撃力9990
物理防御力9500
魔法防御力9999
スキル
物理耐性99 魔法耐性99 物理貫通 魔法貫通
闇魔法 光魔法 四属性魔法(火、水、風、土)
詠唱破棄 同時詠唱4 超速回復(体力・魔力)
万能言語 鑑定 纏炎