第九十五話 かあちゃんの魔法教室・光
今日の予定は収穫の終わった畑の片付け。
大麦を育てた大きい畑二面に加え、カボチャとトマトの畑、種を取り終えた後の畑もあるのでかなりの広さになる。
でも、全員総出でやらなくては間に合わないというような仕事ではないので、待望の属性毎の魔法の勉強もやれる余裕がある。
数名ずつ抜けさせてもらって教えていこう。
今日の私はモモ先生だ。
私が使えるので教えやすい土、光、闇属性から始めたいけれど、バズは畑仕事の総括をしなければならないので、土属性の勉強は畑仕事が終わってからの方が良い。
光属性から始めようと思う。
マークとマリーには居間に残ってもらい、朝食の片付けや干し台を外に出す仕事から手伝ってもらう。
ちなみに今朝の朝食はパンプキンパイとキッシュ。パンプキンパイも大変ご好評いただきました。
◇
「それじゃあ、始めます」
「はい!」
まずは二人のステータスを確認させてもらおう。
前回、攻撃魔法の練習をした時、みんなの魔法レベルはD=初級レベルまで上がっていた。
その後も毎晩訓練を重ねてきたし、狩りによるレベルアップもあったので、すでにC=中級レベルまで上がっていてもおかしくないはずだ。
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マーク レベル5 人間 男 十二歳
HP69/69 MP245/245 光
攻D 守E 早E 魔C 賢D 器E
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マリー レベル5 人間 女 十歳
HP57/57 MP242/242 光
攻E 守E 早E 魔C 賢C 器E
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二人ともしっかり中級レベルまで上がっているし、魔力量も二百を超えている。
冒険者の間でも最大MP二百オーバーあれば、立派な魔法使いとして認められる値だ。立派なものだ。
「二人ともすごいね。毎晩頑張っている成果がちゃんと出てるよ。次はリストも開いてみよう」
二人のリストには中級魔法もちゃんと書かれていた。
「勉強すれば、こんなにたくさんの魔法が使えるようになるんですか?」
「俺、浄化もまだ使えないのに。……先は長いな」
「二人にはこれだけのことをやれる力がすでにあるってことなんだから。今まで通り一つずつやっていけば、あっという間だと思うけどね」
光魔法に関しては、中級魔法は初級魔法の上位に当たるものなので、初級魔法が使えるようになったらイメージのコツと注ぎ込む魔力量の調節が出来れば、二人にならさほど難しくはないだろう。それを可能にするだけの魔力量は充分に備わっている。
逆を言えば、初級魔法を使えるようになることの方が、仕組みやイメージを己の物にしなければいけないので難しいということだ。根っから素直なうちの子たちなら、そこもスイスイと通り抜けてしまいそうだけどね。
「私に教えられるのはコツとか雰囲気。光魔法なら使ってみせてあげることも出来るけど、自分の中でイメージを膨らませられるようになることが一番重要だから。頑張ろうね」
実際、私は本での勉強だけでなく、前世での知識や経験、ゲームやアニメなどの情報に随分助けられている。全く想像がつかないものをイメージすることは難しい。
私が少しでもその助けをしてあげられればいいんだけど。
「それでは、初級魔法から始めていくよ。浄化、癒し、盾、回復があるんだけど、特にやってみたいものはある?」
「俺はやっぱり、よく使う浄化から覚えたい。マリーにも教えてもらったんだけど、害する物を寄せ付けないってのがいまいちイメージ出来なくて……」
「モモちゃんに教えてもらった清浄にさらに願いを足すイメージをマークにも伝えたんですけど。私とマークだと考え方にズレがあるんでしょうか?」
「わかった。じゃあ、マークは浄化からね。先に少し浄化するということについての勉強から始めよう。マリーはどうする?」
「私は癒しや盾にも興味はありますけど……。
……浄化についてきちんと理解してからの方が、もっと巧く浄化を使えると思うんです。一緒に教えてもらってもいいですか?」
少し考えながらマリーはそう言った。
マリーの言うことは当たっていると思う。物事の仕組みを理解して使う魔法と、詠唱頼りだったり、なんとなくで使う魔法とでは威力も効率も違ってくる。
魔法の勉強って、結局知識を入れるお勉強をすることになるんだね。
体当たりで覚える方が得意なタイプの子もいるだろうけど、この二人には頭で理解してもらってからの方が合っている気がする。
「じゃあ、テーブルに行こう。授業をするよ」
イスに座って、文字通り腰を落ち着けて勉強を始める。わら半紙に絵を描いて、図解も使って説明していこう。
「まず、清浄だけど、これは汚れを落とすってイメージで理解してる?」
「そうだな。汚くなった物をキレイにする魔法だ」
「汚れって言うと、汗だったり、土だったりって思うでしょ? 洗浄と同じような効果だけど、水がいらないから楽だし、浄化だったらみんなが入った後のお風呂や、煤で汚れた燻製室なんかもキレイに出来て便利だよね」
マークもマリーもうんうんと頷いている。
「少し質問です。マークは薬草に詳しいよね。薬草で怪我や病気が治る仕組みは知ってる? 怪我をした時、傷口にそのまま薬を塗る? その前に洗う?」
「仕組み……? は、わからない。この薬草は何に効くかを知ってるだけだ。怪我した時は、傷口に土とか付いてたら洗うな。包丁で切ったくらいならそのままかな?」
「そっか。土が付いてたら傷口に汚れが入っちゃうから洗うんだよね。でも、汚れって手で払ったり、水で洗っても全部キレイに無くなる訳じゃないんだよ。汚れの中にはバイ菌っていう、すっごーく小さな悪さをするヤツらがいるの」
わら半紙に汚れた手の絵を描いて、そこにトゲトゲした丸いバイ菌の絵を描き足す。
「このバイ菌は目に見えないほど小さいけど、そこら中に隠れているの。土の中にも、手や体にも、包丁なんかにもね。そしてコイツらはあっという間に増えていく。厄介だね。
ケガをしたのに小さい傷だからって放っといたら、どんどん酷くなっちゃうことがあるでしょ? それはコイツらの仕業。傷口から体の中に入り込んで、私たちの体から栄養を摂ってどんどん増える。そうすると怪我が酷くなる。病気もそう。具合を悪くするバイ菌がいて、鼻や口から入ってきて体に巣くう。食べ物が腐るのもそう。バイ菌がお肉や野菜にくっついて、それを食べて増えていくの。
清浄や洗浄の力では、水で手を洗うのと同じように粗方のバイ菌は取り除けても全部は取り切れない。残ってしまった少しのバイ菌がまた増えて、数が多くなると悪さを働くの」
バイ菌の絵をたくさん増やす。
それを訝しげな顔で覗き込んでいる二人。
「毎日、外で仕事したら手を洗ったり、お風呂に入って体をキレイにしてるよね。そうやって度々洗っていれば、増えたバイ菌がまた減るからなかなか悪さが出来ない。でも、バイ菌が付いた食べ物を食べたらどうなる? お腹の中は洗えないから……」
「お腹の中で増えちゃうの!?」
「そしたら病気になるのか!?」
二人が青い顔をして焦ったように答える。私はコクンと頷き話を続けた。
「私たち人間の方が基本的には強いから、少しくらいのバイ菌なら負けないんだけど、数で攻められたら負けちゃうね。そして、お腹が痛くなったりする。
薬草を煎じて飲んだり、傷に塗ったりするのは、薬草の中にバイ菌をやっつける力があるからなんだ。お腹を痛くするバイ菌にはお腹痛の薬草、怪我を酷くするバイ菌には怪我に効く薬草。私たちもご飯をちゃんと食べて栄養をつけて、元気に働いて強い体を持っていればバイ菌に負けないんだけど、栄養が足りなかったり、すごく疲れてたりっていう時に悪いバイ菌が体に入ると、体に戦う力が無くて病気になっちゃう。じゃあ、どうすればいい?」
「……いつも元気でいるように頑張る?」
「それもすごく大事なんだけど、食べ物が足りなかったり、怪我する時もあるよね。ひなちゃんの脚のことあったでしょ? ひなちゃんは狩りの時に怪我をして、大きな怪我だったからなかなか治らなかった。その間に傷口からバイ菌が入ってどんどん増えて、体の中がバイ菌だらけになっちゃったの。力をつけたバイ菌は狼さんたちやポチくんにも移ってしまって、みんな倒れてしまった」
「……あっ!!」
マークはあの凄絶な光景こそ目にしていないが、あの時すぐ傍で緊迫した状況を感じていた。マリーも話を聞いただけとはいえ、どれほど大変だったかを理解している。
「そこで、そういう悪いものを消し去り、寄せ付けない魔法が浄化。まず清浄で汚れをなくして、それでも残ったバイ菌は浄化で消し去る。でも、身の回りの全てを常に浄化し続ける訳にはいかないから、普段から清潔にして、きちんと栄養を摂って、体を動かしてバイ菌に負けない体を作っておくことが大切なの。……ちょっと難しかった?」
「……いや、良くわかったよ」
「はい。わかりやすかったです。……怖いですね」
「私たちの体はバイ菌をやっつけようとするけど、食べ物は戦う力を持ってないでしょ? だから、バイ菌は食べ物に付くと好き放題に増えちゃう。バイ菌たっぷりの食べ物を食べたら元気な体でも負けちゃうから、新鮮なうちに食べたり、保存食にしたりするの。バイ菌はすごく熱い、すごくしょっぱい、すごく甘い、すごく乾燥している、そういう極端な環境では生きていけないから、ちゃんと熱を通して調理したり、塩漬けにしたり、干したりしてバイ菌をやっつける人間の知恵が生まれたんだよ。食べ物は口に入れる分、特に注意したいものだから。私も料理の最中や保存食を作る時には、台や器具に浄化をよく使ってるでしょ?」
バイ菌という言葉と害をなすものについては理解出来たかな?
「浄化はホーリーの呪文の通り、聖なる力で悪しきものを消し去る魔法。光属性は光の精霊様から聖なる力をお借り出来る魔法ってことだね。だから、アンデッド系のモンスターにも効くんだよ。悪しき魂となってしまったアンデッドを聖なる光で消し去る。浄化の本来の使い途はこっちなのかもしれないけど、健やかな生活を送るためにも使いたいよね」
「……害するものを寄せ付けない、消し去る。それによって腐敗や劣化を避ける。……聖なる力のガードを付与する」
マリーはまた、イメージを取り入れるために声に出して呟いている。
「なるほど……。光の精霊様の聖なる力が、悪いものを消し去って寄せ付けない……か」
マークも何かを掴めたようだ。
「浄化が基本になるけど、癒しにしろ盾にしろ、光属性の魔法は光の精霊様の聖なる力を源としているから。そこを意識して、それぞれの魔法に合わせたイメージで魔力を使うことで、傷を癒やしたり、みんなを守ったり出来るようになるよ。攻撃魔法もそうだね。光ってる魔力の球をぶつけるってだけでなく、聖なる力が籠もった魔力を使うって考えた方が上手く操作出来るかも」
「俺、なんか……、出来そうな気がする……」
「自分の中の魔力を使うだけじゃないんですね……」
「そうだね。魔法は各属性の精霊様の力をお借りして発動しているんだと思うよ。精霊様が力を貸してくれるから、火が点いたり、水が出たりなんて奇跡が起きる。だから、驕らずに、いつも感謝して、決して自分の力だと過信しないで魔法を使えるといいね」
「ああ……!」
「はい……!」
二人はキリリとした顔をして頷いた。
それからは、実際に魔力を練って浄化の練習をした。すでに発動出来ていたマリーは、
「今までよりもパワーアップしてきた気がします」
と誇らしげにしていた。
繰り返すことでマークも、光の球を使う時のように集めた魔力に聖なる力で浄めるイメージをのせることが出来るようになり、その輝きは清白さを増しているようだった。
「頑張って練習するよ。この力はみんなを守る力だ」
力強く言い放つマークが凛々しく見える。
マリーも凜とした顔で背筋を伸ばし言う。
「その通りですね。みんなを守るために、私も、もっともっと頑張れます」
癒しや盾、回復についても、お手本を見せつつ、イメージのコツなどに触れ説明した。
実際に治してみせられない癒しに比べると、見えない盾に守られていることを実感出来る盾の方がわかりやすかったみたいだけど、疲れやスタミナを回復する回復を体感することで聖なる力が体に作用することを感じられたようなので、癒しに関してもイメージのとっかかりになったみたいだった。
「あとは自分なりのイメージを固めていってね。焦らず、一歩ずつでいいから。では、今日の勉強はここまで」
最後に二人には実践としてトイレに清浄と浄化をかけてもらい、勉強会を終了した。
マークとマリーは特に理解力のある二人なので、有意義な勉強会が出来たと思う。
他の子たちとの勉強の時にも参考に出来そうな気がする。
それぞれの個性に合わせて楽しく学べるようにしていきたいので、そこが少し難しいところだけど。
私も焦らず、一歩ずつ頑張ろう。




