第九十三話 かあちゃんは本日の成果に満足する
みんなお待ちかねのおやつタイムだ。
アンとマリーが淹れてくれたお茶もホカホカと温かな湯気を上げており、ワクワクが最高潮に達しているみんなの顔も上気している。
お皿にのせられた一片のアップルパイを前に、みんなの視線が私に集まる。
疲れた体が甘いものを欲しているんだろうなあ。
「では、いただきます」
「いただきます!!」
フォークを刺し、一口大に切り取ったアップルパイを徐に口へと運び、サクサクと軽い音をたてて噛み締めるみんな。
「ふわあ、美味しーい」
「甘くて、サクサクで」
「これがケーキか……」
みんな、瞳を潤ませて恍惚とした表情を浮かべている。
どうやら畑仕事中に、おやつに振る舞われるアップルパイについての情報をアンたちから仕入れていたらしく、「お貴族様のお菓子」として期待が膨れ上がっていたようだ。
上がり過ぎたハードルを見事クリアすることが出来たようで良かったが。
それにしても、みんな良く入るなあ。昼にあんなに食べたのに。
ケーキで言う七号サイズ、直径二十一cmのパイを八等分した一切れが、みるみるうちにみんなのお腹に消えていった。
「ほお……」
温かいお茶で喉を潤すと大きなため息を吐く。目を閉じ、たった今食べ終えたばかりだというのに、アップルパイの感動を懐かしんでいるかのようだ。
密やかな時間を大切に愛おしむ。
私も何も言わずにその至福のひと時を共有する。
「……終わっちゃった」
ヤスくんやおうとくうですらも口を噤んでいた静かな部屋の中で、儚むようにキティがポツリと言う。
美味しいものやきれいなものに感動し、終わりを寂しく感じる。
そんな情緒が育まれていることに、私も感動していた。
「みんな、美味しく大切に味わってくれてありがとう。喜んでもらえて私も嬉しい。パイはまだあるけど、さすがに今日は食べ過ぎだから、これでおしまい! また明日ね」
わざと明るく告げると、夢の世界から現実に引き戻されたかのように、みんながいつもの笑顔になる。
「ちぇーっ!」
「でも、明日も食べられるんだ!」
「うん! 楽しみー」
そこからはいつも通りのお茶を飲みながらの雑談だ。
「もう刈り入れ完了? すごいね。どんどん仕事量熟せるようになってく」
「仕事に慣れてコツや流れがわかってきたことと、純粋に体力や魔力が上がっているせいだよね。あと、今日はやる気が凄かったし」
そこでバズが、
「おやつって思うと力が出たんだよ、ね!」
とみんなに笑いかけると、みんなもうんうんと肯き合う。
「こんなお菓子が作れるんだもん。畑仕事も頑張りがいあるよー」
「頑張って麦や野菜を作れば、モモやユニやルーたちが美味しいごはんにしてくれるもんね」
「ありがとう!」
と、お礼を言ってくれたりもする。
「こちらこそ、みんなが頑張ってくれるおかげだから。ありがとう。お茶が終わったら麦の仕分けもしちゃうけど、その前に。私からも作ったものをお披露目したいです。まずはストーブ。暖房だよ。まだ試してないから完成とは言えないけど、夕食の時に点けてみようと思います。鉄製で、火を入れると熱くなるから、触らないように気を付けてね」
とストーブを指し示す。
居間に入った時点で気付いてはいたんだろうけど、ケーキに頭が浸食されていたので、今やっと改めて認識したという感じだ。
「おお、これが」
「ここに薪を入れて火を点けるんですね」
「こんなに広い部屋を暖められるのかな?」
「そこんとこが試してみないとわからないんだよね。上手いこと燃えてくれると結構暖かいはずなんだけど、暖かい空気って上の方に溜まっちゃうから。もう一台増やしてもいいし、点けてみてからその辺を考えてみようと思ってる」
みんながストーブを観察して、そうなんだーと感心している。
「この近くに集まっていれば暖かいんだろ?」
「寒かったらみんなで集まってくっついてれば暖かいから大丈夫だよ」
なんて意見も出る中、マリーとルーシーは何やら相談しているようだ。
「モモちゃん、暖まった空気が上に溜まってしまうなら、風魔法で動かしたらどうでしょう?」
「微風の優しい風で上から下や周りに回せると思うんだ」
「……それは!」
二人がやろうとしているのは、サーキュレーターだ。暖かい空気を循環させるというのは有用なはず!
「魔法で空気を部屋中に巡らせるのはすごく良い考えだよ! 良く思い付いたね。ストーブの周りだけが高温になって、離れた床は寒くなるのが問題だったんだ。試してみたい! お願いできる?」
「もちろん! 上手くいくといいね」
「試してみましょう」
魔法ってすごい。電気も機械も無くても、そんなことが出来るんだ。
でも一番すごいのはやっぱり、そこに気が付いちゃうマリーだ。
「ありがとう、マリー、ルーシー。なんとかなりそうな気がしてきた」
ともかく、暖房については試してみないことにはどうとも言えないので、
「もう一つ、みんなの部屋のことなんだけど。どの部屋がいいとか、どんな部屋にしたいとか、イメージや希望がある子はいる? 私とキティとピノとヤスくんはみんなで一部屋、ちびっ子部屋を作ろうと思ってるんだ」
「私とティナも!」
「うん! ベルと一緒!」
やっぱり二人は一緒の考えはそのままだね。
「ユニとルーも?」
「うん、そのつもり」
「一緒なら大丈夫」
頷きながら、他のみんなを見回す。
「部屋にこんなものを置きたいとか、そういう希望でもいいよ。何かない?」
「ピノはドングリ飾るの」
「そうだよね。ピノ用の机とか棚とか作るつもりだから、そこに飾ってくれる? 楽しみだね」
「私の机や棚もある?!」
キティが目を輝かせる。
「もちろん! キティはお人形とか置くの?」
「うわあっ置きたい!」
私たちが盛り上がっていると、男子たちも、
「机か……。勉強とか苦手だなぁ」
「でも、覚えて損はないぞ」
「僕も計算とか出来るようになりたい」
「オレの部屋かあ」
と考え出した。やっぱり今まではいまいちピンときてなかったんだろうな。
「個人用の部屋のイメージが良くわからない子もいると思うので、一部屋、見本を作ってみたんだ。その通りじゃなくてもいいんで、ちょっと見てもらってもいいかな?」
男子部屋の一室に案内する。
さっき、すでに確認済みのアンたちは、ニコニコしてみんなを誘導してくれている。
「びっくりしますよ」
「お部屋欲しくなるよ!」
「勉強だってしたくなりますよ」
資材倉庫に一番近いという理由で選んだ、その部屋にだけ付いている扉の前にみんなが集まる。
「置くものや配置なんかは自由にしていいんだからね。これは見本。参考になったら、自分の部屋ならこうしたいって考えてみてね」
前置きしてから扉を開く。
「うわあっ!!」
みんな驚きの声を上げて、部屋の中へなだれ込む。
さすがに十四人と三匹は多すぎだ。先に見ている私たち四人は入り口でみんなの様子を見ていよう。おうとくうも中には入りきれなくて、入り口にいてくれてる。
「すごーい!」
「素敵!」
「こんな風になるのか」
「これが自分の部屋……」
みんな思い思いに、ベッドの感触を確かめたり、机や棚、クローゼットなんかを物色したり、床の敷物の上やカウチに座ってみたりしている。
「これは楽しいぞ!」
スルスルッと梯子をよじ登って、ヤスくんがロフトに上がった。
ベルとティナも気付いて、ヤスくんに続いてよじ登る。
「狭いから気を付けてね」
キャーキャーとはしゃぐベルとティナ。やっぱりこういうの好みだよね。
「これは何のために?」
「物置ですか?」
「いや、こういうのも楽しいかなって。遊び心」
あー、うん、とみんなが納得している。
「モモはこういう変わったこと考えるの得意だもんな」
ジェフに言われてしまった。
「屋根裏部屋みたいで楽しい!」
「私ここで寝たい!」
「うん、そういう希望を言ってくれたら、出来るだけ頑張るから。でも、ベルとティナ、落っこちないように気を付けてね。柵をつければ大丈夫かな?」
それからは、みんなもこの部屋で過ごす時間のことや、ふかふかのベッドで眠ることに思いを巡らせ、部屋を持つことが楽しみでしょうがなくなっていた。
一頻りあちこちを見て回ったようなので、
「部屋のことは各自考えてもらうとして、そろそろ大麦を片付けようか。お風呂に入って夕食の支度もしなきゃだし。続きはまた夜にね」
子供たちを促し、名残惜しくも部屋を後にする。
みんなで畑に行き、本日の収穫を見せてもらう。空いた畑には刈り取られ乾燥された大麦が山と積み上げられていた。
「何度見ても壮観だね……。みんなすごいよね」
思わずぼーっと見つめ続けてしまいそうになるが、まだやることはあるんだから、早く片付けなくちゃね。
前回の小麦同様収集の魔法を使い大麦を藁と麦の実に分ける。大麦もしっかり八十kgの収穫が出来ていた。
子供たちは手早く藁をロープで括り束にしていく。麦は種麦にする分、食料にする分に分けられ、藁束とともに畑用の物置や各倉庫に運び込まれた。今回は藁もきちんと畑用と資材用に分けて保管されている。
空だった大麦用の貯蔵庫にも麦の袋が積まれ、だんだんと増えていく備蓄にみんなも嬉しそうだ。
畑の掃除も済み、片付けを終えたのでひとっ風呂浴びに行こう。
◇
女風呂では、おやつの感想や個室部屋の話題で持ち切りだった。
「アップルパイはジャムを超えてしまったよ……」
ルーがうっとりするように言葉にすると、女の子たちはみんな先程のおやつタイムに想いを馳せ、ため息を吐く。頬が上気しているのは温泉のせいだけではなさそうだ。
恋する乙女のような表情を浮かべているが、頭の中にいるのは愛しのアップルパイ様。まだまだ色気より食い気ってことなのか。
それとも甘味の依存性ってやつ? いろんなスィーツを披露したいと思ってるんだけど、少し気を付けた方がいいのかな?
「でも、甘い物の食べ過ぎは体に良くないんだよね、モモ」
「え? うん、そうだよ」
「はあ、残念だけど、たまに食べれるだけでも幸せだよね」
「そうだよ。あれはお貴族様のお菓子だもん」
「うんうん」
なんだろう。自重しなきゃと戒めていた私より、よっぽどみんなの方がしっかりしてる。反省。
私がアップルパイよりも自分の甘さについてため息を溢していると、話題は部屋のことに移っていた。
「あんなかわいいお部屋が持てるなんて夢みたいだよね」
「ああ、あそこで本を読んだり、勉強したり……」
「ベッドがふっかふかだった!」
「秘密基地みたいにしようね!」「ね!」
「お人形とか飾るんだあ」
「楽しみですね」
みんなキラキラした瞳で語っている。そこには希望が満ちている。
「毎日、楽しいことばっかり!」
「美味しいものや素敵なお部屋!」
湯気の向こうに浮かぶみんなの笑顔を見ると、温泉で温められた体以上に心がほっこりした。




