第九十話 かあちゃんは石窯を活用する
十二個のパイを二枚の鉄板に並べ窯に入れる。
アンもマリーもルーも初めての料理に興味津々、期待に満ちた顔をして窯の中を覗いている。
「パンと同じくらい焼くから。その間にキッシュも作るよ」
窯の前から三人を引っ剥がしてキッシュの作り方を教える。
パイのツヤ出しに使った溶き卵に、さらに卵を足して溶きほぐす。豆乳、マヨネーズ、チーズ、塩コショウを加えて混ぜる。そこに小さく切ったベーコンと茹でて水気を搾り、食べやすく切ったほうれん草も投入して混ぜ合わせる。
キッシュ生地を敷いたパイ型に、この卵液を流し込めばあとは焼くだけだ。
「これも簡単だね」
「こっちはしょっぱいの?」
「そうだね。今焼いてるパイはお菓子、こっちは食事って感じかな?」
パイが焼き上がるまでは、まだもう少しかかりそうなので、玉ねぎをみじん切りにして炒めておく。これは冷まして使いたいので玉ねぎの色が透き通ったら火から下ろしておく。
パイの焼き時間がわからないので、そろそろかな? と思った辺りからはみんなで窯の前に張り付いて中の様子を気にしていた。
すでにパンと同じくらいは焼いていると思うんだけど、まだ色味が白っぽい。もう少し焼いた方がいいかな? と様子を窺っているうちに釘付けになってしまった。
パンより大分長めの四十分くらい焼いただろうか。やっとこんがりと美味しそうな色合いになってきた。
窯の扉を開けると、
「うわあ、いい匂い!」
「美味しそうですね!」
「こんな料理初めて見ます」
焼きリンゴンが大好きなルーはもちろんのこと、アンとマリーも鼻をピクピク、目をキラキラさせている。
「少し冷ましてから型から外すから、そしたら味見してみようね」
三人とも首をブンブン振っている。かわいい。
パイもスノコに載せて粗熱を取っている間にキッシュも焼いていこう。だんだん窯の温度も下がってきてるから、これも三十分くらい焼いていいかな。
キッシュも窯に突っ込むと、次は昼食用の肉料理を用意する。窯でハンバーグを焼いてみよう。
ミンサーを持ってきて、シーローのロースとバラを一kgずつ、猪のバラをニkg、ミンチにして合い挽き肉を作る。
少しの塩を加えて粘りが出るまで練った肉に、先ほど炒めておいた玉ねぎ、卵、臭み消しのためにハーブと胡椒も入れる。
パン粉が欲しいんだけど、焼き立てのパンはさすがに使えないので、パイ型に敷いた時にはみ出たパイ生地とキッシュ生地の切れ端を使おうと思う。パイを焼く時に鉄板の空いた隙間に並べておいたんだ。
カリカリに焼けたそれをガシガシ崩して豆乳でしっとりとふやかす。それも加えると、全てが混ぜ合わされるようにひたすらお肉を捏ねていく。
アンとマリーにはサツマイモの用意をお願いしている。細めのスティックに切ってもらった。
キッシュも焼き上がり、スノコに移して、今は芋けんぴや落花生を焼いている。
「このお肉はどうするの?」
よく捏ねられたハンバーグ種を見つめて、ルーがワクワクした声を出す。
「ハンバーグってお料理だよ。これも窯で焼くんだ。種は出来上がったけど、これから成形しなくちゃいけないの。数が多いから大変だけど、みんなで手伝って」
説明しつつ、ぐちゃぐちゃに練り合わされた種を手の平に乗るぐらい取り分けて、丸く形作りながら両手の間でビタンビタンとお手玉のように左右交互に叩きつけていく。
繰り返すことで丸くて平らなハンバーグの形になっていく。
「こうやって叩きつけて、中の空気を抜きながら平べったくしていくの」
「ふふふ、ももちゃんのお料理はいつも粘土遊びみたいですね」
「えーっ、だってこういう料理なんだよ?」
みんなで笑いながら大量のハンバーグを作っていく。
楽しく遊んでいるような作業を続けると、五十枚程のハンバーグが出来た。
「後は焼くだけだけど、落花生がまだ焼き上がらないね。一休みして、さっきのアップルパイの味見しようか」
「やったー!」
「お茶も淹れて一息つきましょうか」
ハンバーグ作りの途中で芋けんぴは完成したけど、落花生は先程窯に入れたばかりなので、少しだけ味見を兼ねたおやつタイムにしよう。
アップルパイを一つ型から取り出して八等分に切り分ける。一切れずつ食べてみよう。
型から外せる程に粗熱は取れているけど、まだほんのりと温かい。
断面には少し湯気の上がるとろりとした煮リンゴンがキラキラ輝いて顔を見せている。シナモンの香りが鼻孔をくすぐり、否が応でも期待が高まる。
アイスクリームとか添えると最高なんだけど!
さすがにアイスは作れないなぁ。うう、残念!
マリーが淹れてくれたお茶も用意され、調理場の作業台で一休み。土魔法で作った椅子に腰掛け、待ちに待ったアップルパイにサクッとフォークを入れる三人。
一口分をそっと口に入れると、サクサクと軽快な音を立てる。
アンは思わず瞳を閉じて、マリーは逆に目を見開いた。ルーの体がブルッと震える。
「……うわあ、この噛み心地」
「とろーりと甘くて、サックサクです!」
「これは……! これは、すっごぉーく美味しい!!」
感動を顕わにした後は、夢見るような顔で味わっている。
そんな娘たちにニヤニヤしながら、私も一口。
「おお、これは……」
サクサクのパイ生地も上手に焼けているし、リンゴンもシャクシャクしていて、程良い甘さとシナモンとバターのいい香り。
石窯で焼くと上からの直火じゃないので時間はかかるけど、焦げずに、しかも生焼けじゃなくサクサクに焼けるようだ。
素晴らしい出来栄えだった。
「はあー、美味しい」
お茶を一口飲んで、一言。
「これ……。これってもしかして、これがケーキですか!?」
マリーの瞳が輝いている。
「うん。焼き菓子だけど、ケーキの仲間だね。パイって言って、バターたっぷりの生地を何度も折り畳むことで、このサクサク感が出せるんだよ」
「ああ、こんな貴族様が食べるようなものを食べられるなんて……」
「私たち幸せだねぇ……」
「精霊様とももちゃんのおかげですね……」
三人とも感極まったようにうっとりしている。
「うん、これだけふんだんに材料を使えるのは精霊様の御加護のおかげだよね。本当にありがたいよ。でも、みんなが頑張ってくれてるおかげでもあるからね。ありがとう」
そうして、落花生が焼き上がるまで一頻り、甘いお菓子とお茶をのんびり楽しんだ。
落花生が焼き上がったら、いよいよハンバーグを焼いていく。
窯の温度も下がってきてるので、じっくり肉汁を閉じ込めて焼いていけるだろう。
休憩を終えた私たちは、パイを型から外したり、鉄板を洗ってトマトを並べたり、他にも使った調理器具を片付けたりしていく。
窯からは肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。
私たちはちょいちょいつまみ食いしてしまってるけど、そろそろお昼なので畑仕事をしているみんなにはたまらない匂いだろう。
きっと匂いに釣られて、仕事を一段落させて戻ってくる頃合だと思う。
「お昼はこのお肉でしょ? 他にも何か作る?」
「生食出来る野草やトマトとお肉を、薄切りしたパンで挟んで食べようと思うんだ。何か飲み物でも付けようか?」
「うわあ、美味しそう! それなら、前にピザの時に作ったベリーのソーダは?」
「いいね、合いそう。じゃあ、それで準備しようか」
「一応、もうすぐお昼だって声をかけてきますね」
「そうだね。お願い」
アンが畑に向かって駆けていく。
残った私たちは野草を洗ったり、トマトをスライスして具を用意する。パンもスライスして、ベリーを搾ってソーダを作ったりしながらお肉の焼き上がりを待った。
「すっごい良い匂いだね!」
「肉焼いてるのか!?」
「美味しそ-!」
「お腹ペコペコ!」
畑仕事を一段落させたみんなが戻った頃、ちょうどお肉も良い感じに焼けていた。
「じゃーん!」
窯からお肉の並んだ鉄板を出すと、ジュウジュウと音を立てるハンバーグが衝撃的に美味そうな匂いを放つ。
「うわっ!」
「たまんねー!」
「手ぇ洗ってくる!」
みんなバタバタと洗面所に走っていった。
腹ペコのみんなのために急いでハンバーガーを作らなくちゃ。私たち四人は流れ作業のように、パンに野草をのせ、ハンバーグをのせ、ケチャップをかけ、トマトをのせて、もう一枚のパンで挟む。次々に作っていると、手を洗ってきたみんなが出来上がったハンバーガーをお皿にのせて運んでいく。ベリーのソーダも。
全員分が行き渡ったので、私たちも席に着いた。
「みんな午前中のお仕事お疲れさまでした。もうお腹ペコペコでしょ? 話は後にして、取り敢えず食べようね。では、仲間と森と大地と精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!!」
「そのまま手で持って食べるハンバーガーっていう料理だよ。ガブッと齧り付いちゃってOK!」
「はーい!!」
みんな両手で持った具のたっぷり挟まったパンに大きな口でガブリと齧り付いた。
口いっぱいのハンバーガーをモグモグと咀嚼してゴックンと飲み込む。
「うんまぁーい!」
「なんだ? この肉!」
「柔らかくってジューシー!」
「うおっ肉汁が!」
美味しい、美味しいと夢中になって食べてくれてる。
私も大口を開けてガブリ!
新鮮な野草とトマトに、肉汁がジュワッと染み出るハンバーグ。シンプルなケチャップ味だけど、肉の旨味が肉汁にたっぷり出ていて混ざり合い、深い味わいとなる。
それを吸い込む焼き立てのふわふわのパン。
んーっ、美味い!
肉の脂でべとついた口の中はベリーソーダが爽やかに漱いでくれる。
そしてまたハンバーガーをガブリッ。
さっきアップルパイも食べてるのに、私も無我夢中で齧り付いてしまっていた。
「肉を挽いてからまとめて焼いてるから、こんなに柔らかくて肉汁もたっぷりなの?」
ルーの料理の着眼点は素晴らしい。
「そうだよ。脂の多いバラ肉とロース肉を混ぜたからってのもあるし、つなぎに卵やパン粉を入れてるせいでもあるね」
「すんごい美味しい! ルー作り方覚えた? 私にも教えて!」
ユニもめちゃくちゃ食い付きがいい。
「もちろん!」
具だくさんの大きなハンバーガーだったので、私は一個でお腹がいっぱいになってしまったけど、年長男子たちはもちろん、畑仕事を頑張った女の子たちもおうとくうも二個、三個と頬張っていた。小さいキティとピノも二個食べてたよ。
良く食べる男の子たちもいるし一人一個では足りないかな、とは思っていたので、おかわり用を少しは用意してはあったけど、まだ足りずに作り足した程だった。
ハンバーグはどの世界の子供も大好きだね。
ポンポコのお腹を落ち着かせるため、胃もたれに効くミント入れたお茶を飲みながら食休みする。
バズからの報告では、畑仕事も極めて順調に進んでいるようだ。
「美味い飯食べたから、午後もバリバリ頑張れるよ!」
ちょっと今は動けないけどね、と小さく付け足していたけど。
みんな苦しそうながらも晴れやかな笑顔を見せている。
「お腹が落ち着いたら、また焼き上がったパンとかをしまうの手伝ってくれる?」
もちろん! と快く引き受けてくれたみんなと、しばし休憩してから、またパンを油紙に包んで番重にしまっていくのだが、パイやキッシュを見たみんなに「コレは何!?」と問い詰められる。
お腹がはち切れそうだったはずなのに……。
さすがに今は食べ過ぎなので、後ほどおやつに出すから……と宥めて、なんとかその場を収拾したのだった。




