第八十九話 かあちゃんは二度目のパンを焼く
今日はパン焼きの日なので少しだけ早起きした。
ルーたちにもパン生地の作り方をもう一度教える約束だ。他の子を起こさないようにそっと二人を起こした。
昨晩作っておいたパン種に小麦粉を入れて混ぜ合わせる。豆乳、液糖、塩、卵を少しずつ加えていき、最後にバターを入れたら一塊になるまで捏ねていく。
材料はふんだんに使っているがここまではルーたちの知るパン生地作りと大して変わりない。二人は一生懸命、材料とその分量を覚えている。
計量カップや秤があるわけではないので、何回も繰り返して出来るだけ正確な目分量を体に覚えさせるしかない。大変だけど頑張って!
しっかり捏ねた生地は、二倍以上に膨らむまで濡れ布巾をのせてしばらく発酵させる。
その間にパン焼き窯の用意をするので、ジェフとコリーにも起きてもらい、窯に火を入れてもらう。
せっかくのパン焼きの日なので、朝食はまたピザにしよう。今日は肉もある。
窯が温まるまでにトマトソースや具材の準備をしていく。トマトソース用にトマトを切っている時にふと思い付いた。
切ったトマトを窯の温度が下がったところで窯に入れればドライトマトが作れるかも。
ちょうどトマトは昨日収穫したところなのでいっぱいあるし、種を取り出さないと次の種蒔きが出来ない。種を増やすためにも、昨日収穫したトマトは少し残してドライトマトにしてしまおう。
と言う訳でユニとルーにも手伝ってもらって、朝っぱらからせっせとトマトを切り、種を取り出す作業に精を出した。
窯が充分な温度になる頃にはパン生地の一次発酵も終わっているので、作業台に叩きつけてガス抜きをしてピザ用に少し分け、残りはもう一度捏ねて分割してから濡れ布巾を被せて二次発酵させる。
「手間や材料はかかるけど、作り方はそんなに難しくないね」
「うん、作業は覚えちゃえば簡単かも」
問題は分量なんだよね、とぼやく二人だけど、
「材料がたくさんだから贅沢だけどね。ここではいろいろ揃っていてありがたいね」
という私の言葉にはうんうんと嬉しそうに顔をほころばせていた。
ピザ生地は丸く薄く伸ばしてトマトソースを塗り、トマトや玉ねぎ、燻製にした猪ベーコンの薄切り、バジルなどをのせてチーズをかける。
ユニとルーはトマトソースの上にお芋とベーコンをコロコロと小さな角切りにしたものをのせてマヨネーズをかけてチーズを散らした。
おお! それ美味しいやつだ! 絶対!
ぞろぞろと起き出してきたみんなも、
「おはよう! 今日はパン焼きか!」
「あ、それ! ピザ?」
「やったー!」
と朝から元気いっぱい楽しそうだ。
高温の釜でカリッとふっくら焼き上がったピザを食べながら、今日の予定を確認したり、これからのことも含めて話をしよう。
でもまずは、みんな待ちに待ってる大好物のピザを堪能してからだよね。
食前の挨拶をして、焼き立て熱々のピザを皿に取り頬張る。
やっぱりベーコンがのるとボリュームが違うな。
みんな、ハフハフ、うまいうまいと食欲旺盛だ。
ユニたちの作ってくれたベーコンポテトピザは、ベーコンの脂とマヨネーズから出る油でお芋がカリカリになっていて破壊的に美味しかった。これはカロリーも破壊的だろう。
朝から重めのメニューだけど、これからガンガン働くんだからしっかりエネルギーを摂らなくちゃいけない。だからOK。
……ってことにしよう。
「今日穫れる大麦は少しお酒にしてもいい?」
「いいけど、お酒なんて誰が飲むの? 料理用?」
「果実酒を作って、次に狩りに行く時にポチくんのお土産にしようかと思って」
「ああ、それはきっと喜ぶね! 作ってあげてよ」
みんなも賛成してくれた。
狩りに行く前にみんなの魔法の腕前も、もう少し底上げしておきたいところだ。
明日は畑の片付けの日で今日よりは仕事が少ないので、畑の片付けと干物作りに分かれて作業するとしても、少しは手が空くことになりそうかな。
午前中から少人数ずつ属性毎の魔法レッスンもやれそうだな。午前中は光と闇、午後は火と風、夜は水と土って感じかな?
一度、属性毎のレッスンをやってみることで今後の訓練計画が立てやすくなると思う。
そんな風に先の予定を考えていると、
「次の狩りっていつ頃行くんだ!?」
ジェフがワクワクした顔で質問してきた。
……が、
「まだ前回のお肉を片付け終えてないからね。もう少し先かな?」
と答えたら、みんなもちょっとがっかりしてしまった。
「狩りもだけど、寒くなる前に湖にも行ってみる約束だったでしょ?」
みんなが顔を上げて笑顔を見せる。
「私は今日の午後に居間に暖房を作ってみる予定なんだけど、前から言ってる個人用の部屋も少しずつ進めたいと思うし。魔法の勉強も始めようって話したよね。お出掛けも楽しみだろうけど、家の中でもお楽しみは目白押しだよ。畑のスケジュールの合間に湖に行ったり、狩りに行く計画も入れていこうね」
みんなの顔がまたワクワクした顔になった。
「それじゃあ、お楽しみのためにも今日は畑の刈り入れと乾燥をよろしくお願いします。アンとマリーとルーは午前中はパン焼き頑張ろうね!」
朝食を済ませたみんなは意気揚々と畑仕事に取り掛かる。
私たちはパン焼きだけど、その前に毎朝のトイレと鳥部屋の掃除や干し台を出す仕事を終わらせてしまおう。
「トイレは私が」
マリーが申し出てくれた。
「では私は干し台を」
アンも買って出てくれる。
「なら、私が朝食の片付けをしちゃうね」
ルーも。
ありがたく作業分担を任せて、私は手早く鳥部屋を片付けてくる。今日も卵をありがとう。
トイレと鳥部屋掃除を済ませた私たちはアンの手伝いをする。その間にルーはピザに使った鉄板も洗っておいてくれてあった。
「三人ともありがとう。それじゃあパン焼きにかかろうか」
二次発酵を終えたパン生地をガス抜きして分割して形成していく。
プレーンの他にもドライフルーツ入りのものやナッツ入りのものも用意した。
窯の温度も丁度良く落ち着いてきたようなので、第一陣が鉄板に並べられて窯に入っていく。
今回がここに来て初パン焼きのアンとマリーは、やっぱりガラス窓から興味津々で中の様子を窺っている。
わかる、わかる。
私とルーもへばり付きたかったが、今のうちにやっておきたい仕事もある。様子見はアンとマリーにお願いして、第二陣用のパンを鉄板に並べたり、冷ますためのスノコや番重、油紙などを用意する。
そんなことをしていると、あっという間に二十分くらい経つもので、一回目のパンがいい色に色付き、大きく膨らみ、こんがりふっくらと焼き上がっていた。
「出来上がりですか?」
ドキドキした様子のアンとマリーに頷き、窯を開け鉄板を取り出す。
ああ、焼き立てのパンのいい匂い!
手早くスノコの上へ移していく。
やっぱりお腹がいっぱいでも、この香りはたまらないよね。みんなでゴクンと唾を飲む。
「上手に焼けているか確認しようね」
一つパンを取り、ミトンをした手で割るとホカホカと湯気が立ちのぼる。麦の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
焼き立ては柔らかいので、力を入れると潰れてしまいそうだ。
熱々のパンをそっと千切ってみんなで試食する。
外は黄金色、中は真っ白なふわっふわの焼き立てパン。
「ふわあ……!」
みんな蕩けそうな顔をしている。
「美味しいですぅ」
「いくらでも食べちゃいそう」
焼き立てのパンは極上のご馳走だよね!
しかし、これは味見なので欲望をグッと堪えて、
「上手に出来てたから、この調子でどんどん焼いていこう」
と第二陣を窯に入れていく。
一度に三十個のパンが焼けるので、四回焼けば百二十個。三日分なら充分だろう。
二回目のパンを焼いている間に一回目で使った鉄板を洗って冷ましておき、すでに冷めているピザに使った鉄板に次の分の生地を用意しておくなどの手順も、前に一度やっているルーは完璧だ。
アンとマリーも後ろ髪引かれつつも、見ているだけでは申し訳ないと手伝ってくれている。
この調子で手際良く焼いていくと、三時間もかからずにパンは焼き上がるだろう。
「パンが焼けた後の窯で、まだ料理が出来るから。その用意もしておこうね」
「また焼きリンゴン作るの!?」
ルーが嬉しそうに言う。
「お昼までにたっぷり時間がありそうだから、もうちょっと凝ったものにしてみようか」
アップルパイやパンプキンパイ、キッシュなどに挑戦してみよう。あとは肉料理。
温度が下がってきたら前回同様、芋けんぴや落花生、今回はドライトマトも作って保存食も増やせる。
二回目のパンが焼き上がるまでに食材を取ってきてしまおう。
食料倉庫から食材や小麦粉、地下からは調味料や肉を集めてくる。
大豆から豆乳やバターやチーズも作る。
二回目のパンが焼き上がり、三回目のパンを焼いている間に食材の下拵えをしていく。
「ルーは火打ち石で火を着けれる?」
「ごめーん、私ヘタクソなんだよ」
私もだ。畑仕事の手を止めるのは申し訳ないけど、ジェフかコリーを呼んでこようかと思った時、
「私、出来ますよ」
マリーが手を上げた。
火口にする綿と火打ち石セットを渡すと、鮮やかな手並みでかまどに火を着けてくれる。
「やっぱり火打ち石があると楽ですね」
と言うマリーに、私とルーはパチパチパチと拍手を送った。
「すごいね! 一発!」
「私がやっても火花が出るだけで火が着かないんだよ」
「持ち方だと思いますよ。火花が出るなら慣れればすぐ出来ますよ」
さすがマリーだ。今度教えてもらおう。
火を着けてもらったかまどではカボチャやほうれん草を下茹でしたり、リンゴンをバターとワインと液糖で煮詰めたりしていく。
その間にパイ生地も作っていこう。
小麦粉に溶かしたバターを混ぜて練る。そこに冷水を足していき、柔らかめにまとまったら麺棒で伸ばして三つ折りにし、九十度回してまた伸ばしては三つ折りにし、と三回繰り返す。
キッシュの生地は小麦粉に溶かしバターと豆乳、塩を入れて練ればいいので楽ちんだ。
三回目のパンも焼き上がり、四回目を焼いている間に、土魔法でパイ型を二十個作る。
十二個にはパイ生地を敷いて、八個にはキッシュ生地を敷く。
六個のパイ生地にはシナモンを入れた煮リンゴンを入れて、上に格子状に細く切ったパイ生地をのせて、ツヤ出しに溶き卵を塗る。
もう六個のパイ生地には、茹でて潰したカボチャにバターと豆乳と液糖を混ぜて作ったカボチャフィリングを入れて、上から十字に切れ目を入れたパイ生地で蓋をし、こちらも溶き卵を塗る。
ルーに教えながら作業をしていたので、パイの準備が出来上がる頃には四回目のパンも焼き上がった。
私とルーが料理の方にかかりきりになっている間、パンの面倒はアンとマリーが見てくれていた。
スノコの上にズラリと並ぶ百二十個のパン。(正確には百十九個だけど)
初めてのパン焼きにもかかわらず、後半ほとんど丸投げ状態にされてしまったアンとマリーは、やり遂げた顔付きで額に汗を浮かべていた。
「お疲れさまでした。二人に手伝ってもらって良かった。これで今回のパン焼きは完了だけど、これから美味しいものを作るからね。楽しみにしててね!」
キャーッ! と期待に満ちた歓声を上げる女の子たち。
――それでは、早速パイを焼いてみよう!




