第八十八話 かあちゃんは娘たちと台所に立つ
「それじゃあ、みんなでお料理しよう。こういうのも楽しいね」
コリーに付けられたお目付役のみんなを従えて、ゾロゾロと調理場へ向かう。
夕食作りと一緒に焼き干しを炙る仕事もあるので運ぼうとしたら、みんなにサッと取り上げられた。
荷物を持たせて先頭を歩くって。
どこの御大尽だ、私は。
調理場では泥抜きをしていた川エビを確認するが、やはり川の水がキレイなせいか、ほとんど水は汚れていなかった。一応もう一度水を替えておこう。
今日はこれで唐揚げとかき揚げを作ってうどんにするつもりだ。まずは生地を作るところからかな。
「夕食はうどんにするよ。材料を取ってくるね」
さすがに料理は自由にやらせてもらえるようで、やっと大名行列から解放された。
小麦粉と片栗粉、調味料各種に酒、玉ねぎ、人参、本日採れたてのカボチャもかき揚げに入れよう。
それから前回の魚とりでコリーが干してくれた焼き干しの小魚を少し分けてもらった。
材料を持って調理場に戻ると、これからうどんを作ると聞いたルーがみんなを仕切って、鍋やボウル、ザル、麺棒や布巾などの調理器具を用意してくれてあった。
「ルーありがとう。気が利くなあ」
「うどんは前にも作ったからね。うどんの時は、ぱすたましん? あの道具は使わないよね?」
「うん、あれだとちょっと麺が細くなっちゃうからね。完璧!」
みんなにもお礼を言ったら、それではうどんを打っていこう。
と、その前に、小魚は頭を取って鍋に入れ、水に浸しておく。今日は小魚出汁のめんつゆにする。
うどんの生地は、まずは塩水を作り、小麦粉に少しずつ足しながらひとまとまりになるまで混ぜていく。
ボロボロしだす粉を丁寧に潰しながら混ぜていくと、ほんのり黄色味がかった生地になる。
「さあ、これをみんなでしっかり力を入れて捏ねていくよ」
「今日は踏み踏みしないの?」
「みんな身体強化が上手くなったからね。腕の力でいけると思うよ。やってみよう」
足で踏むのは女子供の腕力では足りないからだ。でも今はそこらの大人より力を出せる。きっと大丈夫。
生地を分け、マリーに清浄と浄化をかけてもらった調理台の上で、体重をかけながらグッと押しては捏ねていく。平たくなったら畳んで、また押してと繰り返していくと、生地はだんだん硬くなり、表面は滑らかになっていく。
みんなふうふうと息を荒げながらも楽しそうだ。
「なんかお料理って感じじゃありませんね」
「ふふふっ土を捏ねて遊んでるみたいです」
「こんなお料理ならお手伝い楽しい!」
「ね! 力いっぱい捏ねるの面白い!」
「大変だけど頑張ると美味しくなるんだよね」
「うん、頑張る!」
ルーとキティは麺打ちの経験があるが、他の四人は初めてだ。アンとマリーはパン生地作りの経験はあるようだが、ここまで力ずくで捏ね倒すことはなかったという。
「そうだ、明日のパン生地も準備しなきゃね。どうしようか、また二種類作る? 大分冬支度の余裕が出てきたから、パン焼きの日を増やせると思うんだ。柔らかいパンを週に二回焼いていくことも出来そうだけど」
「柔らかいパンの作り方も覚えたいな。もしも……、私が大きくなって料理人になれたら……あんな美味しいパンをみんなにも食べてもらいたいから」
「……うん、ルーならきっとなれるよ。美味しいものを食べてもらいたいって素敵だね。応援するよ」
少し恥ずかしそうに語るルーの夢の話にちょっとジーンときてしまって、気が付くとうどんの生地はいい感じに捏ねられていた。濡れ布巾で包んでしばらく休ませておく。
「じゃあ、今のうちにパンの準備もしちゃおうか。マリー、清浄と浄化をお願い出来る?」
前回、酵母作りに使った容器にマリーに魔法をかけてもらって殺菌したら、アンにキレイな水を出してもらって干しぶどうとともに入れる。しっかり蓋をして上下に十回くらい振って馴染ませたら、人が多く比較的暖かい居間の棚に置いておく。
「前回は魔法で一気に酵母を作っちゃったけど、これは魔法を使わない作り方ね。これを毎日一回軽く振っては少し蓋を開けてガス抜きするのを一週間くらい繰り返すとレーズン酵母が出来上がるよ。これを使ってパンを焼けるのは次の次のパン焼きの時になるね。冬になって寒くなれば、この酵母を一カ月くらいは保存出来るようになるけど、毎回パン焼きの時に次々回の分を仕込んでいけばいいかな。明日の分は魔法で作っちゃうことになるけど、……今はやめとくね」
魔法で、と言った途端、みんなの目が厳しくなった。
「夜に残ったMPでやるか、明日の朝に一気にパン生地まで作るようにするよ。今はやらないから、そんなに見つめないで」
みんながうんうん、よしよし、といった感じで頷いている。
勢いに任せて魔法を使うのはやめようと胆に銘じた。
何度目の決意かわからないけどね……。トホホ。
それからはかき揚げ用の野菜を切ったり、エビを酒に漬けておいたりと夕食の下拵えを済ませていった。
乾燥を終わらせたコリーたちに報告を受ける頃には、お昼過ぎからおうとくうを連れて出掛けていたヤスくんも、今日は薪用の小枝をたくさん拾って帰ってきた。
「まだ木を伐るのは無理だったや。木をいっぱい取ってきたら、かあちゃん喜ぶと思ったんだけどな」
「この枝だってすごーく嬉しいよ! 冬になると薪をいっぱい使うんだ。ヤスくんもおうとくうもありがとうね」
みんなでヤスくんたちに感謝したり、褒めたりしながら薪を倉庫に運び込んでいると、バズたちも種の確保が一段落したということで戻ってきたので、みんな揃ってお風呂にも出掛けられた。
なんだかすごく順調だな。
みんな毎日忙しく働いてはいるけれど、気持ちにゆとりが出来ている。私が魔法を使わなくても、子供たちだけでも畑以外はきっと回せるんだろうなぁ。
逆に私が手を出し過ぎてはいけないところまで、もう来てるんだろう。ちょっぴり寂しい気持ちにもなるけど、これは喜ぶべきことだ。
お風呂にのんびり浸かりながら、そんなことを考えていた。
お風呂の清浄と浄化もマークとマリーがやってくれたので、私は手を出さなかった。
だんだん回復はしているんだけどね。
家に戻ると、バズ、マークと乾燥チームは残りの種の回収と乾燥に向かったので、午後と同じく、私と女の子六人で夕食作りを進めよう。かまどには火を入れてもらった。
私たちがうどん生地を用意する間に、ユニとルーには焼き干しする魚を炙っておいてもらおう。
休ませたうどん生地は、また少し捏ねたら伸ばして、打ち粉を振り、三つ折りにして切れば完成だ。こちらはアンたちに任せてしまおう。
魚の入った鍋は今はかまどの上だ。このまましばらく出汁を煮出す。焼き干し用の魚が炙り終わったらつゆはルーたちにお願いしよう。
ということで私の仕事は揚げ物となる。
酒に漬けた川エビは水分を拭き取って、半分は片栗粉をまぶして唐揚げに、もう半分は野菜とともにかき揚げにする。小ぶりのエビなのでワタを取ったりする必要もなく、殻付き頭付きのままカラッと揚げてしまえばいい。ひたすらせっせと揚げていく。
私が揚げ物を終わらせる頃には、うどんも切れていた。なかなか良い出来で、初めての作業なのにアンたちが頑張ってくれたことが窺える。
続けて、アンとマリーには揚げ物をお皿に盛り付けてもらい、ベル、ティナ、キティには炙った魚を貯蔵庫に並べる仕事をお願いした。
ルーたちに任せたつゆの方も良い具合に仕上がっている。もう、和食の味付けもお手のものだね。
そんな二人は今はうどんを茹でてくれているので、私は出汁をとるのに使った小魚を酒と液糖と醤油で甘辛に煮ていく。これでおかずがもう一品増えた。
ルーの手際がとても良いし、みんなで手分けすれば料理も捗る。バズたちが戻ってくるまでに夕食の用意も整い、お腹ペコペコのみんなの前にはかき揚げうどんと塩を振った川エビの唐揚げ、小魚の佃煮が並べられた。
「今日も一日お疲れさまでした。今日の夕食はコリーが取ってくれた川エビと、みんなが採ってくれた野菜の天ぷら、アンたちが打ってくれたうどんだよ。味付けはルーたちがしてくれました。みんなが気遣ってくれたので私も大分回復しました。今後気を付けます。ごめんなさい。
それでは、優しい仲間と大地と森と精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!」
反省した私の様子ににこっとすると、みんなしてうどんを食べ始める。
私は天ぷらはサクサク派なので、サッとつゆに浸けるとすっかりふやけてしまう前に齧り付く。サクッと歯応えを楽しむと、玉ねぎ、人参、そして採れたてのカボチャの甘みと川エビの香ばしさが口の中に広がりたまらない。
油の染み出たおつゆを一口。
うーん、小魚の出汁でより日本のめんつゆに近付いた感じ。日本酒や昆布が手に入らない以上、これが最上と言えるだろう。
手打ちの茹で立てうどんは、みんなが頑張ってくれたのでしっかりコシがあって口当たりもツルツルで。
「はあー、美味しい、あったまる」
お風呂に入った時のようなため息が出てしまう。
「うん、すっごい美味しい!」
「この魚の煮たのも美味いよ」
「こっちのエビも!」
「カリカリで美味しー」
ヤスくんとおうとくうも上手にうどんを食べている。ユニが微風で冷ましておいてくれたのかな?
「うめーなあ」
「おいしー!」
「しあわせ!」
うんうん、かあちゃんもとっても幸せだよ。
お茶を飲みながら明日の予定を確認する。
「畑は大麦の刈り入れと乾燥でしょ? 私とルーはパン焼きをするので、ユニが乾燥に回る分アンとマリーにパンのお手伝いをお願いします。午後はみんなで畑仕事を出来るんだけど、そろそろここに暖房を作りたいんだ。私はそっちをやってもいい?」
「うん、絶対無理しないならいいよ」
「了解しました。ホント心配させてばかりでごめんなさい。もっとみんなを頼るからね」
私のしおらしい態度にみんながふふふ、あははっと笑い出す。
「うふふ、わかってくれてるなら安心です。それで、どんな暖房にするんですか?」
私はミニチュアを見せながら薪ストーブの説明をして、これなら部屋の中でお湯を沸かしたり出来ること、空気を汚さないように煙突を付けることなどを話す。
「煙突を付けちゃうと移動が出来ないから、置く場所を考えないといけないんだけど、どうしようか」
「ど真ん中だと荷車が通るのに邪魔だよな」
「鍋を置いたりするならテーブルの近くにすればいいんじゃない?」
「うん、そこら辺がいいと思う」
とあっさりだいたいの場所が決まった。
「わかった。ありがとう。じゃあこの辺に置こう。鉄で作るから火傷には気を付けてね。寝る時もあまり近過ぎないように注意して。サイズはだいたいこのくら……」
魔法で印を付けようと思ったけど、今日はやめておこう。倉庫からロープを取ってきて設置予定の範囲を囲って示した。
「サイズはだいたいこのくらい。この辺でいいかな?」
居間の真ん中三m程は通路になることを考えて、その左脇辺りに置いてみせる。
「もっと壁際じゃダメなの?」
「壁にぴったり付けるのはダメだよ。全体から熱を出すから出来るだけ真ん中の方が効率がいいんだけど、やっぱり邪魔かな? もう少しずらす?」
と相談しながら場所を決める。
小さい子がうっかりぶつかったりしないように周りにガードも付けようなどという意見も出る。
最終的に部屋のど真ん中より少しだけ左にずらした位置に決まった。
「ここにその薪ストーブ? を置くなら、寝る時のあの敷物は敷きにくくなるな」
「起きてる時は問題ないけど、寝る時にはいよいよ部屋を使った方が良さそうだよな」
「そうだよね。ここで寝たい子は寝てもいいけど、それとは別にようやく部屋作りにも手をつけられそうだから。そっちも進めていきたいよね」
夕方の片付けをして、みんなが魔法の訓練を始める中、今日はもう寝るだけだからと魔法を使う許可を得て、私はバズとともに乾燥しておいてくれた種の収集をした。
手の平に乗る程だった種も、小さな袋にずっしりと貯まるくらい集められた。
「野菜の育て方なんだけど……」
バズに昼間新たに与えられた加護の力について説明し、それを使えば少ないMPで継続的に少量の野菜を作り続けられそうだと報告する。
「……本当にありがたいことだね」
「うん、本当に」
感慨深げにして少し思案した後、
「そっちの畑は仕事の合間に毎日お世話するよ。小さい菜園だし負担にはならないから大丈夫。僕に任せて。楽しみながらやるよ」
「バズも一人でいろいろ抱え込んで無理しないでね」
「うん、僕もちゃんとみんなを頼る。一人でやるより、みんなとやる方が楽しいしね」
一人より楽しいか。そうだよね。
それに一人の力には限界がある。
「うん、私もそうする。みんなでこれからも頑張ろうね」
まだ少しMPが残っていたので、レーズン酵母からパン種を作る作業もユニとルーに手伝ってもらいながら済ませられた。
みんなで寝床を用意して横になる。
今日も充実した一日だった。
みんなを随分心配させてしまったけど、たくさんの優しさに触れた。
明日もきっといい一日になる。




