第八十七話 かあちゃんは叱られる
バズたちは畑仕事を中断してお昼休憩にしたのかと思いきや、種蒔きはすでに全部終わらせてあるということで、いつもながらの手際の良さと仕事ぶりには感心してしまう。
おかげさまで午後は最初からユニとルーに魚の加工を手伝ってもらえる。
私同様に活き魚が怖い二人だが、下処理の済んだ魚なら食材として扱える。そんなところも私と一緒で、親子だから変なところ似ちゃうんだよねえ、などと勝手に思ってにやついてしまう。
畑に魔法をかけるため、昼食の後片付けは娘二人にお願いして、種蒔きの終わった畑に向かった。
大麦の蒔かれた大きな畑に成長の魔法をかけると、緑の大麦が小麦よりも長いひげをヒョイヒョイと伸ばしながらぐんぐん育っていく。
「麦の力強い感じがいいよね。元気が出るなあ」
「うん、これ見るとやる気が出るよね。この風景は何度見てもいい」
しっかり独り言を聞かれていて、バズに同意されてしまった。
照れ隠しに「ホントそうだよねー」なんて言いながら、バズと一緒に各畑を回って種蒔きが終わった野菜と薬草にも成長の魔法をかけていく。
今日は午前中、桟橋を作ったりもしたのでMPが足りるかちょっと心配な感じだったのだが、なんとかギリギリ全てに魔法をかけて回ることが出来た。
「……ふう、間に合って良かった。今のところ、これでMP限界。寝るまでにはまた少しずつ回復するだろうけど。畑の方はあとはいつも通り任せちゃうね」
「もう! またモモは無理してるんじゃない!? 程々にやらないと、また倒れるよ! ありがたいけど無理しないで!」
バズに叱られてしまった。
「う、ごめんなさい、ありがとう。わかってるから。みんなでやれる分はみんなにお願いするし。午後は干物と燻製の準備だから、私は手作業でやれることをして、乾燥なんかの魔法はみんなにやってもらうから大丈夫だよ」
謝って言い訳してもバズはジトッと見つめている。
「寝る前には少し回復してるはずだから、種の収集はその時にするから、ね! それまで魔法は控えるから!」
「……はあ。種は干しておけば明日でも大丈夫だから。モモは午後はみんなに指示だけ出して、ゆっくりしてなよ?」
確かに残りMPが千をちょっと超えるばかりになってしまっているので多少フラフラするし、そうさせてもらおうかな。
決して無理しないことをバズに誓い、せっかく薬草畑まで来たので杜仲の木の様子を見てから戻ることにする。
挿し木した杜仲はすくすくと育っていて、みんなすでに小さな木になっている。
今日はさらに増やしていくMPが無いので、せめてもの愛情として、木の一本一本に手を触れ、癒しの力を使いながら、
「元気に育って大きくなってね。また今度、仲間の木を増やしていくからね。お茶やゴム、薬として、私たちの暮らしを助けて欲しいの。これからよろしくね」
と声を掛けていった。
風にサワサワと揺れる枝が、まるで手を振って返事を返してくれているかのようだ。
この子たちもなんだか可愛く、愛しく思えてしまう。見ているだけで癒やされる。思わず笑みがこぼれる。
その時、気のせいか杜仲の木たちがぼんやり光を纏ったように感じた。
『他種族への愛により、月の加護の力が上昇しました。癒しの力のレベルが上がりました。癒しの力がさらに解放されました。植物、土壌、水、大気への効果が加わりました』
――また、頭の中に声が響いた。
すぐに理解することが出来る。
頭の中に直接、知識が流れ込んだかのように。
癒しの力を与えることにより、土魔法よりずっと少ないMPで植物の成長を促したり、土壌を良くしたり、水や空気をキレイにすることも出来る。
ただし、土魔法のような急激な成長は見込めない。回復の力と同じように、ジワジワと効くもののようだ。
継続して毎日癒しの力を与えていけば、普通に農業するよりもずっと早く大きく育つのだろう。
今日種を蒔いて明日収穫といった即効性は無い分、一度に大量に必要としない野菜や薬草などを定期的に収穫したり、元気に保つには、こちらの力の方が有用だと感じられる。
杜仲の木も、この力で育てていけそうだ。
何より消費MPが少なくて済むことがありがたい。
癒しの力自体は、単体相手なら一でもMPを使えば発動出来る。大きい畑くらいのサイズでも十くらい、広範囲の大気や水を浄化するとしても、効果を強くするとしても、多くてもせいぜい百もMPを消費すれば大丈夫だろう。
いつだって欲しい時に欲しい力を与えられている気がする。
――精霊様、いつも本当にありがとうございます。
跪き心からの感謝を捧げた。
杜仲の木にも「またね」と声をかけて薬草畑を後にする。
午後の仕事である魚の加工をするために調理場へ戻ると、私の帰りを待っていたユニ、ルー、コリーからまたもや叱られてしまった。
「モモ、また無理したんだって?」
「もう、気を付けてくれなきゃ困るよ?」
「午後はモモはあんまり働いちゃダメだぞ。指示くれたらオレたちでやるからな」
どうやらバズから報告と注意がすでに回っていたようだ。
「うー、ごめんなさい。気を付けるよ。魔法は使わないから、一緒にやろう?」
頑張り過ぎないことを約束して、みんなで午後の仕事に取り掛かる。
午前中に下処理した大量の魚を地下の魚肉貯蔵庫へと運び入れ、作業台で塩漬けにしていく。
燻製にする予定のものは肉同様、塩分二十パーセントの調味液に数日漬けておきたい。
「……あのね。土魔法だったらあまりMPを使わないから、容器だけは作らせて。お願い!」
渋々ながら許可をもらって十個の蓋付き容器を作った。
燻製にする魚はこの容器でニ、三日漬けておく。干物にする魚も開きにするものは、濃いめの塩水に二日ほど漬けておいてから干した方がいい。
まずはこの二種類を漬け込む作業から始めた。四人で手分けすればサクサク進む。
しばらく漬け込むのでこれらの魚を乾燥させたり燻製にするのは明後日以降になる。こっそり清浄と浄化をかけて蓋をして、容器は貯蔵庫の棚にしまっておいた。
今日これから乾燥させるのは焼き干しや吊し干しにする魚だ。
焼き干しや吊し干しにする魚には直接塩を擦り込んでいく。外側はもちろん、腹の中にもしっかり擦り込む。
吊し干しにする魚は塩を擦り込んだ後、お腹の中がちゃんと乾くように、薪用の細い枝を持ってきて適度な長さに切り、お腹が開くようにつっかえ棒をする。これを一匹、一匹に施さなければいけないので少し手間なんだけど、しっかり乾かすことは保存期間に直結するので必要な作業だ。頑張るしかない。
あとはエラから口にロープを通して吊せるようにする。大きなマスなどの魚は一匹で吊すけど、小さな魚は何匹も一本のロープに結んで吊す。
出来上がったそれらを貯蔵庫の天井に作った鴨居に掛けて、たくさんの魚がぶらぶらとぶら下がり並んでいった。
「この部屋は吊し干しの部屋だね。隣は焼き干しを干すとして、その向こうは開きを干す部屋にしよう。最後の部屋は燻製の部屋でいいかな。燻製も出来上がったものを吊して保管した方がいいのかな?」
「冬が来て寒くなったら、肉とかは雪の中に埋めちゃうこともあったけど、だいたい魚は吊してあったかなあ」
村での記憶を辿ってコリーが教えてくれる。まず魚が取れる量が少ないから保存まで回らずに食べてしまうことの方が多かったようだ。
肉は大物を仕留められた時には保存用に塩漬けにして干したりはしたみたいだけど。冬場は外が天然の冷蔵庫になるもんね。
「雪かあ。この辺はどのぐらい降るのかな? 冷蔵庫……氷室のようなものが作れるといいね」
野菜も雪の中に埋めておくと甘くなって栄養価も高くなるって言うけど、この辺の気候がわからないから何とも言えない。
取り敢えず、吊し干しにする分は全て吊し終えた。焼き干しにする分は夕食の準備の時に炙ってから干すことにする。焼き干しにする魚は小魚が多いので炙ったら平台に広げて乾燥させればいいかな。
こちら側の四部屋は魚の貯蔵庫にするとして、
「向かいの四部屋には肉を貯蔵していこう。また狩りに行ったら増えるだろうし」
食料倉庫に保管してある干し肉や肉を漬け込んだ容器などもこちらへ移動させよう。
四人で食料倉庫へ向かうと、トマトとカボチャの収穫を終えたみんなも、ちょうど作物を片付けているところだった。
「あ、モモ。収穫は終わったから、魚の乾燥を手伝えるよ。僕とマークで種の様子を観察しておくから、他のみんなは手伝いに回れる」
「仕事が早いね。ありがとう、みんな。じゃあ早速お願いしようかな」
「乾燥は俺たちに任せて、モモは休んでろよ」
「そうだよ。無理しちゃダメ」
どうやら畑仕事をしていたみんなにもバズからの報告が回っているらしい。
「わ、わかってます。みんなにお願いします。よろしくね」
するとユニたちから挙手とともに証言が飛び出した。
「土魔法で容器を作ったり、清浄や浄化をかけたり、そういう魔法も私たちで使えるようにならないと、モモはすぐに何でも自分でやっちゃうんだよ」
あらら、清浄と浄化もバレてた?
「そうそう、みんなでもっと魔法の訓練して、モモから仕事を取っちゃうといいと思います!」
「モモじゃなくても出来ることは、オレらで出来るようになろうぜ」
三人の意見に「そうだよ」「私たちだって出来るようになるよ」とみんなも強く同意している。
「私はモモちゃんほど上手ではないけど、清浄も浄化も使えるようになりましたから。必要な時は私がやります。いいですね? モモちゃん?」
この間ちょっとコツを教えたばかりなのに、あれからちゃんと練習し続けたんだろうな。そんなマリーに言われてしまったのだもの。
「お願いします。ありがとね」
素直に受け入れてお願いしました。
「みんなもう充分な魔力量を持っているから、いろいろな魔法を覚えていけると思う。冬になったらって言ってたけど、そろそろ魔法の勉強を始めようか。みんなで一緒にって言うとなかなか時間が取りにくいから、属性ごとに日替わりで時間をとっていこう。冬支度も終わってはいないけど大分目途が立ってきたしね」
「え、ホント?」
「やったー!」
「よし! 頑張るぞ!」
「うん、頑張る!」
みんなもノリノリになっている。
「今日は私がへばっちゃってるし、明日は刈り入れとパン焼きがあって忙しくなりそうだから、明後日から始めてみよう!」
そんな訳で燻製肉などを運ぶのも、肉の貯蔵庫にしまうのも、全てみんなに任せて私は王様待遇だ。
肉をしまい終わったらいよいよ吊し干しを乾燥させるんだけど、乾燥チームは仕事に慣れてきてるし、乾燥具合はコリーが良くわかっているので、私が手出し口出ししなくてもコリーの指示で仕事は捗っている。
みんなの成長した姿を参観日のように後方で眺めているのも、それはそれで楽しいものであった。
しばらくはそうして楽しんでいた……が、やはり手持ちぶさたではある。
「燻製はニ、三日漬けてからだし、ここはコリーに任せて大丈夫そうだし。私は夕食の準備でもしてようかな?」
「アン、マリー、ルー、ベル、ティナ、キティ。ここは今は乾燥だけだから、みんなモモの手伝いに行ってあげて」
私がポツリと呟いた言葉に、間髪を入れずにコリーの指示が飛ぶ。
それだけ普段から心配ばかりかけてるってことなのかな? と深ーく反省してしまう私なのだった。




