第八十六話 かあちゃんは苦手を乗り切る
魚を捌く描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
「大麦の種蒔きはもう少しで終わるよ。その後は野菜と薬草の種蒔きをして、モモに魔法を使ってもらうのは昼食後かな。午後はトマトとカボチャの収穫をしてから順番に種取りだね。今回は種を確保することをメインにして、食料に回す分は少なめになっちゃうけど」
汗を拭きながら話すバズはすっかり畑仕事が板に付いてるし、計画性も申し分ない。
「了解。いつも上手く回してくれてありがとう。私たちはこれから荷下ろしをして、午前中は取った魚の下処理だね。午後は干物や燻製作り」
「わかった。午後はユニとルーにもそっちをやってもらおう。トマトとカボチャの収穫が終わったら、他のみんなにもそっちに回ってもらえるから、干物作りもみんなで出来るよ」
連携もバッチリだな。
「ありがとう、いっぱい取れたから助かるよ。手を止めさせてごめんね。頑張って」
「うん、そっちも」
お互いの進み具合や予定を確認すると声を掛け合い私たちは別れた。
まずは大量に手に入れた資材を倉庫にしまった。おうとくうも手伝ってくれたので、手間取らずに済んでしまう。
「はあ、……やるか」
「うん、どんどんやっちゃおう」
いよいよ魚の下拵えをしなければいけない。
少しだけ現実逃避をするかのように、私は最初に川エビのカゴに手を付けた。
キレイな川だけど一応エビは泥抜きさせておこう。
アンやルーが作り出してくれてあるキレイな水をボウルに注ぎ、その中に川エビを入れて逃げ出さないようにザルで蓋をしておく。
取り敢えず今エビにすることはこれだけだ。
もう現実を見なければいけない。早い。
他の魚は内臓を取り出して、キレイに洗っていかなければならない。それがちょっと苦手。
コリーはすでに黙々と作業を進めている。
……覚悟を決めよう。
ニジマスなどの魚を軽く洗ってぬめりを取り、肛門から胸ビレまで腹を割いていく。
エラに包丁を入れ、エラと胸ビレを毟り取り、そのままズルッと内臓を引っ張り出す。背側にある血合いも刮げ取って、サッと血を洗い流し、水気を拭いたら一匹目終わり。
出来ない訳ではないのだ。
ビビって臆してしまうだけで。
そんな訳で、ビクビク作業しているせいでコリーよりは大分ペースが落ちるけど、二人してどんどん魚を処理していく。
大きい魚は鱗を取って、腹を割いて内臓を出し、エラから包丁を入れて頭を落とす。
背骨に沿って三枚に下ろして、皮を剥き、むき身にする。
脂が乗っていて包丁の切れ味がすぐに落ちるので、度々清浄でキレイにしながら黙々と続ける。
むき身のフィレにした分は燻製にしよう。
コリーの方は新巻鮭のように、吊し干しして塩漬けの干物にするように下処理してもらっている。
他の魚も、吊し干しや焼き干しにしたり、開きの干物にするように分けて下拵えしていく。
魚の目を見るとビビってしまうので、ジッと見ないように、何も考えないように、ひたすら無我の境地で作業を続けたことで、なんとか午前中のうちに全ての魚の内臓を取り除き下処理するところまでは終わらせることが出来た。
コリーも私もすっかり生臭くなっているし、ヘトヘトだ。
狩りの時も相当グロかったけど、やはり魔法で処理するのと自らの手で刃物を入れるのとでは違う。
体力的にもだけど、精神的な疲れが大きい。
……ん? ここまでやっておいてアレだけど。
これ、魔法で下処理出来たんじゃないか?
…………。
いや、命をいただく尊さを知るためにも必要な作業だったんだ。そう思おう。
そして次からは魔法に頼らせてもらおう。(チキン)
「……やっと終わった。まだ干物にしたりする作業は残ってるけど」
さすがにコリーもぐったりしている。
うん、やっぱり次は絶対魔法使おう!
「コリーお疲れさま。頑張ってくれてありがとね。午後は手伝ってくれる子たちが増えるから安心して。すぐにお昼にするから、それまで少し休んでいてね」
でもコリーは、
「お昼の準備をモモがしてくれるなら、片付けぐらいはオレがやるよ」
と買って出てくれた。
私よりもずっとたくさんの魚を捌いてすごく疲れているはずなのに。ホント優しくて働き者。
「ありがとう。よーし、美味しいお昼を作るからね!」
その気持ちに報いるためにも、もう一頑張りしちゃうぞ!
さて、今日のお昼だが、すでにかなり硬くなってしまったパンがあと一食分だけ残っている。
明日にはパン焼きが出来るので使ってしまおう。
硬くなったパンを美味しく食べるならフレンチトーストが一番だ。
食料倉庫に行き、まずはたっぷり豆乳を作って半分はバターにする。それから卵。メープルシロップは無いので液糖でカラメルソースを作ろう。
つけ合わせに昨日作ったシーローと猪の燻製を少し切って食べてみよう。
冷ましたまま保管していたブロック肉の燻製をそれぞれ一塊ずつ取り出して薄くスライスしてみる。
端っこをちょっと味見。
シーローと猪を食べ比べてみる。
外側は調味料を擦り込んであるので端の部分はしょっぱいが、燻製の良い香りがしっかり馴染んでいてとても美味しい。
猪の方は干し肉ほど硬く水分が飛ばされていないので、あまり日持ちはしないかもしれないが、噛み締めると肉の旨味とハーブの香りが口中に広がる。
シーローの方が少し長く燻したので、しっかり燻製されている。硬いハムみたいだ。
すぐに食べるなら猪くらい、保存するならシーローくらい時間をかけて燻製すれば良さそうかな。
今日はスライスしてそのまま食べるけど、ベーコンとして炒め物にしたり、煮込んだり、スープにしても美味しそうだ。
今日取れた魚も燻製や干物にするし、冬場のたんぱく質もいろいろと揃って、これなら安心だな。
せっかく獲れ立ての魚があるので、フィレにしたマスもムニエルにして付けようと思う。
昼から大分豪勢だけど、漁の成功した日のご褒美ということで。
ほうれん草や生食出来る野草も持って、パンや小麦粉、各種調味料などもワゴンに載せ調理場に戻る。
魚を捌いた後片付けはコリーがすっかり終わらせてくれてあり、すぐに昼食作りに取り掛かれる。
「コリーありがとね。それで、……疲れてるのに悪いけど、かまどの火もお願いしていい?」
「ふふ、そんなの全然大丈夫だよ」
かまどに火を点けてもらい、今度こそコリーには休憩してもらおう。
私はマスのフィレを薄い切り身に切り分け、軽く塩コショウする。
味を馴染ませている間にカラメルソースを作る。
鍋に液糖を入れて火にかけ、ゆっくりと煮詰めていく。飴色に色付き、香ばしい匂いがしてきたら火から下ろす。
今はまだサラサラしているが、温度が下がるとトロッとするので、煮詰め過ぎないのがポイントだ。あまり焦がすと苦くなっちゃうしね。
土魔法でシロップ用の小さなピッチャーをいくつか作り、分けて入れる。
みんなのお皿を並べ、野草を千切って少しずつ盛り、その上に燻製肉をスライスして乗せる。
ボウルに卵を溶き、豆乳を加えた卵液を作ってスライスしたパンを漬け込んでおく。たっぷりの卵液をよーく染みさせないと硬いパンが柔らかくならないからね。
後は小麦粉をまぶしてムニエルを焼くのと、フレンチトーストを焼くだけだ。準備完了!
「畑に行ってみんなの様子を見て呼んでくるね」
「待って、待って! それならオレが行ってくるから。そのソースの甘い匂いが堪らない! みんなのところにも届いているだろうから、きっとみんなも堪らなくなってるよ。絶対すぐに来るから、モモは続きを作っていてよ」
コリーもお腹ペコペコなんだろう。
足早にパタパタと走って、畑のみんなを呼びに向かった。
では、続きを作っていこう。
鉄板を温め、バターを熱して、溶けたところに小麦粉をまぶしたマスや食べやすく切ったほうれん草、卵液をたっぷり吸ったパンを並べて次々に焼いていく。
ムニエルもフレンチトーストも弱めの火で焼いていくので、一度に調理することが出来てちょうど良い。どちらも表面にカリッと焦げ目が付いたら裏返して両面を焼く。
ほうれん草はちょっぴりお醤油を垂らしてバター醤油味にする。醤油の焦げた匂いって、なんでこんなに食欲をそそるんだろう。
焼けたものから皿に載せていく。
一枚の皿に野草と燻製肉、ムニエルとほうれん草のソテー、フレンチトーストが全部載ったワンプレートランチだ。
全員の分のプレートが用意され、さらにおかわり分は大皿に持って用意した。みんな良く働いて良く食べるからね。
後は運ぶだけ、というところで、畑仕事を中断したみんなも戻ってきた。
「お疲れさま! お昼もちょうど出来たところだよ。手を洗ってきて」
「やったー!」
「いい匂い!」
「美味そー!」
「早く早く!」
お腹ペコペコの子供たちが手を洗いに行ってる間に料理をテーブルに並べ、水を入れたカップやフォークも並べていく。
カラメルソースも忘れずに!
みんな集まったところで食前の挨拶。
「みんな午前中のお仕事お疲れさまでした。魚もいっぱい取れたから大きいマスをお昼に使ってみたよ。パンがこれで終わりなので明日はまたパン焼きするからね。硬くなっちゃってたのでフレンチトーストにしてみました。このソースをかけて食べてみてね。それから、昨日みんなで作った燻製肉も味見してみて下さい。みんなが頑張ってくれるから、こうして美味しい食事が作れます。
では、そんな仲間と森と大地、精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!!」
みんな、お子様ランチのようにいろいろなものがのったプレートに、待ちきれなかったように挨拶と同時に飛び付いた。
カラメルソースをツツーッとかけると、
「美ん味ーい!」
「甘ーい!」
「硬いパンがフワフワになってる!」
フレンチトーストは大絶賛だった。
簡単なのに美味しいんだよね。
甘くなってしまった口の中をしょっぱいおかずで中和するかのように、今度は肉や魚に手が伸びる。
「うわ、この魚、まわりがカリッとして美味しい!」
「ホントだ。こんなの食べたことない!」
「こっちの肉も昨日の干し肉とちょっと違う」
「いい匂いだし、噛めば噛むほど美味しいよ」
干し肉よりも肉感があるもんね。
燻製もムニエルも好評のようだ。
私も食べよう。
フレンチトーストは中までたっぷり卵液を吸わせたのでフワフワと柔らかく、焼いた時にバターもしっかり染みているので香りも良い。ツツーッとカラメルソースをかけて口に入れると、甘いソースとフワフワのパンが口の中でとろけて絡み合う。カラメルソースも苦くなり過ぎず、焦がした液糖の芳ばしい香りがちょうど良い具合に出来ていた。
「うん、美味しい!」
でも、後味が甘いので、確かにしょっぱいものが欲しくなるね。
ムニエルを齧ると、サクッと小気味良い噛み応えと脂の乗ったマスの柔らかいのに弾力のある食感。川魚だけど、水がキレイだからか全く生臭くない。
「うーん、これも美味しい!」
ちょっとしょっぱい燻製肉も野草と一緒に食べればちょうど良い塩気になるし、さっぱりと食べられる。
パンとおかずを交互に食べていると、ペロリと一皿平らげてしまっていた。
みんなも颯爽とおかわりに取り掛かっていた。
ニコニコと笑顔で「美味しい、美味しい」と食べてくれる姿を見ると幸せがこみ上げてくる。
こんな笑顔が見たかったんだ。
この笑顔を守り続けたい。
今はまだちょっと忙しないけど、のんびりゆっくり暮らす夢も手が届くところまできている。
つい気が抜けて浮かれそうになるけど、調子に乗らないように気を引き締めて頑張っていこうと何度でも心に誓う。
子供たちの笑顔にパワーをもらったし、まだまだかあちゃん頑張るぞ!




