第八十五話 かあちゃんは魚をとる
翌日の朝。
今日はみんなは種蒔き、私とコリーは魚とりの予定だ。
昨日作ったかぼちゃスープと大分硬くなったパン、干し肉で朝食をとり、それぞれ今日の仕事の準備をする。
畑と肥料は作ってあるので、畑仕事をするみんなは肥料を混ぜ込み大麦の種蒔きを大きい畑二面に行う。その後は、野菜や薬草の種蒔きだ。
成長の魔法は魚とりから帰ってからで充分間に合うだろう。畑の方はみんなに任せて、私とコリーは魚とりの準備をする。
取った魚を入れるカゴを荷車に載せ、魚とり網を持ち、腰にも腰カゴを吊す。
おうとくうにはハーネスを着けてそれぞれ荷車を引いてもらう。一台でも足りると思うけど、一羽だけに荷車を引かせたら不満が出るかもしれないのでここは平等に。
ヤスくんも付いてきてくれることになった。
「それじゃあバズ、畑の方はお願いね。みんなも頑張って。いってきます」
「いってらっしゃーい」
「いっぱい魚取ってきてね」
「コリー頼んだぞ!」
みんなに見送られ、期待を背負って岩山を下っていく。一番期待に満ち溢れた顔をしているのはコリー本人だけどね。
川原まで出ると上流に向かい遡る。橋まで行かない手前の辺りで一旦足を止めた。
「前に魚を取ったのはこの辺りだったよね?」
「うん! ちょっと川の中の様子を見てみるよ」
コリーが意気揚々と本日の魚とりポイントを見極めてくれる。
あれ? 少し難しい顔をしている?
川縁に膝をついて水中を真剣な顔で目を凝らし見つめ続けたり、川の水に手を浸けて水温を確かめたりした後、立ち上がりまた川面をじっと見つめるコリー。
時折、水面に魚が跳ねたのであろう水飛沫が上がったりするので、魚がいないということではないのだろうけど、何かあったのかな。
私は黙ってじっとコリーの判断を待っていた。
少しの間、悩むような素振りで考えたのち、コリーはこちらを振り向くと状況について教えてくれた。
「温泉を作ったからだと思うけど、こちら側の水温がちょっと上がってる。そのせいか川岸近くにはあまり魚が集まって来てない。魚たちには温か過ぎるのかもしれないね。でも、水温が少し上がったおかげで前より水草が増えてるから、この場所は魚の恰好のえさ場になってるはずなんだよ。水面に跳ねたりする程だから、いっぱい魚はいるはずなんだけど……」
コリーの見立てでは、川には魚がたくさんいるのに、こちら側の川原の方にはほとんど近寄って来てないということらしい。
人が立ち寄ることが多くなったから警戒されてしまったのだろうか。
そういえばこの間、ポチくんたちが川に入ったりしてたな。あの大きな魔力に中てられたのかもしれない。魚たちにとっても、かなりの脅威に感じられただろう。
「うーん……。じゃあ、場所を変えるしかないよね。反対側の岸を見に行ってみようか」
私たちは一度川原を離れ、橋を渡り、塩のある岩山の裾を通り過ぎ、対岸の川縁へとやって来た。
こちら側は川原ではなく草生しているので川の中の様子が見辛いが、川の端っこで這うようにしてコリーがまた確認してくれる。私は服の裾を掴んで足を踏ん張っている。
「落ちないように気を付けてね。見える? どんな感じ?」
「……! すごいよ! こっちにはいっぱいいる! 手で掴めそうなほど魚がいっぱい!」
コリーは顔だけ振り返ると、ジタバタと興奮した様子で教えてくれる。
待って、待って! 落ちちゃうよ!
ちょっと落ち着いて!
一旦座ってもらって、気を取り直して作戦会議だ。
「こっち側なら魚がいっぱい取れるよ。ただ、このままだと取り辛い。草は多いし、足場もしっかりしないし。水に入れば少しずつなら取れるけど。この前みたいに岸から大漁狙いなんてしたら、魚を揚げるよりもオレが落っこちちゃうだろうね」
うわあ、もっともだ。その瞬間が目に浮かぶよ。
私も少し考えて、
「今日はまだたっぷり時間があるし、いっそ桟橋を作っちゃおうか。葦も刈って、まずは場所を整えよう」
今日限りではなく、これからも魚を取りに来ることを考えれば、ここを漁場として整備してしまった方がいいだろう。
最初は手間でも後々楽になるんだから、頑張ってしまおう。
コリーも賛成してくれたので、私たちは再び橋を渡って対岸の林へと戻り、桟橋を作るための木材を切り出すことにした。
荷車二台で来て良かったかも。
力持ちのおうとくうもいることだし、せっかくだから多めに十本の木を木材や薪にして荷車へ積み込む。桟橋用の杉材だけでなく、ナラやクルミも伐らせてもらった。
これから部屋を作るのにも木材は必要になるからね。
森でも手伝ってくれたのでおうとくうも慣れたもので、木材の両端をそれぞれ咥えては上手いこと荷車に載せていってくれる。力自慢の二羽の働きで大量の木材は程なく全て積み込むことが出来た。
もう一度橋を渡り先ほどの場所へ戻ろう。
戻りついでに山から鉄鉱石も少し採掘しておいた。用意しておけば釘や補強材として使われるかもしれない。
それから、対岸をあちこち見て回り、コリーと相談して桟橋を作る場所を決めた。
前回の魚とりをした場所の真向かいよりも少し下流の辺りだ。綿花のあるところの少し手前。
川幅が広く、流れが緩やかなところを選んだ。
コリー曰く、魚が暮らしやすい環境なので桟橋を作ればその下には自然と魚が集まってくるだろうとのこと。魚はこういう隠れられる場所を好むし、桟橋の橋脚や土台に苔や水草が生えるようになればえさ場にも住み処にもなるらしい。
桟橋を作るにあたり、その付近の葦を刈って場所をあけなくてはいけない。
「オイラに任せてよ!」
ヤスくんがピョンと前に出て、
「ファミリア」
と唱えると、一陣の風が吹き抜け、その辺り一帯の葦が瞬く間に刈り取られた。
初めてヤスくんが魔法を使うところを目にしたけど、これはすごい威力だ。魔法制御も驚くほど巧い。
「……ヤスくん、すごい! 魔法の力もすごいけど、使い方がすごく上手!」
「みんなが毎晩練習してるの近くでずっと見てたからな。コツはわかってたんだ」
嬉しそうに胸を張ってヤスくんが答える。
コリーも驚いて動きが止まっていたけど、手放しで褒め称えた。
「……すごいな。ヤス、すごいよ! オレももっと訓練しなきゃな。ヤスに負けてらんねー」
「へへっ、ありがと」
「アニキすごい!」
「かっこいい!」
「ヤスくん、魔法使えなかったのによく見てくれてたんだね。偉いなあ。おかげですぐに桟橋作りに取り掛かれる。ありがとうっ!」
偉業を喜ぶみんなに褒められ、誇らしげなヤスくん。私も嬉しくて、そんなヤスくんを一頻り撫で回してから、みんなで刈り取られた葦を荷車に積んだ。
それでは、桟橋作りに取り掛かろう。
まずは土魔法で基礎となる土台部分を作る。
水の流れを堰き止めてしまってはいけないので、大きめの岩を組み合わせたようなイメージで作る。水の中、川の底への作業なので集中力を上げて丁寧に行った。
そこに橋脚となる柱を木材で建てていく。
基礎との結合部は土魔法を併用して、しっかりと強度を持たせる。
三mほど突き出した桟橋を作りたいので、川縁に一本、そこから一m毎に一本ずつ、計四本の柱を建てる。
幅は二mくらいにしようと思う。
一mの間隔を空けもう四本、さらに一mの間隔を空けて四本。十二本の橋脚を建てた。
後は上部の橋部分を作ればいい。
こうやって順を追って建てていくことで、建築に詳しくない私でもしっかりした建造物を建てられることも学んだ。
桟橋本体の構造を細かくイメージしていこう。
木材を材料に橋脚に橋桁を渡し、その上に床板を敷き詰めていく。欄干を作ってしまうと網で魚を掬いにくくなってしまうので、ヘリに足を掛けて踏ん張れる程度の縁だけ付ける。高さも水面よりもほんの少し高いだけだ。釣り糸を垂れるのではないので、あまり高いと持ち上げる労力がかかってしまう。
イメージを固めて魔法を発動する。
「創造・桟橋」
木材が消費されて、目の前には川の中へとせり出した桟橋が出来上がった。
強度を確認しつつ桟橋の先まで進んでみる。
コリーと二人、しゃがんで川を覗き込む。作業が終わって元通り静かな流れを取り戻した水の中には少しずつ魚たちが戻ってきて、あれよあれよという間にたくさんの魚が所狭しと泳いでいるのが目に入った。
「やった! モモ、これなら魚がいっぱい取れるよ!」
早く始めたくてウズウズしているコリーとともに桟橋の上にカゴを運んで、土魔法で作った生け簀代わりの容器に水を張り準備完了。
いよいよ魚とりだ。
魚が集まったところを見極めたコリーがサッと網を入れてザバアッと持ち上げる。
「うお! 重い!」
魚だけに? とは言えない。
日本語ダジャレは通じないからね。
網の中にはたくさんの魚がピチピチと跳ねている。腕をプルプルと震わせながら生け簀の中に網を浸して中の魚を出す。
餌がたっぷりあるからか、大きく育った活きの良い魚だ。
「こいつはまだ小さいから戻してやろう」
コリーがまだ成長途中の魚を何匹か川へ返してやっている。端から取り尽くすような真似をしては、近い将来、魚が取れなくなってしまうからだと言う。
どこかのダメ親父に聴かせてやりたい言葉だった。
それからも私とコリーは魚を取り続けるが、ヤスくんは暇そうにしてじっとしていられなくなったおうとくうを連れて綿花を集めてくると言ってくれた。桟橋作りに木材を使ったことで空いた荷車一台を引いて出掛けていった。
コリーは時々ポイントを変えては次々に魚を取っていく。川岸に近い辺りでは川エビも掬い上げた。
私は取れた魚などを大きさや種類でカゴに分けて、カゴごと生け簀に浸けておくように仕分け作業をしている。
ヤスくんたちが戻った頃には、持ってきたカゴもたくさんの魚で埋め尽くされていた。そろそろ引き上げよう。
「すっごい取れたね! これだけあれば干物も燻製もたくさん作れるよね!」
ほくほくと嬉しそうにとびっきりの笑顔でコリーが言う。
「うん! 嬉しいね! これは作り甲斐がある量だよ。捌くのもよろしくね、コリー」
家に帰ったら多分、包丁を手放せなくなるであろうことに思い当たったのだろう。コリーの笑顔が少しばかり引き攣って、
「……モモ。手伝ってくれるよね? ……ね?」
と念押しされた。
…………。
「も、もちろんだよ。……ハハハ」
活き魚を捌くのが少し怖い私は、目を合わせないように乾いた笑い声で肯定する。
そんな私にコリーは訝しげに、強引に目を合わせてきた。
「約束だよ!」
チラチラと目で訴えてくるコリーとともに魚を荷車に載せていく。
ウン、デキナイコトハナインダヨ。
ちょっと苦手なだけなんです。
予定外に木材や葦、綿も手に入れられて大盛りの荷車をおうとくうに引いてもらって、岩山を登り家へと帰る。
ここに来たばかりの頃、みんなで力を合わせてヒイヒイ言いながら、必死で木材を載せた荷車を押して登ったことが思い返される。
あの頃に比べれば仲間も増え、みんなも力を付けたおかげで暮らしのいろいろなところに余裕が出来ている。
ありがたいことだ。
魚を捌くくらい気合いで頑張らなきゃね。
「ただいまー!」
「魚いっぱい取ってきたぞー!」
遠くから大きな声で手を振ると、
「おかえり-!」
「おお! お疲れさまー!」
畑仕事に精を出しているバズたちも手を止めて迎えてくれる。
いつも頑張ってくれてるみんなに美味しいものを食べてもらうためにも、かあちゃんは覚悟を決めるのです。




