第八十四話 かあちゃんは暖房について考える
みんなでのんびりとお風呂に入ってきた。
家に戻るとすぐ、バズは野菜畑の確認に走った。
畑を大事にしてくれているのが伝わってくる。
「モモ! 莢の出来てるやつはそろそろ刈っちゃった方が良さそうだよ」
「わかった! みんなでささっと終わらせちゃおう。ユニとルーには夕食の準備をお願いしていい?」
ユニとルーも、みんなも承知してくれた。
「ミートソースを温め直して、パスタを茹でるお湯を沸かしておいてくれる? パスタは茹で立てを出した方がいいから、畑が終わってから茹でよう」
「わかった、任せて」
「あとはサラダくらい用意しておくね」
かまどに火を入れてもらって、みんなで畑へ向かう。
バズたちが鎌を用意しておいてくれたので、みんなで手分けして刈っていくと量も少ないのですぐ終わった。
「乾燥して種も取っちゃおうか」
「そうだね。せっかくみんな集まってるし、やっちゃおう」
ルーは夕食の用意でいないけど、ジェフとコリー、ルーシーとピノが、先に取って干してあった薬草やねぎ坊主から順番に乾燥していってくれる。
きちんと乾燥出来ていることを確認してもらったものから収集で種を集めて、種類ごとに土魔法で作った容器に入れていく。
今はまだ、どの種も片手で掬える程しか無い。
「……大丈夫。これだけ取れれば充分だ。ここから増やしていける」
バズが力強い言葉を呟く。
瞳は先を見据えている。
今後は種を蒔いて作物を増やし、そこから一部をまた種として残していけばいい。
バズたちの頑張りが報われているようで嬉しい。
ついでに薬草畑の方まで足を伸ばし、杜仲や薬草の様子も見る。
アカネも根がはびこり、支柱に蔓が巻き始めて少しずつ増えているように見える。ウコンも上手く畑に順応出来たようで元気に伸びている。土中の球が大きく育ったら株分けして増やしていけそうだ。
杜仲の木も魔力を多めに費やした甲斐があって、立派な若木に育っていた。目に見える早さでぐんぐん成長してくれているので、これならこれからも挿し木して数を増やせるだろう。
本当に全てが順調で嬉しい限りだな。
杜仲の若葉の柔らかな緑に目を細めているとバズに声をかけられた。
「嬉しそうだね、モモ。……ああ、若木がキレイだ」
「うん。こうやって毎日、明日が楽しみだなぁって思いながら一日を終えられるといいよね」
「そうだね……。でも、今日はまだ終えられないよ。もうお腹がペコペコだ。夕食にしようよ!」
「ふふ、うん、そうしよう」
畑と農具や種を片付け、手を洗い、調理場へ行くと、すっかり夕食の準備を済ませたユニとルーが待っていた。
「おかえりなさい。用意出来てるよ」
「あとは茹でるだけ。お湯も沸いてるよ」
「ありがとう二人とも。みんなもお腹空かしてるし、パスタを茹でようね。まずは沸かしたお湯に少し塩を入れるよ」
塩を入れたことにより、さらにぐらぐらっと煮え立つ鍋に生パスタを投入していく。
実はミンサーを作った時に、一緒にパスタマシーンも作っておいた。
ミンサーの刃を付けずに、出口の穴を調整した押し出し式のものだ。
布巾に包んで休ませておいたパスタ生地をパスタマシーンに少しずつ入れてはハンドルを回せば、ニュルニュルと麺が出てくる。適度な長さで落とし、鍋でどんどん茹でていく。
茹で上がったパスタに温めたミートソースをかけて次々にテーブルへと運ばれていく。
すでにサラダやフォークなどは並べられている。パスタも全て茹で上がり、全員の前にミートソーススパゲッティが用意され、みんなも席に着いている。
何度か口にして味を覚えたトマトソースと茹で上がった小麦の麺の香りに、みんなの鼻もひくついている。
絶対美味しいという期待の目も輝いている。
「みんな、今日も一日お疲れさまでした。野菜や薬草の栽培も目途が立ちそうだし、たくさんの肉も保存食に出来ました。今日のこと、明日からのこと、いろいろ話すことはあるけど、パスタが伸びちゃうし、あとは食べながら話していこうね。
では、仲間と森と大地と精霊様に感謝して、いただきます」
「いただきます!!」
みんな早速パスタに手を伸ばし、フォークで掬って口へと運ぶ。
「何これ! 美味しーい!」
「うん、やっぱり美味しい!」
「絶対美味いと思った」
「肉だ! 肉が入ってる!」
「やっぱりトマトソース最高!」
口の周りをベタベタにさせながら夢中で食べている。ちょっと食べにくかったかな?
私はフォークを突き刺し、クルクルッと回してまとめると、パクッと口に運ぶ。
ああ、久しぶりの味だ。
コクのあるソースに野菜のみじん切りと挽き肉がたっぷり入っていて、生パスタのモチモチとした太めの麺に絡み付いてくる。野菜と挽き肉の歯ごたえも感じられる。粉チーズが無いのが残念だけど、やっぱりミートソースは最高だ!
前世でも大好物だったミートスパをクルクル、パクパクと口に運んでいると、やたら視線を感じる。
顔を上げると、みんなに見つめられていた。
「モモ、器用だなぁ」
「どうやってるんですか?」
「絶対ベタベタになっちゃうのに」
ああ、スパゲッティの食べ方か。
確かにみんなお口の周りに赤いおひげが出来ちゃってるね。
「こうやって少しの麺を掬ったところでフォークをクルクルッと回すと、ほら、巻き付いて一口サイズになるでしょ? そしたらパクッ」
モグモグと食べて見せると、なるほど! と、みんなして真似して食べてみる。
「これ食べやすい!」
「ホントだ」
みんな初めてとは思えないほど上手にスパゲッティを食べられるようになった。まだまだ小さいキティとピノ、それにヤスくんは少し手こずっていたけどね。
案の定、おうとくうは上手に咥えて上を向くとパクンと一口に丸呑みだった。わんこスパみたいだぞ。
今日あったこと、ヤスくんとおうとくうの大活躍や、美味しかった干し肉の話、可憐な畑の小さな花の話なんかをしながら食事を進める。
明日の種蒔きの予定やコリーと魚とりに行く話、明後日にはまたパンを焼こうなどとこれからの予定も話していく。
みんなの笑顔が明日への希望で輝く。
きっとこれからも辛いこと、大変なこともあるだろうし、いろんな問題だって起こるだろうけど、この子たちとなら一つ一つ乗り越えていける。
理不尽な力にただ流されるようなことが二度と無いように、これからもみんなで力を合わせて体も心も強くなっていけると信じている。
そう、子供たちを信じればいい。
かあちゃんの仕事は美味しいごはんや、暖かい部屋を用意することだ。あとはのんびり見守ったり、座り込んでしまった子の手を引いたり、愛情溢れた賑やかな家庭を作ればいい。
愛情ならいつだって惜しみなく与えられるから、まずは暖かい部屋を拵えないとね。
優しい気持ちで夕食を終え、片付けをして、みんなは魔法の訓練を始めた。私は筆記用具片手に地下の作業部屋に隠る。
今日は畑ですっかりMPを使ってしまったので物作りをする余裕はないけど、だからこそ他に気持ちを浮つかせないで集中して考えごとが出来る。
居間の暖房と、みんなの個室を暖める方法を考えよう。
とはいえ、個室に関しては当面は眠る時に暖かければいい感じなので寝具でなんとか出来ると思う。
メインはやっぱり居間に置く暖房だな。
囲炉裏や暖炉も考えたけど、この広さを暖めることを思うと火力が足りないだろう。周囲に輻射熱を発せられる方が効率が良いし、空気を汚さないことも考慮すると、ここはやはり薪ストーブが最適だと思う。上でお湯を沸かしたりも出来るしね。
田舎の山の傍に住んでいた身としては、だるまストーブにも薪ストーブにも見識がある。
特に薪ストーブは昨今……って言っていいのかわからないけど、前世では山に別荘を持つ都会の人々に大人気で、ログハウスの販売店や薪ストーブの販売店も結構あちらこちらにあったものだ。
我が家にはそんな高級品あるわけないけど、そういった知り合いから話を聞いたり、パンフレットを読んだり、実物を目にしたことはもちろん、実際に使ったことだって何度もある。
大きな薪ストーブになるとかなり広い空間を暖めることも可能なんだ。
造りやサイズ感、使い方や空気の流れなどをじっくり、ゆっくり、事細かに思い出しては書き留めていく。
全体は四角い鉄の箱のようなストーブには前面にはガラス扉が付いていて、中のスノコ状の鉄板の上に薪を置いて使うんだ。
薪を置く鉄板の下には灰受け皿にもなる空気を取り入れるための空間があり、その前面には空気穴が開閉式で付いている。ここで薪を燃やす火力の調節をする。
燃焼庫の後方にも二重の壁のような空間があり、庫内の奥の壁の上部にポツポツと開いた穴からは二次燃焼用の空気が取り入れられる。この空気が庫内に対流を作り出し、炎が揺らめいたり、熱せられた空気を上部手前から燃焼庫の上へと動かす。
この燃焼庫上部にある空間を熱い空気が通る言わば遠回りの時間に、燃やし切れず残っていた木ガスが二次燃焼される。全てを燃やし尽くすことにより燃費良く高熱量を得ることが出来る。木ガスを燃やす酸素量の調節のために、ここにも小さな開閉式の空気穴があり二次燃焼を助ける。
二次燃焼室を通り抜けた熱気は天井を突き抜ける煙突を通って岩山の外へと排気されるので、部屋の空気を汚すこともない。使用される酸素も空気穴から取り込む分だけなので少なくて済む。無駄に消費されることがないので居間の酸素が薄くなってしまう心配も無い。
煙突は天井を突き抜けさせなければならないため、ストーブの場所は固定されてしまうので、良く考えて設置しなければいけないけど。
サイズ的には前世で大型ストーブと言われたもので大丈夫だと思うけど、何しろここは言ってしまえば洞窟なのでどこまで暖められるのかわからない。足りなければもう一台増やすくらいの心づもりで作ってみるしかないだろう。
ここまで記憶の整理をしたところで、細かいサイズや造形を詰めていく。
幅六十cm、高さ五十cm、奥行き七十cmくらいの本体に二十cmくらいの高さの脚を付ければいいと思う。天板は上に土瓶や鍋などを載せられるように八十cm角くらいの広さをとっておけばスープだって温められる。
煙突は直径十五cmくらいで、煙突内の空気を冷やさないように断熱二重構造になっていたはずだ。煙突内で空気が冷えてしまうと上に昇らず排気されなくなっちゃうからね。
細かく考えながらわら半紙に設計図のようなものと完成予定図を書き込んでいく。
前世ではただ憧れるだけの薪ストーブだったけど、いたずらにパンフを読み耽っていたことも無駄にならなかったな。
完成予定図を見ているとすぐにも作ってみたくなってしまうけど、残念ながら今夜は作り出すMPも無いし、場所もみんなと相談して良く考えなければいけない。
本物は作れないので、土魔法で模型を作ってみた。ミニチュアのストーブは可愛らしい。
うんうん、こんな感じであってると思う。
これならきっと上手くいく。
居間に置かれたストーブと、その周りで笑う子供たちを想像すると嬉しくなってしまう。早く現実にしなくちゃね。
個室の分の布団なども作らなきゃな。ついつい後回しにしてきてしまったけど、やっと部屋作りにも手をつけられる。
そうだ! 湯たんぽを作っておけば、寝る時に布団の中を温めておけるからいいかも。
アルミは無いから鉄で作ることになるけど、布袋に入れておけば大丈夫だと思う。
ストーブもだけど、火傷には注意してもらわないといけないな。
ともあれ、じっくり時間をかけて考えることが出来たので、会心の出来のストーブが作れそうで良かった。
今夜出来るのはここまでかな。
随分集中してしまっていたので、時間ももう大分遅いだろう。
子供たちの寝顔を一通り見て回ると、私も聖域を使って眠りに就いたのだった。
明日が楽しみだなぁ。




