第八十二話 かあちゃんは穏やかな風景に涙ぐむ
葦で干布を作るため資材倉庫にやってきた。
干し台に敷く分も使ってしまったし、今みんなが作ってくれているジャーキーを干すのにもたくさん使うので、一気に創造で作り出してしまったらとうとう葦が無くなってしまった。
綿やリネンが手に入った今となっては、葦はあまり使わなくなるかと思っていたが、それはそれ。
風通しの良い葦の素材は、穀物を入れる袋やこうして何かを干す時には重宝する。
「やっぱり葦が無くなっちゃったら困るんだよね。また取ってこなくちゃなあ」
ぼやきながらも、出来上がった干布を抱えて食料倉庫のみんなの元へ戻ろうと広間に出た時、私を呼びに来たバズとちょうど鉢合わせした。ヤスくんも一緒だ。
「あ、かあちゃん。こっちにいたのか」
「モモ、植え付けは終わったよ」
「わかった。ちょっと待ってて」
食料倉庫に行き、干布を渡して、
「ちょっと畑の方に行ってくるから、さっきみたいによーく漬かったお肉から一枚ずつ広げて並べてくれる?」
キティとピノにお願いする。
一番小さい二人だけど、経験者なので任せてしまおう。
「みんなも、やり方は二人に教えてもらってね。お願いします!」
バズとヤスくんとともに畑に向かう。
「ヤスくんも薬草班だったもんね。植え付けも手伝ってくれてたんだ。ありがとう」
「ヤスくんはみんなの作業をよく見て覚えてくれてるから、すごく助かってるんだ」
「へへっ。オイラいろんなこと出来るようになったんだぜ?」
本当に賢くて、みんなのやることを真似しては何でも吸収してしまう。
「ありがとう。ヤスくんのおかげでいろいろ助かってるよ」
頭を撫でて褒めてあげると、嬉しそうなくすぐったそうな笑顔を見せてくれる。
畑に着くと、丁寧に植えられた新たな野菜畑の一つ一つに成長の魔法をかけていった。
種を蒔いたトマトとカボチャは問題なくスクスクと育って、どちらも黄色い花を咲かせている。実がなったらそこから種が採れるので上手く増やしていけるだろう。
でも、植え替えるような形になってしまう他の野菜たちはどうなるだろうか。
みんなして心配していたのだけど、人参は平たく集まった白い花を咲かせ、ほうれん草には小さな白い花がポツポツと。玉ねぎには所謂ねぎ坊主ができて、白菜モドキとカブはアブラナ科らしく菜の花のような黄色い花を咲かせた。
「かわいいね」
「上手くいきそうだね」
「良かった……」
花が咲いたなら、種や莢がつくだろう。乾燥して種取りが出来そうでホッとした。
ニンニクとウコンは分球や株分けで増やせると思う。
薬草の方はアカネは根でも増えるようで、種を取ると言うよりもこのまま成長を促していくことで勝手に増えていきそうだ。ただし、ツル植物のようなので、支柱になるような棒を土魔法で作ってあちこちに立てておいた。
他の二種類の薬草も、一つは白い花が咲いているので種が採れるかもしれない。
もう一つには紫のポツポツした小さい花が縦長にまとまっている。
――これはたで藍じゃないかな?
上手く増やせたら染めも試してみたい。
「なんとかみんな種を取ったり増やせそうな感じだね」
「うん、あとは種取りに失敗しないように、よく観察しておくよ。種がついたら爆ぜる前に刈り取って干した方がいいかもね」
なるほど、さすがバズ。よく気が付くなあ。うっかり放っといたら飛んじゃうのか。今回の狙いは作物じゃなくて種だもんね。
「その方がいいかもね。お願いします。楽しみだなあ、種増やせるといいね」
そうだ。私も杜仲の枝を挿し木して育ててみなくちゃ。
ちょうど薬草畑にいることだし、忘れないうちにやってしまおう。
本来なら、植木鉢などで枝から根が出るのを待ってから地面に植え付けるのだけど、今回は茶畑の予定地の一部を畑にし、木になった時のことを考えて間隔を空けて数本を直接地面に挿していく。
枝から根が張って土地に根付き、すくすくと育ち天に葉を繁らせる立派な木になるように、イメージしながら祈りを籠めて成長の魔法を使う。
挿された枝からほんの小さな、でも柔らかそうな、鮮やかな黄緑色の若芽がちょこんと顔を出した。
さらに多めに魔力を流してみると、枝が少し太くなり、脇から新しい枝が伸びていく。その枝からもちょこちょこと若葉が顔を出し、かわいらしい幼木となってくれたみたいだ。
少しばかり魔力が余計にかかってしまったけど、このまま様子を見ていればじきに若木に成長することだろう。
ある程度しっかり育ってくれたら、また枝を分けてもらって挿し木して増やしていこう。
もっとガッチリした木になったら、きっと樹液も採れるようになる!
期待値は高まるけど焦らず見守っていこう。
「私は肉の方に戻るけどみんなはこの後どうする?」
「僕は種を採る植物の様子を見ていたいから、ここで観察しているよ。実がなるトマトやカボチャの収穫は明日になるだろうし、みんなは肉の方に行ってくれて大丈夫だよ。手伝いが必要そうなら呼ぶから」
バズがそう言ってくれたので、みんなにも肉の加工を手伝ってもらえることになった。
一度、調理場へ向かい、シーローを燻していた燻製室の火も落とし、すでに煙が落ち着いていた猪の燻製室の入り口を開いた。
土魔法で大きめのバットとトングを作り出して、燻されたブロック肉を下ろしていく。これも美味しそうだ。
畑から来たみんなにも手伝ってもらって、ジャーキーとともに他のみんなが作業している食料倉庫へと運んでいく。
肉の焼けたいい匂いと桜のチップの香りが鼻孔をくすぐり、みんなが生唾を呑む音が聞こえてくる。
特にこの湯気を立てる塊肉にはむしゃぶりつきたくなるよね。
私も焼け具合を確認したい衝動に駆られるが、切るのはしっかり冷ましてからだ。
恨めしそうな視線が背中に突き刺さるけど、ブロック肉はバットのまま並べて棚にしまわれた。
「こっちのジャーキーの試食をしてもらうから、そんなに残念そうな顔しないで?」
リンゴンチップで燻したジャーキーよりも、少しだけ長い時間燻製したジャーキーの味見をしてみよう。
肉の匂いに堪らなくなっているみんなに一枚ずつ配ると、おあずけを喰らった反動からか、すかさず齧り付いている。
「うわ、美味い!」
「美味しい!」
「すっごい!」
「干し肉がこんなに美味しいなんて」
初めて味見したマーク、ベル、ティナ、マリーが感動したように声を上げる。
他のみんなはその様子にニコニコしながら、
「そうだろ?」
「めちゃめちゃ美味しいよね」
「これを作るんだよ」
なんて、少し余裕な雰囲気で楽しんでいる。
苦笑は隠して、私も味見してみよう。
少し硬いかな? でも、このくらい水分を飛ばした方が長く保存出来るかもしれない。
桜のチップの燻製は香りが良く、肉に合う気がする。リンゴンチップのフルーティな香りとはまた違って、やや強めの香りが旨味の強い猪肉にとても合う。リンゴンチップの甘くマイルドな香りは淡白な魚などに合うかもしれないな。
噛めば噛むほど旨味が溢れるポークジャーキーをモグモグしながら、そんなことを考えていた。
ふと見ると、すでにジャーキーを食べ終えたみんなはまたせっせと薄切り肉を干し始めている。
キティとピノにやり方を聞きながら。
二人とも上手くやってくれている。
任せて良かった。
そうだ、バズにも差し入れしてこよう。一人だけ味見していなかった。仲間はずれはひどいもんね。
ジャーキーを届けに畑に行くと、白や黄色の小さな花に囲まれたバズが、優しい表情でボーッと風に揺れる草花を眺めていた。
ついつい収穫や増やすことにばかり気持ちが向いてしまっていたけど、こうして見ると心安らぐ風景だ。
バズの隣に腰を下ろして一緒に眺める。
「モモ、どうした?」
「うん、差し入れ。出来たてだよ」
ジャーキーをバズに渡す。
「おお、美味いな!」
「この景色の中だとさらに美味しいんじゃない?」
ハハハ、そうだよね! と笑いながら、バズは畑を見つめたままジャーキーを齧っている。
「……こんな優しい風景を見ながら、こんな美味しい肉を食べてるなんて。まだ信じられないよね」
風に前髪を揺らされながら、ポツリとバズが呟く。
なんだかんだバタバタと毎日乗り越えてきたけど、やっと穏やかで落ち着いた日々を手に入れられた気がする。のんびり花を眺めるなんていつぶりだろう。
「僕もそうだけどさ。今まではみんな、生きることに必死だった。頑張れば報われるなんてことはなくて、でも頑張らなければ生きていけないから。こんな風に命を育てているなんて感じている余裕もなくてさ。そりゃあ、花を見ればキレイだとは思うけど、作物が元気に育つってことは、また少し生き延びられるってことだったんだ……」
表情は笑顔のままなのに寂しい瞳をしてバズが言う。
「生きてるってことは死んでないってことじゃないんだって。考えることと感じることは少し違うって。ここに来て、モモと暮らして知ったんだ。その時に目の前にある物だけが全てで、想像するとかイメージするとかって僕にはわからなかった。全部モモがくれたんだ。教えてくれた。想うこと、感じること、願うこと、夢見ること。……希望を持って、生きること」
バズは少しだけ瞳を潤ませて私に向き直り、
「ありがとうモモ。僕は今幸せだ。そして、これからもっと、もっと幸せになろうと思うよ。みんなで元気に笑顔で」
胸が詰まる。
喉にも何かが詰まったように言葉が出ない。
ただ、ひたすら、「……ん、……ん」と頷いた。
爽やかな曇りのない笑顔で、バズが私の頭をくしゃっと撫でる。
「あ、モモ見て! ねぎ坊主の種が黒くなってるよ。種が爆ぜる前に採っちゃわないと!」
こぼれ落ちそうだった涙を手の甲でキュッと拭って笑顔で上を向く。
「うん、集めちゃおう」
大急ぎで袋を取ってきて、ねぎ坊主の頭ごと摘んで袋の中へ入れていく。
「他の野菜は莢や実が出来るみたいだね。これはもう少し時間がかかりそうだ。夕方くらいかな? 薬草の方も見てくるよ。良かったらマークに手伝ってもらってもいいかな? 薬草についてはマークの方が詳しいから」
「わかった。呼んでくるね」
バズがちょっと恥ずかしそうにしてるので、私はこの場を離れることにした。
かなりグッとくる話を聞いちゃったし、照れてるんだろうな。
そんなことには気付いてない素振りで、私は畑を後にしたのだった。




